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第一章 異世界転生
第五話 神の使者
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カドルホスさんは今にも倒れてしまいそうな顔色で、うわ言のように喋り始めた。
「ヴォータル神は大地を作ったあと、その手から人や獣や植物を生み出し世界を満たしました。あなたが……リンゴを出したのは、ヴォータル神の御業に他ならない……」
「手から出す……」
神話としてはありがちな内容だが、確かに俺の能力と符合する。カドルホスさんは更に続ける。
「そして……そして、ヴォータル神は世界を作ったあと、自らの重さで世界を壊さないように地中から支えました。地上の様子を見るために岩に穴をあけて覗くようにしましたが、それがここ、物見の洞と言われる場所なのです……」
カドルホスさんは俺の肩から手を離し、自分の頭を抱えた。
「なんてことだ……この物見の洞の岩はとても特殊なのです」
そう言い、岩肌に触れる。
「これは特殊な鉄鉱石です。鉄の他にもいくつかの金属が混ざり合っていて、非常に硬い。溶かすことも困難です。この洞窟は、記録では千年以上昔から存在していますが、その時代の技術ではこの岩を削ることは不可能なのです。現在でも難しい。にも関わらず人の手で掘った跡がある……それこそがヴォータル神の御業であり、物見の洞とする根拠です」
いくらか落ち着いたのか、カドルホスさんの顔色が戻ってきた。
「しかし、物見の洞はご覧の通り……いえ、あなたには見えるのですね、リンタール? 私達には行き止まりの洞窟でしかない。物見の洞なのにこれでは見えないではないか、と昔から言われていましたが、それは違った。本当は……信じがたいことですが、教典にあるように穴が空いていた……それが見えるあなたは、ただの人間であるとは考えられない」
「神の力を持ってるってことですか?」
「左様です。あなたはヴォータル神のようにこの洞の向こうにいた。そしてこちらに来た。その手からはリンゴを出すことができる。神の御使いに他なりません……ああ、何ということだ」
カドルホスさんは力なく壁を背にずるずると座り込む。
「長年物見の洞を守ってきましたが……まさかこのような形で神の力に触れることになるとは……あぁ……」
嘆いているのか笑っているのかよく分からない様子だった。
「リンタールが神の御使い……いや、リンタール様か。これは……とんでもないことになったぞ」
グビラさんが額の汗をぬぐう。
「待ってください、神の御使いだなんて。俺はただの人間です」
カドルホスさんは力なく顔を上げ、俺の方を見た。
「神の御使い云々はそうかもしれません。そう断定するのは早計だとしても、しかし、リンゴを出せる人間はいません。オルゴで火や風を操る技はあっても、何もない所から物を生み出すなどというのは……ありえないことです」
「オルゴ? それはなんですか」
「オルゴとは……グビラ、ちょっとやって見せてください」
「はい。火でいいですかな? こうしてぐるぐるすると……」
グビラさんは屈んで地面に向かって人差し指をぐるぐるし始めた。すると、地面に小さな火が生まれ、手の動きに合わせて渦巻き始めた。手を止めると、火は消えてしまった。
「オルゴは精霊の力を使う技です。私には使えませんが」
「わしはじいさんのじいさんがドワーフだったそうでな、訓練したら使えるようになった」
オルゴとは、いわゆる魔法のことらしい。しかし俺の力はそれとは一線を画すようだ。
「はぁ……」
カドルホスさんは魂が抜けたような顔で溜息をついている。相当のショックを受けたようだ。
「とりあえず……向こうに戻りませんか?」
ここにいても埒があかなそうだった。
「そうですな。カドルホス、立てますか?」
「はい……はい、そうですね。戻りましょう……はぁ」
よろよろと立ち上がり、カドルホスさんはとぼとぼと歩いていく。
結局俺の力が何なのか、よくわからないままだ。もっと詳しく聞いてみなければ。
修道院のさっきの部屋に戻り水を飲むと、カドルホスさんは元の調子を取り戻したようだった。顔色も戻った。
「取り乱してすいませんでした。何せ長年研究していた事だったので、あのような形で目撃してびっくりしてしまったのです」
「いや、あれは誰でも驚きます。壁の中から出てきたときは本当にたまげました」
カドルホスさんの隣に座っているグビラさんも神妙な顔で頷いていた。
