摘んで、握って、枯れて。

朱雨

文字の大きさ
36 / 36

探求

しおりを挟む
早川はどのくらい泣いていただろう。
空を流れる雲の形は先程窓から見えていたものとは異なっていた。


「梨香はさ」
「……なんですか」
「南雲さんに愛されてるよ」
「ふん、そんなの知ってますよ」
「はは、そっか。良かった」


朝倉は安心した。
昨日は彼だけがあの場にいたことは仕方のないことだが、南雲や天野の言葉をいくら代弁しても朝倉の言葉には熱や重みは生じない。
しかし、南雲が言っていたように、2人で過ごした時間が彼女にとって愛そのものだったのだろう。


「良かったね」


早川に対してなのか、南雲に対してなのか。
朝倉は誰に対してか分からない言葉をくうに掛ける。

早川の背中を軽く叩く朝倉の手は暖かった。
身体が細くて不安になるが、確かにそこには熱を帯びた生物であることを証明できる心拍を感じた。


「心臓の音って良いですね」
「そうだね」
「でも私は絶対に死んでやります。死にますが、私以降の被害者を出さないように手助けはします」
「梨香も俺のこと置いてくんだね」
「そうですよ」
「そっか」


別れは数を踏んだとしても慣れることはない。
大体の人間はそう感じていて、朝倉も例外ではない。


「よし、頑張ろっか」
「そうですね。薬の調合は任せてください」
「うん。お願いするよ」


朝倉のポケットの中には、昨日南雲から受け取った武田宛ての1包の薬が入っている。
早川はその匂いを感じ取ったかもしれない。


「すみません、落ち着きました」
「なら良かった」
「朝倉先輩にお願いするかもしれないことが1つあるんです」


早川は朝倉の胸から1歩離れた。
彼女は少し頬を赤らめ、彼から目線を逸らした。


「なんだろう。僕ができることなら言ってほしいな」
「……キスです」
「ん?」
「キス」
「ん?!?!」
「緊急処置ですよ」
「い、い、い、いやでも!!」
「小春先輩がいない時はずっと花を吐き続けてました。毎回強請ってたわけじゃないです」


付き合っていない女性に接吻をするのは如何なものか、しかし苦しんでいる人を見捨てられるのか、様々な考えが頭を過ぎっていく。


「ほ、本当に辛い時だけなら……」


長考した末、弱々しい声で返事をした。


「言質取りましたからね」
「わ、分かってるよ……」
「ありがとうございます。そろそろ、教室戻りましょうか。詳しい話はもう1人加えてからしましょう」
「あぁ、南雲さんが言ってた子か」
「はい。放課後また教室に行きますね」


先に階段を降りていった早川の後ろ姿は先程泣いていた少女ではないように感じさせた。
しかし、これから何度も涙を流していくのだろう。
大切な人の死を受け入れることができたとしても、溢れる想いはいくらでもあるのだから。


(僕も戻るかな)


重い腰を上げ、転ばないように足元を確認しながら歩いていく。
早川も身体的にも精神的にも深い傷を負っているが、朝倉も同様に心身共にボロボロである。
それ程南雲小春という少女の存在は大きかったといえる。


「朝倉」


朝倉は自身の教室に戻るために2年の階を歩いていると、武田が声を掛けてくる。


「たけ、だ」


朝倉の目に映る彼は健康で、文武両道で、優しい少年である。
終焉を迎えるようには見えない世界はあまりにも残酷だ。


「昼飯食ったか?」
「あ……、まだ、」


昨日の南雲の言葉が頭を過り、言葉が喉に詰まる。
武田は朝倉の不自然な返答を笑い、優しく微笑む。


「ふっ、そんな顔するなよ。俺もまだだから一緒に食おうよ」
「弁当持ってくるから待ってて。え、てか、変な顔してる?」
「うん、変な顔。お前は笑っててよ」


武田は朝倉の頭を雑に撫で回す。


(待っててくれたんだろうな)


奇病発症者からしたら、南雲の突然死の原因は察しのつくことである。


「ありがと、武田」


昼休みは残り10分。
自分の教室に弁当を取りに行き、朝倉と武田は2年3組で昼食を摂り始めた。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...