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第六章
赤い牙
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レイニィ諸島の東側を治めるソティ王国。その最東部、クラウディ大陸に最も近いイーサ島。その東側の海岸沿いを守衛するリャンサ砦。そこは魔族の襲撃とはほぼ無縁であり、砦の周辺は平穏そのものであった。
しかしその夜、砦は思いもよらぬ戦火に包まれた。
砦の手薄な西側が何者かの襲撃を受けたのだ。
「敵襲だと?魔物ぐらいお前達で対処できんのか」
寝床につこうとしていた砦の司令は兵士から強襲の知らせを受け、身なりを整えながらぼやいた。
「魔物ではありません!敵は――」
ドォン!
兵士の報告は外から響いた爆発音によって阻まれた。
――――
「て、敵襲だ!」
リャンサ砦の西門前。叫び声をあげながら兵士は目前の男に剣を向けた。紺色のコートを羽織った男は自分が持つ槍で弓兵の亡骸を刺し貫いたまま兵士に鋭い視線を向け、不敵に笑っている。その表情にゾッとした兵士は男に向かって剣を突き出そうとした。
「ぐぉ!」
兵士は背後から胴体を真っ二つに切り裂かれた。その背後には大剣を手にした金髪の少女が立っていた。
「おせぇぞ、ショコラ!」
男は槍を亡骸から抜き取りながら少女に声をかけた。
「うっせ!思ったより敵が多かったんだよバーロー!」
ショコラと呼ばれた少女は自分が来た方向を指さしながら毒づいた。
「…で、ちゃんと引き付けて来たんだろうな?」
「あたぼうよグレイブ団長!ショコラちゃんの魅力にかかれば余裕のよっちんよ!」
グレイブと呼ばれた男はショコラの背後から数人の兵士が押し寄せてくるのを確認した。
「よし!お前はそこから攻撃を続けろ!俺は右から突っ込む!」
「ちっ!めんどくせぇ!」
舌打ちしたショコラは腰の鞄から手のひらに収まるサイズの爆薬を取り出した。
「ヒャッハー!汚物は消毒だぞい!」
楽しげな声をあげながらショコラは兵士の群れ目掛けて爆薬を投げつけた。爆薬は大きな爆風を巻き起こし、数人の兵士を吹き飛ばした。
「くそっ!こっちはやばい!そっちへ下がるぞ!」
正面からの爆風にひるんだ兵士達は体勢を立て直すために左側に陣形を下げようとした。
「させるかぁ!」
兵士達の進路を阻むようにグレイブは槍を正面に突き出し、突風のような勢いで駆け抜けた。足を止めそこねた何人かの兵士はその突風に身を貫かれ、肉片を周囲に飛び散らせた。グレイブはその軌道を器用に操り、兵士達の西門への退却を妨害した。
「だ、ダメだ!こうなったらあのチビを倒して――」
「くらえオラァン!」
「ギャアァ!」
正面を突破しようとした兵士はショコラの大剣の餌食となり、まとめて肉塊と化した。二人の侵入者の攻撃によって逃げ道を失った兵士達はいつしか一か所に包囲されていた。
「いまだバジル!放て!」
グレイブは突撃を続けながら叫んだ。その直後、砦を見下ろすことができる場所に位置する近くの崖から一本の矢が兵士の群れ目掛けて飛んできた。矢の先端には何かを入れた袋がついている。群れの中心にいる兵士は目視した矢を警戒して盾を上段に構えた。
盾に命中した矢は先端の袋を破裂させ、中に入っていた液体を広範囲に散布した。
「な、なんだこれは?」
「この匂い…ま、まさか…」
液体を浴びた兵士全員が困惑する中、臭いを嗅いだ一人の兵士の顔が青くなった。
「プレゼントだオラァ!」
ショコラは兵士達に向かって爆薬を投げつけた。火薬の爆発によって生じた炎は液体に燃え移り、瞬く間に兵士全員を包み込んだ。その液体は油であった。
「ギャアァアァァ!」
「も、燃えるうぅぅぅ!」
兵士達の悲鳴が辺りに響いた。少しでも炎から逃れようとする者はグレイブの槍、あるいはショコラの大剣の餌食となり、彼らの命運はすでに決していた。
「…ふぅ。数だけは大したもんだな」
ようやく足を止め、グレイブは一息ついた。彼が持つ槍の大きな刃部分は返り血で赤く染まっていた。
「この砦の9割の戦力は駆逐できたはずであります」
崖の方から深緑の帽子をかぶった男が歩いて来た。彼は手にカスタムされた弓を持ち、背中には矢筒を背負っていた。
「相変わらずお前とフェイの考える作戦はえげつないな。バジル」
