砂漠の女王が愛した星【完結】

藤沢はなび

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エピローグ

残されたエレムの王

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 セイルからの手紙を震える手で読むソロ。
 彼女が身につけていた鉄と真鍮出てきた指輪がソロの手元にある。

「私が死んだらあげます」

 9年前の素っ気なく発された、この指輪の持ち主の言葉が頭にこだました。

 バシーラとユリウスはソロの前で黙ったまま跪いている。

「下がれ……」

 ソロの恐ろしく冷たい声にユリウスは不安になる。
「父上?どうされたのですか?」

「……落ち着いたら、話そう」
 恐ろしく冷たい声に深い悲しみが宿っていることをユリウスは気付いてしまった。

「わかり、ました」

 いつもなら笑顔で迎えてくれるソロが、今日はとても悲しんでいる。その事実にユリウスは不穏な予感を胸にともした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ソロは今すぐ、どんな手を使ってでもセイルをエレムへ来させろと臣下に命じた。
 エプト人の妻を娶っていた上に、勢いに乗ったエプトを敵に回すことになるという臣下達の反対を押しのけて、強引にその命を通し、ソロは臣下たちから反感を買うことになった。


 彼はその日、一人自室に篭もりセイルからの手紙をひたすらに読み返していた。
 彼女の形見である指輪を握り締めながら、ソロは玉のような涙を流している。


 そして、ある日従者がソロに伝える。
 セイルは恐らくエプト軍に殺されたと。遺体も見つからない状態だと。


 ソロは数日もの間、飲み食いもせず塞ぎ込んだ。

 しかし塞ぎ込んだ後は、王としての務めを果たさなければならないからと、重い体を起こし何事も無かったかのように振る舞わなければならなかった。


 そしてセイルとの息子……。
 ユリウスを愛してとの彼女の遺言に従いたかったが、ユリウスを目にすると彼女を思い出し胸を掻きむしりたくなるような感情に襲われ、顔を合わせるのも辛かった。

 エレム国が豊かになっていく中、虚しい記憶が頭を覆い尽くし、記憶を消すまじないがないか悪魔について調べたことさえあった。
 それほどまでにシェバの女王はソロの心を満たす存在であった。


 セイルの死を聞いてから1年が経った頃、彼女が寄越した女官、バシーラと話す機会があった。


「セイルを、守る者はいたのか」

「……そういえば、一人の騎士の方と仲睦まじく……あ」
 バシーラはソロがセイルに執心していたという事実を思い出し、ソロにナジュムの存在を明かしたことを途端に後悔した。
 しかし、ソロはセイルの存在に飢えていたため「よい、続けろ」と微笑んだ。

 ソロの微笑みに疑いの目を向けながらもバシーラは続けた。
「エプト人の側近に裏切られ、城を出る直前にその騎士が現れて……セイル様は初対面だと仰っていたのですが、私にはとても初対面だと思えないほど、セイル様が心を許しているように見えて……」

「ーーその騎士の名を覚えているか」

「はい。……ナジュム殿です」



 9年前の同じ季節の頃、誰とも婚約したくない理由を問いただした時「ナジュムと言って」と哀切を浮かべて笑うセイルがふと蘇る。

「そう、か……」
 急に静かになるソロにバシーラは戦々恐々としながらも、「そうか」とソロが優しく微笑むのを見た途端、それは安堵に変わった。

「心から愛する人と、セイルは最後に会えたのか……騎士が羨ましい」





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 その後ソロはシェバの女王についての記録を残す為に従者を呼んだ。


「ソロの噂を聞き付けエレムに訪問してきた女王は聡明で美しく、同じく聡明で美しいソロに惹かれたとな」


 書き記す従者の手が一瞬止まる。

 事実として、ソロの方が当時話題の王女だったセイルをエレムに呼び、最初はセイルはソロに見向きもしていなかった。
 当時のシェバはエレムに比べて経済的にも豊かな国で、王女と言えど、彼女の国の方が地位は高かった。
 ソロの言いつけ通り、女王を振り向かせる為に我々がどれほど苦労したか……と。

 そんな従者の思いを察してか、「セイルから許可は貰っている。多少盛ってもよい、と。事実通りに書けば王としての威厳が無くなるだろう」と、少年が拗ねるかのように眉を立てた。

「は、はい」

 スラスラと饒舌に盛っていくソロに、従者はセイルがエレムを初めて訪れた時の懐かしい気持ちを覚えた。
 シェバがエプトに侵略され、セイルが亡くなったと聞いた時のソロはそれはもう目も当てられないほどの落ち込みようだった。
 久々にソロらしいソロを見た気がしたのだ。



 にしても、盛りすぎでは無いだろうか……。




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 王に即位したばかりのソロは威勢を張っていたものの、心の底では自信が無く、自己肯定感も低い王だった。
 初めてセイルに会った時、彼女はまだ王女なのにも関わらず堂々と振る舞っているその姿に、自らが幼稚である事を自覚し、恥ずかしいとさえ感じた。

 年齢も近い者同士話をしていくにつれ、彼女の思想や政治観、国の高め方、そして妙な予知能力などに感銘を受け、次第にシェバの王女が傍にいればと考えるようになった。

 婚約しないかとの言葉は、セイルは冗談と受け取ったが、ソロは半分本気だった。
 だからこそ、セイルの口から"愛する人"という言葉を聞いた時に、衝撃を受け、手に入れていないのに酷い喪失感に襲われたのだ。
 しかし、セイルの願いは出来るだけ叶えてあげたかったソロは子を作ろうという案を提示した。