「それでさっきの話なんですが、俺は神の御使いなんですか?」
「御使いというのは教典に出てくる存在です。人が迷った時に現れ導いてくれる存在で、神の力を行使する者ではありません。その意味ではあなたは御使いではありませんが、それに近い存在でしょう。あなたは神そのものではない。神の代理とも違う。神に似た力を持つ存在です。言うなれば使者でしょうか」
「使者ですか」
「はい。貴方はただ物見の洞に倒れていただけではない。別の空間を行き来し、特殊な力も持っている。何の目的も理由もなくそんな事が起きるわけはありません。何らかの意図、意志によるものと私は思います。神が我々に意志を伝えるために送り込んだ存在、使者です」
「でも俺は……神の声なんて聞いていません。元の世界……黒い空間に行く前は、俺は俺の世界にいたんです。そこで普通の人間として、何の能力もないまま生きていました。でも、多分落雷にあって……それでこちらに、黒い空間に来た。神の声は聞いていないし、自分が何をすべきなのかも分からない。こんなことがありますか?」
「神が答えてくれないのなら、何故そうなのか、と問うのは無意味でしょう。現実を受け入れるべきです。あなたは何がしかの力、意志により我々の世界に来た。何も知らないのは、知る必要がないからだとも考えられます。貴方は既に答えを持っているのかもしれません」
「答えって……何をすべきかですか」
「あるいは、何をしたいか。仮にタラオンの神が貴方をこの世界に招いたとしましょう。必要があれば貴方に何か言い含めるはずです。これをしなさい、と。そうでなければ意味がない。しかしそれをしていない。それは、説明をする必要がないからです。貴方の心の中に既に答えがあり、それ以上言うことがない。あなたはあなたの思うままに生きてよい。それこそが神の欲するものかもしれません」
「思うままと言われても……俺はこの世界のことを何も知らない。何をしたいかなんて、分かるわけがない」
「ではどうしますか? あなたは洞に戻り一人で生きますか? それともこの世界のことを知ろうとしますか?」
「それは……知りたいです。この世界のことを」
「知ってどうします。分かりやすい例で聞きましょうか。目の前に傷つき倒れている人がいる。貴方の力を使えば助けることができるし、無視して通り過ぎることもできる。あなたはどうしますか」
「それは……助けます」
「炎が燃え盛る家に子供が取り残されています。貴方になら助けられるかもしれない。どうしますか」
「助けます」
「目の前にいくつもの道があります。貴方はそのどれかを選ぶ。そしてその選択の答えは既に貴方の中にある。貴方が人を助けるか、見捨てるか、道は既に決まっています。誰に教わる必要もない。答えはあなた自身の心なのです」
「俺の心……」
「貴方は悪人ではないでしょう。しかし聖人ではないかもしれません。歩む道に迷い、時には道を踏み外すかもしれません。しかしそれこそがあなたの道であり、貴方が使わされた理由なのかもしれません。貴方の心の在り様を、神が望んでいるのです」
カドルホスさんは小さく笑った。
「説教じみてしまいましたね。しかし、今のでは貴方の質問への回答にはなっていませんね。何をすべきか? それは自分で考えろ、と突き放しているのに等しい。しかし貴方の心が正しい道を歩むなら、いや、歩もうとするなら、間違った考えでもない。まずは知ることですね。この世界のことを」
「はい、分かりました」
とは言ったも、分かった様な分からない様な。分かったのは、誰に聞いても恐らく答えはないという事だ。だとすれば、結局自分で考えるしかない。
「とりあえずリンタールには……ここで暮らしてもらいますかね?」
「そうですね。しばらくはここで……慣れたら村に移って一人で暮らすのもいいかもしれません」
「いいんですか?」
「ええ。貴方が何者であれ、頼るものもなくただ一人というのであれば、それを放っておくことはできません。あなた一人くらいなら、まあなんとかなるでしょう。手伝いはやってもらうことになると思いますが」
「はい、ありがとうございます」
「うむ! そうとなったら部屋とか着替えを用意せんとな。忙しくなるぞ」
そういってグビラさんはうれしそうに笑った。よくわからないが、俺も一緒になって笑った。
「そう言えば……確認したいことがあるんですけど。この世界のことで」
「なんでしょうか」
「魔王とか……いるんですか?」
もしいるのなら、そいつを倒すことが俺の役割かもしれない。
「魔王……というと、どういった存在なんですか?」
