砂漠の女王が愛した星【完結】

藤沢はなび

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本編

裏切り者の真実

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 あんな表情をさせてしまったのにも関わらず、ナジュムはヤーコプの店に帰る途中、街の様子に意識を向けながらも私を不安がらせない為か、他愛もない話を聞かせてくれた。
 そしてまた、先程取り乱してしまった私も荒れる心情を隠して、ナジュムを不安がらせないようなるべく普段通りに接するように心がけたが――今まで何度も言ってきたはずの「大丈夫」が、これ程まで重苦しい言葉だということを私は知らなかった。



「戻った」
 ヤーコプの店の扉を開けると、街の様子に鈍いのかニコニコと微笑むヤーコプがそそくさと出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ!」
 そして罰が悪そうに私の顔をひっそりと覗き込む。
「なんだ?」と私が聞くと、
「セイル様。あの、ユージン様からお手紙が届いていたのをすっかり忘れておりまして……」

「……それ、は」
 ふとナジュムと目を合わせれば、彼も私と同じ怪訝な表情を浮かべている。

「1週間ほど前、でしょうか……。もし、セイル様がこの店に来るようなことがあれば、この手紙を渡してほしい、とユージン様から承っておりました」
 横目でナジュムが不安そうに見つめる中、ヤーコプが申し訳なさそうに差し出す手紙をややぎこちなく受け取る。

「ああ、ありがとう……」

「そういえば今日はユージン様いらっしゃらないんですね!」
 何とも言えない、濁った雰囲気を和やかにしようとするヤーコプの心意気が透けてみえるが、虚しくもその心意気は更に雰囲気を濁らせる。
「……ああ、そうだな」
 しかし、いけないことを言ってしまったか! とギョッと顔を歪ませるヤーコプが何とも滑稽で、思わず笑いが込み上げて来そうになる自分もいた。

「ヤーコプ、世話になった。もうすぐでここを出る。この恩は忘れない」
 彼は微笑む私に安堵し胸を撫で下ろす。
「また何かあったらお力になりますね」

 私は手紙を懐に隠した。




 隠し部屋へと戻ると、すぐさまイフラスが私に飛び込むように抱きついてきた。
「く、くるしいから」
「よくぞご無事でー! イフラスはとても心配していたんですよ!」
「街に出たくらいで大袈裟だな……」
 イフラスをあやしながら顔を上げると、精悍な面持ちのマリクが視界に入る。
「そなたの父に弔いの祈りをしてきた。立派な父だった」
「……ありがとうございます。もう私は大丈夫です」
「――そうか。よかった」 

「おかえりなさいませ」
 長旅に備えた大荷物を傍らにアビドも微笑んで迎えてくれた。

 みんなが揃ったのを確認すると、右後ろに立つナジュムの気配を感じながら、恐る恐る口を開く。
「……エプトが新たな声明文を出していた。私の首を差し出さなければ、王宮の者も民も一人ずつ……串刺しにすると」
 ナジュムと私以外の皆が言葉を失い、胸を抉られるような痛みを感じる。
「……そして、城門に晒された首は増えていた。タリクだけではない、マカドナ、ハマーン、アレク……恐らく、拷問の末斬られた可能性がある」
「……っ」
 その言葉を聞いた女官3人は口を手で覆い隠し、酷くショックを受けている様子だった。

「……私は、どこへ行くべきだと思う」
 私に、城へ戻れと助言すればそれは王に対して死ねと言ってしまうことになる。
 我ながら嫌味で苦しい問いかけをしてしまったが、どこかで戻れと言って欲しい気持ちもあった。

「何を言っているんですか、逃げましょう。せっかく準備したのですから。ナジュム殿もそう思うでしょう?」
 アビドからの突然の問いかけにナジュムは驚いていたが、すぐにその問いに答えた。
「ええ、もちろんです。セイル様には生きていただかないと」
「……わ、私達も、同じです!」
 マリクや女官たちも口を合わせてそう言った。

