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序章 (宇宙戦争編)
炎
しおりを挟むカナタが家を出てからというもの何故か胸がざわついて落ち着かなかった私は、少しでも彼の情報を得ようと外にいる護衛たちの会話に耳を傾けていた。
息を殺しながらこっそり中庭へと出て、生垣のそばに寄って身を潜め、聞き耳を立てる。
「……らしいな」
「神殿……でしょ?」
――神殿? 避難所のことだろうか――
「ここが一番安全だな」
「交代で風の保護してるしね」
「でも大丈夫かな? ちょっと神殿内もザワついているみたいよ。ここら一体危ないって」
その言葉に私の思考は固まる。
避難所である神殿にはユリウスを始め、孤児院の子供たちがいる。
胸のザワつきの正体はこれだったのだろうか――。
神殿が危ない――ここが一番安全?
その事実を知ってしまった時、私の頭の中はひとつの選択肢で埋め尽くされた。
しかしそれを遮るようにカナタの力強い言葉が頭をこだまする。
「ラミエル。約束してほしいことがある」
「知らない人には絶対についていかないで」
――別に抜け出すな、とはあの時言われてないよね?
首を傾げ、彼の言葉をわざとらしく思い返す。
半ば強引だったが、自分で自分を納得させ、私はそのまま軽い身のこなしでダイテン国の小さな家を抜け出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そこに到着した時――私は自分の目を疑った。
街の景色はまだ何とか保たれていた。
しかし空の上では怒号が飛び交っているのが分かり、血の匂いが辺りを漂わせていた。
人々は空に脅えたように顔を伏せながら歩いている。
シーセイルの中でこの国が……一番安全だなんて。
こんな、今にも爆撃が降ってきそうなのに。
私は上がる息を抑えながら街を駆け抜け、神殿まで向かう。
――そしてそこに到着した時、目の前の景色にただ立ち尽くした。
「嘘、でしょう……」
――おびただしい数の怪我人達がそこで治療を待っていた。
その中には今にも息が途絶えそうな人も、体の一部が無い人もいた。
心拍数は上がり、手足が震えていく。
――こんな……こんなことをしてまでこの惑星を守る価値はあるのだろうか。
不覚にもそう思った。
私はシーセイルという惑星を愛してはいたが、命は何ものにも変えられないとそう思う。
ここまでして……戦う意味があるのだろうかと、そう感じた。
しかし呆気に取られたのもつかの間、私は子供たちの事を思い出しハッとしてすぐ中庭を駆け抜けた。
そして扉の前。
胸に手を当て目を閉じ呼吸を整え、この神殿全体に風の薄い膜を張った。
防御力は微々たるものであるが、多少の火の粉は払えるだろうと、せめてもの償いのつもりだった。
胸が詰まるような感覚に、エネルギーの逆流が起こるのではないかと不安ではあったが、そこには寸分の迷いもなかった。
――そして意を決して重い扉を開けた時。
「――――ラミ?」
ザワつく室内の視線が一身に私に降り注ぎ、思わず顔を伏せた。
「ラミエル!?」
そしてそこにはレイ国の責任者である父ラジと、セターレ国の責任者であるカナタの父セツナがいた。
「おっと……」
今更逃げられる訳もないが、この状況はまずい。
カナタに知られたら、カナタが帰ってきた時、私は酷く叱られそうだ……。
しかし、今までずっとひとりで過ごしてきた私にとってこの場にいるということは私自身も救っていく。
眉を立てながらこちらへ向かってくる父の視線から逃れるように、苦笑いを浮かべながら私は子供たちの方へと行こうとしたが、その腕を咄嗟に父に掴まれる。
「今すぐ家に戻りなさい」
いつもの父の朗らかな雰囲気など皆無。
苛立っているようにもみえる強い言葉でも私の心は変えられなかった。
一呼吸置いたあと、同じ言葉立ちで告げた。
「こんな街の姿を見て……この神殿の様子を見て……私に帰れというの?」
するとカナタの父、セツナも私の目を覗き込み「ラミエルちゃん、ここは一先ず帰ろう」と優しく言う。
「……いやです」
自分が思っているよりずっとトゲのある物言いになってしまい、私は焦って言葉を言い換えた。