逆に聞かれてしまった。何と言えばいいか。
「魔物を統率するリーダー……人間を襲う悪い怪物とかはいないんですか?」
「魔物はいますよ。特に西の方に獣の地と呼ばれるところがあります。そこは何度も開拓を試みられましたが、強力な魔物がいて人が住むことはできません。ただ、いずれにしても邪悪な存在というわけではありません。獣ですからね。害されると感じれば、牙をむいて襲ってくる。近寄らなければ何もしない。それだけのことです。あとその辺にも、大して害のない魔物ならいますよ。スライム、化けうさぎ、トゲミノムシとか」
「害のない魔物?」
「害があるのなら人も住めませんからね。そういうのは開拓した時に大抵やっつけます。森の奥とか山の向こうに残ってたりすることはありますが、そういうのは普通人の生活とは交わりません」
「じゃあ凶悪なドラゴンとかは?」
「ドラゴンはいますが……善も悪もありませんね。大抵の場合は火山の火口に住んでいて、岩や溶岩を食べてひっそりと生きています。神と崇められているドラゴンもいますが、人と襲うようなのはいません。いたのかもしれませんが、そういうのは多分退治されています」
「人間以外の種族はいるんですか? あ、ドワーフはいるんでしたっけ」
「はい。比較的数の多い種族だとドワーフ族とエルフ族がいます。この国にはほとんどいませんが、南の方に行く他の種族もたくさん住んでいるそうです」
「あと、ダンジョンとかってあるんですか?」
「ダンジョンもありますよ。このギバンナの国にも、確か三つ。いずれもまだ征服はされておりません。無限に魔物を生み出し日ごとに形を変えるとかで、一般人は近づくことも許されませんが」
「探検する人はいないんですか」
「います。最寄りの街に組合があって、そこで年に何回か探検隊を組織して挑むそうです。財宝はあらかた取りつくしたそうですが、今でも魔物から希少な貴金属や、薬になる骨とかを手に入れられるそうです」
何というか、オルゴという魔法のような力もあるし、よくあるファンタジー世界という感じだ。ただ魔王がいないのなら、明確な倒す相手はいないという事になる。
「そうそう。そういえば、全てのダンジョンにはこんな言葉がそこかしこに刻んであるそうです。このダンジョンを征服せし者は神の前に立つであろう、と」
「神の前? それは何の神ですか? タラオン教?」
「それが分からないのです。ダンジョンは世界各国に点在しているのですが、起源が分かりません。三千年前に編まれたとされる世界最古のヒアデス王叙事詩にもダンジョンに関する記載はあるのですが、その変幻自在の万魔の洞窟は神代の時代から存在した、とあります。叙事詩における神とは現在では失われた信仰を指しており、タラオン教でもダナーシュ教でもありません。従って叙事詩における神代がいつなのか、神とはどのような存在か分からないのです。そして私の知る限り、タラオン教にもダナーシュ教にもその他の教義にも、ダンジョンのことは記されていないのです。まるで示し合わせて存在を抹消しようとしたかのように」
「じゃあ征服した者だけが神が何なのか知ることができる?」
「そうですね。そういうことになります。案外、あなたを呼び寄せた存在がそこにいるのかもしれません」
そう聞いて、俺の中にうずくものがあった。直感のような、閃きのような感覚。これだ。そう思った。
「ダンジョンを……征服します」
「何ですって?」
「ダンジョンの神に会う……会わなきゃいけない。そんな気がするんです」
「いや、私はたとえで言ったのであって」
「そうじゃありません。言われたからじゃない。それを知って、そうしなければならないと……心の中から声がするんです」
「……どういうこと?」
グビラさんが首をかしげる。
「ふむ。あなたがそう感じたのなら、それは本当に、神託のようなものかも知れません。ダンジョンにおいそれと近づくことはできませんが……そうですね。まずはダンジョンに行くことを目標にしましょうか」
「ダンジョンに? 素人が行くなんて危なすぎますよ? いろんな魔物が出るって言いますし」
グビラさんが血相を変えて言う。
「グビラが行くわけじゃありません。リンタールが行くのです」
「ああ。じゃあ、いいか」
いいのかよ。心の中で突っ込んだが、自分で言いだしたことだ。それでいいのだ。
「まずは最寄りの街に行かねばなりませんが……旅の支度、装備も路銀も必要になりますね」
「路銀なんて……木を切るしかないのでは? しかし勝手に森の木は切れないしな」
「路銀については考えがあります。リンタールの力を借りれば、何とかなるでしょう」
