宇宙の果てに咲く花 【完結】

藤沢はなび

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序章 (宇宙戦争編)

愛の行方

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 慌ただしい世界の中、二人だけで過ごす日々は確かに幸せだった。
 ラミエルはリオン人に顔を覚えられてしまったからしばらくの間、療養と共に身を隠して欲しいとカナタは言った。私は特に疑問も抱かずに、その提案を快く受けいれた。

 ダイテン国の森の奥深くに佇む、木のぬくもりを感じる可愛らしい小さな一軒家。
 私たちは生活の全てを、その小さな家の中だけでまかなった。
 生活に必要なものはカナタの部下が届けてくれるし、欲しいものも(主に小説だが)大抵は手に入った。
 私はマリサから届くユリウスの様子の手紙や、カレンから届く手紙を心待ちにしながら、カナタとひと時の穏やかな日々を過ごしていた。

「ね、美味しい?」
 限られた食材で試行錯誤して作り上げた夕食を恐る恐るカナタに出す。
 少し失敗してしまったかな――と思われるような日でも、カナタはそれをいつも笑顔で「美味しい」と言いながら食べてくれた。
「ね、ほんと?」と私が疑いの目を向ければ、「美味しいよ。すごく美味しい。ラミエル上手いよ、料理」と私の瞳を覗き込んで真っ直ぐに笑ってくれる。
 そうして私は初めて、本当に美味しいのだと安堵するのだった。

 夜になれば中庭にある小さなベンチに二人で腰かけ、新鮮な外の空気を吸って透明な時間を過ごした。
 天使の子守唄のような木々のざわめき。虫や鳥の鳴き声、風の音に囲まれる一番好きな時間だった。

「新婚生活って、こんな感じなのかなー」
 ふと、緩んだ表情でポツリと呟いた。
 しかしカナタは私とは正反対の表情で答える。
「本当はさ……もっと大きな家に住まわしてあげたかった」
「カナタが居るなら、別に小さくても森の中でもいいわ。テントでも全然へっちゃらよ」
 眉を寄せ嘲笑を浮かべるカナタに私は微笑みかける。
 カナタの瞳が少しだけ緩んで、少しだけ拗ねているのが分かった。
「僕にもプライドはある。好きな人には良い暮らしをさせてあげたい」
 私はそれを見て、少しだけ胸をなでおろす。
「ふふっ。別にいいのに」

 二人で夜、僅かな星を眺めながら、明日届く食料が何かを予想し小説の結末の後について語り合い、そして二人の未来のことについても話した日もあった。
「ラミエルに似た子供が欲しい」
「カナタ最近そればっかりね」
「だって絶対可愛いよ」
「女の子と男の子どっちがいいの?」
「ラミエルに似てるのならどちらでも嬉しい」
「出た! よく言うわ~」


 しかし、なんの不満も抱いていないといえばそれは嘘になる。
 カナタは酷く過保護に私を匿っていた。
 外に出ることは許されず、戦争の状況さえも教えて貰えない。
 シーセイルが優勢なのかそうでないかくらいは私にも知る権利があるというのに、その話になるとカナタは頑なに話題を逸らした。
 まるで私に言えない……隠し事があるかのように。

 彼が毎夜悪夢にうなされていることも私は知っている。
 額から冷や汗が滴るその苦しそうな姿を見る度に彼を起こすが、彼は笑顔で「大丈夫」としか口にしない。
 その姿を見て誰が大丈夫だと思うだろうか。
 私が複雑な表情を浮かべていることを知りながらも、彼は「大丈夫」と口にした。
 何か私に言えない事情でもあるのだろう。
 今は私と共に療養しているが、彼はこの戦争において重要なポジションにいる。隠し事のひとつやふたつあってもおかしくはない。
 そう言い聞かせていても、なかなか堪えるものがあった。

