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心象世界
廃墟探索 Ⅱ
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峰子が建物から出ると、真梅雨の姿はもう無かった。どこかで戦闘をしているような音も聞こえないが、索敵でもしているのだろう。向かうあても無く、廃墟となってしまったビル群の間を歩く。ところどころアスファルトが裂け、土砂の部分を露出させ、ちょっとした断層みたいになっているので、躓かないように注意する必要があり、無意識に視線は下がった。どうせならなら、お洒落なパリの街にでもしてくれたらいいのにと、峰子は独り言つ。
少し歩いて、三人掛け程のベンチを見つけたので、汚れを軽く払って座ることにした。決してきれいな状態だとは言えないが、夢の中だ。少々服が汚れるくらいは気にすることもないだろう。ベンチは、骨組み部分は黒い鉄でできており、傷ついて塗装の剥げてしまっている箇所が、赤茶色に錆びついていた。座面から背もたれにかけては、かまぼこ板程の幅の細長いプラ素材が横向きに並べられている。プラスチック製だが、見目だけでも木製に近づけたかったのだろうか、赤土みたいな色をしている。ベンチの後ろには、固くなってしまった土が正方形に囲まれていた。以前は、そこに木が植えられていて、このベンチは木陰になっていたのだろう。
峰子が腰を下ろすと、遠くに海斗の姿を見つけた。同じタイミングで海斗もこちらに気が付いたのだろうか、手を振って駆けてくる。海斗は、つとめて明るい性格というわけでは無いが、峰子には、こんな殺風景な心象世界を抱えているような青年には見えない。
十年以上一緒に生活してきて、父が死んでからは、それこそ子供の用に可愛がってきたつもりだったが、その実、彼のことを何も理解していないことに気が付かされる。もっとも、そのような機会はこれまでにも何度もあって、その度に、研究を言い訳にして、仕方がないと折り合いをつけてきたのだが。
そんなことを考えているうちに、海斗は側まで来ていた。
「マイさん!」
「やっほー。お疲れさん。今は、どんな感じ?」
「小崎は、四人の敵兵を停止させました」
海斗は、手に持っていたノートパソコンを膝の上で開くと、峰子の方へと画面を向けた。敵兵や真梅雨の周りには、いくつもドローンが飛んでいて、それから得られる映像データを海斗の持つパソコンから自由に見ることが出来る。ちょうど今、峰子と海斗の座るベンチの前を通過した、イスラエル製のSMGを持った敵兵の上空にも、ドローンが無音で飛んでいた。敵兵は、真梅雨のみを攻撃対象として設定されているため、峰子たちに向かってくることは無い。
「ですから、残りは二十七人で」
海斗の言葉を遮るように、そう遠く無いところで破裂音がした。画面を覗くと、真梅雨が五人目の敵兵を撃破したところだった。ドローンが爆風に巻き込まれたのか、映像が一瞬乱れた。
「今ので、残り二十六人ですね」
「それにしても、真梅雨はすごい才能だな」
「はい。銃を持った相手にも、全く怯むこと無いですね。あの靄みたいなものを周囲に発生させておくことで、被弾も無い。敵が遮蔽物に身を隠そうが、銃弾と違い弾道を弄れるので、関係なく攻撃できる。攻守に向かって穴が無い。ここまで、戦闘に特化した能力というのも珍しいですね」
「そうだな。私からしたら、まったく羨ましい限りさ。真梅雨からしたら、突然に変な能力にまとわり憑かれて、いい迷惑だろうがね。ただ、彼女の能力の殺傷性の高さは、能力が死に密接に関わりすぎていることに起因する。扱いを間違えれば、いつ死神や殺人鬼になってもおかしくない」
「殺人鬼って、小崎は、そんなことしそうには思いませんけどね。このまま何の問題も起こさずに生きていけば、アイツなら満ち足りた人生を送れるでしょう」
海斗の反論を聞き、峰子はパソコンに映る真梅雨の像をじっと見つめる。
