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本編
孤独が見上げた星
しおりを挟む自らの心を落ち着かせるようにゆっくりと立ち上がり、呼吸が止まって冷たくなっていくユージンの亡骸を見下ろした。
心に浮かぶ感情は数え切れない程あるのに、それを表情に出したいと願っても今の私にその気力は残されていなかった。
例え残されていたとしても、感情をあらわにする事は出来なかった。
女王である私の癖だ。
ユリウスを産んだ年に、私の両親である王と王妃は謎の死を遂げ、悲しむ暇もなく私は弱冠20歳で女王に即位した。
立場柄、皆それぞれ思惑を抱えながら私に接してくる。対価を望むから私に仕えるのだ。
誰も私の心など見ようとしない。
王女の頃からそれは理解していたが、その時は愛情を注いでくれる両親が傍に居てくれた。
だが、両親が亡くなって私は女王となり、一層周りの欲が見えるようになってしまった。
皆に寄り添う聡明な女王を演じていたから、欲を持たない忠誠心のある者は、"セイル"ではなく"女王"に仕えた。
女王として次第に慕われ神と崇められていったが、私は常に孤独だった。
安らぎを願える運命は、一人の女性セイルには用意されていなかった。
そしてシェバの女王として生きていく中で、余計な感情は心の奥底に閉じ込め、常に国の未来を見据えながら、行動し生きてきた。
それが誇りだと言い聞かせて。
国や民が経済的にも精神的にも豊かであれば、他国に余計な戦争を仕掛けずに済む。
その為に民に辛い労働を強いるかもしれないが、必ずこの国を守ってみせよう。
民、一人一人の声を聞こう。
私はこの国を愛しているのだから。
私は王のみが許される儀式を神殿で行った後、そう民の前で演説をした。
その時の大歓声と、満面の笑みを浮かべる民たちを見て、私は誓ったのだ。
もう、どんな孤独にも耐えよう。期待に応えよう。
個人的な情でさえ、閉ざそう。
愛するあなた達の為に、と。
「……セイル様」
青年騎士が立ち尽くす私の腕を取った。
「お時間が……」
「あぁ。すまない。……タリク!」
私はこの大広間の中で一番信用の置ける年長の側近を呼んだ。
「はい」
「タリク、この城は最悪捨ててもよい。軍は優先して民たちを守れ。エプトが私を出せと言ってきたら、遠い場所へ逃げたとでも言っておけ。ユリウスは……そうだな。私と共に逃げていると、も。決して民たちを危険に晒すような真似はするな。…………ユージンの死体も、隠しておけ。……まさか、私を殺そうとしてまで侵略してくるとは思わなかった。エプトの方が1歩上手だった。至らぬ女王で、本当に、すまない」
タリクは父の代から忠実に国に仕えてくれて、私も幼い頃から信頼を寄せていた。
ユージン亡き今、この後を任せられるのはタリクしか思い付かなかった。
そしてもうひとつ、ある思いがふと心を過ぎる。
――迷った。
かなり迷ったが、迷うくらいなら――と
「タリク……あと」
周りにいる者に気付かれないよう、ある事を耳打ちした。
タリクは私の言葉に驚きながらも、深く聞くことはせずに「承知致しました」と従順に頭を下げた。
「これまでのセイル様の功績は後世にまで語り継がれる程素晴らしく、賢明なものでありました。このような聡明な女王に仕えることが出来たこと、誇りに思います。まずはお逃げください。生き延びてください。そしてまた、この国を取り戻してください……!」
「ああ……あとを頼んだぞ、タリク」
タリクに微笑みかけたあと、私は振り返り、冷静な面持ちで青年騎士の方を見た。
「騎士、すまなかった。……もう、大丈夫だ」
彼と目が合うと同時に、やはりその瞳には見覚えがある気がして首を傾げた。
「……っ」
しかしそんな様子の私に構わず、青年騎士は言葉を詰まらせたまま、何やら神妙な面持ちで右手で私の右手を握った。
