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第十一章
魔導書
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「あ、シズハ」
「あら、あなたも来てたの?」
魔王城の研究区画の一つである大図書館。暇つぶしの本を探しに赴いた静葉はマイカに出くわした。マイカは何やら分厚いハードカバーの本を二、三冊抱えている。
「その本は?」
「これ?これは魔導書よ」
「魔導書?」
「うん。読んでみる?」
そう言われて静葉は本を一冊受け取った。表紙には魔族の言語で『補助魔法について』と記されている。
「魔法使いや僧侶はこういう本から魔法の知識を得て修練し、会得するの。簡単な魔法ならばこの前みたいに口頭でも伝授することができるけど、複雑だったり強力過ぎたりする魔法は魔導書を読む必要があるのよ」
手にしている本を開きながらマイカが説明した。
「へぇ。また面倒な設定放り込んできたわね」
そうぼやいた静葉は受け取った本を開いた。
「『スタン』…『レジスト』…『デコイ』…癖の強そうな魔法ばかり載ってるわね」
「フィズが使っていた魔法なの。まさかと思って探していたんだけど本当にあったとはね」
魔族は人間以上に魔法に精通している。人間の図書館以上のラインナップをそろえる魔王城の図書館ならば未知の魔法を知ることができるとふんだマイカはここに足を踏み入れたのだ。
「フィズって…前に話していた僧侶の?」
「ええ。ちょっと変わった僧侶でね。そういう補助魔法はたくさん覚えていたけど、回復魔法がてんでダメで…初歩の『ヒール』すらも使えなかったのよ」
「それも前言ってたわね。だからあなたが『ヒール』とやらを習得したって…」
「うん。コツさえつかめば攻撃系専門の魔法使いでも回復系を覚えることができるの」
補助魔法しか使えない僧侶の少女フィズ。マイカとその幼馴染の剣士ニールは旅の途中で彼女に出会い、パーティーを組むことになった。二人を少しでもフォローできるようにとマイカはこっそりと回復魔法の習得を試みていた。
攻撃魔法をメインとする魔法使いが系統の異なる回復魔法を習得するのは一般的に困難であると言われている。その理由は、各魔法の術式に応じて術者は魔力を調整する必要があり、その手間を考えると大抵の魔法使いあるいは僧侶は専門外の魔法を覚えようとはしない。無理に覚えるくらいならばパーティーを組む方が早い。そのため、マイカの試みは極めて稀有であった。
「まぁ…あの子も裏で努力していて、『ヒール』を使えるようになってたとは思ってなかったけどね…」
しかし、仲間のために努力していたのはフィズも同じであった。必死の想いで回復魔法を会得し、窮地のニールを救出した結果、二人は恋を成就させ、あぶれたマイカは勢いで魔王軍に身を寄せることとなったのだ。
当時の出来事を思い出したマイカは遠い目で溜息をついた。ほんの少し涙目だ。
「あ…うん…えっと…」
実際の恋愛経験どころか交友経験すらもない、いわゆるぼっちであった静葉はかける言葉を見つけることが出来なかった。
「そ、それよりもさ!シズハのほうはどうなの?」
「え?私?」
急に話題の矛先を変えられ、静葉はぎょっとした。
「魔法なら…たまに練習しているけど…禁断だけど」
「そーじゃなくて!ほら…エイルの事よ!」
「エイル?」
魔法の話題かと思いきや、全然違う人物の名を挙げられて静葉は首を傾げた。
「あいつがどうかしたの?」
「いや、ほら、いつもズワースさんのところで一緒に修行しているじゃない」
「まあ、してるけど、それで?」
「えっと…その…」
話を振ったマイカだが、何かをためらうかのようにどこか歯切れが悪くなった。
「…エイルのこと…どう思ってる?」
マイカが以前から抱いていた疑問であった。
「どうって…まあ、腕は上がってると思ってるけど」
「そーじゃなくて!あの…ほら…」
「…ああ…」
しどろもどろとしているマイカの様子から静葉は一つの仮説を思い浮かべた。実際にそういう体験をした友人こそいないものの、これまでに読んだラノベで似たようなシチュエーションがいくつかあったのを思い出した。
「…全然ダメね。ネガティブだし、答えもはっきりしないし、あれと付き合うならグリーンサラダを食べてた方がまだ楽しいわ」
異世界で恋愛をしないと決め込んでいる静葉はあえてこっぴどくこき下ろした。
「ちょ…そこまで言うの?」
あまりにもな物言いにマイカは不満げな言葉をぶつけた。さすがの静葉もちょっと言い過ぎたかなと思った。
「そりゃあ確かにニールみたいに勇敢じゃないし、明るくないし、かっこよくはないけど…」
「ん?」
「少しはいいとこあるでしょ?訓練に熱心なとことか…笑顔が意外とかわいいとか…その顔に似合わず珍味が好きというギャップがあるとか…」
そのしかめっ面とは裏腹に両手をかわいらしくもじもじさせているマイカであった。
「…結構細かいとこまで見ているのね」
「へ?」
ここ最近、マイカがエイルと過ごす様子がいくらか見られている。
「そ、そのくらい普通でしょ!シズハの方が見てなさすぎなのよ!そのくらい…」
わかりやすく狼狽していた。
(…これはあれね…)
マイカのようなタイプの女性はラノベではお馴染みの存在である。
(そりゃああなるわけね…)