「確かに、はたから見ればな。お金に困ることは一切ないだろうし、学業も容姿も非の打ちどころはない。人付き合いだって、その気になれば上手くやれるだろう。ただね、持ちすぎる者には、それ故の悩みってものがあるのさ。それに加え、彼女は変な能力まで持ってしまったのだからね」
持ちすぎる者の苦悩。小崎真梅雨と同じく、超越的な才を持って生まれた峰子の言葉は、昔の自分の姿を真梅雨に重ねてのものなのではないだろうかと海斗は思った。
「それに、真梅雨の意志とは関係なく、能力が暴走する可能性だってあるだろう? そういう事例は憑依者には多いし、実際、真梅雨が動物を殺してまわったのも、能力持ったことにより生じた衝動だった。まあ、私の杞憂に終わる可能性の方がずっと高いがね。真梅雨は、可愛い女の子だし」
その時、パソコンから、再び爆裂音が聞こえた。先ほどまで銃を構えていた兵士は、肉の欠片を残すだけとなる。
「ほらな、可愛いじゃないか。その、ホラ……、敵の屍を飛び越えて、また次の敵に向かっていく感じ、健気だろ?」
苦笑する峰子に、海斗も同じようにした。
「ところで、マイさん。テストの意味ありますかね、これ。こんなBOTみたいなのじゃ、まったく相手にならないんじゃ。それに、彼女の周りを靄が取り囲んでいる以上、僕の創った敵の銃弾は、一切通りませんよ」
「いいや。エネミー側に、真梅雨の能力に対抗する手段が無いわけでは無い。
一か所に銃弾を集中砲火されたり、グレネードのようなものの爆発に巻き込まれたりした場合、あの靄――“死念”という名前になったんだが、“死念”がどこまでそれを防ぐことが出来るのか分からない。それに、“死念”は常に流動しているから、見たところ、“死念”の障壁に間隙が全く無いわけではなさそうだ。」
「そうなんですか?」
「うん。詳しいことは分からないが、弾を防いだ分の“死念”は消滅しているようだからね。その穴に銃弾を撃ち込めば、射線は通ると思うよ。もっとも、BOTもどきにそこまでの技術があるとは、到底思えないが」
「グレネードの方は、どうして防ぎきれないんですか? 今回、手榴弾を持たせた個体もいますが、銃弾と同じように対処すればいいだけでは?」
何が違うのか、と海斗は不思議そうな表情を峰子に向ける。
「それを説明するのは少々厄介で、これは、そもそもの話なんだが、海斗、どうして真梅雨の能力が飛んでくる物体を防ぐことが出来る? おかしいと思はないか? だって、真梅雨の能力は、死、をその根源としている。しかし、この飛んでくる物体を無効化するという現象は、死と何ら関わりが無い」
「確かに……言われてみれば!」
「そこで、私なりに仮説を立ててみた。真梅雨の“死念”が銃弾を無力化する方法は、銃弾の静止だろう? 決して、銃弾を消し去っているわけでは無い。これは、当たり前だ。銃弾が鉄の塊である以上、それに生と死の概念は存在していないのだから。生物を殺す“死念”では、銃弾には、対処できない。
じゃあ、どうして“死念”で弾丸を防げているかだが、これは、物体が静止するプロセスに注目すると、答えが見えてくる。『静』止させる、とは、つまり、勢いを殺すということだ。そして、勢いの源は何かと言われると、それは速度。速度とは、物体が『動』いていることで生じるものだ。そして、『動』の性質は、『静』の反対だ。速足になってしまったが、ここまでは、理解できるかい?」
「ええ。なんとか」
「次のステップだが、『動』を、『生』の象徴――生命の、生、だ。静寂の方じゃなくて。続けよう。『動』を『生』の象徴とする。これは、強引なようだが、『動』物が、『生』物であることからも、理に適っていないわけでもない。そして、『動』の反対が『静』であり、『生』の反対が『死』であることから、『動』が『生』に対応するなら、『静』は、『死』に対応することが自明だ。
速度を殺す、という行為は、『動』を殺して『静』にする、と言い換えることが可能で、今までの説明から、これは、『生』を殺して『死』にする、とも言い換えられる。これなら、一応、辻褄が合うだろ?」
喋り終えると、峰子は、大きく息を吐き出す。
