砂漠の女王が愛した星【完結】

藤沢はなび

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本編

ユージンとの出会い

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 ユージンは隣国のエプトからシェバに売られてきた奴隷だった。
 11年前の17歳、まだ私が王女だった頃街の視察をしていた時に、異国人故の惨い差別をされている場面に遭遇したのだ。


「なにをしている?」
「……王女様。あっ」
 身なりの良い商人たちが慌てて殴っていた手を止め、一斉に私に頭を下げた。

 その異国人の歳は私と同じくらいだろうか。
 もう衣服の役割など果たされていないような薄汚い布を身にまとい、生傷と共に、治りかけの痣と傷が痛々しくその肌に刻み込まれていた。
 身体が痛いのか、屈辱的なのか、私に頭を下げるその異国人の仕草はどこかぎこちない。

「この者は誰だ?」

「あーエプトから来た奴隷でございます。……このように身なりも汚く。礼儀もなっていないので教育を、と」
 商人は恐る恐る顔を上げ、私と目が合ったのち、罰が悪そうにまた視線を下げる。

「エプト……か」
 私の父が統べるシェバ王国は、鉱産物――鉄や金、鉱石等が豊富に採れる豊かな国だ。
 軍事力も申し分なく、他国からの信頼も厚く、シェバ人と共に歩けば金持ちだと認められると海外諸国でも言われるほどには豊かな人達が暮らしている。
 エプトは隣の国で、かつてシェバをも支配し栄華を極めた時代もあったらしいが、今現在はシェバがほぼ実権を握っている小国と言ったところだ。
 今エプトを統べている王はまだ10歳と聞く。
 彼国が豊かになる為にはまだまだ時間がかかるだろう。そう父が言っていた。

「……お前、名前は?」

 その奴隷は虚ろな目で黙ったまま私の問いかけに答えない。
 商人達が焦りだし「おい!」と奴隷を小突出した。

 私が大きくため息を吐くと、商人はたちまち黙りだす。
 面倒だとは思ったが、私は膝を折り奴隷と目線を合わせた。
 その光景に商人だけでなく、私の護衛までもが息を飲み、空気が凍りつくのが分かった。
「名前は、と聞いているのだ」

 ここで答えなかったら体裁の為にも罰するしかないが……。
 そんな心配がなかった訳でもない。

 だが奴隷は私と目線を合わしはしなかったものの、掠れる声で言った。
「……ユージン、と申します」

「ユージンか。良い名だ。お前、読み書き出来るか」

 私がユージンにそう問いかけると、商人は焦ったように口を挟み出す。
「この者は奴隷です! 読み書きなど」
「お前は黙れ。私はこの者に聞いているのだ」

 肌は傷だらけだった。
 だが、日に焼けた茶髪がその身体に反し異様に美しかった。
 売り飛ばされる前は貴族とまでは行かずとも、良い身分だったのではないか。そう感じたのだ。
 知識や教養を持つ者ならば、どんな身分、容姿であれ、ぜひその口から出る言葉を聞いてみたいと思ったのだ。

「はい」
 奴隷は一言そう言った。

「何か知識は持ち合わせているか。構わず申せ」

「……私は船旅をしていた者ですので、海外諸国の事情にはある程度…詳しいかと、思います」
 拙くおどおどと言葉を紡ぐユージンの姿。
 シェバの王女を前にしての緊張ゆえかと思っていた。
 今となればそれが違うことも分かる。

「ユージン。お前、私の元で働かないか」

 私がそう言った時の周りの驚きようと言ったら……当時の私はそれがおかしくて堪らなかった。
 私は幼少期から政治や経済について学び、剣術にも長け、常に優秀で完璧な王女であったのだ。
 その王女がエプトの奴隷を引き取るなど、基本あってはならない事だった。

 案の定、騎士も女官も商人も、その場で皆口を揃え反対した。
「格下の国の、しかも奴隷ですよ!」
「関係ない。知識あるものの話を聞いてみたいのだ」
「セイル様……! 見知らぬ顔を城に入れれば王に叱られます!」
「なに、叱られはしても殺されはしない」
「この者の身なりをご覧ください。セイル様の威厳も下がります!」
「私は気にしない。身なりなんてどうとでもなる」

「はぁ……セイル様」
 最後は半ば呆れられる形でユージンを引き取った。

 父である王には私がユージンの聡明さを懸命に説明し、ユージン自らにも王の前で海外諸国の政治状況を語ってもらった。
 初めは父も驚いていたが、私を叱るような事はせず、ユージンの話も黙って聞いてくれた。
 最終的に父は、この国と娘を危険に晒すような事があればすぐ処刑すると告げてユージンを私の元に迎え入れることを認めてくれたのだ。

 ユージンは苦しみから救ってくれた恩を忘れないと一生仕えると、そう私に言った。
 初めこそ、話を聞いたら適当に解雇でもしようかと思っていたが、ユージンの賢さと機敏さ柔軟さに、私も次第に身の回りの事を任せるようになっていった。

 19の時、シェバに聡明で美しい王女が居ると海外で噂になり、エレム国王のソロからの執拗な文に根負けしてエレムへ出向いた時も彼は帯同し、その賢さを買って外交の場での交渉の補佐なども任せた。
 そしてそのソロと互いの思惑を話し合った末関係を持ち、帰国途中にユリウスを妊娠した事が分かり父を激怒させた時も、ユージンが必死に仲を取り持ってくれた。

 ユリウスを産んですぐに両親が亡くなった後、両親が暗殺をされたのではないかと噂が流れ、恐ろしさと孤独に囚われていた私は"女王になどなりたくない"と1度だけユージンの前で泣いた事があった。

「セイル様。……ユリウス様が成人されたら王の座を譲れば良いのです。お立場をお考えください。……今、この国は民は王が居なくなり不安に満ちています。今この現状、セイル様以外、この世を正せる者は、居ません。ご決断を」
 記憶の中のユージンの声は奇妙な程に震えていた。
 私の悲しみに寄り添ってくれているのだろうと当時は思っていたが、きっとなけなしの罪悪感でも存在していたのだろう。

 ユージンは――エプトは、私を一人にさせたくてその為に両親を殺した。
 信頼を獲得するためにはまず孤独が必要だ。まんまと私ははめられた訳だ。
 分かっている。
 今思い返せばユージンの行動には落ち着きが無かったような気もした。
 私が彼を信用せず、注意深く彼を疑えばここまでの事態にはならなかった。


 両親暗殺も、スパイ行為も、そして私を殺した後にシェバに攻め込むのも祖国からの命令だったのだろう。
 なにか弱みでも握られていたのかもしれない。
 私に何か出来ることがあったのかもしれない。
 あぁ。本当に。自分が嫌いだ。

 どこから彼の計画のうちだったのか、いつからだったのか、今となってはそれを知る由もないが、最期まで彼を信じたかった自分の愚かさに嫌気がさす。


 ユージンに懐いていたユリウスが彼の裏切りを間近で見るような事がなくて良かった。
 今はただそれだけだと、心を保った。

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