「俺の力?」
「あなたのその、生み出す力です」
そう言い、カドルホスさんは不敵に笑った。
「ヴォータル神は大地を作ったあと、その手から人や獣や植物を生み出し世界を満たしました。あなたが……リンゴを出したのは、ヴォータル神の御業に他ならない……」
「手から出す……」
神話としてはありがちな内容だが、確かに俺の能力と符合する。カドルホスさんは更に続ける。
「そして……そして、ヴォータル神は世界を作ったあと、自らの重さで世界を壊さないように地中から支えました。地上の様子を見るために岩に穴をあけて覗くようにしましたが、それがここ、物見の洞と言われる場所なのです……」
カドルホスさんは俺の肩から手を離し、自分の頭を抱えた。
「なんてことだ……この物見の洞の岩はとても特殊なのです」
そう言い、岩肌に触れる。
「これは特殊な鉄鉱石です。鉄の他にもいくつかの金属が混ざり合っていて、非常に硬い。溶かすことも困難です。この洞窟は、記録では千年以上昔から存在していますが、その時代の技術ではこの岩を削ることは不可能なのです。現在でも難しい。にも関わらず人の手で掘った跡がある……それこそがヴォータル神の御業であり、物見の洞とする根拠です」
いくらか落ち着いたのか、カドルホスさんの顔色が戻ってきた。
「しかし、物見の洞はご覧の通り……いえ、あなたには見えるのですね、リンタール? 私達には行き止まりの洞窟でしかない。物見の洞なのにこれでは見えないではないか、と昔から言われていましたが、それは違った。本当は……信じがたいことですが、教典にあるように穴が空いていた……それが見えるあなたは、ただの人間であるとは考えられない」
「神の力を持ってるってことですか?」
「左様です。あなたはヴォータル神のようにこの洞の向こうにいた。そしてこちらに来た。その手からはリンゴを出すことができる。神の御使いに他なりません……ああ、何ということだ」
カドルホスさんは力なく壁を背にずるずると座り込む。
「長年物見の洞を守ってきましたが……まさかこのような形で神の力に触れることになるとは……あぁ……」
嘆いているのか笑っているのかよく分からない様子だった。
「リンタールが神の御使い……いや、リンタール様か。これは……とんでもないことになったぞ」
グビラさんが額の汗をぬぐう。
「待ってください、神の御使いだなんて。俺はただの人間です」
カドルホスさんは力なく顔を上げ、俺の方を見た。
「神の御使い云々はそうかもしれません。そう断定するのは早計だとしても、しかし、リンゴを出せる人間はいません。オルゴで火や風を操る技はあっても、何もない所から物を生み出すなどというのは……ありえないことです」
「オルゴ? それはなんですか」
「オルゴとは……グビラ、ちょっとやって見せてください」
「はい。火でいいですかな? こうしてぐるぐるすると……」
グビラさんは屈んで地面に向かって人差し指をぐるぐるし始めた。すると、地面に小さな火が生まれ、手の動きに合わせて渦巻き始めた。手を止めると、火は消えてしまった。
「オルゴは精霊の力を使う技です。私には使えませんが」
「わしはじいさんのじいさんがドワーフだったそうでな、訓練したら使えるようになった」
オルゴとは、いわゆる魔法のことらしい。しかし俺の力はそれとは一線を画すようだ。
「はぁ……」
カドルホスさんは魂が抜けたような顔で溜息をついている。相当のショックを受けたようだ。
「とりあえず……向こうに戻りませんか?」
ここにいても埒があかなそうだった。
「そうですな。カドルホス、立てますか?」
「はい……はい、そうですね。戻りましょう……はぁ」
よろよろと立ち上がり、カドルホスさんはとぼとぼと歩いていく。
結局俺の力が何なのか、よくわからないままだ。もっと詳しく聞いてみなければ。
修道院のさっきの部屋に戻り水を飲むと、カドルホスさんは元の調子を取り戻したようだった。顔色も戻った。
「取り乱してすいませんでした。何せ長年研究していた事だったので、あのような形で目撃してびっくりしてしまったのです」
「いや、あれは誰でも驚きます。壁の中から出てきたときは本当にたまげました」
カドルホスさんの隣に座っているグビラさんも神妙な顔で頷いていた。
「それでさっきの話なんですが、俺は神の御使いなんですか?」
「御使いというのは教典に出てくる存在です。人が迷った時に現れ導いてくれる存在で、神の力を行使する者ではありません。その意味ではあなたは御使いではありませんが、それに近い存在でしょう。あなたは神そのものではない。神の代理とも違う。神に似た力を持つ存在です。言うなれば使者でしょうか」