 立場を代わってあげられたら。
 カナタの性格じゃ、こんなの耐えられるはずもないのに――。
 ここで何も無く過ごしている私と、カナタと状況は違いすぎた。
 私も戦いたい。戦わなければならない。発作も数日に一度しか出ないし、きっと私にもシーセイルの為に何か出来るはずだと、そう思い始めてきた。
 私だって子供たちを守りたい。シーセイルを、カナタを守りたいと――。
 しかし、戦うべきだという想いが過ぎる度に、初めてリオン人を殺めた時の自らの力に対する恐怖を思い出しては泣く日もあった。
 そして、その涙を拭ってくれる彼の優しい手を感じる度に、例え心を犠牲にしてでも、私は彼と共に前に進むべきだとそう思った。
 シーセイルの為に戦うことが、今の私に出来ることだと。

 そして、その決意も固まり始めた頃。
 爆撃の音も聞こえない、それは小鳥のさえずる声が聴こえる心地よい昼下がりだった。
 私は鼻歌を歌いながら、ふと玄関前を通る。
「カナタさん、これ以上は待てません!」

 扉の向こう側で聞こえてくる苛立った声に、私は思わず立ち止まった。
 その声はカナタの部下だった。

「あと2日でいいから、待ってほしい」
「ラミエルさんが心配なのは分かりますが……我々がちゃんとお守りしますから」
「分かってる。分かってるから」

 カナタのその葛藤した声が、私を俯かせた。

「――そうよね。ずっとこのままなわけない」

 自らを嘲笑うかのように、そっとその場を離れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 その日の夜、カナタは私に話があると言った。
 2人で座れば肩が触れ合うほどの小さなソファに腰かけ、しんとした空間の中、真剣な眼差しをカナタは私に向ける。

「明後日……僕は戦場に戻る」
「……うん」
「護衛の人数は増やすから安心して。少し長い別れになるかもしれないけど、拠点じゃなくて、ここに帰ってくるから」
 泣くように微笑むカナタを見て、私はぐっと拳を握り、呼吸を整えてこう言った。

「……私も一緒に行く」
「え――?」
 しかし見逃してしまいそうなほど一瞬、カナタの表情は歪む。

「私も行く。私も戦う。カナタ程ではないけど私も強いし、リオンと戦うだけの力はある。きっとシーセイルとカナタの役に立てる」
 本音としては、彼を一人にはさせたくなかった。
 励ますように彼の肩に触れると、カナタはその手を取って何かを怖がっているかのような表情を見せる。
 私は彼を安心させたくて、微笑みながら彼の返答を待った。

 ――しかし私の予想していたカナタの反応とはまるで違っていた。

「絶対に戻ってくるから。ラミエルはここで待ってて」
 その酷く他人行儀な笑顔に私は眉をひそめる。
「――え? どういうこと? 私は戦えるって」
 その言葉にカナタはよそ行きの笑みを浮かべ「無理だ――。行かせられない」と私を突っぱねた。

「と、どういうこと? えじゃあ絶対に怪我しないでよ? 傷一つ付けずに戻ってくるというのなら――」
「約束はできない」
 その貼り付けたような笑みが、心を隠されているような気がして酷く不快だった。

 私は呆然としたまま、カナタの心にかかる影を見つめた。
 行かせたくない。こんな心身の状態のカナタを一人で行かせられるはずがない。
 例え役立たずと言われたとしても、前線に出られないとしても、それでも私は彼のそばにいたかった。

 声を震わせ、私は意識的に声を荒らげる。
「ちゃんと理由を言って! 行くのなら私を納得させてからにして」
 こんな風に言えば、普段のカナタならきっと折れてくれるはずだった。

 ――しかし――

「……ごめん、言えない」
 カナタは俯いたまま口を閉ざした。

「……ねぇ。どういう、こと?」
「言えない。言いたくないんだ」
 苛つく私に半ば呆れたようにも見えるカナタのその表情に、私は自分が惨めになってきた。
 そこでとあるひとつの真実が頭をよぎり、思わず嘲笑が漏れる。

