砂漠の女王が愛した星【完結】

藤沢はなび

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エピローグ

残されたシェバの息子

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「バシーラ……どうしてここに?」

 船に乗る直前に突然現れたバシーラにユリウスは戸惑いを隠しきれなかった。

「母上は? なぜここにいないの?」

「セ、セイル様から、ユリウス様を……」
 そこでバシーラは目に涙を浮かべながら言葉を詰まらせた。

 母の涙を見て察していたものの、改めて現実を突きつけられたようだった。

「ユージンは?! 母上は!? なんで! 連れてこないのーー!」

「もうし、わけ、ございません」


 一体何が起こっているのか誰も説明してくれないのに、バシーラの涙がユリウスに降りかかっている悲劇を証明しているようで、ユリウスは不安な心を隠しきれなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 エレムに到着し、ソロへの挨拶をし終わり、客室へと案内されたユリウスにバシーラはそっと語りかける。


「ユリウス様。よく、お聞きください」

 バシーラの神妙な面持ちにやっと話してくれるんだという安堵と、恐ろしい真実だったらどうしようという恐怖とで、ユリウスはソファーに腰掛けながらもその手を震わせていた。

「シェバ国のとある臣下がセイル様を裏切り、シェバはーーエプトに侵略され、ました」

「………」

「ユリウス様にはこれからエレムで暮らしていただきます」

「………」

 まだ8歳の幼子に伝えるには余りにも惨い真実をバシーラはどこまで伝えればいいか悩んだ。
 ユリウスは泣き出すこともなく、真顔で呆然とバシーラを見つめた。


「母上は……エレムへ来るの?」

「今、ソロ王が必死にセイル様を探しておられますが……どうなるかは、分かりかねます」

 絶望を瞳に宿したユリウスに、バシーラは震える手でセイルから預かっていた首飾りを手に握らせた。

「これは、セイル様の形見です。……これ、からは、どんなときも私が必ずユリウス様の傍にいます」

 必死に伝えた言葉もユリウスの耳には届かなかった。

「出ていって」

「……え?」

「バシーラは母上じゃない! 母上じゃなきゃ意味が無い!!」


 そうして部屋からバシーラを追い出し、ユリウスは母から貰った手紙の封をここで初めて切った。

「……っ。母上……」

 ソロが部屋で涙を流している時、またユリウスも一人部屋で嗚咽を漏らしていた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 セイルがエレムに来ることはなかった。


 ソロがユリウスを見る度にセイルを思い出し辛くなるのと同時に、ユリウスもまたソロを見ると母をなぜ助けてくれなかったのかという怒りを感じていた。
 しかし、それは母の願いに反することで。

 だから正直、ソロに避けられるのはユリウスにとっても有難いことだった。

 しかし、痩せ細りながらも国を思うソロを間近に見て、ユリウスは王は何たるべきかを学んだ。
 いつか、父に追いつけたら……父のような王に……母のような王になれたら……その強い意志を持って日々勉強に励んだ。

 ソロのエプト人の妻が嫌がらせをしてくる事もあったが、バシーラが居たからそんな事は気にしなかった。

 エレムに着いたばかりの頃はバシーラもユリウスもどうすれば良いのか分からず互いを傷つけ合う事もあったが、バシーラの献身的な支えによりユリウスは次第に心を開いていく。

 そして、懸命に勉強に励むユリウスを見てソロも変わろうとしていた。



 しかし、ユリウスにセイルが亡くなったという真実やユージンの裏切りのことを話す者は誰もいなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そして、ユリウスが12歳になった年。
 ソロはユリウスを自室に呼び出し事実を告げた。



「セイルはもう、二度とエレムへ来ることはないだろう」

 そう告げるソロの瞳には消えることの無い深い悲しみが鮮明に映っていて、今までソロに感じていた怒りが全て天に吸収されていくように、ユリウスはソロを許すことが出来た。


「母上を裏切ったのはーーユージンですか?」

「……ああ。そうだ」

 ユージンの事を聞いた時のセイルの動揺で何となく分かっていたが、改めて真実を突きつけられると重苦しい思いがユリウスの腹にのしかかった。

「ユリウス」

「………」

「これからは、私がお前の父としてお前を守ろう」


 そうしてソロはユリウスを抱き締めた。
 もう離さないと、セイルの面影が残る少年を力の限り愛した。

 厳しくも、できる限り望むものを与えられるようにと、ソロも父としての務めを精一杯果たせるように努力した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ユージンの海外の話を聞くのが好きだったユリウスは成長していくにつれて、次第に各国を旅をしたいと思うようになっていった。

 偉大な王となるだろうーーというセイルの言葉を胸に、様々な世界を見てみたいと心を躍らせる日々。


 ある程度の下準備が整ったタイミングで、ユリウスはソロに旅に出たいと提案をした。
 甘やかされている自覚があったユリウスはすぐに許可を得られるものだと思っていたが、その予想は大きく外れた。


 ソロは酷く反対をした。
 ユリウスに対する心配を色濃くしたが、ユリウス自身はそれをうっとおしく感じていた。

 反対されればされるほど、意思は次第に強くなっていき、ソロの知らない所で着々と準備を進めるユリウス。


 最終的に父を呆れさせる形で許しを得たが、旅に出る直前
「身体に気をつけてと」
 ソロの見送りがあった時は、ユリウスも涙ぐむ思いがあったのは事実だった。






 約4年間ただのユリウスとして各国を周り、様々な見識を蓄え、エレムの中でも随一の秀才と呼ばれるほどの自信を抱えて帰国した。

 ソロは幼い頃からユリウスに沢山の質問をし、その思想や政治観を確かめていた。

 ソロとセイルの考え方が少し似ているのは、セイル曰くソロが真似をしたからだとユリウスは聞かされていたが、ソロの話を聞く度にセイル片鱗を感じ、その度にこの国を統治する王になりたいと考えていた。
 だからこそ、他の王位継承者と差別化を図るために自由な身を生かし旅に出たのだ。

