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序章 (幼少期編)
あなたに笑いかけること
しおりを挟む「おかえりなさーーあら! え、一緒に帰ってきたのですか?」
手を繋いだまま息荒く二人で帰ってきた姿にエリヤは目を丸くさせ、鼻息荒く興奮している。
「あーいや、たまたま会っただけ、だよ?」
今までは手を繋ぐという行為に特別な意味を感じていなかったのだが、エリヤの反応を見て初めて特別という可能性を秘めていることに気付き、私は繋いでいた手を咄嗟に振り離した。
その意味が分かっていない天然なのかうぶなのか「えっ!」と目を見開いて私の方を向くカナタの視線が痛い。
私はカナタの頭に被せていたタオルを引っ張り、ぎこちなくエリヤに渡した。
「ふふっ。カナタくんもお久しぶりですね」
「はい。お久しぶりです。エリヤさんもお元気でしたか?」
相変わらず取り繕うのが酷く上手いカナタに、呆れから思わずため息がこぼれそうになる。
「元気だったけど、今もっと元気になりましたわ~。すっかり大きくなっちゃって! ハニルさまとラジさまにもお見せしたいわ! もう! ふふっ」
頬を緩めていくエリヤに長話になりそうな雰囲気を感じとった私は「行くよ、カナター」とカナタの手を無理やり引っ張ってエリヤの前を通り過ぎ、階段を登ろうとした。
「カナタくん、もう先生来ていますからねー! 二人とも転ばないようにねー!」
エリヤは跳ねる声を隠そうともせず、私たちに手を振った。
無言で階段を登っている途中、後ろをついてくるカナタの妙な熱を感じ、私はふと立ち止まる。
通常ならば、カナタは4階のヴォリノのレッスン室へ。私は3階の自室へと向かうその分かれ道だった。
「ラミエル? どうしたの?」
後ろから聞こえてくるのは、純粋に私を心配する声。
これから言う企みがその純粋を突き刺していくようでいたたまれない気持ちになるが、そんな事は気にしていられない! と意を決して口を開いた。
「ね、カナタさ。ヴォリノ、本当はやりたくないでしょ?」
「……いや? そんなことはないけど」
「カナタの事だし、どうせ私に会いたいからやってるだけでしょ。レッスンもわざわざ私の家でやってるし」
それは話のさわりとして軽く冗談を言ったつもりだった。
しかし乾いた笑い声が響く中、心ともなく振り返った時、カナタの焦る瞳が目に入る。
「え、まぁ……その。まぁ間違ってはいないんだけど……」
「えっ……? そうなの?」
「なんか、あ――」
「もう行くよ!」
思いの外素直な反応を見せたカナタ。
そんな彼を見て不覚にも頬を赤くさせた私は、彼の腕を掴んで3階の階段を登りきると、私の自室へと彼を連れ込んだ。
「これおすすめした小説達だ~。まだもっていたの?」
カナタは壁一面の本棚を見て呑気に目を輝かせている。
「当たり前でしょう」
本棚のラインナップに興味津々のカナタを他所に、私はウォークインクローゼットからなるべくシンプルでつばの広い麦わら帽子を探していた。
「これは、被せられないしなぁ」
黄色いリボンが沢山ついているカンカン帽を手に取り、うーんと首をひねってはまた元に戻す。
何度この行動を繰り返したことだろう。
床を散らかしながら泥棒のように漁っていると、
「あっ。これだ!」
何も装飾のない、ただのつばの広い麦わら帽子を見つけて満面の笑みを浮かべた。
ちょうどその時、遠くから「……ラミエル?」とカナタは私に声をかけた。
「なにー?」
「ありがとう。そしてごめん、今日迷惑かけたよね。もう、行くよ」
優しく、そして今生の別れを告げているような声色に焦った私は思わず叫ぶ。
「ちょっと待ってよ!」
ウォークインクローゼットから麦わら帽子片手に飛び出した私の足元にはリボンが絡みつき、それは情けないほどの必死さだった。
「行かないでよ!」
カナタはそのヘンテコな様子に首を傾げ
「ヴォリノのレッスンがあるから」
と優しくよそ行きの微笑みを浮かべる。
どんな言葉を返そうか迷ってる間に、怒りにも似た感情がふつふつと湧き上がってくるのが分かった。
さっきまで泣きそうな顔していたくせに――。今更隠そうとするなら、最初から最後まで完璧に隠して欲しかった。
今更カナタの手を離すだなんて、来るわけが無いでしょう、と。
何故かと聞かれてもきっと答えられない。
家族でも恋人でも、友人とも例えがたい、ただカナタという人物が私は好きだった。