 気を遣わせてしまっただろうか。――当たり前か。私はシェバの女王だ。
 何ものにも例えがたい複雑な感情達が喉を震わせる。
「そうか。では……行こう」



 一歩外に出れば、街は女王の見た目の話で持ち切りだった。
 ウェーブがかった長い黒髪と、やや褐色の肌。長身で美人だの醜女だの。
 ――俺が殺して英雄になるだのと。
 自らが愛した民に命を狙われる事ほど辛いものはないが、それでも民も辛い思いをしている。
 生きる為には仕方の無い選択なのだろう。
 仕方の無い……か。何とも都合の良い言葉だが、民に殺されるのならそれが本望かもしれない。どうせ殺されるのなら愛するものに殺されたい。
 思わず浮かべてしまう笑みには、悲しい影が走る。

 そうして耽っていると、ふとナジュムが私の隣にやってきて「ユージン……様の手紙の事はお伝えしなくて大丈夫だったんでしょうか」と周りを気遣いながら耳打ちしてきた。
「……ああ。恐らく政治的な絡みのない手紙だろうから、余計な心配はかけたくない」
「そう、ですか……。何かお困りごとがあれば相談してくださいね」
「ありがとう」
 私は心ともなくナジュムに微笑みかけた。

 最初こそ動揺していたが、この渦中彼が居なければ今頃私の心は砕け散っていただろう。
 城門前でタリクたちの首を目にしたあの時から……いや幼い頃から、私を肯定する言葉をかけてくれた優しさには感謝してもしきれない。
 あの時の感情を思い出すことさえ苦しくて、もう辞めようと何度も考えたこともあったのに、今はそれに助けられている。それは事実だ。

 私が彼を肯定する感情の傍らにはいつも切なさ等が宿ってしまうことがなんとも残念だけれど、それほど強くはない私がここまで生きてこれたのは、彼との小さな思い出を抱き続けてきたからだった。
 どんなに苦しくても、切なくても、叶わなくても、抱き続けてきたからだ。

 私の微笑みにナジュムは少し驚いたように顔を赤らめる。

 ――――2年前の最後の手紙、恥ずかしげもなく愛してるとナジュムは綴っていた。
 今でもその言葉は真実としてナジュムの心に残っているのだろうか。
 その一通は今もユリウスからの手紙とユリウスへの手紙と共に胸元にしまってある。
 どれだけ私を苦しめ、どれだけ私の勇気になったことか。
 でももうそれは、ずっと過去の事で。
 彼が好きな、恋焦がれた無邪気な少女はもう居なくなってしまった。



 その日、私が生まれてから28年間過ごした首都の街を抜けた。
 何も感じなかったといえば嘘になるが、いつか戻ってこられると信じていたのかまだ冷静に振る舞うことは出来た。

 そして夜も更ける頃だった為、ひとまずはシェバの首都を抜けた先の街の宿に泊まることとなった。
 イフラスは年長者でふくよかな体型で、膝が悪い。
 道中、私の歩くスピードに文句を言いながらもついてきてくれことから、疲労も溜まっているだろうと先に部屋で休ませた。
 そしてあとの女官2人、バシーラとテラサも道中重苦しい雰囲気にならないようにと、会話を盛り上げてくれた。

「バシーラ、テラサ、2人も疲れたろう。早く休みなさい。今日は自分のことは自分でやるから」
 宿の前で可愛らしい少女ふたりに笑いかける。
「セイル様……」
「お気遣いありがとうございます」
「よい。苦労をかけるな」
 まるで姉妹のように笑顔で交わすその二人を見ていたら、多少の疲れも吹っ飛ぶようだった。

「セイル様」
 ふとアビドが横目で小声で私に手招きをする。

「……?」
「セイル様のお部屋はナジュム殿の隣にしておきました」
 なんとも意味ありげに怪しく微笑みかけるアビド。
「……お前、何か疑ってるな」
 面白おかしく言うアビドに私も思わず吹き出してしまった。
「いえいえ。もう年寄りになるとそんなこと出来ませんよ」

「残念だが、ナジュムと私はそのような関係ではない。そもそも昨日初めて会ったのだから」

「……私にはとても初めて会ったようには思えないのですよ」
 ニコニコと何かを期待する眼差しが私に向けられる。
「これはソロ王も嫉妬されますね」
「あーあいつの話はするな。頭が痛くなる」




 私は宿の自身の部屋へと入ったあとすぐにユージンからの手紙を取り出した。
 心を落ち着かせるようにひとつ深呼吸をする。
 そしてドアをすぐ背に、立ったままその真新しい封筒を震える手でゆっくりと開けた。