「あぁ……ね、女の人? 離れてる間に別に好きな人でもできたの?」
「ラミエル! それはちが――」
 焦って否定するカナタの言葉にかぶせて私は、
「じゃあ、なに? なんで言えないの? 私を行かせないというのなら、カナタも行かないでよ!」
 唇を震わせ、手も足も震わせ、これ以上とないほどに声をあげた。
 しかしカナタは、折れることなく吐き出すようにつぶやく。
「……僕は、行く。ラミエルは行かない。それ以上言えることは無い。これは指揮官……としての、指示だから。絶対に従ってもらう」
「ーーね、それ本気で、言ってるの?」

 あぁ、なぜこんな風にしか言葉を紡げないのだろうか。
 カナタは冷静に私を突き放した。
 それに縋る私は酷く惨めに見えただろう。

 どうしても、彼は行くのだろうか。どうすれば彼を引き止められるのだろうか。
 ――カナタに他の女の人がいるなんて考えたこともなかったけれど、ここまで来ると真実味を帯びてくることからも、全てからも目を背けたくなる。
 果たして私に、カナタの心を繋ぎとめておく権利はあるのだろうか。
 それさえもうどうでもいいと叫び倒したい自分もいるほど、そのカナタの態度に酷く傷つく自分がいた。

「……そんな事言って、命令を盾にして、何も言わずに一人で行くなら……結婚もやめましょう。二人でいる意味なんてないもの」
 私は彼に冷たく言い放った。
 カナタの息を飲む音が聞こえるのと同時に席を立って、彼に背を向ける。
「ごめん、待って!」

 カナタは私の手を咄嗟に掴んだ。その手の震えが更に私を俯かせた。
 ――思い出すのだ。幸せな日々を。過去の日々を。
 そして今もどれだけ、その私の名を呼ぶ声をどれほど愛おしいと思っているか。

「ラミエル……」
 微かに聞こえ始める不穏な風の音の中、掠れた声が鼓膜を突き刺す。
「結婚……しよう。結婚やめるなんて、言わないでよ」

 その切実な声に、カナタの言葉に嘘はないことを知って安堵したのもつかの間「じゃあ!」と、流れる涙を拭うこともせずに私は振り向く。
「お願いだから……! 行かないでよ! 私も連れて行ってよ……。私も守りたいの……」

 カナタは青ざめた表情のまま立ち上がり、私の手を包み込んだ。
 そして、笑った――。
 明日世界が消えてしまうのではないかと、そんな予感が胸を打つほどに、それはとても綺麗な笑顔で……。
「忘れないで。僕はずっと変わらずラミエルを好きだよ。……僕は絶対に別れたくない。なんで僕がラミエルを連れていけないか、は教えられないけれど……でも、僕がラミエルを誰よりも愛している事は分かって。お願い」
 この状況に似合わない酷く綺麗な言葉達と表情は、その手の話を避けるためのものだと、私は思った。
 それがあまりにも悲しくて俯けば、涙は床を濡らしていく。

「愛していると……言いながら……私の言う、ことを、聞いてくれないのは……どうして? 私の事なんてもうどうでもいいって、一層のことそう……言って行けばいいでしょ? どうしてわざわざ、そんな事言うの……」
 私は止まらぬ嗚咽を従えながら、真っ直ぐに彼を見つめた。
 喉が詰まり、胸が震え、呼吸が苦しい。それは発作などではなく、悲しみからくる胸の苦しみだった。

 カナタの瞳にそんな私の姿が映し出されると、今まで耐えてきたカナタの表情は途端に歪んだ。
「ね、何か言っ――」
 言葉の途中でカナタは私の手をそのまま引いて、熱く口付けた。

 カナタの熱い手が背中を抱き上げ、何故こんなにも焦りと不安に駆られているのか、その理由がわからない事が私を不安に晒していく。
 吐息が混ざり合う中、私は上がる胸を抑えカナタを引き剥がした。

