砂漠の女王が愛した星【完結】

藤沢はなび

文字の大きさ
6 / 27
本編

孤独が見上げた星

しおりを挟む


 自らの心を落ち着かせるようにゆっくりと立ち上がり、呼吸が止まって冷たくなっていくユージンの亡骸を見下ろした。

 心に浮かぶ感情は数え切れない程あるのに、それを表情に出したいと願っても今の私にその気力は残されていなかった。
 例え残されていたとしても、感情をあらわにする事は出来なかった。

 女王である私の癖だ。
 ユリウスを産んだ年に、私の両親である王と王妃は謎の死を遂げ、悲しむ暇もなく私は弱冠20歳で女王に即位した。

 立場柄、皆それぞれ思惑を抱えながら私に接してくる。対価を望むから私に仕えるのだ。
 誰も私の心など見ようとしない。
 王女の頃からそれは理解していたが、その時は愛情を注いでくれる両親が傍に居てくれた。
 だが、両親が亡くなって私は女王となり、一層周りの欲が見えるようになってしまった。

 皆に寄り添う聡明な女王を演じていたから、欲を持たない忠誠心のある者は、"セイル"ではなく"女王"に仕えた。
 女王として次第に慕われ神と崇められていったが、私は常に孤独だった。
 安らぎを願える運命は、一人の女性セイルには用意されていなかった。
 そしてシェバの女王として生きていく中で、余計な感情は心の奥底に閉じ込め、常に国の未来を見据えながら、行動し生きてきた。
 それが誇りだと言い聞かせて。


 国や民が経済的にも精神的にも豊かであれば、他国に余計な戦争を仕掛けずに済む。
 その為に民に辛い労働を強いるかもしれないが、必ずこの国を守ってみせよう。
 民、一人一人の声を聞こう。
 私はこの国を愛しているのだから。
 私は王のみが許される儀式を神殿で行った後、そう民の前で演説をした。
 その時の大歓声と、満面の笑みを浮かべる民たちを見て、私は誓ったのだ。
 もう、どんな孤独にも耐えよう。期待に応えよう。
 個人的な情でさえ、閉ざそう。
 愛するあなた達の為に、と。


「……セイル様」
 青年騎士が立ち尽くす私の腕を取った。
「お時間が……」

「あぁ。すまない。……タリク!」
 私はこの大広間の中で一番信用の置ける年長の側近を呼んだ。
「はい」

「タリク、この城は最悪捨ててもよい。軍は優先して民たちを守れ。エプトが私を出せと言ってきたら、遠い場所へ逃げたとでも言っておけ。ユリウスは……そうだな。私と共に逃げていると、も。決して民たちを危険に晒すような真似はするな。…………ユージンの死体も、隠しておけ。……まさか、私を殺そうとしてまで侵略してくるとは思わなかった。エプトの方が1歩上手だった。至らぬ女王で、本当に、すまない」
 タリクは父の代から忠実に国に仕えてくれて、私も幼い頃から信頼を寄せていた。
 ユージン亡き今、この後を任せられるのはタリクしか思い付かなかった。

 そしてもうひとつ、ある思いがふと心を過ぎる。
 ――迷った。
 かなり迷ったが、迷うくらいなら――と
「タリク……あと」
 周りにいる者に気付かれないよう、ある事を耳打ちした。
 タリクは私の言葉に驚きながらも、深く聞くことはせずに「承知致しました」と従順に頭を下げた。

「これまでのセイル様の功績は後世にまで語り継がれる程素晴らしく、賢明なものでありました。このような聡明な女王に仕えることが出来たこと、誇りに思います。まずはお逃げください。生き延びてください。そしてまた、この国を取り戻してください……!」
「ああ……あとを頼んだぞ、タリク」

 タリクに微笑みかけたあと、私は振り返り、冷静な面持ちで青年騎士の方を見た。

「騎士、すまなかった。……もう、大丈夫だ」
 彼と目が合うと同時に、やはりその瞳には見覚えがある気がして首を傾げた。

「……っ」
 しかしそんな様子の私に構わず、青年騎士は言葉を詰まらせたまま、何やら神妙な面持ちで右手で私の右手を握った。
「え? ちょっと」
 その行動に驚く暇を与えることなく無く青年騎士は私の手を強く引き、早歩きで大広間を後にする。

