異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第二章

竜の血

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「ちょっと!大丈夫?」

 私は倒れている少年のもとに駆け寄った。まだ息はある。見たところ急所は外れているが出血がひどい。今すぐ応急処置をしなければ命にかかわる。しかし、あいにくそういう知識は持ち合わせていない。

「このままではまずいのう」
 ズワースが竜の姿のまま前に出た。彼は左腕に刺さった矢を器用に引き抜き、乱暴に投げ捨てた。
「あの人間どもめ。まさかこやつを囮にするとはのう。さすがのわしも予想できなかったわい」
 そう言いながらズワースが左腕を少年の上に出すと、その傷口から血液が大粒の雫となって少年の傷口に落ちた。その刺激で少年の身体が一瞬震えた。

「な、何をするの…?」
「竜の血は高級な治療薬の素材になるらしい。ならばこういうこともできるはずじゃ」
 
 その効果はどうやら本当らしく、竜の血を浴びた少年の傷口が信じられない速さで塞がっていった。

「これで傷のほうは心配ないじゃろう。しかし、体力の消耗がひどい。然るべきところで治療を受けねばならぬ」

 然るべきところか…心当たりはあることはあるけど…

『魔勇者様!』
「おわあぁっ!」

 ポケットから突然アウルの声が響いた。

「びっくりしたじゃないの!着メロぐらい流しなさいっての!」
 ポケットから私は通信石を取り出し、耳に当てて通信相手に文句をつけた。この通信石はアウルとの連絡用に魔王から支給されたものだ。
『失礼しました。通信石のテストを兼ねて訓練の様子をお伺いしようと思いまして。それでどうですか?』
「どうって…それなんだけど…ちょっと怪我人が出てね…」
『怪我人?まさかズワース様が?』
「いや。あいつの傷は全然大したことないわ。その…けっこう深手の人間が一人いてね…そいつをどうにか連れていけないかなって思ってね…その…」
 どう話せばよいかよくわからなかった。無理もない。敵である人間を治療してもらおうなど我ながらどうかしてると思う。ラノベの主人公のような甘ちゃん思考だ。断られて当然のはず。

『わかりました。今そちらに向かいます』
「へ?いいの?」
 思わず間抜けな声が出た。
『魔勇者様の頼みです。断るつもりはありません。ウーナにも治療の準備をするよう連絡しておきますのでしばしお待ちください』
「わ、わかったわ」
 そう返事をした私は通信石をしまった。まさかこうも簡単に了承してくれるとは思わなんだ。部屋に無断侵入してきた時もこのくらい素直に退いてくれればいいのに。
「…ずいぶんと無茶なお願いをしたのう」
 左腕を戻しながらズワースが言った。その傷口はすでに塞がっていた。
「…そうね…」
 自分でもそう思う。なにしろ今の立場では人間は敵なのだ。助ける義理などない。放っておくかとどめをさしてやるのが正しいはずだ。
「…まさか人間などさっさと殺せとか言うんじゃないでしょうね?」
「ふふ、勢いながらわしはお前さんの片棒を担いだ身じゃ。そんなこと言う資格などありゃせんよ」
 意外な答えが返ってきた。
「じゃが、この後のことまでは知らん。後は自分でなんとかするんじゃな」
「…そうさせてもらうわ…」
 そう言いながら私は少年を担ぎ、部屋の出口に向かって歩きだした。

「お迎えに参りました」

 目前につむじ風が舞い、その中からアウルが現れた。

「早いなオイ!」
 ここは感傷に浸りながら歩くところでしょうが!…なんてアホなこと考えてる場合じゃないわね。

「それが例の負傷者ですか?」
「ええ、そうよ」
 アウルは私が担いでいる人間を観察している。
「応急処置はズワースがしてくれたわ。傷のほうは大丈夫」
「竜の血…ですね?」
 察しが良いわねこのメイドは。説明の手間が省けて助かったけど。
「威力のある矢を撃たれてかなり出血しておった。治すなら早いほうが良いぞ」
 ズワースが代わりに説明した。
「わかりました。では戻りましょう」
 私はアウルの手を取り、黒竜に見送られながら魔王城へ戻った。

(…さて、どう説明したらいいものやら…)
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