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第八章

甘い?

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「な…なんで?魔力を抑えていたのに?」
 背後からの自分の行動をなぜあっさりと見破られたのかパーネには理解できなかった。
「これでも冒険者歴は長い方でね。魔力なんか探知しなくても空気の動きやわずかな殺気くらいはなんとなく読み取れるのよ。ニールほどじゃないけどね」
 足払いで不意打ちを回避したマイカは毅然と言い放った。パーネが隠していた短剣を踏みつけ、真上から彼女の顔を見下ろした。
「それに、その顔今思い出したわ。『女狐のパーネ』。確かマリーカ地方では悪名高い女猟兵だったわね」
「な…!どうしてわかったの…?」
 松明が設置されているとはいえ、薄暗い通路の中で明確に顔を視認されたことにパーネは驚いた。
「この仮面は暗闇や濃霧などの視界不良な環境でもはっきり見える特殊な効果が付与されていてね。あなたの銭ゲバな顔もきれいに見えているのよ」
「ぜ…銭ゲバ…?」
 思わぬ罵倒にパーネは顔を歪めた。
「大方、さっきの足首がどうのってのも猿芝居ってとこでしょ?ニールみたいなお人よしは騙せても私達は騙せないわよ。ねぇ?」
「あ…う、うん…」
 急に同意を求められてエイルは戸惑いながら頷いた。
「いずれにせよ、喧嘩を売られた以上、ほっとくわけにはいかないのよねぇ?そこんとこわかってる?」
 背筋が冷える声色でマイカは仰向けに倒れているパーネに尋ねた。いかに実力のある猟兵であっても至近距離で魔法を喰らってはただではすまない。
「ま…待って!あなた達冒険者でしょ?このくらいで人間を殺しちゃってもいいわけ?」
 狼狽しながらパーネは訴えかけた。
「悪いけど、私達は冒険者ではないのよ。もはやね」
 マイカは苦笑しながら答えた。その言葉の意味をパーネは理解できなかった。
「お…お願い!見逃して!まだ何も盗ってないんだからいいでしょ?」
 パーネは慌てふためき、涙ぐんで身勝手に懇願した。
「そう言われてもねぇ…自警団だったら未遂でも引っ立てられるところよ?」
 マイカは呆れかえりながら肩を竦めた。
「あの…いいんじゃないかな?」
「え?」
 隣に立つエイルの言葉を聞き、マイカは視線をそらさずに応答した。
「別に殺す必要もないだろうし…彼女も僕達に勝ち目はないとわかってるみたいだからさ…」
 エイルは戦斧を突き付けたまま穏便に済ます判断を下した。
「はぁ…ずいぶん女性に甘いわね…ま、ニールも同じようなこと言うけどさ…」
 そうぼやきながらマイカは杖を下ろした。そのまま彼女はしゃがみこみ、足元の短剣を取り上げた。
「まぁいいわ。でも、短剣こいつは没収させてもらうわよ。猟兵ならば素手でもここから出るぐらいはできるでしょ?」
 その様子を見届けたエイルも戦斧を下ろし、背後に置いてある荷物の方に振り返った。

(…ホント甘いわね。男ってヤツは…)

 身体を起こし、二人の背中を見ながらパーネはほくそ笑んだ。彼女は右太ももに手を入れ、隠していたもう一本の短剣を取り出した。

「…バカがあぁっ!」

 パーネは無防備な魔法使いの背中に狙いを定め、駆け足で短剣を突き出した。この距離と勢いならばたとえ殺気を読まれてもかわしきれない。確実に厄介な方を殺せる。パーネはそう確信していた。

 しかし、彼女は大きな失念をしていた。魔法使いの隣の騎士はその殺意を捉え、振り向きざまに迫りくる女猟兵の胴体目掛けて手にしていた戦斧を思いきり振り下ろした。

「……な…!」

 痛恨の一撃であった。肉体は骨ごと斬り裂かれ、大きな傷口からは大量の鮮血が勢いよく噴出した。

「…ごめん…」

 血反吐を吐き、薄れゆく意識の中、パーネが最後に見たのは悲しげな表情で詫びる騎士の少年の顔であった。

「…あ…」

 マイカは一瞬の出来事に言葉を失っていた。殺気に気づき、振り向いた時にはすでに決着はついていた。

「…あ、あなたなの…?あなたがこいつを…?」

 その問いにエイルは静かに頷いた。つい先ほどまで命乞いにあっさりと応じた甘い少年が容赦なく手を下していたのだ。

「…先生に教わったんだ。『投降に応じない者、そうと見せかけてだまし討ちを図ろうとする敵は容赦なく殺せ』って。敵はその時点で殺されることを覚悟しているから…ためらうなと…」
 エイルはズワースの教えを淡々と説明した。
「こういう人がいるってことはわかってた。現にこうやって僕達をだまそうとしてきたんだから。でも…」
 心苦しい表情でエイルはたった今手にかけた女猟兵の亡骸のそばにしゃがみこみ、見開いたままの目をそっと閉ざした。そして、自らの両手を組みほんの少しだけ祈りを捧げた。

「…」

 マイカはエイルの行動をただ静かに見守っていた。ギルドからは推奨こそされていないが、人間同士の争いは冒険者にとってさほど珍しいことではない。中には殺し合いにまで発展することもある。ましてや今、二人は冒険者をやめて魔王軍に所属を変えた身。人間を手にかけることは多少ながらも覚悟はしていた。
 遺跡の外の時は魔勇者がすでに事を終えていたということもあり、どこか他人事のように思えていたが、実際に目の当たりにするとやはり心中穏やかではない。自分がそう感じるのだから直接手を下したエイルの苦痛は計り知れないものだろう。マイカはそう推測した。

「…やっぱり似てないわね…」
 マイカはかつての仲間の顔を思い浮かべながらそっと呟いた。少なくともニールにはこんな判断は下せない。この女猟兵の罠にまんまとかかっていたであろう。彼女はそう考えた。
「え?何か言った?」
「ううん。何でもないわ。助けてくれてありがとう」
 そう言いながらマイカはエイルに荷物を手渡した。
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