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後々話
Tボーグ、ジリジリ焦る
しおりを挟む「……?」
目が覚めたのは、かすかな喪失感を覚えたからだろうか。
仄暗い寝室……まだ夜は明けていないらしい。瞼をしばたき身動ぎして、すぐにその原因を悟った。
腕に抱いていたはずの温もりが消えている。――が、代わりに背で感じる柔らかな凹凸。
――またか……
声にならない呻き声を上げて、できるだけ小さな動きで身体を反転させれば、ベッドの淵ギリギリの位置に横たわり、安らかな寝息を立てている愛しい彼女。
「……」
思わず、憮然とした顔になってしまうのは当然だろう。
数時間前、確かにこの腕の中に抱きしめて眠った身体が、何故か己の背後に回っているという不可解さ。理由は何であれ、意識の覚醒具合がどうであれ、彼女が自発的にこの腕から抜け出て背側に回ったのは事実だ。
しかも、初めてのことじゃない。これで三回目か。
どうしてその位置なのだろう。夜中に起きてトイレに行こうが水を飲もうがまったく構わないが、また元いた箇所――自分の腕の中――に戻ってくればいい。
ここに越してくる時に購入したクィーンサイズのベッドは、二人が並んで寝ても広さ的には十分なゆとりがあるのだが、さすがに抱き合って寝ていた一方の背後へ回れば、ベッドの淵ギリギリとなる。わざわざ、下に転がり落ちそうなベッドの端に身を横たえなくてもいいはずだ。
この不可解な行動の所以は、単なる寝ぼけただけなのだろうか。実際、前回彼女はベッドから落ちて、こっちは飛び起きる羽目となったのである。幸い怪我はなかったのだが、どれだけ肝が冷えたことか。
腕を伸ばしてヘッドボードにあるデジタル置時計のライトボタンを押せば、時刻は夜中三時過ぎ。夜明けまではまだしばしある。
もう一度低く唸るように溜息を吐いた。
こちらを向いて、胎児のように少し身体を丸めて眠る彼女。仄かに浮かび上がる白いTシャツが、寝息に合わせて小さく上下している。忌々しい……寝入った時はお互い一糸まとわぬ姿だったというのに、どうして着ているのだ。
完全に力の抜けた身体を優しく引き寄せれば、かすかな吐息が漏れた。それが笑ったかのように聞こえて、柔らかな頬を撫で、唇の形をそっと指でなぞってみる。
抵抗することなく手の平に顔をすり寄せてくる仕草からしても、抱かれて眠ること自体を嫌がっているとは思えないのだが。
己の身体と一緒にベッドの中央あたりへ位置を改めて、掛け布団を掛け直す。
最初とは左右逆のポジションで、愛しい彼女が再び抜け出さぬようしっかりと抱き直し、甘い香りをひと息吸いこんでから、侑司はそっと目を閉じた。
* * * * *
「やっほー、ユージっくーん。おっつかれー! ごっきげんいっかがっかなー?」
バシッと肩を叩かれた侑司の眉間に、はっきりとしわが寄った。
エレベーターの階数表示を見上げたまま完全無視に徹する侑司の真横で、能天気な声を上げてパタパタと忙しく動く煩わしい生き物――杉浦崇宏。
「ひやぁー、朝から土砂降りなんだもん。こんな日にM会議とかマジ勘弁だよねー。あーあ、ズボンの裾が濡れちゃった……、……ん? どーしたのさー、フンづまった顔しちゃってー。ナニナニ、なにかお悩みごとー? あ、でも、倦怠期にはまだ早すぎるよねー」
ちらと目だけを向けたつもりだが、杉浦はあからさまにビクッと仰け反った。
「じょ、冗談だって……そんなに怒らなくたっていいじゃん……」
――別に怒ってはいない。苛々するが。
「……ったく、ちょっと人間味を帯びてきたかなーって思ってたら、放たれる殺気は以前にも増して……」
ようやく開いたエレベーターの扉。ブツブツ言っている先輩をその場に残してさっさと乗り込み、 “5” に続き “閉” を素早く押す。