「クライアントからは砦の人間を殲滅しろと依頼されているであります。我々のような少数で戦闘するにはこれがベストであります」
バジルと呼ばれた弓使いは淡々と説明した。
「これで、残るは砦の中ってわけだな」
「向こうはフェイが抑えているはずであります」
バジルは砦の窓の一つに弓矢を向けた。そのまま彼は矢を放ち、窓から顔を出した兵士の頭を打ちぬいた。
「あ、じゃあ自分帰っていい?」
「いいわけねぇだろ。アホ」
さっさと帰ろうとするショコラの襟をグレイブは掴んだ。
「砦を脱出し、応援を呼ぼうとする兵士がいるはずであります。我々はそれをここで迎え撃つであります」
「だとよ。もう一仕事頑張れよ」
「ちっ…わーったよ」
ショコラは不満げにぼやいた。
――――
「ば…バカな…」
砦の司令は現在の状況を受け入れられなかった。剣を持つ手が震えている。
小規模の砦とはいえ、少数の敵程度ならば軽くいなせる戦力を抱えていたにも関わらずわずかな時間で壊滅状態に追い詰められ、挙句に砦内部にいつの間にか入り込んだ侵入者によって自らも窮地に追い込まれていたからだ。侵入者は兵士の首をへし折りながら司令に近寄っている。
「『隣人が右を向いたら左を向け』ということわざがある。内部にも警戒の目を向けるべきだったな」
そう口にしながら侵入者は兵士の亡骸を放り投げた。
「き…貴様…まさか、『赤い牙』か?」
司令は侵入者の肩に貼ってある赤い獣を模したワッペンを指さした。
「ほう。我々の名前がこんなところまで知れ渡っているとは光栄だな」
侵入者は感心した。
「そして、我が名はフェイ・バンヤン。お前達に恨みはないが、クライアントの要望に従い、死んでもらう」
フェイと名乗った侵入者は拳法の構えを作った。
「う…うおぉわあぁぁぁ!」
恐怖に呑まれた司令は剣を上段に構え、突撃した。しかし、フェイは左手を迫りくる剣に添えるように当て、最小限の動作で受け流した。そして、鋭い手刀を剣のごとく振りかぶり、司令の首を跳ね飛ばした。首を失った司令の身体は仰向けに倒れ、切口からは赤い血が流れ出した。
とうとう無人となった司令室。その片隅に置かれた宝箱に目をつけたフェイは静かに近寄り、その中身を改めた。
「…これがクライアントの望みか…」
それを手に取り、まじまじと見つめるが、フェイにはその価値が理解できなかった。
「まぁいい。我々の仕事はこの砦の壊滅とこれの確保だ」
自分を納得させるようにつぶやきながらフェイは司令室を後にした。
しかしその夜、砦は思いもよらぬ戦火に包まれた。
砦の手薄な西側が何者かの襲撃を受けたのだ。
「敵襲だと?魔物ぐらいお前達で対処できんのか」
寝床につこうとしていた砦の司令は兵士から強襲の知らせを受け、身なりを整えながらぼやいた。
「魔物ではありません!敵は――」
ドォン!
兵士の報告は外から響いた爆発音によって阻まれた。
――――
「て、敵襲だ!」
リャンサ砦の西門前。叫び声をあげながら兵士は目前の男に剣を向けた。紺色のコートを羽織った男は自分が持つ槍で弓兵の亡骸を刺し貫いたまま兵士に鋭い視線を向け、不敵に笑っている。その表情にゾッとした兵士は男に向かって剣を突き出そうとした。
「ぐぉ!」
兵士は背後から胴体を真っ二つに切り裂かれた。その背後には大剣を手にした金髪の少女が立っていた。
「おせぇぞ、ショコラ!」
男は槍を亡骸から抜き取りながら少女に声をかけた。
「うっせ!思ったより敵が多かったんだよバーロー!」
ショコラと呼ばれた少女は自分が来た方向を指さしながら毒づいた。
「…で、ちゃんと引き付けて来たんだろうな?」
「あたぼうよグレイブ団長!ショコラちゃんの魅力にかかれば余裕のよっちんよ!」
グレイブと呼ばれた男はショコラの背後から数人の兵士が押し寄せてくるのを確認した。
「よし!お前はそこから攻撃を続けろ!俺は右から突っ込む!」
「ちっ!めんどくせぇ!」
舌打ちしたショコラは腰の鞄から手のひらに収まるサイズの爆薬を取り出した。
「ヒャッハー!汚物は消毒だぞい!」
楽しげな声をあげながらショコラは兵士の群れ目掛けて爆薬を投げつけた。爆薬は大きな爆風を巻き起こし、数人の兵士を吹き飛ばした。
「くそっ!こっちはやばい!そっちへ下がるぞ!」
正面からの爆風にひるんだ兵士達は体勢を立て直すために左側に陣形を下げようとした。
「させるかぁ!」
