口付けたるは実らざる恋

柊 明日

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1章 覚悟のとき

38話 いざ帰省!

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 目が覚めると、隣のぬくもりはない。しかし、すぐ目と鼻の先で人がなにやら動き回る気配がして重たい瞼を持ち上げる。そこには、なにやらばたばたした様子で衣類を畳みもせずにキャリーケースへ詰め込む聖也くんがいた。

「飛行機、取れたんですか」

 思わず、おはようの挨拶よりも先に口に出す。彼は、ただ「うん」とだけ答えてゲーム機を大きないつもの黒いリュックへ押し込んだ後にファスナーを閉じた。
 一見、いつも通り落ち着いた様子の彼。でも、僕にはわかる。彼はきっと、すごく帰省を楽しみにしている。だって、いつもならこの時間はゲームを作っていたし、そうでなければ眠っていた。まさか飛行機を早朝の時間にとったわけでもあるまい。

「飛行機いくらしたんですか」ベッドを降り、彼の荷物がぐちゃぐちゃに詰め込まれたキャリーケースの隣へ腰を降ろしながら尋ねる。
「おじいちゃんが払ってくれるって言ってた」と彼は濁して部屋を出た。

 大方、あの大きなヘッドホンもしくは楽譜でも取りに行ったのだろう。僕は彼の詰め込まれた衣類を畳んで、ふぅと息をついた。

 気にかかることがあった。小春のことだ。
 もちろん、彼の実家まで飛行機へ乗せて連れていく気なんて毛頭ない。そうなると当然、誰かに預ける必要があった。そして、その相手にもまた心当たりがあった。だからこそ実家への帰省を僕から提案したのだ。でも。

「お父さんとお母さん、かぁ」

 はぁ、とため息を一つ。小春のことは心配しなくてもいいだろうし、世話をしてほしいと頼んでもきっと二つ返事で受け入れてくれるだろう。とはいえ、だ。なにかお礼の品でも準備した方がよさそうだ。

 再びため息が溢れそうになり小さく口が開いたとき、背後から再び扉が開く音がした。振り向くより先に、膝へ柔らかい肉球が触れる。

「あ、小春。おはよう」

 にゃーと挨拶を返した彼女は心なしか寂しそうに見えて、少々心が痛む。こんなに小さな子を置いて行っていいのだろうか。現に、いつもは聖也くんにばかり引っ付いている小春が僕の方に来るなんて、何か察するものがあってのことかもしれない。
 しかしそんな不安でいっぱいな僕とは打って変わって、背後から現れた聖也くんは僕の隣へしゃがみこみヘッドホンを持った反対の手で小春をわしゃわしゃと撫でてふっと笑顔を浮かべた。

「小春、お腹空いたって」
「あぁ……」

 そういえば朝ご飯はまだだっけ、と。僕が立ち上がると小春はしっぽを優雅に揺らしながら僕の後をつけるのだった。
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