「……ってちょっと待ってっ!」
ハッと我に返った杉浦は、閉じかけた扉に慌てて滑り込んできた。残念ながら間に合ってしまい、心の中だけで舌打ちする。
「もう、ユージってば! なんで俺の存在を無視するのさっ!」
……いっそのこと扉に挟まれてしまえばよかったのに。
「あっ! お前今、ドアに挟まれればいいって思っただろッ! まったくなんて後輩だッ! ……そっ、そんな眼でにらんで俺がビビると思ったら大間違いなんだからなッ!」
年甲斐もなくキイキイ叫んでくる先輩に言葉を返す気もなく、侑司は沈黙を貫く。
ハフと息を吐いた杉浦は、侑司に倣って階数表示パネルを見上げ、少しだけ口調を改めた。
「なーに、そんな顔をしている原因は、アオイちゃんのことー?」
不覚にも、肩がわずかに反応してしまった。
杉浦を見れば、意外にもそこにはからかう色がなく、苦笑いを浮かべている。
「俺もね、こないだの会議ん時にアオイちゃんを見て、ちょっと疲れてるのかなー、って思ったんだよ。異動になってからもうすぐ三か月……まぁ、誰でも疲れが出てくる時期だろ? でもあの子は弱音を吐く子じゃないから、逆に気になってさ。鶴さんも珍しく心配してたみたいだし?」
鶴岡の名が出てくれば、さすがに侑司もドキリとする。『櫻華亭』担当の彼は本店に出入りすることも多い。
対してホテル店舗担当の自分は、同じ『櫻華亭』にいるとはいえ、彼女の働いている姿を見る機会がほとんどないのだ。
「……鶴岡さんは、何て」
努めて事務的な声音で訊けば、杉浦は侑司の杞憂を宥めるように首を振った。
「いやぁ、仕事は頑張ってるみたいだよ。元々、呑みこみは早い子だからね。本店の連中もみんな、アオイちゃんのことは可愛がってるようだし、人間関係も上手くいってるって。ただ、やっぱり『櫻華亭』と『アーコレード』は違うからさ。その格差を埋めるのに苦労してるんじゃないのかなー。彼女は初めての異動だしね」
五階に到着してエレベーターの扉が開いて、廊下を進む侑司の隣に、杉浦はぴたりとつく。
「家ではどうなのー? アオイちゃんは仕事の相談とか、してこないの?」
覗き込んでくる彼に一瞬迷ったが、侑司は当たり障りのない部分を少しだけ開示した。
「……英語が、壁になっているようで」
「あーね。本店もここ何年かで、海外からの客がだーいぶ増えたらしいもんなー」
しみじみと納得する杉浦とともに営業事業部室へ入れば、すでに徳永が出勤しており電話中だ。彼に目礼して自分のデスクへ向かうが、その間もずっとしゃべり続ける鬱陶しい先輩。
「ねぇねぇ、それこそお前が教えてあげればいいんじゃないのー? ユージだったら接客会話くらいお手のものでしょー? 俺も奥さんにわからない単語の意味とか、気の利いた簡単な言い回しとか、よく教えてもらうしー」
彼の言葉を聞き流しながら、侑司はデスクの上で書類やノートパソコンを出した。
確かに、侑司は簡単な日常会話と、接客に関する主なる会話程度なら英語対応ができる。大学時代、アルバイトをしていた西條の店『メランジール』は、来店する客の半数以上が外国人で、しかも西條が雇う人間も外国人が混じっていた。給仕だけでなく経営面の雑用も任されていた侑司は、嫌でも英会話のスキルを身につけなければならなかったのだ。
しかしながら経験者に言わせれば、他国語取得は習うよりも慣れるしかないのだと思う。侑司自身、英語のフレーズが意識せずに出るようになったのは大学の卒業間近といったところだ。一朝一夕で身に付いたものではない。
けれどそれは、気負う彼女に説いてもなかなか腑に落ちないようで……
「それってさ、案外いいコミュニケーションになると思うんだよねー。ムフフ、あれだよあれ、ピロートーク。二人で事後の余韻に浸りながらさー、……『 “愛” って英語でなんて言うの?』……『それは “ラァヴ” ……下唇を噛むんだよ。 “ラァヴ” ……ほら、言ってごらん? “ラァ――ぐ……っ!」