「なるほど、これなら説明もつきます。手榴弾に関しては、その性質上、静止させたところで、地面と接触したら爆発するから、防ぎようがないということですね」
「その通り。あくまで仮説だがな」
「にしても、よく噛まずに言えましたね」
「ははは、そうだな、アナウンサーにでもなろうかな?」
「マイさん、美人ですけど、清楚さが無いから無理ですよ」
「海斗?」
少し歩いて、三人掛け程のベンチを見つけたので、汚れを軽く払って座ることにした。決してきれいな状態だとは言えないが、夢の中だ。少々服が汚れるくらいは気にすることもないだろう。ベンチは、骨組み部分は黒い鉄でできており、傷ついて塗装の剥げてしまっている箇所が、赤茶色に錆びついていた。座面から背もたれにかけては、かまぼこ板程の幅の細長いプラ素材が横向きに並べられている。プラスチック製だが、見目だけでも木製に近づけたかったのだろうか、赤土みたいな色をしている。ベンチの後ろには、固くなってしまった土が正方形に囲まれていた。以前は、そこに木が植えられていて、このベンチは木陰になっていたのだろう。
峰子が腰を下ろすと、遠くに海斗の姿を見つけた。同じタイミングで海斗もこちらに気が付いたのだろうか、手を振って駆けてくる。海斗は、つとめて明るい性格というわけでは無いが、峰子には、こんな殺風景な心象世界を抱えているような青年には見えない。
十年以上一緒に生活してきて、父が死んでからは、それこそ子供の用に可愛がってきたつもりだったが、その実、彼のことを何も理解していないことに気が付かされる。もっとも、そのような機会はこれまでにも何度もあって、その度に、研究を言い訳にして、仕方がないと折り合いをつけてきたのだが。
そんなことを考えているうちに、海斗は側まで来ていた。
「マイさん!」
「やっほー。お疲れさん。今は、どんな感じ?」
「小崎は、四人の敵兵を停止させました」
海斗は、手に持っていたノートパソコンを膝の上で開くと、峰子の方へと画面を向けた。敵兵や真梅雨の周りには、いくつもドローンが飛んでいて、それから得られる映像データを海斗の持つパソコンから自由に見ることが出来る。ちょうど今、峰子と海斗の座るベンチの前を通過した、イスラエル製のSMGを持った敵兵の上空にも、ドローンが無音で飛んでいた。敵兵は、真梅雨のみを攻撃対象として設定されているため、峰子たちに向かってくることは無い。
「ですから、残りは二十七人で」
海斗の言葉を遮るように、そう遠く無いところで破裂音がした。画面を覗くと、真梅雨が五人目の敵兵を撃破したところだった。ドローンが爆風に巻き込まれたのか、映像が一瞬乱れた。
「今ので、残り二十六人ですね」
「それにしても、真梅雨はすごい才能だな」
「はい。銃を持った相手にも、全く怯むこと無いですね。あの靄みたいなものを周囲に発生させておくことで、被弾も無い。敵が遮蔽物に身を隠そうが、銃弾と違い弾道を弄れるので、関係なく攻撃できる。攻守に向かって穴が無い。ここまで、戦闘に特化した能力というのも珍しいですね」
「そうだな。私からしたら、まったく羨ましい限りさ。真梅雨からしたら、突然に変な能力にまとわり憑かれて、いい迷惑だろうがね。ただ、彼女の能力の殺傷性の高さは、能力が死に密接に関わりすぎていることに起因する。扱いを間違えれば、いつ死神や殺人鬼になってもおかしくない」
「殺人鬼って、小崎は、そんなことしそうには思いませんけどね。このまま何の問題も起こさずに生きていけば、アイツなら満ち足りた人生を送れるでしょう」
海斗の反論を聞き、峰子はパソコンに映る真梅雨の像をじっと見つめる。
「確かに、はたから見ればな。お金に困ることは一切ないだろうし、学業も容姿も非の打ちどころはない。人付き合いだって、その気になれば上手くやれるだろう。ただね、持ちすぎる者には、それ故の悩みってものがあるのさ。それに加え、彼女は変な能力まで持ってしまったのだからね」
持ちすぎる者の苦悩。小崎真梅雨と同じく、超越的な才を持って生まれた峰子の言葉は、昔の自分の姿を真梅雨に重ねてのものなのではないだろうかと海斗は思った。
