僕は傷つかないから

ritkun

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僕は静かに部屋を出た

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 ありがたいことにホームページやSNSが好評で、「お菓子の人」と声を掛けられることが多くなった。最近は画像だけじゃなく動画も投稿するようになって、チャラい顔でお菓子の特徴や開発ストーリーを真面目に語るギャップが良いらしい。チャラいと決めつけられるこの顔が役に立つ時が来るとは思わなかった。

 県内にしか展開してない会社なのに、県を少し出た所にある観光スポットの人気カフェで声を掛けられた。
「桜製菓の方ですよね?フォローしてます」
 声を掛ける前に「どういう関係だろうね」って話してたのが聞こえてたから先回りする。
「ありがとうございます。今日も勉強で食べに来ました。開発の人と一緒に」
「あ、会社の方?そうなんですかー。
 やっぱり真面目なんですねー」
 安心したような、おもしろそうな笑顔。
 コウちゃんも明るく丁寧に対応すると、二人は自分たちの席に戻っていった。

 その会話を少し離れて見ていた人が順番を待ってたみたいに近づいてきた。50代くらいの真面目で静かそうな女の人。
「日曜にこういう所に来るのも仕事なの?」
 後ろから話し掛けられて、コウちゃんは驚いて振り向いた。

「母さん!?」
 お母さん!?じゃあこっちに来る前に一緒にいた人はお父さんかな。お父さんも真面目そう。コウちゃんがパティシエになりたいってずっと言ってたのに『男は大卒』って大学に行かせた人たちだもんね。

 コウちゃんは普通の大学に通いながら独学で色々勉強して、なんとか桜製菓の開発課に入った。その後も調理師とかの免許を持ってる人たちの中で苦労してきた。
 コウちゃんがそのことで両親を悪く言ったことはないし、実際に話している今も恨んでいる様子は全然無い。

 お母さんはなんだか焦っている。
「仕事って言っても自主的にでしょ?
 さっきそこで百合ちゃんに会ったから今から行けば会えるよ」
 だから行きなさいという空気。コウちゃんの空気は変わらない。
「なんで?」
「なんでって。百合ちゃん今ひとりなんだって。そろそろ落ち着きたいって言ってたよ。やり直してみたら?」

「そういうのいいから。っていうか時と場所選んで」
「こんな遠くでこんなタイミングで会うなんてすごいでしょ?
 もう!行かないなら後で連絡だけでもしてみてね。聞いといたから転送するね」

 お母さんは僕に会釈してからお父さんのいる席に戻った。そこでスマホを操作するとコウちゃんのスマホが震えた。コウちゃんはチラッとスマホを見てすぐポケットにしまう。

 誰が聞いてるか分からないからぼそっと言うコウちゃん。
「しないからな」
「……うん」
 自意識過剰かもしれないけど知られて広まったら取り消せない。用心しすぎることはない。

 食べ終えて車に乗っても何を言えばいいか分からない。
「ごめんな。せっかくのデートだったのに」
 さらっとデートって言ってくれるだけで気持ちが軽くなる。

 でも気になる。いつの、何番目の彼女?どれくらい付き合ってたの?お母さん公認だったの?
 訊いたら重いって思われるよね?いつも甘えてるし今は僕だけって分かってるから、昔のことは気にしてない風を装ってきた。

「百合は中学の時と、大学で再会してから玄樹げんきに会った少し後まで付き合ってた。中学の時は受験で自然と別れて、大学の時は『他に好きな人ができたでしょ』って言って振られた」
 そう言われたって話は前に聞いた。それがユリさんなんだ。相手が僕だとは知らないだろうけど、コウちゃん自身よりも先にコウちゃんの僕への気持ちに気付いた人。僕なんてその後7年気付かなくて片想いだと思ってたのに。しかも二回付き合ってる。

「そうなんだ」
 としか言えない。
 コウちゃんのことを分かっていて母親とも仲がいい女の人。きっと良いお父さんになれるコウちゃんと理想的な家庭を築けるだろう。

 僕とのことを知ったらコウちゃんの両親はどんな反応をするのかな。僕といたらパパになれる日が来ないことを、コウちゃんはどう思ってるんだろう。
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