異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第九章

狙われた道場

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「騎士団長…?師範が?」
 その騎士団の名前はリエルにとって聞き覚えのあるものであった。任務のためならば拠点であるファイン大陸のサンユー王国からはるばるどこへでも足を運ぶアクティブな騎士団。現に、数か月前のタタリア遺跡のクエストにおいて、勇者に率いられて彼らはクラウディ大陸まで姿を現したのだ。
「そうだ。その女は王国の方針に反し、騎士の称号を自ら捨てた負け犬だ」
「な…!」
 エイノーの侮辱に満ちた言い方にリエルはカチンときた。彼女が何か反論しようとした時、サリアが前に出た。その背中は右腕と同様の爆弾による大きな傷があった。
「そういうお前はなぜここに?まさか騎士団の任務か?」
「残念。あんたが去ってしばらくしてから俺は騎士団を追い出されてね」
 エイノーは肩を竦めた。遅刻や無断欠勤、任務中の過度なおしゃべり、定刻になり次第状況問わずすぐ帰宅などの素行不良。そんな数え切れぬ前科を目の前の元同僚が持っていることをサリアはよく知っていた。彼の後ろに控えている連中も同じようなものであろう。
「今の俺らはアカフク地方の開発を目論むナカト伯爵に雇われた猟兵。あの方はどこぞのケチな騎士団よりも羽振りがいいんでね」
「伯爵…!まだあきらめていなかったか…!」
 ナカト伯爵とはアカフク地方に拠点を構えて開拓業を営む辺境貴族である。その強引なやり口は巷で有名であり、各地の町村の土地をあらゆる手段で買収しては自分の息のかかった商店や施設を建築している。そのため、自分の家や田畑を奪われ、路頭に迷うようになった人々も少なくない。
「あきらめが悪いのはあんたもだろ?こんなボロ道場、さっさと引き渡しちまえばよかったんだよ!」
「黙れ!騎士の誇りを捨てた輩に言われる筋合いはない!」
 伯爵はサリアの道場とその周辺の土地にも目をつけていた。交渉を幾度となく断られた彼は、あらゆる汚い手段を用いてその土地を奪おうとした。エイノー達以前の刺客も彼の手によるものだ。それを防ぐためにサリアは道場の周辺に多数のトラップを仕掛けていたのだ。

「ところで、その伯爵様とやらはなんでこんな道場が欲しいんだ?温泉か?」
 今の空気を全く読まないトニーが口をはさんできた。
「伯爵様はな、この辺りにでけぇカジノを作るおつもりなのさ。そしてここを中心に歓楽街にすれば人は集まり、あの方も俺らも大儲けできる!つまりウィンウィンってヤツよ!」
「なんですって!?」
 あまりにも強引な開発計画にリエルは目を見開いた。
「だからこんなボロ道場、どうなってもかまわねぇってよ!罠だらけの森と頑固な騎士様諸共焼き払えってな!最初からこうすりゃよかったんだろうがな」
 先ほどの爆弾はそれゆえのものであった。
「どうせ疫病で汚れたアカフクの自然だ!きれいさっぱりぶっ壊してカジノでも作ったほうが人は喜ぶって――ぶわぁ!」
 嬉々として話すバンダナの猟兵の顔に何かの瓶が当たった。割れた瓶の中に入っていた液体が男の顔にかかり、強力な刺激臭が襲い掛かった。

「うぎゃあぁぁぁ!くっせぇぇ!」

 もだえ苦しむ猟兵をよそに、リエルは瓶が飛んできた方角に目を向けた。そこにはサリアの治療薬を取りに道場内から戻って来たアズキがいた。
 アズキは歯を食いしばり、怒りと悔しさをにじませた目つきでエイノー達をにらんでいた。

「てめぇ…何を――」
「『フリーズ』!」
「うおっ!」
 文句をつけようとした猟兵の足元に氷塊が突き刺さった。ビオラが唱えた氷魔法によるものだ。
「ちっ!杖がないと狙いが定まらないわね!」
 右腕をひっこめつつビオラは舌打ちした。本当は敵の顔面に氷塊をぶつけようとしていたからだ。
「なんだ貴様ら!部外者が出しゃばるな!」
「違う!私達はこの人の門下生!部外者じゃない!」
 木刀を構えたリエルはエイノー達の前に立ちはだかり、断言した。その言葉に対し、ビオラはどこか不服そうな顔を向けていたが、リエルは気づいていない。

「侮辱することは許さない!師範も、この道場も、仲間の故郷も!」

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