「それに、真梅雨の意志とは関係なく、能力が暴走する可能性だってあるだろう? そういう事例は憑依者には多いし、実際、真梅雨が動物を殺してまわったのも、能力持ったことにより生じた衝動だった。まあ、私の杞憂に終わる可能性の方がずっと高いがね。真梅雨は、可愛い女の子だし」
その時、パソコンから、再び爆裂音が聞こえた。先ほどまで銃を構えていた兵士は、肉の欠片を残すだけとなる。
「ほらな、可愛いじゃないか。その、ホラ……、敵の屍を飛び越えて、また次の敵に向かっていく感じ、健気だろ?」
苦笑する峰子に、海斗も同じようにした。
「ところで、マイさん。テストの意味ありますかね、これ。こんなBOTみたいなのじゃ、まったく相手にならないんじゃ。それに、彼女の周りを靄が取り囲んでいる以上、僕の創った敵の銃弾は、一切通りませんよ」
「いいや。エネミー側に、真梅雨の能力に対抗する手段が無いわけでは無い。
一か所に銃弾を集中砲火されたり、グレネードのようなものの爆発に巻き込まれたりした場合、あの靄――“死念”という名前になったんだが、“死念”がどこまでそれを防ぐことが出来るのか分からない。それに、“死念”は常に流動しているから、見たところ、“死念”の障壁に間隙が全く無いわけではなさそうだ。」
「そうなんですか?」
「うん。詳しいことは分からないが、弾を防いだ分の“死念”は消滅しているようだからね。その穴に銃弾を撃ち込めば、射線は通ると思うよ。もっとも、BOTもどきにそこまでの技術があるとは、到底思えないが」
「グレネードの方は、どうして防ぎきれないんですか? 今回、手榴弾を持たせた個体もいますが、銃弾と同じように対処すればいいだけでは?」
何が違うのか、と海斗は不思議そうな表情を峰子に向ける。
「それを説明するのは少々厄介で、これは、そもそもの話なんだが、海斗、どうして真梅雨の能力が飛んでくる物体を防ぐことが出来る? おかしいと思はないか? だって、真梅雨の能力は、死、をその根源としている。しかし、この飛んでくる物体を無効化するという現象は、死と何ら関わりが無い」
「確かに……言われてみれば!」
「そこで、私なりに仮説を立ててみた。真梅雨の“死念”が銃弾を無力化する方法は、銃弾の静止だろう? 決して、銃弾を消し去っているわけでは無い。これは、当たり前だ。銃弾が鉄の塊である以上、それに生と死の概念は存在していないのだから。生物を殺す“死念”では、銃弾には、対処できない。
じゃあ、どうして“死念”で弾丸を防げているかだが、これは、物体が静止するプロセスに注目すると、答えが見えてくる。『静』止させる、とは、つまり、勢いを殺すということだ。そして、勢いの源は何かと言われると、それは速度。速度とは、物体が『動』いていることで生じるものだ。そして、『動』の性質は、『静』の反対だ。速足になってしまったが、ここまでは、理解できるかい?」
「ええ。なんとか」
「次のステップだが、『動』を、『生』の象徴――生命の、生、だ。静寂の方じゃなくて。続けよう。『動』を『生』の象徴とする。これは、強引なようだが、『動』物が、『生』物であることからも、理に適っていないわけでもない。そして、『動』の反対が『静』であり、『生』の反対が『死』であることから、『動』が『生』に対応するなら、『静』は、『死』に対応することが自明だ。
速度を殺す、という行為は、『動』を殺して『静』にする、と言い換えることが可能で、今までの説明から、これは、『生』を殺して『死』にする、とも言い換えられる。これなら、一応、辻褄が合うだろ?」
喋り終えると、峰子は、大きく息を吐き出す。
「なるほど、これなら説明もつきます。手榴弾に関しては、その性質上、静止させたところで、地面と接触したら爆発するから、防ぎようがないということですね」
「その通り。あくまで仮説だがな」
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