「使者ですか」
「はい。貴方はただ物見の洞に倒れていただけではない。別の空間を行き来し、特殊な力も持っている。何の目的も理由もなくそんな事が起きるわけはありません。何らかの意図、意志によるものと私は思います。神が我々に意志を伝えるために送り込んだ存在、使者です」
「でも俺は……神の声なんて聞いていません。元の世界……黒い空間に行く前は、俺は俺の世界にいたんです。そこで普通の人間として、何の能力もないまま生きていました。でも、多分落雷にあって……それでこちらに、黒い空間に来た。神の声は聞いていないし、自分が何をすべきなのかも分からない。こんなことがありますか?」
「神が答えてくれないのなら、何故そうなのか、と問うのは無意味でしょう。現実を受け入れるべきです。あなたは何がしかの力、意志により我々の世界に来た。何も知らないのは、知る必要がないからだとも考えられます。貴方は既に答えを持っているのかもしれません」
「答えって……何をすべきかですか」
「あるいは、何をしたいか。仮にタラオンの神が貴方をこの世界に招いたとしましょう。必要があれば貴方に何か言い含めるはずです。これをしなさい、と。そうでなければ意味がない。しかしそれをしていない。それは、説明をする必要がないからです。貴方の心の中に既に答えがあり、それ以上言うことがない。あなたはあなたの思うままに生きてよい。それこそが神の欲するものかもしれません」
「思うままと言われても……俺はこの世界のことを何も知らない。何をしたいかなんて、分かるわけがない」
「ではどうしますか? あなたは洞に戻り一人で生きますか? それともこの世界のことを知ろうとしますか?」
「それは……知りたいです。この世界のことを」
「知ってどうします。分かりやすい例で聞きましょうか。目の前に傷つき倒れている人がいる。貴方の力を使えば助けることができるし、無視して通り過ぎることもできる。あなたはどうしますか」
「それは……助けます」
「炎が燃え盛る家に子供が取り残されています。貴方になら助けられるかもしれない。どうしますか」
「助けます」
「目の前にいくつもの道があります。貴方はそのどれかを選ぶ。そしてその選択の答えは既に貴方の中にある。貴方が人を助けるか、見捨てるか、道は既に決まっています。誰に教わる必要もない。答えはあなた自身の心なのです」
「俺の心……」
「貴方は悪人ではないでしょう。しかし聖人ではないかもしれません。歩む道に迷い、時には道を踏み外すかもしれません。しかしそれこそがあなたの道であり、貴方が使わされた理由なのかもしれません。貴方の心の在り様を、神が望んでいるのです」
カドルホスさんは小さく笑った。
「説教じみてしまいましたね。しかし、今のでは貴方の質問への回答にはなっていませんね。何をすべきか? それは自分で考えろ、と突き放しているのに等しい。しかし貴方の心が正しい道を歩むなら、いや、歩もうとするなら、間違った考えでもない。まずは知ることですね。この世界のことを」
「はい、分かりました」
とは言ったも、分かった様な分からない様な。分かったのは、誰に聞いても恐らく答えはないという事だ。だとすれば、結局自分で考えるしかない。
「とりあえずリンタールには……ここで暮らしてもらいますかね?」
「そうですね。しばらくはここで……慣れたら村に移って一人で暮らすのもいいかもしれません」
「いいんですか?」
「ええ。貴方が何者であれ、頼るものもなくただ一人というのであれば、それを放っておくことはできません。あなた一人くらいなら、まあなんとかなるでしょう。手伝いはやってもらうことになると思いますが」
「はい、ありがとうございます」
「うむ! そうとなったら部屋とか着替えを用意せんとな。忙しくなるぞ」
そういってグビラさんはうれしそうに笑った。よくわからないが、俺も一緒になって笑った。
「そう言えば……確認したいことがあるんですけど。この世界のことで」
「なんでしょうか」
「魔王とか……いるんですか?」
もしいるのなら、そいつを倒すことが俺の役割かもしれない。
「魔王……というと、どういった存在なんですか?」
逆に聞かれてしまった。何と言えばいいか。
「魔物を統率するリーダー……人間を襲う悪い怪物とかはいないんですか?」
