宇宙の果てに咲く花 【完結】

藤沢はなび

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序章 (終戦編)

決して届かぬ声

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 ハニルの思惑も虚しく、風の能力者一人が戦いに出たところで状況は改善しなかった。
 確かに私は強い。
 でもカナタの穴を埋められるほどの力はなかった。

 ギリギリのところでシーセイルは持ち堪えていたが、勝敗はもはや火を見るより明らかだった。

 ――そこでシーセイル最高責任者のハニルは、なんとかシーセイルを守れないかとリオンに交渉をもちかけ、戦争は一時休戦状態になった。
 実質負けていたのにも関わらず、戦いから解放された日々にシーセイル人は皆泣いて喜んでいた。






 しかし休戦といえど、リオンとの睨み合いは続いている。
 私はひとり散歩がてら空を巡回していた。
 シーセイルの少しだけ暖かくなった風に吹かれながら、空を見上げる。
 青い――だなんて、いつぶりだろうか。
 こんな単純な景色でもずっと落ちていた気持ちが救われていくようだった。
 当たり前だと思っていた色が当たり前ではなかったと、皮肉にも失って初めて気付く。
 視線を元に戻し、ほっとひと息ついては、立ち止まっていた体を動かしてまた風を感じ始めたその時だった。


「――――っ!?」
 何者かが背後から攻撃をしかけてきた。
 驚いた私は咄嗟に防御を張り、攻撃が来た方へ振り向く。

「え」
 ――そこには――


「…………カナタ?」
 ――夢にまで見た愛する人がそこにはいた。
 エネルギーの形は少し淀んでいるけれど、確かにカナタだった。
 魂が震え、表情に光が宿っていく。
 ああ戦ってきて良かった。
 あなたを取り戻せて本当に良かった。

 喜びのまま、そっと彼との距離を縮めようとした時――

「えーー?」

 カナタは虚ろな片目で、すかさず私を風攻撃してきた。
 ピシッという鋭い風が私の頬を切り、血が滴る。

 一瞬何が起こったのか分からなかった。
 一度目の攻撃はリオン人だと勘違いしてしまったのかもしれないと、そう思ったが、カナタの瞳は真っ直ぐに私を捉えていた。

「ね、カ、ナタ?」
 名前を呼んでも彼の攻撃の手は止まない。
 むしろ、私の命を狙っているほどの強さでその攻撃は強くなるばかりだった。

「ねぇカナタ? カナタ!」
 私は必死に呼びかけた。
 頬を伝う涙と汗が傷に染みて痛い。
 これはどこか、何かがきっと間違っているのだと思いたかった。
 なぜならカナタが私を攻撃するはずはないのだから。

「ねぇ、ラミエル! 私ラミエル!」
 しかしカナタの攻撃が止む気配は一切なかった。
 私はその度に防御を張りながら、カナタとの距離を縮めようとした。

「ア゙ア゙……」
 低い唸り声に私の手は止まる。
 それはカナタの声だった。

 確かにカナタの声なのに――。
 潰れた右目と、青白い肌……あの日見た姿と何ら変わっていない。
「あぁ――」
 崩れ落ちそうになった。

 彼の胸には一枚の花びらの石が鈍く光っていた。
 それは紛れもない、私の花びらの石だった。カナタの石ではない。
 ――そして、そこに魂は宿っていない。

 この時に気付いた。
 私の過ちを――決して許されないことをしたのだと――。


「カナタ! 私! ラミエル!」
 涙声で叫んでもカナタは冷たい目で私を睨みつける。
 無理に生き返らせた代償なのか、カナタは強くはなかった。
 私が本気を出せば魂の宿っていないカナタを殺すことは容易だった。

「……カナタ……!」

 しかし、私の手はどうしても動かない。
 その隙にカナタの鋭い風が胸に刺さり、鈍い痛みと共にチャリン――と可憐な音が耳に残った。

「いたっ……」
 ――割れた。
 花びらの石が一枚彼の手によって壊されたのだ。
 有り余ったエネルギーが辺りに強風を発生させる。
 目の前の彼は今エネルギーを欲している。
 だから私を狙っているのだろう。
 そして……私の花びらの石を持つ彼にとって、私は格好の餌食というわけだ。

 しかし、私はそれでもカナタに攻撃を向けることは出来なかった。
 心のどこかではまだ信じていた。

 私を睨むその瞳が、また微笑みかけてくれるのではないかと。
 私を殺そうとしているその手が、ふと私を抱きしめてくれるのではないかと。
 その不気味な声が、「ラミエル?」とまた優しい声に変わってくれるのではないかと。

