異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第八章

空属性

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「この遺跡ってもしかして…誰かの研究所だったのかもしれないわね」
 右手の平に積んだ本の山から器用に一冊抜き取った本の中身を確かめながらメイリスは推測した。
「研究所?」
「ええ。例えばこの本の場合、様々なアイテムの開発記録が記されているのよ」
『マジで?そいつは興味深い話だね』
 フロートアイ越しに聞こえたアイテム開発担当のコノハの声は明らかにテンションが上がっていた。
「そして、全てのアイテムに一つの共通点があるの。これを見て」
 静葉とコノハはメイリスが開いたページをのぞき込んだ。そのページには壺やロッドなどのいくつかのアイテムのイラストと記述が掲載されていた。
「…これは?」
くう属性か…全てのアイテムに空属性が付与されているのか』
「くう…属性?」
 静葉は首を傾げた。
『空間に干渉する属性のことさ。そのサックのように空間を圧縮したり、範囲内の重力を操作したりすることができる上位の属性だよ』
「上位の属性?光と闇と命なら知ってるけど…」
 メイリスは本を静葉に渡し、空いた手を自分の顎に当てた。高ランクの魔法使いや僧侶が使う光属性、魔族が好んで使うといわれる闇属性、そして、自分自身を不完全ながらも蘇らせた禁断魔法に付与された命属性。それら三つ以外に上位属性が存在していることはメイリスにとっても初耳であった。
『空属性は人間にはほとんど普及していない属性だからね。知らないのも無理はないさ』
「じゃあ、この遺跡…研究所の持ち主は魔族ってこと?」
 手渡された本をサックにしまいながら静葉はコノハに尋ねた。
『うーん。そうとも断言できないんだよねぇ。案外、どこかで空属性の存在をキャッチして魔族ぼくらへの対抗策を練ろうとした人間がいたのかもしれない』
 そう思案しながらコノハはメイリスが積み上げた本の山を注視した。どの本も長い年月の影響で色あせており、擦れた表紙からは著者を判断することはできなかった。
『とにかく、発見した資料はどんどんそのサックに詰め込んで。何かしらの手がかりは必ずあるはずさ』
「そうね。ここで読むにはちょっと暗すぎるみたいだしね」
 メイリスは本の山から器用に一冊抜き取り、さらっと中身を拝見してから静葉に手渡した。空属性を付与され、見た目以上の容量を持つサックは何冊の本を詰め込んでも重量が増加することはなかった。
「ホント不思議な袋ね…んで、この本は…?」
 感心しながら静葉はさらに手渡された本を拝見した。開いたページには見開きで大きな絵が描かれており、耽美な画風で百合の花を背景にした裸体の女性二人がなまめかしく絡んでいた。

「…ってこれエロ本じゃないのよ!」
 不意に官能的な絵を目にした静葉は顔を赤くしながら叫んだ。
『どれどれ…へぇ~魔勇者様ってこういうのが趣味なんだぁ?』
 静葉の背後からコノハがエロ本を覗き込んだ。
「なんでそうなんのよ!どう考えてもここの持ち主のでしょうが!」
 静葉は赤いマフラーを大きく振り回し、周囲を飛び回るフロートアイを追い払った。
「も~シズハちゃんってば~。そういうのが好きならいつでも相手してあげるのに~」
 さりげなく静葉の手からエロ本をかすめ取り、彼女の背中のサックに本を詰め込みながらメイリスはニヤニヤと笑っていた。
「だから違うっちゅーの!何が悲しくて古代のエロ本を読まにゃならないのよ!」
 静葉はぶつくさと文句を言いながら次の場所に向かうための扉を開いた。そこは古びた居間と思われる空間が広がっていた。学校の教室ほどの広さの部屋の奥には一つの窓があった。
「ったく…やたらと広いわねこの研究所…」
『アイテムはただ作ればいいってものじゃないからね。実験や保管、発表やリラクゼーションなど様々な用途のための空間が必要なのさ』
 静葉の後を追いながらコノハが説明した。
「そう考えると、クリエイターって仕事も面倒ね…」
 静葉は肩を竦めた。
『おや?あの窓の向こうに多くの反応があるみたいだよ』
 フロートアイは窓を尻尾で指した。
「多くの?例の山賊達かしら?」
「へぇ?どれどれ…?」
 様子を一足早く見ようとメイリスが前に出た。

「…あれは…!」

 窓の向こう側を見下ろしたメイリスは眉をしかめた。
「へ?どうしたの?」
 メイリスの元に近づこうと静葉は一歩前に出た。その時であった。


 ズゥン!


「え?」

 大きな地響きが辺りに響いた。

『向こう側から強大な魔力反応!誰かが上級魔法を使用したみたいだ!』
「魔法ですって?」
「…どうやらそうみたいね」
 メイリスは窓の下を注視していた。どうやら地響きの発生源を捉えていたようだ。

「…『バリア』!」

 メイリスは窓の下に向けて右手をかざし、防御魔法を唱えた。

「メイリス?何を――」

 突然の不可解な行動に戸惑うシズハの足元の床にヒビが入り、大きな穴が開いた。

「ちょ…うそ!?」

 周囲の崩落に気づき、後ろを振り向いたメイリスは静葉に手を伸ばしたが、時すでに遅しであった。

「シズハちゃん!」
『魔勇者様!』
 フロートアイもまた静葉の元へ近づこうとしたが、天井から落下してきた大量のがれきによって接近を阻まれてしまった。

「きゃああああああああぁぁぁ!」

 多量をがれきと共に静葉は深い穴の中に吸い込まれるように落ちて行った。
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