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本章 IV
祈り
しおりを挟む故郷の惑星を捨て、プレアデスへと逃げ出したシーセイル人の未来に、不穏な足音が近づいていた。
なんと、あんな悲惨な戦争をしてまで手に入れたシーセイルを、リオン人が捨てたという情報が届いたのだ。
シーセイルの責任者たちはざわついた。
シーセイル自体のエネルギーよりも、シーセイル人の花びらの石のエネルギーの方が兵器に向いていると、そう判断されたということだった。
あと数ヶ月もすれば、シーセイルの宇宙船はリオンが手出しできない広大なプレアデスの宇宙域に入る。
しかし、その数ヶ月の間にリオン軍に追いつかれてしまえば、シーセイル人は生きたまま奴隷にされることは確実だった。
そして私は、母と父が話しているところを盗み聞きをして、その情報を知った。
解決策が出るまでは内密にすると――その言葉と共に。
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シーセイルを出てすぐのこと。
戦没者を弔えるようにと、船内の余っている部屋を技術者達が慰霊部屋に改造した。
この戦争においての戦死者はあまりにも多く、壁に名前が刻まれる程度のものだったが、それでもその部屋から人が居なくなることは無いほどに、いつも列をなして皆戦没者を弔おうとしていた。
カナタが死んだという事実を受け入れられなかった私は、その慰霊部屋に足を運ぶことがなかなか出来なかった。
そして受け入れることが出来てからも、忙しさゆえにその足は遠のいていた。
しかし母と父の話を盗み聞きしたときに、戦中の映像がふと頭を掠めたのだ。
カナタを失ってからは、誰かに手を合わせる余裕さえ無かった。
だがすっかり立ち直った今、私はその慰霊部屋でシーセイルの自然に還った人達に手を合わせるべきだと、そう思ったのだ。
窓の外は果てしない闇。明け方の時刻。
私は一人部屋を出て、その慰霊部屋へと向かっていた。
ガウンをなびかせながら、暗い廊下を進んでいく。
十分ほどは歩いただろうかーー。
気付けば、一度も触れたことの無い扉の前に私は立っていた。
不思議なことに、振り返っても見回しても人は居なかった。
深呼吸を数回繰り返したあと、私は重い扉をゆっくりと押し、部屋の中へと入った。
「貸し、切り……?」
一人呟く声が静かな部屋に響き渡る。
――戦没者達の骨も目に見える何もかもがここには無いはずなのに、確かに生きた魂を感じることに胸が震えていた。
壁一面に刻まれた名前たちを見回したあと、私は自然とその場で跪いた。
戦中、カナタが生きている時、守られた空間に居たこと――それはカナタの決意だから今は恥じもしないし、私を含め誰も責めるつもりはない。
それでも、手を組んで祈らずにはいられなかった。
彼らの、彼女らの魂がどうか安らかであることを――。
誰も憎まずに、どうか、幸せな記憶を抱いてシーセイルの自然へ還ったことを。
魂の行先に惨い戦いがないことを、そこが平和な世界であることを、私は祈った。
そして、ほのかな明かりだけが灯る小さな部屋で神に訴えた。
もう、戦いは終わったはずでしょう。
私たちが一体何をしたのですか――。
ただ平和に武器を持たずに生きたかっただけなのに、何故このような惨い戦いに出なければならなかったのですか。
そしてなぜまた――追われなければならないのですか。
どうか、シーセイル人を護って。
この先のシーセイル人の未来が豊かであるよう、お願いだから護って――。
震える手。痺れる思考。やるせない思いと共に、頬には涙が伝っていく。
新しい命が産まれるの。
新しい命が育っているの。
みんな、やっと前を向いて歩き出したの。
あと少しで……やっとプレアデスに着くの――。
残り一枚の花びらの石がチクリと痛み、ふと顔をあげれば、目の前の壁の真ん中に刻まれたカナタ・セターレの文字が目に入る。
――引き寄せられるようにその指を伸ばした。
その文字をなぞっても彼は現れてくれるはずもないのに、涙と共に震える手で冷たい壁を、文字をなぞった。
「ね、私はどうすれば、いいと思う……」
そっと指を離し、膝から崩れ落ちた。
この船内にどれだけのエネルギーがあるのか分からないが、リオンとの戦いに割けるほど残っていないことだけは知っている。
きっと、シーセイル人も戦いたくはないだろう。
もう二度と血を見たくはないだろう。
私も、この壁に名が刻まれるのをもう見たくはない。
八方塞がりのこの状況――。
私にできることなどほとんど無い。
戦争が始まってから私は一体……シーセイルのために一体何ができたというのだろうか。
私は涙に濡れたまま立ち上がり、もう一度カナタ・セターレの文字をなぞった。
僅かな音と私の呼吸音だけが部屋を覆い尽くし、神を含め誰も答えなど与えてくれないことを知る。
それもそうだ。神様がいたら、こんな部屋はきっと作られることはなかった。
「――会い、たい。声が……聴きたい」
絞り出すようにそう震え声で呟いた後、一瞬だけ俯いて前を見据えた。
何故かどうしても名前は呼べなかった。
その名を呼ぼうとすると唇が震えて上手く声にならなかった。
そして離れ難い想いと共に、その指を離し、愛おしい名前に背を向けて、その部屋をあとにした。
また痛む残り一枚の花びらの石。
そこから漂う高エネルギーが私を囲んで僅かな風を吹かした。
頭が痛い。心も痛い。
一人で考えなきゃいけないのに、余計なことばかりが脳裏によぎって、まともな答えひとつも見つからない。
――愛してる――
そして、なぜか今その言葉が思い浮かんだ。
誰に対してなのか、カナタなのかシーセイルなのか分からないが、でも私の頭の中は何故かその言葉で溢れ尽くした。
――守りたかった。
惑星は守れなくとも、まだシーセイル人は生きている。
エネルギーも生きている。
これから生まれゆくものも沢山ある。
まだ未来は枯れていないのだ。
一人暗い廊下を歩きながら、私は考えていた。
しかし、痛む最後の花びらの石がもう既に、私の信念を教えているようだった。
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