ふたつ名の令嬢と龍の託宣【全年齢版】

古堂 素央

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第2章 氷の王子と消えた託宣

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     ◇
 星の読みの間ではリーゼロッテが待っていた。瞳を輝かせてアンネマリーの元に駆け寄ってくる。

「アンネマリーが王子殿下の託宣の相手だったなんて! わたくし本当にうれしくて……!」

 ハグしてくるリーゼロッテの瞳はすでに潤んでいる。心からよろこんでくれているのが伝わってきて、夜会でリーゼロッテに暗い感情を向けていた自分が、アンネマリーは急に恥ずかしくなった。
 ハインリヒの隣に立つ人間として、自分ももっとしっかりしなくては。そんなことを強く思う。

「ありがとう、リーゼロッテ。わたくしも驚いているの……託宣の話なんて今まで聞いたことがなかったから……」

 アンネマリーはあの日、ハインリヒに抱えられたまま、王の前へと連れていかれた。そのことだけでも激しく動揺したが、いきなりハインリヒがその場で自分との婚姻を宣言したので、なかば放心状態となってしまった。

「いまだに夢を見ているんじゃないかと思うことがあって」
「無理もないわ。いきなり龍の託宣だなんて、わたくしも去年初めて聞かされて驚いてしまったから。わたくしとジークヴァルト様の婚約も龍から賜ったものなのよ」
「え? リーゼロッテもなの?」

 ここのところ、驚きの連続だ。常識が常識でなくなって、非常識なことをたくさん受けとめなければならない。正直、混乱してないと言うと嘘になる。

 ハインリヒはすべてを話してくれた。長い歴史の中、この国を導いてきた龍の存在。国の成り立ちにその在り方。ずっと探していた託宣の相手。女性に触れることのできないハインリヒの理由。
 ひとりの令嬢を傷つけてしまった過去も、アンネマリーに取ってきた態度の訳も、隠すことなく打ち明けてくれた。

 その苦悩は自分の想像をはるかに超えていて、アンネマリーはハインリヒの言葉に涙した。どこか遠い瞳で語るハインリヒの冷えきった指は、ずっとアンネマリーに触れていた。それを温めてあげたくて、アンネマリーは話が終わるまでその手をそっと握り返した。

「でも、本当によかった。王子殿下とアンネマリーが思い合っているのは、わたくしずっと分かっていたから」

 リーゼロッテの言葉に、アンネマリーの頬が染まる。そのことがいちばん信じられないでいた。あのハインリヒの心が自分に向けられているなど、夢なら醒めないでほしいと今でも本気で思ってしまう。

「わたくしね、公爵様に大事にされているリーゼロッテがずっとうらやましかったの」
「ジークヴァルト様はわたくしが託宣の相手だから、責任感でやさしくしてくださっているのよ。でも、王子殿下とアンネマリーは両思いだもの。よほどアンネマリーの方がうらやましく思えるわ」
「え? でも……」

 アンネマリーの目から見て、リーゼロッテへの公爵の執着ぶりは相当なものだった。それは義務感に駆られているとは到底思えない。しかし、リーゼロッテは本気でそう思っているようだ。

「ねえ、アンネマリーは体のどこにも龍のあざはないって言っていたでしょう? だから、わたくしそれが不思議で……」
「それが髪の奥にあったらしいの」

 アンネマリーは自分の後頭部に手を添えた。ここにハインリヒの託宣の相手のあかしであるあざがある。ハインリヒが触れると、体が耐え難いほどの熱を帯びる場所だ。そのことを思い出すと自然と頬が朱に染まった。

「そんなところに隠れていたなんて! アンネマリーは赤ちゃんの頃から髪がふさふさだったから、それで見つからなかったのね」

 その言葉にアンネマリーは悲しそうな顔をした。自分に龍のあざがあると初めから分かっていたなら、ハインリヒはあんなにもつらい思いをすることはなかったはずだ。そう思うと、この扱いづらい髪が余計に嫌になって来る。

「そうそう、アンネマリーは異形の者の話は聞いたのかしら?」
「ええ……いまだに信じ切れていないのだけれど……」
「アンネマリーは無知なる者だものね。視えない存在なんて信じられないのも無理ないわ」

