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早川はどのくらい泣いていただろう。
空を流れる雲の形は先程窓から見えていたものとは異なっていた。
「梨香はさ」
「……なんですか」
「南雲さんに愛されてるよ」
「ふん、そんなの知ってますよ」
「はは、そっか。良かった」
朝倉は安心した。
昨日は彼だけがあの場にいたことは仕方のないことだが、南雲や天野の言葉をいくら代弁しても朝倉の言葉には熱や重みは生じない。
しかし、南雲が言っていたように、2人で過ごした時間が彼女にとって愛そのものだったのだろう。
「良かったね」
早川に対してなのか、南雲に対してなのか。
朝倉は誰に対してか分からない言葉を空に掛ける。
早川の背中を軽く叩く朝倉の手は暖かった。
身体が細くて不安になるが、確かにそこには熱を帯びた生物であることを証明できる心拍を感じた。
「心臓の音って良いですね」
「そうだね」
「でも私は絶対に死んでやります。死にますが、私以降の被害者を出さないように手助けはします」
「梨香も俺のこと置いてくんだね」
「そうですよ」
「そっか」
別れは数を踏んだとしても慣れることはない。
大体の人間はそう感じていて、朝倉も例外ではない。
「よし、頑張ろっか」
「そうですね。薬の調合は任せてください」
「うん。お願いするよ」
朝倉のポケットの中には、昨日南雲から受け取った武田宛ての1包の薬が入っている。
早川はその匂いを感じ取ったかもしれない。
「すみません、落ち着きました」
「なら良かった」
「朝倉先輩にお願いするかもしれないことが1つあるんです」
早川は朝倉の胸から1歩離れた。
彼女は少し頬を赤らめ、彼から目線を逸らした。
「なんだろう。僕ができることなら言ってほしいな」
「……キスです」
「ん?」
「キス」
「ん?!?!」
「緊急処置ですよ」
「い、い、い、いやでも!!」
「小春先輩がいない時はずっと花を吐き続けてました。毎回強請ってたわけじゃないです」
付き合っていない女性に接吻をするのは如何なものか、しかし苦しんでいる人を見捨てられるのか、様々な考えが頭を過ぎっていく。
「ほ、本当に辛い時だけなら……」
長考した末、弱々しい声で返事をした。
「言質取りましたからね」
「わ、分かってるよ……」
「ありがとうございます。そろそろ、教室戻りましょうか。詳しい話はもう1人加えてからしましょう」
「あぁ、南雲さんが言ってた子か」
「はい。放課後また教室に行きますね」
先に階段を降りていった早川の後ろ姿は先程泣いていた少女ではないように感じさせた。
しかし、これから何度も涙を流していくのだろう。
大切な人の死を受け入れることができたとしても、溢れる想いはいくらでもあるのだから。
(僕も戻るかな)
重い腰を上げ、転ばないように足元を確認しながら歩いていく。
早川も身体的にも精神的にも深い傷を負っているが、朝倉も同様に心身共にボロボロである。
それ程南雲小春という少女の存在は大きかったといえる。
「朝倉」
朝倉は自身の教室に戻るために2年の階を歩いていると、武田が声を掛けてくる。
「たけ、だ」
朝倉の目に映る彼は健康で、文武両道で、優しい少年である。
終焉を迎えるようには見えない世界はあまりにも残酷だ。
「昼飯食ったか?」
「あ……、まだ、」
昨日の南雲の言葉が頭を過り、言葉が喉に詰まる。
武田は朝倉の不自然な返答を笑い、優しく微笑む。
「ふっ、そんな顔するなよ。俺もまだだから一緒に食おうよ」
「弁当持ってくるから待ってて。え、てか、変な顔してる?」
「うん、変な顔。お前は笑っててよ」
武田は朝倉の頭を雑に撫で回す。
(待っててくれたんだろうな)
奇病発症者からしたら、南雲の突然死の原因は察しのつくことである。
「ありがと、武田」
昼休みは残り10分。
自分の教室に弁当を取りに行き、朝倉と武田は2年3組で昼食を摂り始めた。
