蜜空間

ぬるあまい

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三空間目

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だが俺が嫌がっていると知っているくせに、相も変わらず神田さんは意地の悪い笑みを浮かべたまま。それどころか俺が嫌がっていることを知った上で、一向にその腹の立つ笑みを止めようとはしない。
そんな風に見られると流石に怒鳴りたくなる。…まあ、実際はそんなこと出来ないけれど。

「も、もういいです。心配なんかしてやりません」
「へー。そんなに俺のことを心配してくれているのか?」
「…なっ!?ち、ちが…っ、」

だが俺の放った言葉は、俺が余計に不利になるように捉えられてしまった。
そりゃあ確かにその通りなのかもしれないけれど、そうも直球に言われると、俺が物凄く心配しているようじゃないか。…あ?いや、それなら間違っていないのか?
って、いやいやいや。べ、別にそんな心配してないし。だって、ほら。俺には関係ないことだから。
だがそれをあからさまに指摘されると恥かしい。顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。
すると神田さんは先程よりも更に性質の悪い顔を浮かべた。

「顔赤いぞ?」
「…っ、暑いからです」

この頬の紅潮に深い意味はありませんからと伝えれば、神田さんは再び「ふーん」とだけ応えた。
確かに今は七月だから外はジメジメして暑いだろう。だが此処は室内だ。しかも完璧なまでの空調設備。例え暑いからといって顔が赤くなるわけがない。
さすがに言い訳としては無理過ぎただろう。
また意地の悪いことを言われてしまうのは安易に想像が付く。

「お、俺、…トイレ行って来ます」

なので俺はそれより前に走って逃げた。
口でも力でも勝てない奴は相手にしない方が身の為だ。

中に駆け込み、パタンと音を立てて扉を閉める。

「…ふー」

俺は扉に背を預けて、深い溜息を吐いた。
まだ起きて間もないというのにすごく疲れた。……主に精神的に。
あの人と一緒に暮らすには心臓一つでは足りない様な気がする。二ヶ月間暮らすのなら、あと五個くらい余分に欲しいくらいだ。このままでは身が持たないよ。

「(でも、まあ。…良かった、のかな?)」

一応神田さんなりに色々考えているようだ。もしこのまま芸能界引退やら失踪事件に巻き込まれたというデマをほったらかしにしたままだったら大惨事になっていたことだろう。
ほら、よく聞くじゃないか。後追い自殺とかそういうの。神田さんほどの大スターがそんな事件に巻き込まれたとなったら、きっとそんな人達が急増するに違いない。「皇紀様が居ないこんな世の中なんて生きる必要がない!」とかね。絶対に有り得る。
でもそれも今頃開いているであろう記者会見で未然に防げるだろう。
何事もないように隣でケロリと平然に生きているのを知っているというのに、そんな事件が起きたとしたら悔やまれるからな。良かった、良かった。

「(…ん?)」

いや、本当にこのままでいいのだろうか?
善し悪しを決めるのは俺でないとしても、これが最善ではないというのは確実に理解出来る。神田さんはこんな大騒ぎになっていることを知っていながら、このまま此処に居るのか?

平然としている様に見えるけど、本当は神田さん…内心辛いんじゃないのかな?
もしかしたら俺に意地悪なことをしたりするのは、嫌なことから目を逸らしたいがための虚勢ではないのだろうか。もしくは憂さ晴らし。
神田さんの性格の善し悪しは別としてだ。意地悪な人だけど決して悪い人ではないのだから、今のこの状況に相当精神的に圧迫されているに違いない。

「………」

もちろん嫌がらせを受けたり苛められるのは嫌だけど、神田さんの不安や憤りを少しでも取り除けるのならば、少しくらい憂さ晴らしの相手になってもいいかもしれない。と、そんなことを思っているあたり、やはり俺は馬鹿なのだろう。酷いことをされるのは目に見えて分かるのだから。

……でも。だけど。
神田さんは俺に色々な「初めて」と「久しぶり」を与えてくれた。神田さんはそのこと自体知らないだろうけど、俺はそれにすごく励まされたし助かった。そして、すごく嬉しかった。
俺のような何の価値も取り柄もないような奴が役に立つか分からない。だけど少しでも神田さんの気が晴れるのならばそれで十分だ。

「……ふはっ」

そんなことを一通り考え終えて、思わず苦笑い。

「…役に…立つ、か」

それは余計なお世話だと、お前のエゴだろと言われてしまいそうだな。
ああ、そうだよ。ただの俺の我が儘だよ。
いいじゃないか。今まで録に人の役に立ったこともないんだ。少しくらい身勝手な偽善に浸るくらい大目に見てくれても。

フーと深く息を吐いてズボンと下着を下ろし、鍵のない扉に背を向けて用を足す。
公衆場の小便所ならばそこまで意識しないとしても、個室トイレや家で用を足す時に鍵を掛けなかったは今まで一度もない。多分此処で過ごす二ヶ月の間でも絶対にこの習慣だけは慣れはしないだろう。というか、この何時開けられるか分からない感覚を慣れたくはない。俺はそんな性癖は持ち合わせていないからな。これが神田さん以外の常識がある人ならば扉を開けもしないだろうけれど。

そして俺は素早く下ろしていたズボンと下着を上げて、水を流した。
手を洗って扉を開けて部屋に戻れば、そこには前日同様、胡座をかいて新聞を真剣に読んでいる神田さんの姿があった。

「………」

そんな神田さんの背後にソっと回り込んだ俺は、そのまま神田さんの背後で膝を付いてしゃがみ込み、両肩に手を置く。

「……あ?」

すると新聞を読む事に集中していたのだろう神田さんは、俺の突然の行動に少なからず驚いているようだ。目を見開いて険しそうな表情を浮かべている神田さんと至近距離で目が合った。

「何してんだ?」
「あの…肩でも、揉ませてもらおうかなぁと思って」

俺はその視線にしどろもどろにながらも、神田さんの機嫌を損なわないように、最善の注意を払いながら答える。

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