381 / 548
第2章 氷の王子と消えた託宣
第28話 安寧のとき
しおりを挟む
【前回のあらすじ】
ミヒャエルの陰謀により混乱の渦と化した夜会。リーゼロッテの涙により不穏な力も終息を見せ、異形たちも落ち着きを取り戻します。
バルバナスら騎士団の到着で反乱分子が鎮圧される中、ミヒャエルの怒りはリーゼロッテへと向けられて。紅の瘴気に包まれるも、母マルグリットの力に救われその姿を垣間見ます。
一方、孤立したハインリヒとアンネマリーは、すれ違いながらも互いに思いが募るばかり。ディートリヒ王に背中を押され、階下に落ちたアンネマリーを求めてひた走るハインリヒ。
たどり着いた託宣の間で、アンネマリーが対の託宣の相手と知ったハインリヒは、その体をきつく抱きしめるのでした。
分刻みで進むタイトなスケジュールに、ハインリヒは苛立っていた。
「王太子殿下、この度はご婚約おめでとうございます。このようにお美しいご令嬢を王太子妃殿下に望まれて誠に喜ばしい限りです」
先ほどから異口同音に繰り返される。隣に座るのはアンネマリーだ。それはいい。いいというか滅茶苦茶いい。そこは何度もその可愛い顔を確かめてしまうほどのことなのだが、先ほどからハインリヒの表情はずっと凍ったままだった。
アンネマリーが託宣の相手だったことは、いまだに天にも舞い上がる心持だ。それなのに、まったくと言っていいほど、ふたりきりになれる時間が取れなかった。触れられる位置にいるというのに、その白い手を取ることすらままらない。
(ああ……アンネマリーに触れたい……触れてこの腕に抱きしめたい)
「本日、ご挨拶に上がりましたのは、先日王太子殿下に却下されました領政の件なのですが、こちらとしてもこれ以上の譲歩はできぬ状況でして、なんとか再考頂けましたらと思っておりまして……」
目の前の貴族がおずおずと王太子を見やる。ハインリヒの瞳は刺すように冷たい視線のままだ。返答すらもらえない男は、困ったようにアンネマリー顔を伺い見た。
(なんなんだ、この男は。アンネマリーのことばかりちらちらと見て)
ぎりと睨みつけると、男はさらに助けを求めるかのようにアンネマリーに視線を送った。アンネマリーも戸惑ったようにハインリヒを見やるが、男に言葉を返す様子はない。
近くに立つブラル宰相に目を向けると、アンネマリーに向かって笑顔で頷いた。小さく頷き返し、アンネマリーは目の前の貴族に声をかけた。
「王太子殿下は領民の生活を憂いておられます。子爵の譲歩案ではやはり貧困層の増加は懸念されますし、王政においてもこの冬の寒さ対策として各領地への支援を検討中とのこと。それを踏まえて、もう一度計画書を提出していただくのがよろしいでしょう」
「は、はい。ありがたきお言葉! ぜひそのようにして改めさせていただきますっ」
アンネマリーに助け舟を出されて、男は逃げるようにこの場を辞していった。その際にアンネマリーに向かってペコペコと頭を下げていく。
(どいつもこいつもわたしのアンネマリーを見過ぎだぞ……しかもあの柔らかそうな胸ばかり見ているのではないか!?)
去っていく男の背中を射殺さんばかりに睨みつける。その様子を黙って見ていたブラル宰相がニコニコ顔で近づいてきた。
「さすがはアンネマリー様。社交界随一の才女と謳われたジルケ様のご息女だけはありますな。あの融通のきかない子爵からさらなる譲歩を引き出すなど、いやはや、なんとも素晴らしいことです」
ハインリヒの潔癖なまでの政務方針を、快く思わない貴族たちは多い。正論で従えさせようにも、うまくいかないことが多かった。
厳しく追い詰めるハインリヒに、その横で柔らかく笑みを向けるアンネマリー。精神的に圧迫を受けた人間は、直後にやさしくされるとつい絆されてしまうものだ。まさに飴と鞭な対応に、頑なだった貴族たちが、王太子の意見にも耳を傾けるようになってきた。
「誠に良き伴侶をお迎えになられました。アンネマリー様はさぞやご立派な王妃となられることでしょう。これで益々我が国も安泰ですな。いやはや実に喜ばしい」
うんうんと頷く宰相の言葉に、ハインリヒはアンネマリーの顔を見やった。はにかむような笑顔を向けられて、その凍った表情が瞬時に氷解する。
(ああ、アンネマリー……!)