「ヴォリノ弾くだけよ。ここに居させて。もし本当に危なくなったら、私も使える」
私は絶対に曲げないという意志をたずさえて、真っ直ぐにラジを見つめた。
「……カナタくんには報告するからね」
「構わないわ」
「……わかったよ」
「ラジ、でも……」
渋るセツナにラジは項垂れながらもどこか嬉しそうに微笑む。
「こうなったらラミエルを止めるのは無理だ」
広い部屋の端に置いてあるホコリを被ったヴォリノ。
「ラミ!」と嬉しそうに縋ってくる子供たちの相手をしたあと、私はゆっくりとヴォリノの椅子に腰掛けた。
すると同時に、子供たちがぞろぞろとヴォリノの周りに集まってくる。
――ユリウスも元気そうね――
その中に可愛らしい姿を見つけふと微笑んだ。
誰かのために弾くことは酷く久しぶりだった。
そしてヴォリノを弾き終わったあとは、見知った子供たちに囲まれ質問攻めにあう。
「どこに行ってたの?」
「なにしてたの?」
正直に言う訳にもいかず「うーん、なんでだと思う?」「内緒」と、笑って誤魔化した。
――するとふと、とある少女が「青い髪のお兄さんが先で守ってるんだって」と私のスカートの裾で遊びながらふいに呟く。
その時、その言葉を聞いた時、一瞬だけ私の周りだけ時が止まったように感じるほど、心がうずいたのが分かった。
私にどこへ行くのか告げなかったカナタ。
思いのほか近い場所に居たカナタに安堵して、すごく嬉しくて……。
私はふとしゃがみこんで、少女と目を合わせて微笑んだ。
「青い髪のお兄さんは強いのよ。きっと安心ね」
無意識のうちに祈りの手の形になっていたことにも気づかず、私はひとり泣きそうになっていた。
そして気付けば日暮れ前になっていた。
私はユリウスを膝に抱え、皆に絵本の読み聞かせをしていた。
――すると、ドンッと衝撃音が空の方から聞こえ、子供たちは小さく悲鳴をあげた。
私は咄嗟に子供たちを抱きしめ庇う。
「大丈夫大丈夫」
少しだけ煙り臭いが、ここに被害が及んでいる訳では無いことは瞬時に理解出来た。
きっと空の上の方で何かが起こっているのだろう。
しかしふとカナタの微笑みが脳裏に浮び上がり、理由のない不安が胸を襲い始める。
けれども子供たちの前で不安な顔などできるはずもなく、私は「大丈夫だからね」と子供たちの背中を撫で続けた。
そして懸命に声をかけ続け、子供たちの様子も落ち着き始め、私に微笑みが戻り始めた頃――。
「今すぐ引いてください!」
突如脳内に響き渡る自分にだけ聞こえてくる声に、驚いて肩を震わせる。
「え? なんで……」
これは……軍のテレパシーだ。
なぜ私にも聞こえてくるのかは分からなかったが、何となく気になった私は一旦中庭に出ようとした。
――膝の上で眠りこけ始めるユリウス。
まるでこの世界は平和だと勘違いさせてしまうような場面だ。
ふと瞳を緩ませ、ユリウスの額にキスを落とし、マリサにユリウスを預けた。
そして騒ぐ……というよりも騒ぎたがっている胸を抑え込みながら、私は外に出た。
「――――?」
何が違うのかは分からない。でも明らかにいつもの空とは違っていた。
ここら一体のエネルギーがザワついていることに、私は戸惑いを隠せずにいた。
空がいつもよりも広く、そして近い。何かがおかしい。
そして視線をあげると沢山の武装したシーセイル人が私が今立っている中庭の隣にある、また別の庭に帰っていくのが見えた。
引くというのはこういうことなのね――とりあえず大丈夫になったのだろうか。
落ち着きたい、安心したいのに、カナタの姿が見えないことが不安を煽っていく。
「あ」
カナタを空に探している時、ちょうどそこにカレンとカイトが視界に入り、私は空に向かって二人の名を叫んだ。
私に気づいたカレンとカイトは真っ直ぐに中庭に降りてきてくれた。
煤けた頬に小さな傷が体には刻み込まれている。
無傷の罪悪感から思わず目を背けたくなったが、カレンとカイトは構わず私を抱きしめた。
「ラミエル! 大丈夫なの? なんでここに?」
「あ、色々あって……」
並ぶ二人の姿が、あまりにも眩しくて羨ましかった。
その心を隠しながら掠れる声で問いかけた。
「何が、起こっているの?」
