宇宙の果てに咲く花 【完結】

藤沢はなび

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序章 (宇宙戦争編)

暗闇に灯った最後の音

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 その日の夕食後、私は彼と向き合った。

 同じ場所を見ていたはずなのに、いつの間にか二人の視線は交わらなくなっていた。
 辛いだけだとわかっていたから。
 もう叶わない未来なら終わりにしたい。
 身を引き裂かれるような感情に、耐えられないと思った。


「もう、別れよう。ここに帰って来なくていいよ」
 私は静かにそう言った。
 感情を抑えようとしても、家の外の木々が唸るようにざわめき始める。

「え――――?」

「疑ってるわけじゃないけど、もう……私といても、カナタにとって、よくないと思う」

 カナタは目を見開き呆然と私を見つめていた。
 いつものカナタだったら嫌だ――とすぐ言いそうなのに、そう答えないということはきっと同じことを思っているのだろう。
 悲しみを隠すように、私は思わず微笑んだ。
「ね? もう……カナタも色々疲れてるでしょ?」

 顔を俯かせて息を震わす最愛の人。
 一体何を考えているのだろうか。
 もし別れたくないと思ってくれているのならばそれはそれで嬉しいが、でもそれがカナタの為になるとは、私は思えなかった。
 ――抱き締めたくなる衝動をただこらえ、私は拳を握り締めた。

「どうして……。ラミエル……」
 吐き出す息と共にでてきた震え声に私の心は切なく揺れる。
 カナタの表情はどこか引きつっていた。
「どうして、そんなことが言えるんだよ」

「だって…………私、カナタに何も出来てないし。ただこんな……閉ざされた場所で待つだけで。本当に、自分も何もかもが嫌になるの。そんな気持ちのまま過ごして、カナタの負担にはなりたくない」
 出来るだけ優しく言葉を紡ぐ私に、カナタは苛ついたように頭をかきむしる。
 私はそれを悲しげに見つめる。

「もう、私もカナタも疲れてるよ。こんな状況でわざわざ帰ってくる必要ない。……別れようカナタ。もう終わりにしよう。お互いのためにも、それがきっといい」

「なんで……。なんで、僕がこんな思いをしなくちゃならないんだよ」
「……え?」

「ラミエルは……別れよう、ああそうだね、ってそれで簡単に別れられるの? それだけの二人だった? 今までの、幼い頃からの思い出は何? 僕がどんな思いでラミエルに背を向けているか知らないよね? 何にも知らないくせして、一丁前に僕のこと分かった振りをしてさ。僕ばっかり……大切なものを奪われて。どれだけ! 僕が……ラミエルの事を考えているかも知らないくせに、よくそんな事が言えるよ!」

「――――っ」
 堰き止めていた感情を溢れさせて私に言葉を捲したてるカナタに、私は硬直した。

「僕だって分かってるんだよ! 今の状況が良くないことくらい。でもそうでもしなきゃいけない」

「ね、私が居なきゃ、そうしなきゃいけないことは……ないでしょ? カナタはカナタの守りたいシーセイルの事だけを、これからは考えればいいの」

「あぁもう、何もかもが違うよ。ラミエル」
「何が違うのか、さっぱり分からないわ」
「……なんにも分かってない」
「きっと分かってないのは……カナタの方よ」

「手放した方がいいかもしれない、僕の傍にいない方がいいかもしれないって何度も考えたよ。でも、出来るわけが無いんだよ! だって……」
 カナタの頬に涙が一筋伝う。
 手を伸ばしたいのを必死に堪えた。
 今、手を伸ばしてしまえば、もう二度とその手を離せなくなる気がしたから。
「だって……」

「…………っ。自分で言ってること分かってるの? さっきから都合のいいことばっかりよ。怒ったり泣いたり。何にも私の話なんて聞いてくれないのに……! もうカナタが何を考えているのか、何が大切なのか……私にはさっぱり分からない……」
 涙ぐむ私を見て、カナタは咄嗟に私に腕を伸ばし、焦りと共に私に言い聞かせた。
「ラミエルが大切に決まってるでしょ」

 気付けば世界一安全なカナタの腕の中に居る。
 この世で一番愛してる人の腕に抱かれているのに、胸は苦しいほどに疼いていた。
 カナタを信じたいのに、私はどうしても信じることが出来なかった。

「ラミエルは、本当に僕と別れたいの? 嫌いになった? それならまだ……決心がつく」
「……そう、した方が」
「そうした方がいい、じゃなくて、ラミエル自身は、僕と離れても、二度と会えなくても平気なの?」
「…………平気なわけ……ないでしょ」
 私は掠れる声でそっと呟いた。