 ソロならユリウスの考えを分かってくれるはずだと、そう自信を持ち、エレムの臣下が見守る中「私にエレムを任せてください」と宣言した。
 しかし、ソロは真顔で後で自室に来なさいと告げる。


 話し合いも虚しく、ユリウスはエレムの王位継承者から外された。




「ユリウス様。ソロ王の事ですから、ユリウス様を思ってのご判断ですよ」

 小さなシワが刻まれたバシーラの表情が緩む。
 ユリウスの為にソロがどれほど裏で手を回しているかを知っているのだ。

「そんなわけない。僕が国を離れてる間、父上は僕から興味を無くしてしまったんだ」

「そんなことはありませんよ。ソロ王は誰よりもユリウス様を見ておられます」

 バシーラは頑なにそう言って譲らなかったが、ユリウスはにわかに信じがたく次第にソロを避けるようになった。


 ソロの気遣いも虚しく長く続いた親子喧嘩だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 長旅から戻り、エレムで過ごしていくうちにユリウスはソロが何故自分から王位継承権を剥奪したのかが漠然と見えてくるようになった。

 王宮の至る所で見掛けるソロの異国人の妻や愛人たち。
 ひと時の栄光を指しているようだった。


 だが、偉大な王になるとのセイルの言葉がユリウスの胸でまだ光り続けている。


「出来るだけ母上の近くに居たいんだ」
 ぼそっと呟いたその本心をバシーラは意図せず拾う。
「なら、セイル様が治めた地から近い場所に国でも作れば良いのですよ」

 バシーラ自身適当に返した言葉だったが、それはユリウスの心を刺激した。

 その日からユリウスは狂ったように更に勉強に励み、各国で築いた信頼の元、バシーラの思いつきを現実にするべく動いた。
 セイルの最後の手紙に何度も何度も目を通し、自分を鼓舞させた。




 そして、ユリウスにとってこの世界での唯一の肉親、ソロと話した。


「父上。私はこの国を出て新たな国を築こうと思います」

「……ほう」

「父上と、母上の誇りを、私は受け継ぎたいのです!」

 熱く語るユリウスに対し、表情ひとつ変えないソロ。
 ソロもまた胸に熱いものは抱えていたのだが、この時点でユリウスはそれを察する事は出来なかった。


「お前の母は私にとっては魅力的で偉大であったが、結果として国を失った。臣下を見殺しにし、民を危険な目に合わせ、そして、自らの命を持ってその悲劇を終わらせた愚かな王だ」

「っ父上!!!」
 最愛の母を侮辱する言葉に、王に対しユリウスはなんの躊躇いもなく立ち上がって、眉を立てた。

「話は最後まで聞きなさい」

「………」


「だから、ユリウス。お前は決して母のように命を散らしてはならない。何があろうと、私と母の意志を継いで生きるのだ。それが私からの言葉だ」
 威厳を保ちつつも翳を感じる瞳にユリウスは気付いた。
 ソロもまたセイルの喪失にずっと心を痛めていたのだと。
 同じ痛みを抱えていたもの同士だったことを知った。


「……はい。父上」

 震え声で答えたユリウスは、初めて父への尊敬の念を覚えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後ユリウスはかつて女王が統治した国からほど近い場所に狙いを定めて、大きな問題が起こることもなく、いとも簡単に建国をさせてみせた。


 その翌々年、バシーラが寿命を全うしこの世を去った。

「立派な王になられて……。これでセイル様に顔向けできます」
 深いシワが刻まれた手をユリウスは握り、涙を零した。

 ユリウスがエレムで孤独に溺れることなく生き抜く事が出来たのは、バシーラの献身的な支えからだった。

「……ありがとう。バシーラ」

「私はちゃんと、ユリウス様にセイル様の愛を伝えられていたでしょうか」

「ああ。もちろんだ」
 涙ながらに微笑んだユリウスの表情が、バシーラにはセイルと重なって見えた。
 温もりを持つ感情達がバシーラを包み込んでいく。

 夕日の差す暖かな日の事だった。




 その後すぐにユリウスは妻を娶った。
 子宝にも恵まれ、それはそれは仲睦まじい夫婦だったと言う。


 ユリウスは、王として君臨したのち忙しさゆえかエレムへ行く回数も徐々に減っていきソロとの繋がりも希薄になっていく。
 ソロの落ちぶれた噂を聞く度に、哀切に駆られるが、ソロの子であったことを誇りに思う気持ちは決してなくならなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 エプトの追手から逃げている時の母上の様子をバシーラはいつも誇らしげに語った。
 その悲惨な光景を目にしてもセイル様は我々に目を向けてくださったと。
 そして、そんなセイル様の傍にはちゃんと心を許せる騎士がいたと。


 母上との最後の別れの時、母の傍にいたあの騎士の事だろうかーー。
 と少し母を取られたような複雑な心情になるのだが、あの騎士の物悲しくも温かな笑みが母上を包んでくれていたのなら、きっと母上も悲しみの向こうへと辿り着くことが出来ただろうと、ユリウスは騎士へと感謝の念を覚える。


 ユリウスは愛する娘と息子達から祖母のことを聞かれた時にこう答えていた。

 そなた達の祖母は今はもういないが、とても素晴らしい女王だったと。

 彼女は、どんなに悲惨な状況でも気丈に振る舞い女王として誰よりも国を愛し民を愛した聡明な女王だった。
と。

 娘や息子達は、セイルの形見を傍らに涙ぐみながら語る父を見て、シェバの女王がどんな人物だったのかを想像するのだった。







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