兵士達の進路を阻むようにグレイブは槍を正面に突き出し、突風のような勢いで駆け抜けた。足を止めそこねた何人かの兵士はその突風に身を貫かれ、肉片を周囲に飛び散らせた。グレイブはその軌道を器用に操り、兵士達の西門への退却を妨害した。
「だ、ダメだ!こうなったらあのチビを倒して――」
「くらえオラァン!」
「ギャアァ!」
正面を突破しようとした兵士はショコラの大剣の餌食となり、まとめて肉塊と化した。二人の侵入者の攻撃によって逃げ道を失った兵士達はいつしか一か所に包囲されていた。
「いまだバジル!放て!」
グレイブは突撃を続けながら叫んだ。その直後、砦を見下ろすことができる場所に位置する近くの崖から一本の矢が兵士の群れ目掛けて飛んできた。矢の先端には何かを入れた袋がついている。群れの中心にいる兵士は目視した矢を警戒して盾を上段に構えた。
盾に命中した矢は先端の袋を破裂させ、中に入っていた液体を広範囲に散布した。
「な、なんだこれは?」
「この匂い…ま、まさか…」
液体を浴びた兵士全員が困惑する中、臭いを嗅いだ一人の兵士の顔が青くなった。
「プレゼントだオラァ!」
ショコラは兵士達に向かって爆薬を投げつけた。火薬の爆発によって生じた炎は液体に燃え移り、瞬く間に兵士全員を包み込んだ。その液体は油であった。
「ギャアァアァァ!」
「も、燃えるうぅぅぅ!」
兵士達の悲鳴が辺りに響いた。少しでも炎から逃れようとする者はグレイブの槍、あるいはショコラの大剣の餌食となり、彼らの命運はすでに決していた。
「…ふぅ。数だけは大したもんだな」
ようやく足を止め、グレイブは一息ついた。彼が持つ槍の大きな刃部分は返り血で赤く染まっていた。
「この砦の9割の戦力は駆逐できたはずであります」
崖の方から深緑の帽子をかぶった男が歩いて来た。彼は手にカスタムされた弓を持ち、背中には矢筒を背負っていた。
「相変わらずお前とフェイの考える作戦はえげつないな。バジル」
「クライアントからは砦の人間を殲滅しろと依頼されているであります。我々のような少数で戦闘するにはこれがベストであります」
バジルと呼ばれた弓使いは淡々と説明した。
「これで、残るは砦の中ってわけだな」
「向こうはフェイが抑えているはずであります」
バジルは砦の窓の一つに弓矢を向けた。そのまま彼は矢を放ち、窓から顔を出した兵士の頭を打ちぬいた。
「あ、じゃあ自分帰っていい?」
「いいわけねぇだろ。アホ」
さっさと帰ろうとするショコラの襟をグレイブは掴んだ。
「砦を脱出し、応援を呼ぼうとする兵士がいるはずであります。我々はそれをここで迎え撃つであります」
「だとよ。もう一仕事頑張れよ」
「ちっ…わーったよ」
ショコラは不満げにぼやいた。
――――
「ば…バカな…」
砦の司令は現在の状況を受け入れられなかった。剣を持つ手が震えている。
小規模の砦とはいえ、少数の敵程度ならば軽くいなせる戦力を抱えていたにも関わらずわずかな時間で壊滅状態に追い詰められ、挙句に砦内部にいつの間にか入り込んだ侵入者によって自らも窮地に追い込まれていたからだ。侵入者は兵士の首をへし折りながら司令に近寄っている。
「『隣人が右を向いたら左を向け』ということわざがある。内部にも警戒の目を向けるべきだったな」
そう口にしながら侵入者は兵士の亡骸を放り投げた。
「き…貴様…まさか、『赤い牙』か?」
司令は侵入者の肩に貼ってある赤い獣を模したワッペンを指さした。
「ほう。我々の名前がこんなところまで知れ渡っているとは光栄だな」
侵入者は感心した。
「そして、我が名はフェイ・バンヤン。お前達に恨みはないが、クライアントの要望に従い、死んでもらう」
フェイと名乗った侵入者は拳法の構えを作った。
「う…うおぉわあぁぁぁ!」
恐怖に呑まれた司令は剣を上段に構え、突撃した。しかし、フェイは左手を迫りくる剣に添えるように当て、最小限の動作で受け流した。そして、鋭い手刀を剣のごとく振りかぶり、司令の首を跳ね飛ばした。首を失った司令の身体は仰向けに倒れ、切口からは赤い血が流れ出した。
とうとう無人となった司令室。その片隅に置かれた宝箱に目をつけたフェイは静かに近寄り、その中身を改めた。
「…これがクライアントの望みか…」
それを手に取り、まじまじと見つめるが、フェイにはその価値が理解できなかった。
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