 セイル様

 この手紙を受け取っているという事は、恐らく私は死んでいるのでしょうか。
 きっとどんな言葉も言い訳に過ぎず、どんな綺麗な言葉を述べても、許してはくれない、いえ許して欲しいとも思っておりません。
 私は祖国からの命で、セイル様から父と母を奪いました。
 即位するセイル様に何知らぬ顔で接していたのです。
 拭っても拭いきれぬ重罪を犯したこと、そして、この期に及んでまで私はセイル様を陥れたいと思えないこと。
 このシェバをエプトのものにする為に近づいたはずなのに、いつの間にかセイル様に本心で仕えたいと思い始めていました。
 誰に嘘だと言われようと、それが私の本心でした。
 それでもエプトは私の思いを許してはくれませんでした。
 私はセイル様の信頼を裏切り、女王の命だけは助けるという約束の元、シェバの情報をエプトに流しました。
 しかし、今朝、私の手でシェバの女王を殺せと命じられました。
 祖国の約束を信じた私が愚かでした。
 どうか、私を斬ってくださってることを祈っております。
 セイル様に斬られて命尽きるのであれば、それが私の本望です。
 ユリウス様の事はご心配なさらないで。安全にエレムまで護送しております。
 セイル様に仕えた11年間、私の人生の中で一番充実した日々でした。
 お慕いしておりました。
 どうか、お生きください。

 ユージン



 便箋を持つ手がわなわなと震え、ゆっくりと、ドアにもたれ掛かるように座り込んだ。

 衣擦れと徐々に詰まっていく呼吸の音が部屋に響き渡り、行き場のない怒りと悔しさがユージンと自らへ向いていく。


「私は一体、誰を恨み、誰の責任に、すればよいのか……」


 お前は、私の両親を殺しながら、私にさえも刃を向け、国をも売り、
 ――それでも――
 私を慕っていた、と言うのか。
 いっその事、思い切り恨んでくれていた方が楽だった。

 あんなに声援をくれた民たちは手のひらを返したように私の命を狙い始めた。
 民を悪くは思わない。このような状況では至極当然のことだと理解している。
 けれど、民から悪魔と呼ばれたその声が脳裏にこびり付き離れないのだ。
 ――ユージン、お前も同じだと思っていた。

「なぜ。なぜ、こんなことをした……! ――私は、信じていたのに」
 絞り出すような声と共に静かにこぼれ落ちる涙。
 今はもう亡き裏切り者に、いくら怒りや嘆きをぶつけようと解決しないことなど分かっていても、こんな手紙を送り付けられて……。
 有り得ない。何を信じ、何が真実で、何故このようなことを起こし、何故私はこんなにも自分が嫌いなのだろうか。

 変わらない愛と信じていた。
 しかし、変わらない愛などないと見せつけられるような出来事ばかり身に降りかかり、もう惨い。惨すぎる。
 所詮私は人ではなく、女王だったのだ。
 私が愛してきた国は、民は、私が王でない方が幸せになれるのではないか。
 ユリウスも私が王でなければ、母でなければもっと穏やかな日々を送れたのではないだろうか。
 ナジュムがあの日助けた少女も、未来の王でなければ、彼に悲しい顔をさせることはなかったのではないか。

「それは違います!」
 全て私のせいだと取り乱した時、ナジュムは私にはもったいない程の真剣な眼差しでそう言った。

 ああナジュム。
 なぜ今、その言葉と顔が思い浮かんだのだろうか。
 今、私に言ってはくれないだろうか。今、全て私を肯定してくれないだろうか。私は今、あなたの言葉が欲しいのに。

「ユージン、なんという……最期の言葉を……。ひどい――」
 訳が分からない。
 自分でも理解が追いつかない思いの丈をぶつけるように、持っていた便箋を床に激しく叩きつける。
 その時の音は、私の中の張り詰めた糸がブチッと切れる音にさえ聞こえた。

 ――ユージンのことはもういい。
 決して理解などできないし、したくもない。
 彼を心から憎むことができない。
 それだけが私の中で確実なことだった。

 床にうずくまり頭を抱え、声を押し殺し涙する私を、女王を誰が知っているのだろう。
 この苦しみを誰が知っているというのだろうか。


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