マイカがこの魔王城に来る前に『負けヒロイン』と呼ばれる結果を迎えた理由に納得した静葉はそっと手にしていた魔導書をマイカに返した。
「あら、あなたも来てたの?」
魔王城の研究区画の一つである大図書館。暇つぶしの本を探しに赴いた静葉はマイカに出くわした。マイカは何やら分厚いハードカバーの本を二、三冊抱えている。
「その本は?」
「これ?これは魔導書よ」
「魔導書?」
「うん。読んでみる?」
そう言われて静葉は本を一冊受け取った。表紙には魔族の言語で『補助魔法について』と記されている。
「魔法使いや僧侶はこういう本から魔法の知識を得て修練し、会得するの。簡単な魔法ならばこの前みたいに口頭でも伝授することができるけど、複雑だったり強力過ぎたりする魔法は魔導書を読む必要があるのよ」
手にしている本を開きながらマイカが説明した。
「へぇ。また面倒な設定放り込んできたわね」
そうぼやいた静葉は受け取った本を開いた。
「『スタン』…『レジスト』…『デコイ』…癖の強そうな魔法ばかり載ってるわね」
「フィズが使っていた魔法なの。まさかと思って探していたんだけど本当にあったとはね」
魔族は人間以上に魔法に精通している。人間の図書館以上のラインナップをそろえる魔王城の図書館ならば未知の魔法を知ることができるとふんだマイカはここに足を踏み入れたのだ。
「フィズって…前に話していた僧侶の?」
「ええ。ちょっと変わった僧侶でね。そういう補助魔法はたくさん覚えていたけど、回復魔法がてんでダメで…初歩の『ヒール』すらも使えなかったのよ」
「それも前言ってたわね。だからあなたが『ヒール』とやらを習得したって…」
「うん。コツさえつかめば攻撃系専門の魔法使いでも回復系を覚えることができるの」
補助魔法しか使えない僧侶の少女フィズ。マイカとその幼馴染の剣士ニールは旅の途中で彼女に出会い、パーティーを組むことになった。二人を少しでもフォローできるようにとマイカはこっそりと回復魔法の習得を試みていた。
攻撃魔法をメインとする魔法使いが系統の異なる回復魔法を習得するのは一般的に困難であると言われている。その理由は、各魔法の術式に応じて術者は魔力を調整する必要があり、その手間を考えると大抵の魔法使いあるいは僧侶は専門外の魔法を覚えようとはしない。無理に覚えるくらいならばパーティーを組む方が早い。そのため、マイカの試みは極めて稀有であった。
「まぁ…あの子も裏で努力していて、『ヒール』を使えるようになってたとは思ってなかったけどね…」
しかし、仲間のために努力していたのはフィズも同じであった。必死の想いで回復魔法を会得し、窮地のニールを救出した結果、二人は恋を成就させ、あぶれたマイカは勢いで魔王軍に身を寄せることとなったのだ。
当時の出来事を思い出したマイカは遠い目で溜息をついた。ほんの少し涙目だ。
「あ…うん…えっと…」
実際の恋愛経験どころか交友経験すらもない、いわゆるぼっちであった静葉はかける言葉を見つけることが出来なかった。
「そ、それよりもさ!シズハのほうはどうなの?」
「え?私?」
急に話題の矛先を変えられ、静葉はぎょっとした。
「魔法なら…たまに練習しているけど…禁断だけど」
「そーじゃなくて!ほら…エイルの事よ!」
「エイル?」
魔法の話題かと思いきや、全然違う人物の名を挙げられて静葉は首を傾げた。
「あいつがどうかしたの?」
「いや、ほら、いつもズワースさんのところで一緒に修行しているじゃない」
「まあ、してるけど、それで?」
「えっと…その…」
話を振ったマイカだが、何かをためらうかのようにどこか歯切れが悪くなった。
「…エイルのこと…どう思ってる?」
マイカが以前から抱いていた疑問であった。
「どうって…まあ、腕は上がってると思ってるけど」
「そーじゃなくて!あの…ほら…」
「…ああ…」
しどろもどろとしているマイカの様子から静葉は一つの仮説を思い浮かべた。実際にそういう体験をした友人こそいないものの、これまでに読んだラノベで似たようなシチュエーションがいくつかあったのを思い出した。
「…全然ダメね。ネガティブだし、答えもはっきりしないし、あれと付き合うならグリーンサラダを食べてた方がまだ楽しいわ」
異世界で恋愛をしないと決め込んでいる静葉はあえてこっぴどくこき下ろした。
「ちょ…そこまで言うの?」
あまりにもな物言いにマイカは不満げな言葉をぶつけた。さすがの静葉もちょっと言い過ぎたかなと思った。
「そりゃあ確かにニールみたいに勇敢じゃないし、明るくないし、かっこよくはないけど…」
「ん?」
「少しはいいとこあるでしょ?訓練に熱心なとことか…笑顔が意外とかわいいとか…その顔に似合わず珍味が好きというギャップがあるとか…」
そのしかめっ面とは裏腹に両手をかわいらしくもじもじさせているマイカであった。
「…結構細かいとこまで見ているのね」
「へ?」
ここ最近、マイカがエイルと過ごす様子がいくらか見られている。
「そ、そのくらい普通でしょ!シズハの方が見てなさすぎなのよ!そのくらい…」
わかりやすく狼狽していた。
(…これはあれね…)
マイカのようなタイプの女性はラノベではお馴染みの存在である。
(そりゃああなるわけね…)
マイカがこの魔王城に来る前に『負けヒロイン』と呼ばれる結果を迎えた理由に納得した静葉はそっと手にしていた魔導書をマイカに返した。
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