 子がいれば結婚もする必要が無い、と。
 シェバほどの豊かな国であれば余程のことが無い限り、婚約で他国との結び付きをする事などしなくて良いから、子さえいれば、と。

 セイルの目には情けない男に映っただろうがソロもまた必死だった。


 指輪など、本当は要らなかった。


 伝わっていただろうか、伝わっていないだろうな、とセイルが残した指輪を片時も離さずに持ち歩きながら、ソロはため息を落とす。

 その後ソロはエプト人の妻を娶り、子も生したが、やはりユリウスが一番可愛かった。
 どの子供よりも聡明で賢く、セイルに似ていたからだ。


 セイルが亡くなってからは、ユリウスと会うのも辛く最初の数年は顔を合わせることはほとんど無かった。

 しかしソロに認められようと勉強に励む幼い姿を見ているうちに心苦しさを感じ、ソロも過去の傷から目を背けるのはやめようと決めた。

 それからは、ユリウスと共に食事をとったり、散歩をしたり、語り合ったりもした。
 その思想や政治観はさすがセイルの育てた息子なだけあって、ユリウスにエレムを任せたいとソロに思わせるほどであった。




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「父上、旅に出たいです」

 ユリウスが18歳になった年ソロにそう語った。

「何故だ」
 正直ユリウスを手放したくなかったソロは眉を立てわざと苛立ちを演出した。

 しかしユリウスは怯まずに答える。
「様々な国の景色を見て、もっと王とは何たるべきかを知りたいのです」


 反対してもどうせ行くのだろうと悟ったソロだったが、それでもユリウスの父として最初は強く反対した。
 ユリウスは今は無きシェバ国の後継者であり、未だ命を狙われる立場であること。
 そして何より、セイルの面影が感じられなくなる寂しさをユリウスに訴えかけた。

 しかし、彼はセイルの子だった。
 ソロの説得になど耳を貸さずに、行くと決めたら行くと強い意志で計画を立て始め、ソロの説得を尽く砕いた。


 そうしてソロは寂しい思いを抱えながらもユリウスを見送った。


 4年後、ユリウスはエレムへと戻ってきて開口一番に臣下や妻たちの前で「私にエレムを任せてください」とソロに直談判しに来た。
 臣下たちはざわつき、なによりエプト人の妻が嫌悪感を顕にした。

 事態の深刻さを察したソロはユリウスを自室に呼ぶとこう話した。

「エレムは他国との政略結婚の末辿り着いた強国だ。いつまでこの栄華が続くか私にも分からない。いずれ朽ちると分かっていながらお前をこの国の王にすることは出来ない」と。

 他の者に漏らせば波乱が巻き起こるから言わなかったものの、ソロは神からのお告げでーーソロの代でエレムは下降の一途を辿るーーとの言葉を貰っていた。


 この子の安全を保証することーーエレムの政治に巻き込まないことーーというセイルとの約束も存在していた上に、国の未来を知りながら、ユリウスに辛い役目をさせることなど到底自分に許せることではなかった。
 自身の聡明さを理解しているユリウスは納得できない様子だった。

 ソロはユリウスをエレムの王位継承者から外すことにした。


 そして、ユリウスは次第にソロを避けるようになった。
 しかし、ソロはユリウスを愛していることに変わりはなく、裏では妻たちを宥め、ユリウスに危険が及ばないように細心の注意を払った。


 長く続いた親子のすれ違いだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そして、5年後来るべき時が訪れる。

「父上。私はこの国を出て新たな国を築こうと思います」

「……ほう」

「父上と、母上の誇りを、私は受け継ぎたいのです!」

 熱く語るユリウスの眼差しに正直ソロは泣きそうになるほど嬉しかったが、今まで甘やかしてきた分、敢えて厳しい言葉を投げかけた。

「お前の母は私にとっては魅力的で偉大であったが、結果として国を失った。臣下を見殺しにし、民を危険な目に合わせ、そして、自らの命を持ってその悲劇を終わらせた愚かな王だ」

「っ父上!!」
「話は最後まで聞きなさい」

「………」

「だから、ユリウス。お前は決して母のように命を散らしてはならない。何があろうと、私と母の意志を継いで生きるのだ。それが私からの言葉だ」

「……はい。父上」

 震え声で答えたユリウスは、初めて父への尊敬の念を覚えた。



 そうしてユリウスはかつて女王が統治した国からほど近い場所に狙いを定めて、いとも簡単に建国をした。


 その王は誇りを持ってソロとシェバの女王の息子を名乗ったという。




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 月日は刻一刻と流れ、従者から見てもソロは落ちぶれていった。

 ぽっかりと空いてしまった心の穴を色慾で埋め、またそれを利用する妾や妻たちがソロを誘惑した。
 平民に重税を課し民からの顰蹙を買い、かつて知恵の王と呼ばれたソロは見るかげも無くなっていた。


 即位当初からのソロを知る従者はふと考える。

 もし、彼の傍にセイルが居たのならばーーと。
 恐れ多くもそれをソロに冗談で投げかけた事があったが、「セイルにはナジュムがいる。俺の出る幕などない」と訳の分からないことを言い出してその話は終わった。


 しかしソロは最期まで、シェバで作られた真鍮と鉄で出来た指輪を手放すことはしなかった。



 ソロは死に際にこう語る。

 身内の争いに勝利し、栄光を掴み、立場を極め、頂点にたち、神との対話がいとも簡単に出来るようになっても、心はいつも虚しかった。
 煌びやかな街を眺めても神殿を見つめても、数多くの妻や妾に囲まれても、私が欲しいただ一つの愛は手に入らなかった。
 私が極めたものたちはあの世に何ひとつとして持っていくことは出来ない。

 虚しい人生の中、人を慈しむ気持ちを得られたことが私の誇りだ。

 と。



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