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第八章

合流

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「あが…が…が…」

 魔勇者に首根っこを掴まれ、吊り上げられた山賊は宙に浮いた足をバタバタと動かしながら命乞いの言葉を絞り出そうとした。しかし、凄まじい力によって締め付けられた首ではやがて呼吸することすらままならなくなり、やがて、喉の奥から燃えるような高熱が膨れ上がってきた。

「があぁぁ!」

 わずかな傷口から体内に注ぎこまれた黒い炎により、空気を入れ過ぎた風船のように山賊の頭は大きく破裂した。黒い炎と共に血肉が周囲に飛び散り、魔勇者の顔と服に赤いまだら模様をつけた。

「こいつで最後か…」

 静葉は頭部を失った山賊の身体を放り投げた。この無残な光景を見て青ざめる者や悲鳴をあげる者はもはやいない。他の者はすでに物言わぬ亡骸と化していたからだ。

「…ずいぶん散らかしちゃったみたいね…」

 顔の汚れを袖で拭い、手の汚れをパンパンと払いながら静葉は呟いた。周囲には両腕を切断された者、はらわたをえぐり出された者、頭部を踏み潰された者など五体満足な死体はどこにもなかった。山賊達が飲み散らかしたごみと相まって、雪に覆われていた辺りの地面はその純白さを完全に失っていた。

「…とりあえず、片付けて――」
「おぉーーーーーい!」

 汚れた周囲を黒い炎で焼き払おうとした時、下って来た山の方角から声が響いた。声の主を確かめようと静葉が振り向いた瞬間、その声の主が目前に迫っていた。

「わぶっ!」

 声の主はあっという間に静葉の視界を奪い、亡骸が散乱する地面に彼女を押し付けた。氷枕のように柔らかく、冷たい豊満な感触が静葉の顔全体に伝わっていた。

「ごめんね。すっかり遅くなっちゃったみたい」

 声の主――メイリスは静葉に覆いかぶさりながら笑顔で謝罪した。

「もがが…」
 口を塞がれた静葉は右手でメイリスの背中をバンバンと叩き、『早くどけろ』と訴えた。
「あら?ごめんね」
 意図に気づいたメイリスはむくっと身体を起こした。
「ぷはぁっ!ったく…巨乳で窒息死なんてラノベの主人公みたいな死に方はごめんよ」
 静葉は文句を言いながら立ち上がった。
「あらいいじゃない。男の子が聞いたら羨ましがると思うわよ?」
「そんなドMじゃないわよ私は」
 呆れながら肩を竦める静葉をメイリスはクスクスと笑いながら見ていた。

「今日も派手に暴れたわねぇ。疲れてない?」
 亡骸とゴミで汚れ切った周辺を見渡し、顔色一つ変えずメイリスは尋ねた。
「別に。殺した分だけ力を吸収できるらしいからね。それで疲労も回復するみたいなのよ」
 静葉は自分の手のひらを見つめた。かなりの人数を相手にしたにも関わらず彼女は息切れ一つしていない。殺した生物の生命力を吸収しているからだ。
「命を喰らう力ってヤツね。どんな味がするの?」
「味なんかしないわよ。強いて言えば、血生臭い感じはするかしら」
 先ほどの殺戮の最中からは想像つかないような穏やかな表情で静葉は答えた。
「すっかり慣れちゃったみたいねえ。もはや人間じゃないんじゃない?」
「はっ…案外そうかもね…何人殺したかもう数えてないわ」
 意地悪な質問に対し、静葉は自嘲するかのように鼻で笑いながら返した。
「まあ、人間だかどうかなんて今更――ん?」
 ふと自分達が下りてきた山の方に目を向けると、緑と黒のローブを纏った仮面の少女が猛スピードで山を滑り落ちてきた。

「うおおおぉぉぉ!『ウィンド』!」
 少女は風魔法を斜め下前方に放つことでスピードを相殺し、ザザザと音を立てながらゆっくりと減速した。そして、停止したことを確認した少女は仮面を外し、安堵の一息をついた。

「ぷはぁっ!…あー怖かったー」
 仮面の少女――マイカは右腕の袖で額の汗をぬぐった。その言葉とは裏腹に彼女の表情には下山のスリルそのものを楽しんでいるような余裕が見られた。
「でしょでしょ?」
 同意を求めるようにメイリスが声をかけた。
「…なんとまぁ、意外とアクティブなのね。この世界の魔法使いって…」
 あきれ顔で静葉は呟いた。
「ってうわ!これ全部あなたが殺ったの?」
 周囲に散らばる惨殺死体と濃厚な血の臭いに対し、マイカは驚きの声を上げた。
「そうよ?文句ある?」
「いや。文句というか…」
 魔物相手ならばこのくらいの数を相手にした経験はあるが、同じ人間をこれほどまでに殺しておきながら涼しい顔をしている魔勇者に対し、マイカは戦慄を禁じ得なかった。
「なんというか…魔勇者ってすごいのね…」
「そう?別に――ん?」

「うわぁぁぁ~~~!止めてぇぇぇ~~~~!」

 今度は盾と戦斧を持った騎士が滑り落ちてきた。さすがに彼はこの地獄スキーを楽しむ余裕は持ち合わせていないようだ。そして、静葉達三人は彼の進行方向にいた。

「ちょ…さすがにあの重装備を受け止めるのはきついわよ?」
「避けたら避けたで面倒になりそうだけどね」
 メイリスは後ろを見た。もし三人が避けたらエイルは岩盤に正面衝突するであろう。かといって、静葉の言う通り受け止めようとすればお互い無事では済まない。
「もう…仕方ないわね」
 マイカが前に出て杖を構えた。

「盾を構えなさい!『ハイウィンド』!」
「え?うわ!」

 マイカは自分が停止する時以上に強力な風魔法をエイルに向けて放った。エイルはすかさず盾を正面に構え、突風を受け止めた。風の勢いによってスピードは大きく減速し、エイルはマイカの30センチ程前で停止した。盾と鎧に付与された魔法への耐性とマイカの魔法の匙加減により、彼のダメージは皆無であった。
 前に構えたままの盾の横からエイルがおそるおそる顔を出すと、しかめっ面でマイカが彼をにらんでいた。

「もう…レディーが三人も前にいるんだから避けるなりなんなりしなさいよ!」
 ダメ出ししながらマイカはエイルの兜を杖で小突いた。
「ご…ごめんなさい」
 気圧されたエイルは思わず謝罪した。
「気にしなくていいわよ。ほら。斧が汚れてるから拭きなさい。でないと傷むわよ?」
 マイカは懐から手拭いを取り出し、エイルに手渡した。

「…そんで世話好きか。さすがは負けヒロインね」
 二人のやり取りを見て静葉は呟いた。

『よーし。四人とも無事に下山できたみたいだね』

 静葉の頭上から突如声が響いた。上を見るとフロートアイがゆっくりと降下してきた。
「うおっ。いつからそこにいたのよ?」
『メイリスの頭上にずっといたのさ。魔勇者様のラッキースケベもバッチリ押さえているよ』
「押さえるな!」
 静葉は赤いマフラーでフロートアイにツッコミを入れた。
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