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第一章

医療担当現る

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「あー…食べ過ぎたわ…」
 部屋に戻った私はベッドに横になっていた。カレーがあまりにも美味しくておかわりしたのが祟ったようだ。おまけにあの料理長、食後のコーヒーとスイーツまでサービスしよった。しかもそのスイーツもまた美味いときたもんだ。
「彼は褒めると調子に乗るタイプです。気前が良すぎる性格には私も困ってます」
 私のベッドに腰掛けるアウルがそう教えてくれた。てか、何さりげなく部屋に入ってるんだコラ。そうツッコみたいが、腹いっぱいでしんどい。

「つい先ほど、胃腸薬を手配しました。まもなく到着すると思います」
 早いなオイ。
「あんたってけっこう手際がいいわね…」
「お褒めに預かり、光栄です」
「褒めたつもりはないんだけどね」
 とか言ってる間に扉からノックする音が聞こえた。
「どうぞ。開いてますよ」
 私がしゃべる前にアウルが返事した。オイ、ここ私の部屋だぞ。

「は~い、お邪魔するどすえ~」

 なんか変な語尾をつける女性が入室してきた。ナース服を身に着けたその女性は魚のひれのような耳を生やし、お尻からは魚の尻尾がはみ出ていた。いわゆる半魚人というヤツかな。

「ご注文の~、胃腸薬をお持ちしましたどすえ~」
 半魚人は手に持っていた岡持ちを開け、胃腸薬と水を差し出した。なんちゅうもんに入れてんだ。まぁいいや、もらいましょ。

「ふ~。ちょっと楽になったわ」
「よかったですね。魔勇者様」
「よかったどすえ~」
 アウルと半魚人は一安心したようだ。
「ここの胃腸薬は臭いけどよく効くんどすえ~。匂いは大丈夫ですか~?」
「大丈夫よ。元の世界でも似たような薬があるからね」
 これまた勢いで飲んでしまった。私もたいがいね…。
「ところで、あなたは?」
 水が入っていたボトルを返しながら私は半魚人に尋ねた。
「申し遅れました~。わたくし、魔勇者様の医療担当のウーナどすえ~。よろしくどすえ~」
 ウーナと名乗った半魚人はお辞儀をした。
「医療担当?」
「そうどすえ~。魔勇者様の健康はわたくしにお任せどすえ~」
 ウーナは尻尾を振りながら返事した。よく見ると、その尻尾は魚にしては細長く、ぬるぬると黒光りしている。この感じは…うなぎの尻尾だ。
「どうしました~?魔勇者様~?」
 視線に気づいたウーナは私に尋ねた。
「あ、いや、珍しい尻尾だなと思ってね…」
「そうですか~?そんなに褒めると照れるどすえ~」
 ウーナは顔を赤らめながら尻尾をブンブンと振った。褒めてないっての。
「魔勇者様はタラシの才能があるようですね。こりゃハーレムルートまっしぐらですな」
 アウルが茶々を入れてきた。やめんかい!
「褒めただけでハーレムって…チョロすぎやろあんたら!」
「それだけ魔勇者様に魅力があるってことですよ。この本によりますと、異世界から来た『勇者』はハーレムを作る能力を持っているらしいですが?」
「持ってないわよんなもん…てか、それ私の本じゃないの!」
 アウルはちゃっかり私がこの世界に来るきっかけになった本を手にしていた。
「あら~?なんですかそれ~?」
 ウーナは興味深く本を覗きこんだ。
「魔勇者様の世界の本です。おとぎ話らしいですが、この物語の主人公の境遇が魔勇者様に似ているんですよ」
「いつの間に読んだのよ…ってあれ?あんた人間の文字が読めるの?」
「ええ。敵の文化を知っていると何かと役に立ちますので」
 アウルは淡々と答えた。敵を知り、己を知らずんば…ってヤツね。なかなかの切れ者ねこの鳥人。
「面白そうな本どすえ~。わたくしにも人間の文字を教えてほしいどすえ~」
「おあいにく様ですが、スケジュールが空いてません」
「つれないどすえ~」
 ウーナは残念そうに肩をすくめた。
「ていうか、医療担当って何?」
 なんか脱線してきたので私は話を戻した。
「あ~、そうでしたね~。今みたいに薬の配達や往診、あとは定期検査を担当させていただくどすえ~」
 これまた至れり尽くせりな……しかし、気になる言葉が一つあった。
「検査?」
「そうどすえ~。あなた様は初めての魔勇者なので、身体がどのように変化するのか魔王様も把握していないんどすえ~」
「変化…?」
 確かに魔王は私が『初めての魔勇者』だと言っていた。変化といえば今のところ手のひらから黒い火の玉が出るくらいだが…。
「ゆえに、定期的に検査し、データを集めるよう魔王様から直々に命じられたんどすえ~」
 データか…。おそらく、私が何らかの形で使い物にならなくなった時、第二の魔勇者を作り出すためのものだろう。所詮、奴にとって私は実験体の一人ということか…。しかし、身体の変化に関しては正直心配だ。
「まさか本当に目から石化光線が出るようになるとか言うんじゃないでしょうね?」
「否定はできませんね。まぁ、なったらなったで面白そうですが」
 他人事だと思ってこの鳥人は…。本当に出るようになった暁には真っ先に光線かけてやろうかしら。
「とりあえず、どんな些細なことでもいいので変化があったら教えてほしいどすえ~」
 私は思わず自分の手のひらを見つめた。
「ご心配無用どすえ~。どんな状態になろうともわたくしは全力で魔勇者様をケアさせていただくどすえ~」
 ウーナは柔和な笑みを浮かべた。その表情から私は幼い頃お世話になった病院のナースを思い出した。魔王の意図がなんであれ、彼女の言葉はきっと本意であろう。

「わかった…よろしく頼むわ」
 信じてみよう…。万が一裏切られたら?その時はその時だ。
「お任せするどすえ~。最悪の場合、シモの世話も担当させていただくのでご安心するどすえ~」
「安心できるか!」

 やっぱ信用できねぇ!
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