元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨

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9、帰路に着く

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 翌朝、朝食を済ませるとニナリアたち一行は帰路に着いた。馬車の中で二人は並んで座った。アレンはニナリアの肩に腕を回し、二人は寄り添っている。ニナリアは、アレンと一緒にいると決めたので、今とても幸せだった。うれしくてニコニコしている。アレンを見上げると、アレンの優しいまなざしが返ってきた。顔が赤くなり、体温が上がった。

「まだ暑いですね」
「そうだな」

 季節は秋になっていた。アレンは腕をどかす。

(母のことはアレンに助けてもらうしかない)

 ニナリアは意を決して、アレンに向き直る。

「アレン、お願いがあります。お母さんに会いたいんです」
「そうだな。妻の母を呼ぶのも夫の役目だ。お義母さんに連絡を取ろう」
「はい、ありがとうございます」

 アレンの表情は柔らかく、ニナリアはほっとした。

(そういえばお願いは、今のところノーカウントだったな。ボタンも。これもノーカウントかな)

「侯爵がどう動くか分からないからな。今のところ、侯爵の狙いはアーシャ王女だろう」
「!」

 ニナリアはビクッとする。一瞬で幸せな気分が吹き飛んだ。祖父ににらまれて、王女は大丈夫なのだろうか……。ふと王子がシェイラに会いに来た話を思い出した。

(王子はシェイラとの結婚は考えていないのに、なんでシェイラに会いに来たんだろう?)

 アレンに聞いてみた。

「結婚する前のことですけど、王子はなぜシェイラに会いに来たのでしょう?」
「ああ、それは、お前を俺に見せるために行ったんだ」

 そのとき王子は、シェイラに会う名目で護衛騎士を2人連れて侯爵家を訪れていた。騎士の一人がアレンだった。王子はアレンに小声で話した。

『ここには、オレンジ色の髪のメイドは一人しかいない。お前が気に入らなければ、断ってくれてかまわない』
『分かった』

 王子が来てシェイラも叔父夫婦も喜んでいた。王子は客間でシェイラと面会する。部屋の隅に侍女が一人と、ドアの前にもう一人の護衛騎士が立っていた。

『どうされたのですか? 突然のご訪問で!』
『君の様子を見に来たんだ。私が留学に行っていて会っていなかっただろ』
『はい』

 シェイラは斜め下を向いて顔を赤くしていた。
 先に王子と別れたアレンは、庭を抜けて裏手の炊事場のほうへ回っていた。植込みの間から洗濯物を運ぶニナリアを見つけた。他の若いメイドと話しながら笑うニナリアに、釘付けになった。

「不遇な生活なのに、笑顔を見せていた。あの時のお前の笑顔がかわいかった」

 アレンはニナリアを見て言った。

(じゃああの時、やっぱりアレンも来ていたんだ!)
(——初めて見た時、アレンも同じ気持ちだったのね……)

 ニナリアは照れもあって恥ずかしかったけど、うれしかった。

「王子は情報を得てお前のことを知っていたが、お前は侯爵家では隠された存在だから、お前を出させるために侯爵家の娘としたんだ。当然、王子妃にするつもりのシェイラを出すわけにはいかないだろう」

(王子のおかげだったんだ——! 確かに、血統だけなら申し分ないし、私は家ともつながっていない)

 でも、まだ疑問があった。

「なんで、王子が私をあの家から出してくれたんですか?」
「王子が先に婚約発表すると、侯爵は他の上位貴族と敵対しているから、シェイラの結婚相手として釣り合うのが俺ぐらいになる。国王も王子もそれは避けたいから、先にお前と俺を結婚させることにしたんだ。
 今回のことは、侯爵家が王家に入ろうとするのを阻止し、シェイラの結婚相手をなくして侯爵家の勢力を削ぐのが目的でもある」
「そうだったんですね」
「お前の父親の時にも、王女と結婚させようとしたが、父親に逃げられて失敗した。侯爵も年だから、その目的もこれで終わりだな」

 アレンはニナリアをちらりと見る。

「それとは別に、王子はお前に思い入れがあるようだがな」
「!」

(やっぱりそうなんだ。なんかちょっと言葉が意味深だった)

 ニナリアは腑に落ち、安心したようなよい気分だった。

「あいつにはもう会わせない」
「え? お礼を言ったほうがいいのかなと」(王子をあいつ呼ばわりするのはアレンぐらいね)
「あいつは、お前を利用しただけだ」
「そうですが……」

(結果的に助かったし、アレンと結婚できて良かった。私のことを考えてくれてたんだと思う……。王子様だから早々会えない人なのは分かるけど)

「あいつが気になるのか?」
「……お父さんに少し似てる気がして、……それだけです」

 もう会えないのかと思うと残念だった。

「会わせないのは冗談だ」

 アレンはふっと苦笑する。ニナリアはポカッとアレンを叩いた。

 ◇

 荷馬車に乗っているメイド二人はのんびりしていた。

「帰りは馬車に呼ばれそうにないわね」
「そうね。旦那様も奥様も、急にもっと仲良くなってますものねぇ」

 フフフと二人は微笑んだ。
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