 変わり果てた最愛の人の姿に、幸せな日々の記憶が蘇るのだ。

「……あぁ。できな、い。どうしよう」
 ポロポロと伝う涙を、拭ってくれないその手は私を殺そうとしている。
 分かっている。私が今すべきことは彼を殺めることだと。
 目の前にいるのはカナタではない――。彼はもういない――。
 分かっていても、言い聞かせても。

 ――どうしても出来なかった――

 だって愛してる。
 どんな見た目でも、どんなに変わり果てていても、例え魂が宿っていないと分かっていても、私は彼を愛してる。

 私の声はカナタに届かなかった。
 募り募った想いも、私がどんな思いで生きてきたのかも、いくら叫んでも泣いても愛を囁いても、怒りをぶつけても、悲しみを投げても、私の声は一生カナタに届くことは無い。
 カナタに傷をつけられる度に、それを思い知っていく。

「カナタ……」
 その頬にどうしても触れたくて手を伸ばした。そうすれば気付いてくれるのではないか、戻ってきてくれるのではないかと。
 しかしその隙を見逃さずにカナタは私の手首を風で切り落とそうとする。
「――――っ」
 咄嗟に身を引いて事なきを得たが、もう私に気力など残されていなかった。

「うぅ……」
 視界は涙で歪み、もう私は考えることを放棄した。
 防御を張って自分の身を守ることももうやめようと震えるその手を止めた時。
「あっ――。はっ……」
 カナタの風が真っ直ぐに私の胸の花びらの石を貫き、鋭い痛みが体を駆け巡った。
 チャリン という音と共に、さっきよりもより強い風とエネルギーが私たちを取り巻き始める。

 私の花びらの石は2枚になった――。

 震える手足、愛する人の変わり果てた姿。
 私がカナタを殺めなければ、私はきっとこのまま花びらの石を壊されて死んでしまう。
 いえ、このまま殺めず持ち堪えたとしても、きっとこのエネルギーのざわめきに気付いた誰かがやってきて、カナタを殺してしまう……。
 カナタを誰にも殺して欲しくないと思う気持ちは私のエゴだろうか。
 正しい判断が何なのかも分からずに、頭を抱えながらまた防御を張った。

「…………」

 しかし、ふと無駄なことをしていることに気付く。

 何を思ったのか、私は何もかもを止めた。
 風も手も刃も全てを止め、僅か遠くに立つカナタの前にただ呆然と立ち尽くした。

 相変わらず涙で前が滲んで見えないけれど、でも確かにそこにカナタがいると錯覚できた。
 話してくれない、触れてもくれない、むしろ攻撃してくるカナタだけど、でももう一度、その熱に触れてみたかった。

 どうしてこうなってしまったのだろうか――。
 あぁ全て私のせいだ――。私は本当に許されないことをした。
 ごめんなさい。本当にごめんなさい。カナタ。ごめんなさい。

 青い空の上、決して涙など拭ってくれないカナタが私に近づいてくる。

 もう、花びらの石を壊されても構わなかった。
 ――私はあなたに剣は向けられない。
 ――攻撃も向けられない。
 分かってる。
 カナタじゃないって分かっていても、地味に傷つくものね。
 私はそれでもあなたを好きだから、愛しているから、私はこのままあなたに賭けたい。

 カナタの力強い風が、再び真っ直ぐに私の花びらの石を貫いた。
「うっ」
 上がる息と痛みと嗚咽と涙と、色んな感情とでもう何が何だか分からなかった。

 残りひとつになった花びらの石――。
 どうせならばカナタに壊され、私もシーセイルに還って彼に会いたいとそう思っていた。
 そして、最後にもう一度だけ言葉にした。
 それでカナタが気付いてくれることを、どこか期待していた。

「カナタ……。わたし、ラミエル」

 涙ながらに微笑んだ。
 彼の魂が戻ってきて欲しくて、あの日のように微笑んだのに――。
 笑ったのに――。

「ア"…ア"……」
 彼は虚ろな目を私に向けるだけだった。
 その変わらない現実に、膝から崩れ落ちそうになる。
「ごめんね。ごめんなさい……カナタごめんなさい……」

 私はそっと目を閉じて、魂を持たないカナタに殺されるのを待った。



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