 軽く肩をすくませるリーゼロッテは、ハインリヒ同様異形が視えるらしい。そのこともうらやましく感じてしまう。

「視えないのがわたくし悔しいわ」
「ふふ、アンネマリーもエラと同じようなことを言うのね」
「だって、少しでもハインリヒ様のお力になりたくて……」

「アンネマリー……本当にとっても綺麗になったわ。王子殿下に愛されているのね」
 そんなアンネマリーを見て、リーゼロッテは眩しそうに目を細めた。

「でもアンネマリーが王太子妃殿下になったら、気安く話もできなくなると思うとさみしいわ」
「そんなこと言わないで。リーゼはわたくしの大切な従妹だもの。公の場ではそうはいかないだろうけど、これからも変わらずいてちょうだい」

 アンネマリーは新年を祝う夜会の直後から、この星読みの間に滞在している。領地に帰ることも許されず、すぐさま王太子妃教育が開始された。

 ずっとテレーズのそばで過ごしていたアンネマリーは、隣国の王族と接する機会も多かった。立ち居振る舞いなどは子供の頃から厳しく教えられてきたので、その面は十分クリアしている。そのため主に、この国の王族の作法や王太子妃となるための心構えなどを王妃の元で学んでいた。
 国の内情、神殿とのかかわりなどもありとあらゆることが教え込まれ、アンネマリーは公務も加えて厳しいスケジュールをこなす毎日だ。

 その時、扉が叩かれ女官のルイーズがやってきた。

「アンネマリー様、そろそろ次の公務の時間でございます」
「まあ、もうそんな時間? せっかくリーゼが会いに来てくれたのに……」
「仕方ないわ、アンネマリーは今大事な時期だもの。忙しい中ありがとう。話ができてうれしかったわ」

 リーゼロッテと別れのハグをする。アンネマリーはハインリヒの誕生日に王太子妃となることが決まっている。それはもう数週間後に控えており、王太子妃教育だけでなく婚儀に向けてやらねばならないことが山積みだった。

 婚約から婚姻まであり得ないほどの短さに驚いた。だがハインリヒの婚姻の準備は、相手不在のまま、数年前から着々と進んでいたとのことだった。
 リーゼロッテと別れ、再び公務へと足を向ける。

「アンネマリー」

 不意に呼び止められると、王妃の離宮を出てすぐのところにハインリヒの姿があった。驚きとともにうれしさがこみあげてくる。

「ハインリヒ様!」
「……会いたかった、アンネマリー」
「わたくしも……」

 先ほど別れてからまだ一時間も経ってはいない。王城の廊下でいつまでも見つめ合うふたりに、近衛の騎士が遠慮がちに声をかけた。

「王太子殿下、そろそろ謁見室に向かいませんと……」
「ああ、わかっている」

 申し訳なさそうな声に、ハインリヒは疲れた顔を向けた。ハインリヒはアンネマリー以上に過密な公務をこなしている。その血色はいいとは言えず、アンネマリーの表情が不安げに曇った。

「一分だけ時間をくれないかしら?」

 近衛騎士に向けてそう言うと、アンネマリーはハインリヒの手を引き、廊下の柱の陰へと連れて行った。

「アンネマリー?」

 おとなしくついてきたものの、ハインリヒが不思議そうに首をかしげる。その唇に向けて、アンネマリーは背伸びをしながら自身のそれを押し付けた。
 アンネマリーの柔らかい唇は、ハインリヒの口の端にちょんと触れてすぐ離れた。恥ずかしさに瞳を閉じていたので、少々狙いがれてしまったようだ。

「少しでも元気を出していただきたくて……」

 上目づかいで頬を染めるアンネマリーを前にして、ハインリヒの呼吸が一瞬止まる。感極まってその体を抱きしめようと両腕がガバっと開かれた。

「あの、もうお時間が……」
「今行きます」

 近衛騎士の呼びかけに、アンネマリーはくるりとそちらを振り返った。抱きしめ損ねたハインリヒの腕が、大きく空振りしてクロスする。

「では向かいましょうか。……ハインリヒ様?」

 向き直ると、ハインリヒが自身を抱きしめるようなおかしな格好をしている。それを見たアンネマリーは不思議そうに小首をかしげた。

「いや、何でもないんだ」

 何とも言えない微妙な表情で小さくため息をついたハインリヒに、アンネマリーの顔が再び曇る。近衛騎士に催促されて、ふたりはそのまま午後の公務へと向かっていった。
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