「久しぶりに二人で出掛けようよ」
私は真っ直ぐにカナタの瞳を見つめる。
するとカナタは昔のように笑いながら即答してくれた。
「……うん。ありがとう。行こう」
少し狭く感じる窓から二人で手を繋いで飛び降りた。
地面に着く時はカナタが風の能力で衝撃を和らげてくれた。
そして私は、手に持っていた麦わら帽子をカナタに深く被せる。
「ちょっとした有名人だからね。ま、名乗らない限り大丈夫だろうけど」
「ありがとう」
「どういたしまして。ほら、行こう……!」
どこか顔色の冴えないカナタの手を強く引っ張り街に出る。
こうして私たちは、久しぶりにヴォリノのレッスンをすっぽかした。
レイ国の繁華街は花や、服や、本、食べ物など様々な出店が並び、沢山の人で賑わっていた。
そんな様子にカナタは上機嫌に体を揺らしている。
しかしカナタを誘った当本人は何をすればいいのか分からず、一人気まずい雰囲気を醸し出していた。
カナタが最近何に夢中になっているのか、何も知らない私はとりあえず定番の質問を投げかけた。
「……か、カナタ最近何読んでるの?」
「あー、リュウ先生の奇跡に憧れてってやつかな?」
「あ、それカレンとも話してた。占い師の冒険譚でしょ?」
「そうそう!」
「もう読み終わった? 面白い?」
「あと少しで読み終わるかなー。面白いよ」
「ねね、私も読むからさ、後で感想言い合いっこしようよ」
「うん。……いいよ」
雑踏の全てが消え去ってしまったのかと思うほどに、微笑むカナタの横顔が酷く懐かしくて、見惚れていた。
さっきまで泣きそうな顔をしていた人が嬉しそうに笑っている。
その横顔を見ているだけで全てが満たされ、気まずさなど一抹の不安に過ぎなかったと気付くのだ。
そうやって街を見渡しながら二人で肩を並べ歩いていると――
「あっ! 見て!」
「ん? あ、ヴォリノ」
ふと、道沿いに佇むヴォリノを発見し私の表情はパッと明るくなる。
ヴォリノのような大型鍵盤楽器は、ごくたまにこういった繁華街の道沿いに置かれることがあるのだ。
「ね、行こう!」
私は弾む気持ちのまま一人駆け出した。
後ろを付いてくるカナタの足音が心をくすぐっていく。
「ねぇ何の曲が好き? 星空の海、まだ好き?」
鍵盤を前に高揚感を抑えきれず、カナタの服の袖を少しだけ引っ張った。
「うん。もちろん、大好きだよ」
その笑みは酷く大人びていて、何だか私だけ子供に返ったかのようで癪な気もしたが、それでもこの湧き立つ気持ちは抑えきれなかった。
「分かった!」
久々にカナタの前でヴォリノが弾けると、そう気合を入れながら鍵盤にそっと指を置き、目を閉じては深呼吸をする。
そして息を吸ったのと同時に目を開き、呼吸の流れのままに、指が覚えているままにその音楽を奏で始めた。
バラード調の切ない音粒がレイ国の街に響きわたる。
本来はもっと情緒的に弾くのが正解なのだけれど、楽しくなってついつい音が跳ねてしまう。
その音色を聞きつけた人達がぞろぞろとヴォリノの周りに集まって、お年寄りから子供までその音に聞き入り始めた事に気づいていく。
しかし私は誰のためでもないーー。
ただ、カナタの為だけにカナタの好きな曲を奏でた。
星空の海という曲は、300年ほど前の有名な作曲家が、先に亡くなってしまった愛する人にあてて作り上げた曲だった。
夜、一人で星空を映す幻想的な海を見つめる。
君が星になってしまったのならば僕も向こう側へ行きたい。
いつか悲しまなくなるのだろうか。前を向いて歩く日が来るのだろうか。この愛を忘れる日が来るのだろうか。
それでも今はこの悲しみと愛を忘れない為にこの曲を君に捧げよう。
そんな想いを抱いていたという。
私は海が好きで、カナタは星が好きで、真面目にヴォリノを弾こうとしなかった二人の為にやる気のある曲を講師が選んでくれたのが始まりだった。
ひとつひとつの鍵盤の感覚が指に触れる度、もう何年も昔の事だというのに、幼い頃連弾した時の記憶は鮮明に蘇ってくれた。
カナタがいたから楽しかった。明日になればカナタに会える。
ただそれだけの事で、幸せになれていた酷く単純な幼い頃を思い出した。
ふとカナタに視線をやると、彼は人混みに紛れながら、少し遠くの場所で私を見つめている。
ふと目が合った時、自然と微笑み返ししてしまったが、途端に恥ずかしくなって私は目を背けてしまった。
何度も向けられてきたはずの笑顔。
私の音を取り囲む大勢の視線より、たった一人の温かく優しい、包み込むかのような視線が私の心を震わせていた。
――これじゃあどっちが元気付けられているか分からないわ。
顔をしかめたあと、吹き出すように笑った。
跳ねる音たちだけが私の鼓膜に残り、爽やかな風の中、私とカナタだけにしか伝わらない旋律を感じていた。
演奏が終わると、大合唱のような拍手が巻き起こる。
誇らしい気持ちと共に少し遠くにいるカナタに笑いかけた。
カナタは、良かったよー! と声なき声で伝えた後、手で丸を作り、また拍手をした。
「お姉ちゃん、すごかった!」
と学校帰りの子供の声や
「凄いね~たくさん練習したの?」
と通りがかったおばあちゃんの声、
「何か感動しちゃったわ」
と出店の店員さんまで、色々な言葉を貰って嬉しかったのは確かだったが、その感想も早々に切り上げて、私はカナタの元へと駆けた。
「こんなに上手くなってるなんて思わなかったよ」
「でしょう? 沢山練習したもの」
「もう僕と、連弾は出来ないね」
急に女々しくなって切なく笑うカナタに私は満面の笑みで応える。
「そんなことないよ! いつでも一緒に弾ける!」
「ありがと」
カナタの瞳が淡く揺れているのが分ったけれど、そこは見ない振りをした。
「ね、お腹空いた! おすすめのお店あるからそこ行こうよ!」
沢山の人に褒められて満更でもなかった私は、はしゃぐままにカナタの手を取って、フルーツが美味しいことで有名なカフェへと向かおうとした。
――しかし――
「ラミエル?」
背後から圧を感じる、聞き覚えのある声に心臓がドキリと跳ねる。
「嘘でしょ……」
顔面蒼白になる私に、カナタも身を固まらせる。
ここはレイ国だ。
レイ国に住まうシーセイルの責任者が出歩いていないとも言い切れないだろう。
「とっても。いい演奏だったわ~。練習の成果が出てるのね~」
その妙に朗らかな母の声に、背筋は凍る。
私は一瞬だけ振り返り、ハハッと愛想笑いを浮かべたあと、カナタの手を引いてその場を去ろうとしたが、
「隣の男の子はどうしたのかしら? ラミエル?」
と母の冷静な声が聞こえ、私は再び立ち止まった。
「僕が無理を言って……って言おうか?」と耳元でカナタが囁いたが、「私が連れ出したんだから私が言う。カナタは余計なこと言わないで」と強い意志でカナタを制した。
「でも――」とごねるカナタを背中に隠し、隠しきれぬ緊張感を漂わせながら母の前に立つ。
「……あら麦わら帽子の少年はヴォリノのレッスンじゃなかった? そしてその後ラミエル、あなたがレッスンでしょ?」
口角が上がってはいるものの、瞳の奥は笑っていない。とてもまずい。
超優秀で悪さなどしないカナタを連れ出したなんて事が母に知られたら、二人してそれはそれは厳しく叱られるだろう。
いや、もうこの時点で既にバレているのだけれど――。
「……あの。ちょっとーこう、なんて言うのかな? 忘れていて……?」
苦し紛れにあからさまな嘘をつく私を見て、母は冷たい笑顔のまま「ん?」と首を傾げた。
その冷徹な姿に焦りの色を濃くしていると
「今日デートの約束だったんですよ」
突如カナタが声を挙げ、その言葉と行動に驚くあまり私は固まってしまう。
焦る私を他所にカナタは自然に微笑み、涼しい風を吹かせた。
そして急に申し訳なさそうな顔をしては頭を下げる。
「ずっと前から二人で約束していて……どうしても出かけたくて。本当にごめんなさい」
――な、何を言ってるの!!
そうカナタに叫びたかったがシーセイル最高責任者でもある母の前ではそれも叶わない。
長い一瞬が私とカナタと母の間に漂う。
そして戦々恐々とするカナタと私に堪えきれなくなった母は、急に大口を開いて笑い始めた。
「……ふふ分かったわ! 今見たのは内緒にしておくから。暗くなる前にはさよならするのよー! 楽しんで! ……あ、怖い先生にはちゃんと叱られてね」
そう茶目っ気に言い残すと、母は颯爽とその場を去っていった。
「よ、良かったぁ……。さすがねカナタ。嘘が上手い」
「……褒められてるんだか、けなされてるんだか」
震えている私の背中を優しく撫でながら、カナタは苦笑いを浮かべる。
「ん、カフェ、行こっか」
そして私の手をそっと優しく引いて、カナタは歩き出した。
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