「とりあえず、生きることが大事です。逃げてでも生きましょう」
「待て」
「これ以上待てません! あなたが死んでしまえばこの国は……私は!」
「大切な!」
 不自然な程に焦る青年騎士の言葉を私は強くさえぎり、その手を離した。
「大切なものを、取りに行きたい。お前は騎士だろう。私を守ればよい」


 私は青年騎士に信頼出来る女官3人と従僕2人の名を伝え、自室に呼んでくるようにと頼んだ。
 その間に逃げる準備をするからと。
 青年騎士は渋ったが眉間に皺を寄せながらも渋々承知してくれた。が、このような状況でも私は女王だ。
 女王にそのような態度をとる騎士も中々居ない。
 恐らく大広間に居た側近の誰かの近衛騎士だろうが、中々不敬ではある。

「まさか……」
 と、ひとつの考えが頭を過ぎったが、その都合の良い妄想が間違っていた場合、相手も私も傷付ける結果になってしまうことに気付く。
 余計なことを考えるのは辞めよう。今は別のことを考えよう。
 そう自らに言い聞かせながら、急ぎ足で自室へと駆け込んだ。

 荒れる呼吸のまま、書棚にしまわれている1冊の本を手に取り、慣れた手つきでとあるページを開く。
 そこには小さく光る鍵が――。

 誰にも、それこそユージンにも見つからないように、鍵をそのページに挟んでいた。
 その鍵で執務机の小さな引き棚を開けると、溢れ返りそうな手紙たちが私の瞳に映し出される。
 一瞬で蘇る愛おしい記憶たち。ずっと支えられた記憶たち。

 様々な感情を与えてくれたこの人に、せめて今、会えたら――。

 ダメだ……。と、直ぐに淡く浮かび上がる想いをかき消そうとするが、そう簡単に心から消える想いでもなかった。
 最後に交わしたその一通だけをおもむろに取り、ユリウスの手紙と共にまとっている衣服の胸元にしまった。

 そして後は全て自室の洗面台へと投げ込み、震える手で火をつけた。
 すぐに炎は手紙たちを覆い尽くし、孤独な日々を支えてくれた文字たちを灰にしていく。
 その炎を見ながら私の頬には、誰にも知られることの無い涙が伝った。

 もし私に万が一の事が起こった場合、私の部屋は捜索される。
 そして、この者の名前を調べられたらこの者もエプトに尋問され、最悪の場合処刑されてしまうだろう。

 何としてでも守りたかった。
 例え灰に消えたとしても、誰にも知られることなく終わる想いだとしても、守りたかった。


「セイル様、大丈夫ですか? いらっしゃいますか? ご準備は整いましたか?」
 自室の扉の向こうで見知った女官の声がした。

「ああ。大丈夫だ。……行こう」


 生活感の残る、何年も過ごした自室を見渡す。
 日々手紙をしたためた机、我が子ユリウスを膝に抱え読み聞かせをしたソファ、そしてあの日、王になりたくないと泣きじゃくったベッド。
 父と母との記憶だって、ユージンとの記憶だってある。
 この居城は28年間過ごした私の家だ。

 ……また、戻ってこられるだろうか。

 ユージンの号令が無い事からエプト軍は焦っているだろうが、じきにこの城にも侵入してくることだろう。
 タリクが上手くやってくれるといいが……。

 震える手を震える手で抑え、やっとの思いでドアノブに手をかけた。

 ……らしくもない。
 私はこのシェバ国の女王だ。
 余計な感情を捨て、愛する国の為民の為に懸命に身を注いできたのだ。
 冷静に、気丈に振る舞わなければ。
 周りを不安がらせては女王失格だ。

「待たせた」
 私は未来を信じてふと微笑んだ。

 ――しかしこの部屋に、この城に、私が戻って来る事は二度となかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...