「ね、カナタ。……教えてよ。何かあったんでしょ?」
「何も無い」
 カナタは泣き出しそうな瞳を私に向け、即答した。

 私は思わず眉を寄せ目を閉じた。
 それには僅かに嘘の匂いがしたからだ。

 そんな私の表情に気づいたのか、カナタは急に取り繕ったように焦り始めた。
「ら、ラミエルを失わないために――」
「ねぇそれは……」
 ――それは嘘でしょ――
 しかし私はその言葉を飲み込んで、彼を睨んだ。
「それは……私も、同じだってこと、一生忘れないで」
「――ラミエル」

「カナタの身に何かあったら、離れ離れになってしまったら。もう二度と……会えなくなってしまったら。そう考えるだけで、毎日がどれほど怖いか――。怪我だって痛いに決まってる。時の能力使って、怪我を治す時も、痛みを感じるはず。カナタが……怪我して……ううん、もし……カナタが……って思ったら……」
 ホロホロと伝う涙が再び顎を伝い、服を濡らしていく。
 そんな私を目の前に、カナタは相変わらず青ざめた表情で立ち尽くしていた。

「ねぇ戦うのは構わない。私だってシーセイルを愛してるし、守りたい。でも、一人でなんて戦わせない。カナタが行くのならば私も行きたいの! どうして……それが……分からないの……」
「……ラミエルの気持ちもちゃんと分かってるよ」
「いいえ! 分かってない!」
「――――っ」
「……カナタの幸せって、戦争に出ること? 戦うこと? それが幸せなの?」

「それは……」

「それなら構わないわ。カナタが戦うことで、カナタが心から幸せになるのなら、私は構わない、でも!」

 私はいつかのカナタを思い出す。
 まるで少年のように無邪気な笑顔を浮かべ、シーセイルのエネルギーと機械について語る、その幼い頃からのカナタの姿を――表情を。
 どんなに不穏な時代でも、私たちは変わることなく共に歩んできたはずだったのに。
 しかし、ここで全部それが崩れ落ちてしまう予感さえした。

「でも……少しでも苦しいと、心も、身体も痛いと感じる瞬間があるのなら……私を連れて行って。そばにおいて。私を、ひとりに、しないで……」
 この返事で二人の未来が変わる。そう不意に直感した。

「僕はラミエルを連れていけない。……お願いだから……分かって……ごめん」
 一筋の涙が彼の頬を伝っていた。
 言葉を失う私にカナタは後ずさる。
「ごめん。ラミエルにとって酷な事をしているのは、本当によく分かってる。結婚を辞めると言われても仕方ないけど、でも僕は別れたくない。でも僕は……ラミエルとは行けない……」

 ここに来てカナタに一線を引かれた衝撃は、いとも簡単に私を絶望へと突き落とした。

「……別に、カナタがどんなことをしようが、私の言葉を……いくら拒もうが、カナタを好きな気持ちは何ひとつとして変わらないから。でもその苦しみを分かち合いたいのに、それを拒まれるのが……どれだけ悲しいことかあなたも、身を持って知るべきよ」
 これだけの想いをぶつけても彼の心は決して変わらない。
 彼にとって私の想いはそれほどだと言われているようで、とても悲しかった。
 それ以外のなにものでもないほどに、それ以外の言葉で表せないほどに、ただ悲しかった。


 私の想いを知っていて、カナタは黙ることを選んだ。
 二人は向かい合ったまま互いの涙を流し、そして俯く。

 ――こんなことで心が砕け散ってしまう事が、どれだけ彼を愛しているかを思い知らせた。
 例えカナタが何を見て、何を思って、私のこの有り様に心が離れてしまったとしても――私はきっと、それでもきっと、変わらず愛し続けてしまうのだろう。
 それがまるで神様に定められた感情のようで……酷く不快だった。

 翌日の深夜にカナタが家を出るまで、二人の視線は交わることも、言葉を交わすこともなく、それは二人のすれ違いの始まりを意味した。




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