 ――嫌い。その言葉がカナタを解放させるものだとしても、それだけはどうしても言えなかった。
「安心した……」
 そしてカナタの葛藤を含む吐息が耳にかかる。

 何に悩んで、怯えて、苦しんでいるのか知ることが出来ないのに、果たして私が傍にいる意味はあるのだろうか。
 私はどれだけカナタの力になれているのだろう。

 カナタの庇護の元、何も知らずにただ命が消えてくのを見ているのが苦痛だとカナタは知りながら、それでも私を匿った。
 そしてカナタはその手の中に収まりきらないほどの守るべきものがある。
 責任感から、きっとその中の何割かは私も占めているだろう。
 私さえ手放せば――カナタはきっと楽になれると思っていた。

「ラミエル。ごめん。声荒らげて」
 私の名を呟くカナタの震える手が私の背中を撫でる。
 それは一人で勝手に何かを覚悟したかのような震えにも感じて、その心に私は怯えた。

「僕は……嫌だ。絶対に、離れたくない」
 私の肩がカナタの涙で濡れていく。

「なら……そんな、苦しそうな顔、しないでよ。もう面倒なら面倒って言ってよ。それもカナタお得意の責任感でしょ」
「……違うんだ」
 その聞き飽きた言い訳に耐えきれず、私は思わず彼を振りほどいた。
「何が違うの!」

「…………っ。何もかもが違う。お願いだから、信じて、ラミエル」

「だから、なにを、どう、信じろというの。私だって信じたいわ! でもカナタはこれからもここを出ていくのに。それも何も……説明も無しに……どう信じろと、カ、カナタを、どう信じればいいのよ。私が今すぐ戦うのをやめてと言ったらやめてくれるの? やめてくれないんでしょ? の癖に私も戦わせないんでしょ? 何を、どう、信じればいいの!」

「理由はラミエルに言えないだけで、ちゃんとあるから。守らなきゃいけないものが……あるんだ」
 子供に返ったかのように愚図る私にカナタは酷く焦っていた。
 なにか一言でも言葉を間違えたらこの関係は終わる――そんな事を予感しているように、カナタは慎重に言葉を紡ごうとしていた。

「ねぇ。もし……もし私が明日死ぬとしても、私を一人にするの? リオンもシーセイルも、毎日人が死んで、私だっていつ終わりが来るか分からないのに、こうやって……私を遠ざけるの?」
「そうはさせないから!」
 焦るカナタに、私は涙ながらにうなだれた。
 愛が……愛する事がこんなに辛いだなんて知らなかったと。

「……もう、いいよ。何がしたいのか分からないけど、もういいよ。……疲れた」

「……ラミエル、本当に……」
 カナタは、涙を流して呆然と立ち尽くす私を抱きしめた。

「やめて」
 カナタの腕の中から逃げ出そうとすると、カナタは更に力強く抱きしめ、彼の吐息が耳にかかる。
「離してよ!」
 精一杯もがいても、その手を離してくれないカナタが私にはさっぱり分からなかった。
「……離して」
 掠れた声で言うとカナタは恐る恐るその腕を解き、悲しそうに私を見やる。
「ずっと一緒に居るって……約束したんじゃないの? 僕は、忘れてないよ、その言葉……」

 カナタのその言葉に、夢のようだったその日々を思い出していく。
 その日々を、その関係を、今でもとても大切に想っているのに、自ら壊そうとしている自分が嫌になる。
 しかしそれでも私は、過去の煌めいていた思い出よりも、幸せだった関係よりも、今のカナタを、カナタ自身の心を楽にしてあげたかった。
「……っ。勝手に……すれば……いいわ」

 冷たい視線を向けられたカナタは、そっと視線を伏せて口を固く結んだ。
 僅かに震えている唇が、私の胸をキツく締め付ける。

 最後口を開けば「行かないで、もうやめて」と言ってしまいそうになる。
 しかし、決してそうしないカナタの意思も、それに傷ついて心が崩れ落ちそうな自分も知っている。
 これ以上言葉を交わせば、ただでさえボロボロの心を互いにまた傷つけあってしまう。

 私は後ずさりして「……いってらっしゃい」と涙声で冷たく言い放ってカナタに背を向け、寝室へとこもり、膝から崩れ落ちるように慟哭した。

 一人にされたカナタは、俯きながら静かな涙を流していた。

 彼のすすり泣く声が寝室に響く度、息が出来なくなるほど私の心は締め付けられた。

 私はどうすれば良かったのだろう。
 どうすれば、自分の心に嘘を付かずにカナタを自由にさせてあげられたのだろうか。
 彼は一体何と戦っているのだろうか。

 離れたくない。ずっと一緒にいたい。
 彼を笑顔にしたい。笑顔が見たい。
 そして誰よりもカナタを愛したい。
 それは紛れもない私の心からの願いなのに――。
 でも、一緒にいればいるほど、見つめ合えばあうほど、私たちは泣いてばかりいる。未来を嘆いてばかりいる。
 お互いが素直になれないのに、このまま二人が一緒にいたとして、果たして本当に幸せになれるのだろうか。

