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1章 覚悟のとき
37話 諦めたから
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相変わらず明るい夜道。行きと違うのは、明らかに人とすれ違う数が減少したことと聖也くんの足取りが軽いこと。
彼は相変わらず、僕の勇気を出した告白である『また惚れさせてやる』との言葉を受け入れてはくれなかった。それすなわち、彼はまだ手術を受ける気はサラサラないのだと思う。なのに。隣からはふんふんと綺麗な声で鼻歌が聞こえるものだから、やっぱり聖也くんは分からない。
「なにかいいことでもありましたか?」
僕がそう言うと、彼はふふと笑って首を横に振るのだった。
そんな夜道をしばらく歩き、ようやくマンションに着いた頃。僕はさも当たり前のように聖也くんの後ろに立って、すぐ隣には自分の部屋があるにも関わらず彼の部屋の扉が開くのを待っていた。
扉が開くと、彼の後ろをつけて部屋へ上がる。そこには、朝と同様に机の下で伸びて眠りこける小春がいた。
「小春~」と、聖也くんがそんな彼女に声をかける。「お前の飼い主、やっとまた惚れさせるって言ったぞー」
聖也くんはそう僕をからかうように笑って、机の下へ手を伸ばし小春の背を撫でた。
小春は、にゃーと一鳴きしてその手に頭をすり寄せるのだった。
なんだか、声をかけにくかった。聖也くんは確かに笑っていたが、なんだかあの僕の言葉をずっと待っていてくれていたような気がしたから。そして、それはあまりにも待たせすぎてしまったと思うから。
だとしたら、と思う。
「僕が、もっと早くそう言ってあげていたら。聖也くんは手術を受けてくれたんですか」
案の定声は震えた。彼はそんな僕の声を聞いて、さも面白そうにふふと短い黒髪を揺らす。しかし、その割に僕には顔を向けてくれないものだから。彼の表情よくわからなかった。
彼は言った。
「今更過去の話してもしょうがないじゃん」
そんな彼の声は心なしかいつもよりも高い気がして。僕を慰めるための偽りの言葉なのか、それともただの気のせいか。僕に知る由はなかった。
そうして夜は更けた。聖也くんはいつも励んでいたゲーム作りには目もくれず、ただガチャガチャとキーボードを鳴らして画面に現れた人間を打ち抜いていた。
そんな聖也くんを、背後で小春を撫でながらただ横目に眺めることしか出来ない僕が情けなかった。
なんて言えば、彼は納得してくれるのだろう。それとももう、本当に手遅れなのだろうか。聖也くんは心を、閉ざしてしまっているのだろうか。
「聖也くん……僕は大好きです、生きていて欲しいです……」
ゲーム中の彼の後ろから抱き着き、その彼の頭についた大きなヘッドホンを外す。彼はびくっと身体を跳ねさせたくせに、それでもまともに僕の相手もしないで画面と対峙し続けた。
「俺がお前のこと忘れたら泣く癖に」
ふっと笑いながら彼が発した言葉は確かにその通りで。僕にはどうしようもなかった。だから。
「聖也くんの実家、行きましょう。明日にでも」
僕は話を逸らしてそう彼を抱きしめる腕へ力を込めた。
これは、彼のやりたいことリストの一つだった。だから、行く動機付けは簡単だった。僕はただ彼の保護者へ言いつけて説得してもらおうと、そう安直に考えたのだった。
「……飛行機予約取れるかな」
彼はそう言って目の前の画面の敵を打ち抜いたのちに、表示された『CHAMPION』の画面をろくに喜ぶこともなくスマホに目を落とすのだった。
彼は相変わらず、僕の勇気を出した告白である『また惚れさせてやる』との言葉を受け入れてはくれなかった。それすなわち、彼はまだ手術を受ける気はサラサラないのだと思う。なのに。隣からはふんふんと綺麗な声で鼻歌が聞こえるものだから、やっぱり聖也くんは分からない。
「なにかいいことでもありましたか?」
僕がそう言うと、彼はふふと笑って首を横に振るのだった。
そんな夜道をしばらく歩き、ようやくマンションに着いた頃。僕はさも当たり前のように聖也くんの後ろに立って、すぐ隣には自分の部屋があるにも関わらず彼の部屋の扉が開くのを待っていた。
扉が開くと、彼の後ろをつけて部屋へ上がる。そこには、朝と同様に机の下で伸びて眠りこける小春がいた。
「小春~」と、聖也くんがそんな彼女に声をかける。「お前の飼い主、やっとまた惚れさせるって言ったぞー」
聖也くんはそう僕をからかうように笑って、机の下へ手を伸ばし小春の背を撫でた。
小春は、にゃーと一鳴きしてその手に頭をすり寄せるのだった。
なんだか、声をかけにくかった。聖也くんは確かに笑っていたが、なんだかあの僕の言葉をずっと待っていてくれていたような気がしたから。そして、それはあまりにも待たせすぎてしまったと思うから。
だとしたら、と思う。
「僕が、もっと早くそう言ってあげていたら。聖也くんは手術を受けてくれたんですか」
案の定声は震えた。彼はそんな僕の声を聞いて、さも面白そうにふふと短い黒髪を揺らす。しかし、その割に僕には顔を向けてくれないものだから。彼の表情よくわからなかった。
彼は言った。
「今更過去の話してもしょうがないじゃん」
そんな彼の声は心なしかいつもよりも高い気がして。僕を慰めるための偽りの言葉なのか、それともただの気のせいか。僕に知る由はなかった。
そうして夜は更けた。聖也くんはいつも励んでいたゲーム作りには目もくれず、ただガチャガチャとキーボードを鳴らして画面に現れた人間を打ち抜いていた。
そんな聖也くんを、背後で小春を撫でながらただ横目に眺めることしか出来ない僕が情けなかった。
なんて言えば、彼は納得してくれるのだろう。それとももう、本当に手遅れなのだろうか。聖也くんは心を、閉ざしてしまっているのだろうか。
「聖也くん……僕は大好きです、生きていて欲しいです……」
ゲーム中の彼の後ろから抱き着き、その彼の頭についた大きなヘッドホンを外す。彼はびくっと身体を跳ねさせたくせに、それでもまともに僕の相手もしないで画面と対峙し続けた。
「俺がお前のこと忘れたら泣く癖に」
ふっと笑いながら彼が発した言葉は確かにその通りで。僕にはどうしようもなかった。だから。
「聖也くんの実家、行きましょう。明日にでも」
僕は話を逸らしてそう彼を抱きしめる腕へ力を込めた。
これは、彼のやりたいことリストの一つだった。だから、行く動機付けは簡単だった。僕はただ彼の保護者へ言いつけて説得してもらおうと、そう安直に考えたのだった。
「……飛行機予約取れるかな」
彼はそう言って目の前の画面の敵を打ち抜いたのちに、表示された『CHAMPION』の画面をろくに喜ぶこともなくスマホに目を落とすのだった。
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