空を流れる雲の形は先程窓から見えていたものとは異なっていた。
「梨香はさ」
「……なんですか」
「南雲さんに愛されてるよ」
「ふん、そんなの知ってますよ」
「はは、そっか。良かった」
朝倉は安心した。
昨日は彼だけがあの場にいたことは仕方のないことだが、南雲や天野の言葉をいくら代弁しても朝倉の言葉には熱や重みは生じない。
しかし、南雲が言っていたように、2人で過ごした時間が彼女にとって愛そのものだったのだろう。
「良かったね」
早川に対してなのか、南雲に対してなのか。
朝倉は誰に対してか分からない言葉を空に掛ける。
早川の背中を軽く叩く朝倉の手は暖かった。
身体が細くて不安になるが、確かにそこには熱を帯びた生物であることを証明できる心拍を感じた。
「心臓の音って良いですね」
「そうだね」
「でも私は絶対に死んでやります。死にますが、私以降の被害者を出さないように手助けはします」
「梨香も俺のこと置いてくんだね」
「そうですよ」
「そっか」
別れは数を踏んだとしても慣れることはない。
大体の人間はそう感じていて、朝倉も例外ではない。
「よし、頑張ろっか」
「そうですね。薬の調合は任せてください」
「うん。お願いするよ」
朝倉のポケットの中には、昨日南雲から受け取った武田宛ての1包の薬が入っている。
早川はその匂いを感じ取ったかもしれない。
「すみません、落ち着きました」
「なら良かった」
「朝倉先輩にお願いするかもしれないことが1つあるんです」
早川は朝倉の胸から1歩離れた。
彼女は少し頬を赤らめ、彼から目線を逸らした。
「なんだろう。僕ができることなら言ってほしいな」
「……キスです」
「ん?」
「キス」
「ん?!?!」
「緊急処置ですよ」
「い、い、い、いやでも!!」
「小春先輩がいない時はずっと花を吐き続けてました。毎回強請ってたわけじゃないです」
付き合っていない女性に接吻をするのは如何なものか、しかし苦しんでいる人を見捨てられるのか、様々な考えが頭を過ぎっていく。
「ほ、本当に辛い時だけなら……」
長考した末、弱々しい声で返事をした。
「言質取りましたからね」
「わ、分かってるよ……」
「ありがとうございます。そろそろ、教室戻りましょうか。詳しい話はもう1人加えてからしましょう」
「あぁ、南雲さんが言ってた子か」
「はい。放課後また教室に行きますね」
先に階段を降りていった早川の後ろ姿は先程泣いていた少女ではないように感じさせた。
しかし、これから何度も涙を流していくのだろう。
大切な人の死を受け入れることができたとしても、溢れる想いはいくらでもあるのだから。
(僕も戻るかな)
重い腰を上げ、転ばないように足元を確認しながら歩いていく。
早川も身体的にも精神的にも深い傷を負っているが、朝倉も同様に心身共にボロボロである。
それ程南雲小春という少女の存在は大きかったといえる。
「朝倉」
朝倉は自身の教室に戻るために2年の階を歩いていると、武田が声を掛けてくる。
「たけ、だ」
朝倉の目に映る彼は健康で、文武両道で、優しい少年である。
終焉を迎えるようには見えない世界はあまりにも残酷だ。
「昼飯食ったか?」
「あ……、まだ、」
昨日の南雲の言葉が頭を過り、言葉が喉に詰まる。
武田は朝倉の不自然な返答を笑い、優しく微笑む。
「ふっ、そんな顔するなよ。俺もまだだから一緒に食おうよ」
「弁当持ってくるから待ってて。え、てか、変な顔してる?」
「うん、変な顔。お前は笑っててよ」
武田は朝倉の頭を雑に撫で回す。
(待っててくれたんだろうな)
奇病発症者からしたら、南雲の突然死の原因は察しのつくことである。
「ありがと、武田」
昼休みは残り10分。
自分の教室に弁当を取りに行き、朝倉と武田は2年3組で昼食を摂り始めた。
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