「え? ちょっと」
その行動に驚く暇を与えることなく無く青年騎士は私の手を強く引き、早歩きで大広間を後にする。
「とりあえず、生きることが大事です。逃げてでも生きましょう」
「待て」
「これ以上待てません! あなたが死んでしまえばこの国は……私は!」
「大切な!」
不自然な程に焦る青年騎士の言葉を私は強くさえぎり、その手を離した。
「大切なものを、取りに行きたい。お前は騎士だろう。私を守ればよい」
私は青年騎士に信頼出来る女官3人と従僕2人の名を伝え、自室に呼んでくるようにと頼んだ。
その間に逃げる準備をするからと。
青年騎士は渋ったが眉間に皺を寄せながらも渋々承知してくれた。が、このような状況でも私は女王だ。
女王にそのような態度をとる騎士も中々居ない。
恐らく大広間に居た側近の誰かの近衛騎士だろうが、中々不敬ではある。
「まさか……」
と、ひとつの考えが頭を過ぎったが、その都合の良い妄想が間違っていた場合、相手も私も傷付ける結果になってしまうことに気付く。
余計なことを考えるのは辞めよう。今は別のことを考えよう。
そう自らに言い聞かせながら、急ぎ足で自室へと駆け込んだ。
荒れる呼吸のまま、書棚にしまわれている1冊の本を手に取り、慣れた手つきでとあるページを開く。
そこには小さく光る鍵が――。
誰にも、それこそユージンにも見つからないように、鍵をそのページに挟んでいた。
その鍵で執務机の小さな引き棚を開けると、溢れ返りそうな手紙たちが私の瞳に映し出される。
一瞬で蘇る愛おしい記憶たち。ずっと支えられた記憶たち。
様々な感情を与えてくれたこの人に、せめて今、会えたら――。
ダメだ……。と、直ぐに淡く浮かび上がる想いをかき消そうとするが、そう簡単に心から消える想いでもなかった。
最後に交わしたその一通だけをおもむろに取り、ユリウスの手紙と共にまとっている衣服の胸元にしまった。
そして後は全て自室の洗面台へと投げ込み、震える手で火をつけた。
すぐに炎は手紙たちを覆い尽くし、孤独な日々を支えてくれた文字たちを灰にしていく。
その炎を見ながら私の頬には、誰にも知られることの無い涙が伝った。
もし私に万が一の事が起こった場合、私の部屋は捜索される。
そして、この者の名前を調べられたらこの者もエプトに尋問され、最悪の場合処刑されてしまうだろう。
何としてでも守りたかった。
例え灰に消えたとしても、誰にも知られることなく終わる想いだとしても、守りたかった。
「セイル様、大丈夫ですか? いらっしゃいますか? ご準備は整いましたか?」
自室の扉の向こうで見知った女官の声がした。
「ああ。大丈夫だ。……行こう」
生活感の残る、何年も過ごした自室を見渡す。
日々手紙をしたためた机、我が子ユリウスを膝に抱え読み聞かせをしたソファ、そしてあの日、王になりたくないと泣きじゃくったベッド。
父と母との記憶だって、ユージンとの記憶だってある。
この居城は28年間過ごした私の家だ。
……また、戻ってこられるだろうか。
ユージンの号令が無い事からエプト軍は焦っているだろうが、じきにこの城にも侵入してくることだろう。
タリクが上手くやってくれるといいが……。
震える手を震える手で抑え、やっとの思いでドアノブに手をかけた。
……らしくもない。
私はこのシェバ国の女王だ。
余計な感情を捨て、愛する国の為民の為に懸命に身を注いできたのだ。
冷静に、気丈に振る舞わなければ。
周りを不安がらせては女王失格だ。
「待たせた」
私は未来を信じてふと微笑んだ。
――しかしこの部屋に、この城に、私が戻って来る事は二度となかった。
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