カタシロ

キナリ

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私はおばあさんから受け取った紙をお守りのようにブレザーのポケットに入れると学校へ向かった。

校内に入った私に話しかけてくる人は、いない。

だれとも会話せずに自分のクラスに入る。

ざわざわと騒がしい教室内は、私が空気だと感じさせるには十分だった。

(あ)

自分の机の椅子に男子が座っている。

どうしよう。

「どいて」と言えばどけてもらえるのかもしれない。

けれど臆病になってしまった私は、無視されるのを恐れて話しかけることができなかった。

(トイレ、行こ)

私は諦めてトイレに向かうことにした。



女子トイレの扉を開けると、そこにいたのは高野 朝海と高橋 あかりだった。

スマホを弄る朝海と鏡の前で色付きリップを塗るあかりは、私に気付くとひそひそと小声で話し始めた。

(鞄持ってる)

(なんで? うけるんだけど)

(つーか学校くんなよ)

(ほんとそれ)

鋭い言葉の刃が私をざくりと切りつける。

だらだらと血を流している胸を押さえつけながら、私は個室に入った。

「朝海……あかり……」

私の苦しさを、思い知れ。

2枚の紙を便器に投げ入れると、水に浮かんだ紙がとろりと溶け出す。

私はその様子をじっと眺めながら洗浄レバーを押した。
 

トイレから出ると鏡の前には誰もいなかった。

朝海のスマホと、あかりのリップが転がっている以外は なにも、なかった。

「本当だったんだ……!!」

私は心臓がどきどきと跳ねるの感じながら、ポケットに入れた紙を撫でた。


ホームルームが始まっても、2人の姿はどこにもない。

それもそのはずだ、私が「消して」しまったんだから。

口角が持ち上がるのを手で隠しながら先生が点呼をとる声を聴いていた。

「工藤」

「はい」

「高野。高野……ー?」

朝海の名前を呼ぶ先生の声に、応えるものはいない。

「どこ行ったんだぁ? 飛ばすぞ、佐藤」

「はい」

「外田」

「はい」

「高橋……高橋―! なんだ高橋もいないのか! 幸村、2人がどこに行ったか知ってるか?」

先生に問いかけられ、真理愛は困惑した表情で答える。

「ホームルームのちょっと前まで一緒にいたんですけど……」

ざわざわと教室がざわめく。

「静かに! 幸村、あとで職員室に来なさい」

「はい……」 

その様子を横目で見ていた私の視線と真理愛の視線がバチっとかちあう。

ふい、と反らしたがその表情にはありありと怒りが浮かんでいた。 

――私が悪いんじゃない。

2人が、真理愛が悪いんじゃない。

私は真理愛の名前が書かれているポケットをそっと押さえた。



職員室から戻ってきた真理愛は10分休みに入ると私の方へと一直線に向かってきた。 

「美月」

「……な、なに」

真理愛に声をかけられたのは、何か月ぶりだろう。それこそ私たちが友達だったころ以来だ。

昔はたのしげにかけられていたはずのその声は、冷たく硬かった――。

「ちょっと」

そう言って真理愛は私を人気のない屋上へと続く、大きな鏡がかけてある階段の踊り場へと連れだした。

「なに」

「……何って、知ってんでしょ、朝海とあかりの居場所」

「し、しらない」

「嘘つき! ホームルームの最中ずっとにやにや笑ってたくせに!」

「昨日のテレビのこと思い出してただけだよ……!」

白々しい嘘をつく私の押さえているポケットに目をやった真理愛は乱暴に私の手を払いのけた。

「何隠してんのよ!」

ポケットの中身――真理愛の名前が書かれたヒトガタの紙を乱暴に取り出した真理愛は目を剥いた。

「呪いでもしてたの? バッカみたい!」

「返して……!」

私の懇願に真理愛は叫んだ。

「なによ、こんな紙きれ!」

真理愛は紙をびりびり、と乱暴に千切る。

次の瞬間、ぶちぶち、という鈍い音がした。

「え」

腕が、脚が、首が……真理愛の体が『千切れた』。 

私の前に、ごろごろとなにかがころがってくる。

それは……首だった。驚愕した表情の真理愛の顔と目があう。

「あ……あ……」

へたり込む私の前で、真っ赤な液体が広がっていく。

血にまみれた紙きれは、ゆっくりと――溶けて行った。



「復讐は遂げられたかい?」

茫然としている私の上から声がふってきた。

そこには、朝出会ったおばあさんが立っていた。

遂げた、のだろうか。

「……わたし、こんな風にしたかったんじゃなかった」

「うん?」

「本当はまた、みんなと友達にもどりたかっただけ……!!」

朝海と、あかりと、真理愛と――また友達に戻りたかっただけなんだ。

「そうかい。それが、あんたの望みなんだね」

おばあさんの言葉に、こくんと私は頷いた。

「大丈夫さ。ほらご覧。あんたの友達ならいつもそばにいるよ」

そう言っておばあさんが鏡を指し示した。
そこには、――どろどろに溶けた肉色の何かが私の周りを蠢いていた。 

肉の隙間から真理愛の顔がのぞく。

「良かったねぇ、『一生一緒にいてくれる』って」

にこにこと笑うおばあさんのこえが、私の中で反響した気が、した。



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