「……私たちにもよく分からないの。でもかなり厳しい状況だった。カナタくんはもっと前にいたから、いつ……戻ってくるか……」
心配そうに眉をひそめながら、気遣いつつ私を見つめるカレン。
「ラミエル、アイツめっちゃ強いから、そんな不安げな顔するな。カレンもあんまり変なこというんじゃない」
カイトと視線を合わせるカレン。
そして、何か会話を交わし始めるが、私にはまるで何も聞こえなかった。
――寄り添う二人の姿に笑顔が作れなくなっていた。
二人は共に戦っていた。私も――なんて言ったところで、無いものねだりになることは分かっている。
私が好きになったのはカイトではない。カナタだ。
でも、もし私もカナタと共に戦う世界があればこのような感じだったのだろうかと、そう切なさがよぎった。
「あ、あの。引き止めてごめんね。早く怪我の手当してもらって。またすぐ会いましょう」
耐えきれなかった私は無理やり二人を拠点へと戻させた。
そしてひとり中庭に立って、空を見上げカナタを探した。
あの人じゃない、あの人でもない。違う、違う――とカナタではない人を見つける度に焦りは募っていく。
どうしよう。どこにいるの。
彼のエネルギーの形、髪色、声、どんなに遠くからでも見つけられる自信が私にはある。
こんなに目を凝らしても、神経をとがらせても彼は見つけられないまま、空から人が居なくなっていく。それがまた更に焦りを生んでいく。
ふと拳を握りしめ視線を落とした時、急に辺り一体がシーンと静まり返った。
私が何かしてしまったのか……と思うほど、それは妙なタイミングで――。
恐る恐る空を見上げた時――背筋は一気に凍りつく。
「え…………っ?」
いやだ。どういうこと――。
感情が心を襲ってくる隙さえ与えずに、遥か遠くの空がとてつもない炎に包まれて、それが大きく広がっていくのが見えた。
その表情は歪んでいく。
「なに、してるの?」
見て直ぐに分かった。
「……カナタ?」
知っているのだ。
この炎の形を……色を……エネルギーのざわめきを私は知っている。
これはカナタだ。間違いない。
しかし、この大きな……大きすぎる……まるでダイテン国の空全てを覆い尽くすような勢いの炎は……知らなかった。
「こんなの……暴走と同じ域だわ……。なに……何があったの……」
震えていく呼吸に私はなりふり構わず、空に向かって飛ぼうとした。
しかしちょうどそのタイミングで、父であるラジが私を中庭で見つけ、飛ぼうとした私の腕を突然掴む。
「ラミエル!」
「これはカナタの炎よ。行かなくちゃ!」
「ダメだ」
「――――っ」
冷静な父の声を無視し、冷静じゃない私は腕を振り払ってでも行こうとした。
しかし父は意地でも離してはくれない。
「また発作が起きたらどうするんだ!」
「そんなの知らない!」
「ラミエルだめだ!」
「いやよ行くわ! あれはカナタなのに!」
涙混じりに声を荒らげる私の腕を引っ張り、何とか中庭から連れ出そうとする父の表情は分からなかった。
「カナタ!」
私は思わず空に向かって手を伸ばす。
その時サーっと風が地面から空に向かって吹き抜けた。
「ラミエル! 風はよしなさい!」
叱る父の声もまともに鼓膜を伝ってはくれない。
「ねぇ離してよ! 見て分からないの!? カナタが……!」
「落ち着きなさい!!」
この腕さえ掴まれていなかったら今すぐにでも……いえ、腕を切り落としてでも駆けたかった。
カナタの元へ行きたいのに、どうして、どうして行けないの。
とてつもない感情に溺れていく中、私は必死に心の中で祈った。
どうか、どうか神様お願いだから。
カナタを……私の全てをかけてもいいから、カナタを守って――と。
「お願いカナタの所に。私も戦うの」といくら泣き縋っても父は決して腕を離してはくれなかった。
そうして私は引きずられながら……ダイテン国の家に帰らされた。
――ひとり残された家で、これほどまでに祈った瞬間があっただろうか。
これほどまでに、私の全てを賭けると言い切れるほど、祈った瞬間があっただろうか。
シーセイルなんてどうでもいい。
勝とうが負けようが、カナタさえ無事ならそれでいいと本気でそう思った。
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