異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

第十一章

『割』の奥義

「プギャア～！」

　悪魔のような羽を生やした黒い豚の身体が宙を舞っていた。高速で地上を駆けまわる何者かによって跳ね飛ばされたのだ。
　オウカ公国の中心部に位置する首都セダンを目指すリエル一行。その道中で彼女達を待ち受けていたのは突然の不意打ちであった。

「トニー！」
「大丈夫ですか？」
　地面に落下し、丸太のように転がるトニーの元にリエルとアズキが駆け寄った。
「きゃっ！」
　リエルの目の前を何者かが高速で横切った。もう一歩前に出ていればリエルもその犠牲になっていたであろう。

「あれは…ジェットボアね」
　かすかに見えた大きめの猪のような魔物の姿。それを見たビオラは杖を構えた。
　ジェットボアは高速の突進を得意とする猪型の魔物。その威力は大岩を容易く砕く。生身の人間がぶつかればひとたまりもない。

「…ってのにさ、なんでアイツは無事なのよ…」
　何事もなかったかのような表情で寝っ転がるトニーの姿を見たビオラは内心舌打ちした。
「た、たまたま直撃しなかっただけよ。きっと」
　変なフォローを入れたリエルはエンハンスソードを手に取った。そして、正面から迫ってくるであろうジェットボアを視線に捉えた。
「ちょっ…どうするのよ？」
「試したいことがあるの。いい機会だし」
「危険ですよ！」
　焦燥するビオラとアズキをよそに、リエルは静かに呼吸を整えて剣を頭上に構えた。
　邪魔者を排除せんと一直線に突進するジェットボア。その勢いはすさまじく、あと三秒ほどでリエルの身体を跳ね飛ばすであろう。

「…はぁっ！」

　激突一秒前。リエルは頭上に掲げた剣を思いきりジェットボアの目前に叩き付けた。

「ブギャァア！」

　その衝撃は地面に大きめのクレーターを作り、周囲の空気を震え上がらせた。

「きゃあ！」
「うわ！」

　少し離れた場所にいたビオラとアズキに衝撃波が伝わった。そして、最も近くで突進以上の衝撃に襲われたジェットボアはその身体を浮かし、後方に吹き飛ばされた。

「…できた！」

　これぞ『割』の奥義、『烈破』。刃に集中した闘気を叩き付け、いかなる物質も粉砕する。その一撃は斧よりも重い。

「す…すご…」
「こんな力が…」

　並の剣士には到底繰り出せない技。それを目の当たりにしたビオラとアズキは思わず息を呑んだ。背後の木に激突したジェットボアは腹部を天にさらし、意識を失っている。

「ヤベーなオイ」
　一方でのんきなセリフと共にトニーは四本の足を使い、ようやく起き上がっていた。

「…よかった。上手くいったみたい…」

　安堵の息を吐いたリエルはゆっくりと剣をしまった。
「…ったく、そのツラでなんちゅう技使ってんのよ…」
　あきれ顔ながらもビオラはリエルの無事に内心ほっとしていた。
「え？そう？」
　その幼げな表情からは想像もつかぬ技を繰り出したリエルはキョトンと首を傾げた。
　一行は倒したジェットボアから毛皮や牙、肉などの素材を一通り採取した。