 ――しかし――

「…………っごめ、ラミ……」
「――――っ」
 カナタの静かな嗚咽を聞いた時、あれこれと思い巡らせていた事が、一瞬にしてどうでもよくなった。

 何故あなたを好きなのか――。
 なぜ、こんなにも愛しているのか。守りたいと思ったのか。
 幼い頃から、あの砂浜で波と戯れていた頃から、彼にどうしようもなく惹かれ続けていた。
 今更どうして……嫌いになれようか。
 自分よりもずっと大切な存在なのに。
 私が世界で一番愛する人なのに――。
 どうして、突き放して、泣かせることが出来ようか……。

 ふいに立ち上がり、勢いよく寝室の扉を開けた時、カナタの潤んだ瞳が私を捉えた。
 堪えきれなかった私は、涙を拭うこともせずにそのまま彼の胸に飛び込んだ。

「絶対に、帰ってきて!」
 彼の胸元のシャツを掴んで胸に顔を埋める。
 カナタは驚きながらも、表情を途端に緩ませ「うん」と涙ながらに優しく笑った。
「わかった。絶対に、帰ってくる」
 そう言って自らの手で私の手を包み込んだ。

「……うぅっ」
 その一言で涙が滝のように溢れ出した。安堵の涙だった。

 何故カナタを送り出すことが出来ないのか。
 送り出す度に「これが最後かもしれない」と不安に駆られた。
 彼が怪我して帰ってくる度に、私の心も同じだけの怪我を負った。
 もうそんな日々に疲れたのだ――。
 カナタが居なくなってしまう事を想像しながら一人眠る日々が、どれだけ怖かったか。
 帰ってくるというその一言だけで、私は全ての苦しみが報われたような気になった。

 彼が必ず帰ってくるのなら、私はきっと耐えられる。
 尊重は出来なくても、彼の選択を応援することは出来る。
 必ず帰ってくるのなら、誰よりも彼を愛しながら、彼をいつまでも待つと。

「大丈夫、ラミエル。絶対に帰ってくるから。……安心して」
「……また絶対会える?」
「もちろん。絶対に帰ってくるよ。会える」
「…………うぅ」
 彼の胸に顔を埋めながら、その鼓動を聞いた。
 彼は私の背中を優しく撫でながら「ごめんね」と呟く。
「ごめん、ラミエル」
「いいの。私こそごめんなさい。カナタが無事ならそれでいいの。カナタが……幸せで、無事で、生きているのなら、それで、いいから……」
「今、めっちゃ幸せ」
「――こんな時に冗談言わないで」
「冗談じゃないってば」

「――――」

「本当に……幸せなんだって」
「そういうことにしてあげる」
「ありがとう」

 私はカナタを見つめる。そして、カナタの心を――見つめた。
 辛いだろう。苦しいだろう。
 優しく繊細なカナタが戦場の最前線に出るなど、幼い頃は想像もしていなかった。
 こうやって彼の温もりを知ってしまえば、どう足掻いたって離れる時の喪失感は、身を引き裂かれるように辛い。
 しかしカナタは、私を愛しているカナタは、それでも行くのだ。
 仕方ない。そんなカナタを私は愛してしまった。

「ねぇラミエルのヴォリノ、久しぶりに聴きたい」
「なに、弾く?」
「そうだな……星空の海、とか、また聴きたいな」

 ――星空の海――
 その言葉がすっかり大人になった彼の口から発された時、まだ私は彼の心の中に変わらない核を見つけ、それがとても嬉しかった。
「また懐かしい曲を……」
 私は微笑みかけた。
 彼と共に弾いた、彼のために弾いた、彼が拙くも弾いてくれた、彼を想って弾いた、あの曲だ。

「カナタ一緒に弾く?」
 カナタが持ってきた簡易ヴォリノに視線を移したあと、彼の群青色の瞳を見つめる。

「うん。簡単な方でいい?」
「仕方ないわね。難しい方やってあげる」

 それはどこか見覚えのある会話。
 それはどこか見覚えのある笑顔と、見覚えのない苦しさと切なさ。
 震える声同士が愛おしそうに見つめ合う。

 例え耐えられないほど辛い愛でも、もう構わなかった。
 そう決意しながら私は彼と共に、音を奏でた。
 切なく哀しく……情緒的で繊細な音だったが、確かに力強く光っていた。

 ――幼い頃から何度か共に弾いてきたのに、こうも音が違うのね。

 真っ暗闇で見えない未来の中、二人を囲む音は煌めいていたような気がした。
 萎れかけた花に水を与えるように、暗闇にほのかな明かりが灯るような気がした。

 カナタはどう想っているのだろう。
 この音に、何を感じていたのだろう。

 私は少しでも彼のためになりたいと、彼の苦しみを取り去ってあげたいと、そう願いながら彼に寄り添いながら彼と最後の音を奏でたのだった。






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