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本編
いつまでも元気で 【前編】
しおりを挟む炎に包まれた首都を目にしてから、更に10日が経とうとしていた。
不安や絶望たちが心の中をいとも簡単に蝕んでいってもなお、気高く気丈に振る舞うことを辞めることはできなかった。
それらを隠すのは容易だったが、隠そうとすればする程に心に負荷がかかっていくのも承知の上で、私はそれでも強く在ることを選んだ。
呪いのように染み付く、女王に即位した時の感情ーー。
もはやもう、何を強さの定義とするのか自分自身でも分からないほどだった。
これまでの道中この手で大切にしてきたものが1つずつ失われて、それが自分の愚かさのせいだと認めてしまえばあとは堕ちていくだけだと、そんな弱さに嘲笑を浮かべる。
それでも私は、私自身の弱さを隠すことを選んだ。
そして、そんな嘲笑と共にある想いが頭を掠め、深く切ないため息が漏れる。
私を知る年長のイフラスやアビドでさえも「この状況でも本当にセイル様はお強い。神と崇められ慕われる理由も分かります」と微笑んだ。
マリクやバシーラ、テラサも口を揃え「セイル様はいつも気丈でいらっしゃいますね」と私に憧れの眼差しで私に声を掛けた。
私は安堵した。まだシェバの女王として皆の前に立ってよいのだと。
しかし、「神と崇められたのはもう過去のことだから」と苦笑いで返した私の不安定な心の内をナジュムだけは感じ取っていたのだろうか。
自ら闇に堕ちていく私の手を引く、寂しげな光――。
かろうじて気丈に振る舞えたのはその寂しい光が傍に居たからだと、もう、嘘でもそう認めてしまいたかった。
この10日間片時も離れず私を肯定する言葉を掛け続けたナジュム。
塔での出来事は、女王である後悔を生んだ。例え一瞬でも生んでしまった。
しかしその後悔を悔やみたくないと心の隅に置いてしまうほどには、切実な想いたちが揺れていた。
なぜあの時あの場面でナジュムは
――好き――
だと声に出して私に伝えたのだろうか。
あの時のナジュムの涙や、表情や、言葉が、もし真実であるのならば、どう答えることが彼にとっての正解だったのか分からなかった。
――どう答えていれば、ナジュムは私に囚われない自由に生きる選択をしたのか、いくら考えても分からなかった。
互いに気持ちを察してか、塔を出た後は若干ぎこちない雰囲気はあったものの、その後は互いに何事もなかったかのように振る舞った。
ナジュムは私に言う。
「ユリウス様が待っておられます」
「大丈夫です、私が守りますから」
「安心してください」
セイル様、セイル様……と。
まるで何かに脅え、不安を抱えている少女を慰めるかのような言い草だった。
彼の生い立ちから考えても、きっと彼の幼い頃からの苦労は計り知れないのだろう。
それなのに自らを差し置いて、優しい言葉をかける事の出来る彼に、私よりもずっと、ナジュムの方が心優しい神だとさえ感じた。
もし私が彼と同じ立場でも同じことが出来ただろうか、と考えを巡らせようとするものの、想像をする事さえ困難で、ナジュムの存在の大きさにまた改めて気付いてしまうのだ。
これほどまでに強く、優しい人はいないと思った。
だからこそ私ができる全てを使って守りたいとも、より一層思うのだ。
彼から声を掛けられる度に適当にあしらいはしたが、罪悪感や責任感等に混じって、嬉しさや慈しみなども確かに存在していた。
ナジュムを肯定する私の感情の傍らに在った切なさは少しずつ薄れていた。
彼の言葉達に寄り掛かる事を自分に許し、文字でしか感じたことのなかった彼の優しさを受けとめる事も自分に許しかけていた。
――もしあの時「私もずっと好きだった」とそう伝えていたら、何かが変わったのだろうかと、そう思い巡らせる時間も増えてきた。
ある日、上機嫌なアビドにこう言われた事があった。
「本当にナジュム殿と初対面だったのですか?」と。
まさかアビドがナジュムとの本当の初対面を知るはずもないだろうと「……まぁ、そう、だな」と私はその場を濁した。
「にしては本当に2人でよくいらっしゃいますよね。きっと、ナジュム殿はセイル様を好いておられますよ。さっぱりとした美男ですし! ……セイル様さえその気になれば、ユリウス様に弟君か妹君を――」
アビドが穏やかなのに変わりはないものの、圧が強いその微笑みに耐えられず、私はやや食い気味に否定した。
「アビド。私に、その気はない」
「いや、私の目にはそう映りませんけどねぇ。もし、お二人で生きていける、未来があるのなら、私は心から応援していましたよ。ソロ王の時はセイル様の気性が荒くて、それはまぁ大変でしたからね……。ここまでセイル様が心を許している人は初めて見たのでね、老いぼれは気になってしまって……」
――二人で生きていける未来。
とても心地よい響きだと思った。
決して掴むことの出来ない、美しい星々を見上げている時のような気持ちになる。
そして、アビドが言うソロ王の時は大変だった、というのは、
エレムに滞在中、シェバの王女がエレムの王を好いているという噂を国中に流された上に、その噂を信じたソロの愛妾などから幼稚な嫌がらせを受け、居てもたってもいられず、
「根も葉もない噂を流さないでください!」と、止めるアビド達を振り切ってソロに啖呵をきった事を指しているのだろうか。
その時の
――え? 俺のことが好きじゃないのか?――
と、とぼけて私に恥をかかせた事を思い出すだけでも、昔は腹が立って仕方なかったのに。
何故だろうか。
今はそれさえ懐かしむことができる。
まぁ、腹が立つことに変わりはないが。
「ソロとナジュムを比べるな。ーー天と地ほどの差がある。……ナジュムは、違う」
アビドの言い方からしても、この状況を見て、先のことなど考えられないと、きっと分かっていたはずだ。
首都は焼け、恐らく城に残る臣下たちはほぼ全滅。
金になる鉱山付近の街以外も首都と同じ道を辿り、エプト軍も、そしてシェバの民も皆血眼になって女王を探している。
ーー私が生き延びる確率はほぼゼロだとーー
私が生きている間はこの惨劇が続くのだと。
私が死ぬことでこの国を襲う悲劇に終止符を打つことができるのだと。
――皆心のどこかで分かり始めているはずだ。
そう、きっとナジュムも。
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