もう抱きつぶしてあちこちに口づけたい。そんな思いがこみ上げて来るが、ここは貴族との謁見室だ。衛兵もそこここに立っていて、とてもそんなことができる状況ではなかった。
「王太子殿下はこれからわたしどもと会食ですな。アンネマリー様は一度王妃殿下の離宮にお戻りになっていただいて、午後に再び貴族と謁見予定です。また後程お向かえに上がりましょう」
「ではわたしが義母上の離宮まで送っていこう」
会食の時間が迫っているが、ハインリヒは頑として譲らなかった。微笑ましそうに見送るブラル宰相を残して、ふたりは必要以上にゆっくりとした足取りで王妃の離宮へと向かっていった。
ミヒャエルの陰謀により混乱の渦と化した夜会。リーゼロッテの涙により不穏な力も終息を見せ、異形たちも落ち着きを取り戻します。
バルバナスら騎士団の到着で反乱分子が鎮圧される中、ミヒャエルの怒りはリーゼロッテへと向けられて。紅の瘴気に包まれるも、母マルグリットの力に救われその姿を垣間見ます。
一方、孤立したハインリヒとアンネマリーは、すれ違いながらも互いに思いが募るばかり。ディートリヒ王に背中を押され、階下に落ちたアンネマリーを求めてひた走るハインリヒ。
たどり着いた託宣の間で、アンネマリーが対の託宣の相手と知ったハインリヒは、その体をきつく抱きしめるのでした。
分刻みで進むタイトなスケジュールに、ハインリヒは苛立っていた。
「王太子殿下、この度はご婚約おめでとうございます。このようにお美しいご令嬢を王太子妃殿下に望まれて誠に喜ばしい限りです」
先ほどから異口同音に繰り返される。隣に座るのはアンネマリーだ。それはいい。いいというか滅茶苦茶いい。そこは何度もその可愛い顔を確かめてしまうほどのことなのだが、先ほどからハインリヒの表情はずっと凍ったままだった。
アンネマリーが託宣の相手だったことは、いまだに天にも舞い上がる心持だ。それなのに、まったくと言っていいほど、ふたりきりになれる時間が取れなかった。触れられる位置にいるというのに、その白い手を取ることすらままらない。
(ああ……アンネマリーに触れたい……触れてこの腕に抱きしめたい)
「本日、ご挨拶に上がりましたのは、先日王太子殿下に却下されました領政の件なのですが、こちらとしてもこれ以上の譲歩はできぬ状況でして、なんとか再考頂けましたらと思っておりまして……」
目の前の貴族がおずおずと王太子を見やる。ハインリヒの瞳は刺すように冷たい視線のままだ。返答すらもらえない男は、困ったようにアンネマリー顔を伺い見た。
(なんなんだ、この男は。アンネマリーのことばかりちらちらと見て)
ぎりと睨みつけると、男はさらに助けを求めるかのようにアンネマリーに視線を送った。アンネマリーも戸惑ったようにハインリヒを見やるが、男に言葉を返す様子はない。
近くに立つブラル宰相に目を向けると、アンネマリーに向かって笑顔で頷いた。小さく頷き返し、アンネマリーは目の前の貴族に声をかけた。
「王太子殿下は領民の生活を憂いておられます。子爵の譲歩案ではやはり貧困層の増加は懸念されますし、王政においてもこの冬の寒さ対策として各領地への支援を検討中とのこと。それを踏まえて、もう一度計画書を提出していただくのがよろしいでしょう」
「は、はい。ありがたきお言葉! ぜひそのようにして改めさせていただきますっ」
アンネマリーに助け舟を出されて、男は逃げるようにこの場を辞していった。その際にアンネマリーに向かってペコペコと頭を下げていく。
(どいつもこいつもわたしのアンネマリーを見過ぎだぞ……しかもあの柔らかそうな胸ばかり見ているのではないか!?)
去っていく男の背中を射殺さんばかりに睨みつける。その様子を黙って見ていたブラル宰相がニコニコ顔で近づいてきた。
「さすがはアンネマリー様。社交界随一の才女と謳われたジルケ様のご息女だけはありますな。あの融通のきかない子爵からさらなる譲歩を引き出すなど、いやはや、なんとも素晴らしいことです」
ハインリヒの潔癖なまでの政務方針を、快く思わない貴族たちは多い。正論で従えさせようにも、うまくいかないことが多かった。
厳しく追い詰めるハインリヒに、その横で柔らかく笑みを向けるアンネマリー。精神的に圧迫を受けた人間は、直後にやさしくされるとつい絆されてしまうものだ。まさに飴と鞭な対応に、頑なだった貴族たちが、王太子の意見にも耳を傾けるようになってきた。
「誠に良き伴侶をお迎えになられました。アンネマリー様はさぞやご立派な王妃となられることでしょう。これで益々我が国も安泰ですな。いやはや実に喜ばしい」
うんうんと頷く宰相の言葉に、ハインリヒはアンネマリーの顔を見やった。はにかむような笑顔を向けられて、その凍った表情が瞬時に氷解する。
(ああ、アンネマリー……!)
もう抱きつぶしてあちこちに口づけたい。そんな思いがこみ上げて来るが、ここは貴族との謁見室だ。衛兵もそこここに立っていて、とてもそんなことができる状況ではなかった。
「王太子殿下はこれからわたしどもと会食ですな。アンネマリー様は一度王妃殿下の離宮にお戻りになっていただいて、午後に再び貴族と謁見予定です。また後程お向かえに上がりましょう」
「ではわたしが義母上の離宮まで送っていこう」
会食の時間が迫っているが、ハインリヒは頑として譲らなかった。微笑ましそうに見送るブラル宰相を残して、ふたりは必要以上にゆっくりとした足取りで王妃の離宮へと向かっていった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
変人令息は悪女を憎む
くきの助
恋愛
「ブリジット=バールトン。あなたを愛する事はない。」
ああ、ようやく言えた。
目の前の彼女は14歳にしてこれが二度目の結婚。
こんなあどけない顔をしてとんでもない悪女なのだ。
私もそのことを知った時には腹も立ったものだが、こちらにも利がある結婚だと割り切ることにした。
「当初話した通り2年間の契約婚だ。離婚後は十分な慰謝料も払おう。ただ、白い結婚などと主張されてはこちらも面倒だ。一晩だけ付き合ってもらうよ。」
初夜だというのに腹立たしい気持ちだ。
私だって悪女と知る前は契約なんて結ぶ気はなかった。
政略といえど大事にしようと思っていたんだ。
なのになぜこんな事になったのか。
それは半年ほど前に遡る。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
初恋の呪縛
緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
※ 全6話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる