砂漠の女王が愛した星【完結】

藤沢はなび

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本編

隠した願いと想い【前編】

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 エプト軍が待ち構えているかと警戒していたものの、幸いな事に今確認できる限りでは東の街に人は存在していなかった。

 私が産まれる前に起こった戦争の代償で、家や店、神殿も所々崩れ、街は半分砂に埋もれている。
 決して大きな街ではないが、人々が生活していた痕跡が、煌めいていた時代を思い出させ、そしてこの景色が私の近い未来の行く末を指しているかと思うと、胸が詰まるような罪悪感を覚えた。


 アビドとバシーラと別れを告げたあとは、この廃街で野宿できる場所を探した。
 無理やり明るく振る舞うイフラス、口数が減っていくマリクとテラサ、辛い表情ひとつ見せずに私の傍を決して離れないナジュム。
 身近な者や大切な人が立て続けにこの世から去り、そして役に立たなくなった女王などの為に、生まれ育った街から逃げ、そして敵国軍に追われる日々。
 皆それぞれに不安や恐れを抱えている。
 この者達を思えば本心など言えるはずがない。


 そして夜も近づく頃、使われなくなった寂れた神殿が砂嵐や寒暖差から守ってくれる事に気づき、この街を出るか出ないかは翌日話し合うことにして、ひとまずはそこで夜を明かすこととなった。

 もう食料の底も尽きる頃で、「腹がいっぱいだから」と笑って嘘をついては、イフラスやテラサに自らのパンを分け与える。
 最初は遠慮して受け取らない2人だったが次第に(わざと)不機嫌になる私を見て渋々パンを受け取ってくれた。

 これ以上の苦労をこの者たちに強いることは、シェバの神が許さないだろう。
 偶然にもここは寂れていても神殿で、愚かでも私は神の分霊で、命を懸けてでも守るべきものがあった。
 守れなかったものを数えて絶望の淵に突き落とされた日もあったが、身を寄せ合う彼ら彼女らを目にして、まだこんな私にも守れる存在があることを知った。
 ――いや、きっと神が知らせてくれたのだ。

 もう全て終わらせよう。
 力を無くしても、私には命がある。
 私の命は何よりも重いがゆえに、この悲劇を終わらすこともできる。
 彼女ら彼らには出来ないことだ。


 自らの運命を悟りつつあった私は、泣き言も殆ど言わずに付いてきてくれた一人一人と話をすることにした。


 神殿の中、神を祀る祭壇の前。私は最初にイフラスを呼んだ。

「疲れてないか? ……少し痩せたようにも見えるが」
 王女であった時から私付きの女官として尽くしてくれたイフラス。
 宮殿に来た当初は細身だったはずなのだが、私が成長していくにつれて苦労をかけたのか、ふくよかで、だが美しい婦人へと変わっていった。
 いつも明るく、私のために喜び、怒り、悲しんでくれる、無邪気な母のような存在だった。

 ――正直、城を出る時に彼女を連れていくかはかなり迷った。
 ユージンに裏切られ、内心絶望の淵に立たされたような気でいた私は、少しでも明るく振舞ってくれる人が傍にいて欲しかったが、だからこそ私の傍に置くべきではないとも考えた。
 その明るさが徐々に失われている今、後悔していないと言えば嘘になるが、イフラスが居てくれたからこそ、バシーラやテラサが過度な不安に陥らずに済んだ事には心から感謝していた。

「セイル様は足が早いのでそりゃあ疲れますよ。元々太っていたので、少しくらい痩せたところでどうって事ありませんわ」
「お前はいつもそうやって明るく振舞ってくれたな。感謝してるよ」
「なんですか、急に。死に際に言うような言葉――」
「いや、私が死なせないよ」
「……本当に、大きくなられましたね。王女様であったセイル様の無茶ぶりに耐えたかいがありました」
「ん? そんな無茶を頼んだか? 私は至って優秀でお淑やかな王女であったと思うが」
「お淑やかな王女! またまたご冗談を! 次の公務まで1時間しかないのに、外に出たいって言い出して、もう大慌てで準備致しました私! 他にも変装のお手伝いも、急に男装して外に出たいと言い出した時も、見たことも無い書を探して欲しいと言われた時も、私本当に大変だったんですから! エレムへついて行った時なんてもう、セイル様の口の悪さに毎日ハラハラしていましたわ! 他の方たちはね、セイル様がとても優秀な女王になられると疑っておりませんでしたけど、実はイフラスは密かにセイル様は女王になりたくないのでは? と疑っておりましたわ」
「ふふ。そうだったな。だが、よく見てみろ。事実私は立派な女王になったではないか……」
 あの頃よりもずっと落ち着いた私は、イフラスに静かに微笑みかける。
 そんな笑みにイフラスは目を細め、私の髪を撫でるのだ。

「……本当に。立派な女王様になられました。最後の一人になっても、私はどこまでもついていきますよ。……ナジュム殿と一緒に」
「なにか企んでるな、イフラス」
「……セイル様が王女だった時、縁談話を断った訳が何となく分かった気がします」
 イフラスは悪戯げに横目でチラッと私を見ると、目じりにしわを付け、歯を見せて笑った。

 ――あぁ、笑ってくれた――
 イフラスはやはり自然な笑顔が似合う。

「……どうだか」
 ぎこちなくはあったが、私も笑みを零すことがまだ出来た。
「それではおやすみなさい。セイル様。また明日」
「ああ、おやすみ、イフラス」





 次にマリクを呼んだ。
 彼はこの道中、私の誤った判断で、しなくて良い苦労までを経験させてしまった。
 マリクにとってどれほど苦しく、辛い長旅だっただろうか。
 自分を責めるなと私がいくら声を掛けた所で、彼がとめどなく感じてしまう自責を止めることは出来ない。
 本当に、心から申し訳ないと感じていた。

 今は亡きマリクの父、タリクについて語り合っている時、ふとある事を思い出した。
「……そういえば、マリク、婚約者がいたか」
 1ヶ月ほど前にタリクが、「倅が婚約したんですよ、相手が賢いお嬢様でね」と自慢げに話してきたことを思い出す。

「そうか! ……何か贈り物をせねばな、マリクは何が好きなんだ?」
 と目じりを下げながらタリクとマリクの有望な将来について語った。
 今ではその将来も――私のせい、で、泡の如く弾けて消えてしまいそうだが。

「はい。父の紹介で」
「どんな人、なんだ?」
「とても賢い方です! ……私は昔から物分りが良すぎて虐められる事もあったのですが、その女性は私の同じくらいの知識を持っていて……まぁ3歳上なんですけど」
「良いではないか。マリクは21だったから、24か」
「はい。ただ、セイル様と語り合う時間が一番有意義でしたよ。セイル様は私の意見を否定せずに聞いてくださるのに、いつの間にかセイル様の意見に飲み込まれていて、どうすればそのような話術が会得出来るのか不思議で仕方ありませんでした」
「ははっ、そうだったのか。昔は口達者だと言われていたからかな」
「いつか――教えてくださいね」
「……ああ、胸に刻んでおこう」
「約束ですよ」
「分かったよ。……マリク、色んなことがあっただろう、この1ヶ月弱。今晩だけでもゆっくり休みなさい」

「セイル様」
「なんだ?」
「……父を失った時、セイル様は休めと、一介の従僕に涙を流す時間をくださいました。あの時私はこの国に仕える事が出来て良かったと、心から思ったのですよ」
 マリクは息を付くように微笑む。
 その微笑みがどうか永遠に続く事を、私は祈った。

「――私も、お前のような聡明で賢い若者がこの国を支えてくれたこと、誇りに思ってるよ」
「その言葉、胸に刻みます」
「……おやすみ。マリク」
「おやすみなさい」
 なにか覚悟を決めたようなマリクの表情に心が痛んだ。




 その後テラサが眠そうな目を擦りながらフラフラと歩いてきた。

「テラサ。お前の純粋さはこの道中皆を癒してくれたな」
「……え、そんな! あり、がとうございます!」
 眠そうにしていたテラサは私の言葉に頬を赤らめ、途端にシャキッと背筋を伸ばし、「座りなさい」と言うとややぎこちなく私の隣に腰を下ろした。

「疲れていないか?」
「いえ!」
「ふふっそうか」
 やや緊張しているようにも見える面差しに、その清らかさに、思わず微笑みがこぼれる。

 テラサはこの中で一番若く、まだ17歳だった。
 4年前に城に入って来た時、13歳なのにも関わらず、大人達にも引けを取らない勉学の成績を持ち、城内で話題になった事があった。
 そんな少女に興味を持ち、会ってみればただひたすらに可愛く純粋な子で、心をくすぐられたような気持ちになったのを覚えている。
 私に娘がいたらこのような感覚になっていただろうかと。

 ――こんな行く末になると気付いていたら、連れていくことなどしなかった。
 自由に生きなさいと充分に生活できるだけの金を渡して、首都から逃がしていただろう。

「私は幼い頃からセイル様が大好きで、いつかこの目で見たい、仕えたいと思って、勉強を頑張ったんです」
「それは光栄なことだな。……実物はどうだったか?」
「とても素敵な方でした。噂が過小評価だと思うくらい! いくら知識を持っていようと、こんな小娘の話を聞こうとしてくれる方なんていませんでしたもの」
「あの時の私は見た目や年齢、人種など関係なく、皆平等に機会を与えられるべきだと思っていた」
「今は、違うのですか?」
「何とも言えないな。その結果が……ユージンだったからな」
「あ……」

「悔やんではいないし、あの時期に戻れたとして、あの王女にいくら忠告しようと耳を貸すような女でもない。……だが、あの考え方が私の仇となったのは事実だ」
「少なくとも私は、そのような考え方のセイル様を尊敬しています。だって、そうでなければ私の憧れの王女様、女王様とこうしてお話することは出来ませんでしたから……!」
 このような純粋で若く賢い少女がシェバを支えてくれていたら、シェバ国はどんな未来を描いていただろうか。
 不覚にも想像せざるを得なかった。

「その言葉、とても嬉しいよ。……ありがとう」
「いえいえいえ!」
「もう、眠いだろう? 時間を取らせてすまなかった。――おやすみ、テラサ」
「おやすみなさい、セイル様」
 ぺこりと一礼をすると、テラサは小走りで私の元から去っていった。



 そして最後に私の元にやってきたのは――。



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