「魔物はいますよ。特に西の方に獣の地と呼ばれるところがあります。そこは何度も開拓を試みられましたが、強力な魔物がいて人が住むことはできません。ただ、いずれにしても邪悪な存在というわけではありません。獣ですからね。害されると感じれば、牙をむいて襲ってくる。近寄らなければ何もしない。それだけのことです。あとその辺にも、大して害のない魔物ならいますよ。スライム、化けうさぎ、トゲミノムシとか」
「害のない魔物?」
「害があるのなら人も住めませんからね。そういうのは開拓した時に大抵やっつけます。森の奥とか山の向こうに残ってたりすることはありますが、そういうのは普通人の生活とは交わりません」
「じゃあ凶悪なドラゴンとかは?」
「ドラゴンはいますが……善も悪もありませんね。大抵の場合は火山の火口に住んでいて、岩や溶岩を食べてひっそりと生きています。神と崇められているドラゴンもいますが、人と襲うようなのはいません。いたのかもしれませんが、そういうのは多分退治されています」
「人間以外の種族はいるんですか? あ、ドワーフはいるんでしたっけ」
「はい。比較的数の多い種族だとドワーフ族とエルフ族がいます。この国にはほとんどいませんが、南の方に行く他の種族もたくさん住んでいるそうです」
「あと、ダンジョンとかってあるんですか?」
「ダンジョンもありますよ。このギバンナの国にも、確か三つ。いずれもまだ征服はされておりません。無限に魔物を生み出し日ごとに形を変えるとかで、一般人は近づくことも許されませんが」
「探検する人はいないんですか」
「います。最寄りの街に組合があって、そこで年に何回か探検隊を組織して挑むそうです。財宝はあらかた取りつくしたそうですが、今でも魔物から希少な貴金属や、薬になる骨とかを手に入れられるそうです」
何というか、オルゴという魔法のような力もあるし、よくあるファンタジー世界という感じだ。ただ魔王がいないのなら、明確な倒す相手はいないという事になる。
「そうそう。そういえば、全てのダンジョンにはこんな言葉がそこかしこに刻んであるそうです。このダンジョンを征服せし者は神の前に立つであろう、と」
「神の前? それは何の神ですか? タラオン教?」
「それが分からないのです。ダンジョンは世界各国に点在しているのですが、起源が分かりません。三千年前に編まれたとされる世界最古のヒアデス王叙事詩にもダンジョンに関する記載はあるのですが、その変幻自在の万魔の洞窟は神代の時代から存在した、とあります。叙事詩における神とは現在では失われた信仰を指しており、タラオン教でもダナーシュ教でもありません。従って叙事詩における神代がいつなのか、神とはどのような存在か分からないのです。そして私の知る限り、タラオン教にもダナーシュ教にもその他の教義にも、ダンジョンのことは記されていないのです。まるで示し合わせて存在を抹消しようとしたかのように」
「じゃあ征服した者だけが神が何なのか知ることができる?」
「そうですね。そういうことになります。案外、あなたを呼び寄せた存在がそこにいるのかもしれません」
そう聞いて、俺の中にうずくものがあった。直感のような、閃きのような感覚。これだ。そう思った。
「ダンジョンを……征服します」
「何ですって?」
「ダンジョンの神に会う……会わなきゃいけない。そんな気がするんです」
「いや、私はたとえで言ったのであって」
「そうじゃありません。言われたからじゃない。それを知って、そうしなければならないと……心の中から声がするんです」
「……どういうこと?」
グビラさんが首をかしげる。
「ふむ。あなたがそう感じたのなら、それは本当に、神託のようなものかも知れません。ダンジョンにおいそれと近づくことはできませんが……そうですね。まずはダンジョンに行くことを目標にしましょうか」
「ダンジョンに? 素人が行くなんて危なすぎますよ? いろんな魔物が出るって言いますし」
グビラさんが血相を変えて言う。
「グビラが行くわけじゃありません。リンタールが行くのです」
「ああ。じゃあ、いいか」
いいのかよ。心の中で突っ込んだが、自分で言いだしたことだ。それでいいのだ。
「まずは最寄りの街に行かねばなりませんが……旅の支度、装備も路銀も必要になりますね」
「路銀なんて……木を切るしかないのでは? しかし勝手に森の木は切れないしな」
「路銀については考えがあります。リンタールの力を借りれば、何とかなるでしょう」
「俺の力?」
「あなたのその、生み出す力です」
そう言い、カドルホスさんは不敵に笑った。
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