ゴッ、という鈍い音とともに、杉浦がデスクに突っ伏した。その背後に仁王立ちするのは鶴岡。眉間に寄せているしわの深さは、おそらく侑司以上だ。
「杉、朝からペラペラうるさい。苛々する」
恐ろしく機嫌の悪い声音で言い捨てて、鶴岡は自分のデスクに向かう。
ぐぅぅ、と後頭部を抑えて突っ伏した杉浦は、恨みがましい涙目を上げた。
「……鶴さん……その新聞の中に、缶コーヒー入れてるでしょ……」
「ああ、よくわかったな。補強用の芯だ」
筒状に丸めていた新聞を広げて、鶴岡は中から缶コーヒーを取り出す。これ見よがしにプルタブを上げてコーヒーを飲み始める彼に、杉浦が小型犬のごとく吼えた。
「ソレ反則ですよっ! あまりの衝撃に舌噛んだじゃないですかッ!」
「キャンキャンうるせーな。なんで噛み切らなかったんだよ」
「噛み切ったら喋れなくなるでしょッ!」
「まさにそれを願っているんだ」
「キィィィッ」
「――杉浦っ! うるさいぞっ! 朝っぱらから何を騒いでいるんだっ!」
「キィィィィィッ」
徳永の一喝が落とされたところで、西條氏と柏木が入ってきた。
侑司は会議資料を持って、一足先にミーティングテーブルへ向かう。しかし頭の中は様々な情報が入り乱れ、思考の切り替えができずにいた。
『……本店は、良くも悪くも世話好きな人間が多いからねぇ。彼女に対して、周りが何かと干渉過多な場面を見ることも少なくないんだ。それが、彼女の負担になってなければいいんだけどね』
本店の支配人、仙田氏の言葉だ。つい先日、たまたま本社ビルで会った時、苦笑交じりで侑司に忠告した。
身内率の高い小さな会社にありがちなことだ。特に『櫻華亭』は創業年が古いこともあり、長い付き合いの者も多い。いい意味でも悪い意味でも、個々のプライバシーが筒抜けになる傾向がある。
さらに言えば、侑司と彼女は昨年度、何かと社内を騒がせてしまった。そんな二人がいよいよ同棲を始めたと聞けば、皆の興味は否応なく膨らむのかもしれない。
侑司にさえ、遠回しに探りを入れてくる者はいる。柔順な彼女に対してならば、あけすけに踏み込もうとする輩も多いだろう。
問題なのは、彼女の口からそんな話を、一度だって聞いたことがないということだ。
「――よし、始めるぞ」
徳永の声に、侑司はハッと我に返った。
ここ最近、彼女に対して感じているこのもどかしさは、心配、の一言では包括できない気がする。
敢えて一言で表現するなら、それは――焦り、が妥当なのかもしれない。
会議終了後、本社を後にした侑司は、その足で赤坂店と日比谷店を回り、次いでディナーは汐留店に入った。
ホテル店舗と括られるこの三店舗は、四月の大規模な人事異動後、劇的に店内の雰囲気を変化させた。多くの人間が動いたことも一つの原因ではあるが、やはり人事異動前の、全社を挙げて取り組んだ『アーコレード』でのイベントが、かなり大きく影響したのだろう。
濁り澱んだ空気の中で従業員たちの視野は狭く偏り、精神的に鬱屈していたのだと思う。そこへ、すべてを大きくかき混ぜるような旋風が巻き起こり、悪い空気は概ね浄化されて、その結果、従業員たちのモチベーションは総じて良い方向へ上がったようだ。
そのおかげかどうか、三店舗共に四月からずっと前年比を上回る売り上げで来ている。汐留店の移転先がほぼ確定した今も、それを理由に退職するような従業員は出ていない。喜ばしいことであった。
一旦仕事に集中すれば、プライベートのことは引き出しにしまっておける。侑司はその夜、ラストオーダーを取り終えたところで汐留の店を後にし、ホテル裏の従業員出入り口を出た時も、店舗移転に伴う細々した段取りを頭の中で整理していた。
――前を行く若い女性二人の会話を耳にするまでは。
「――黒河マネージャーと水奈瀬さんてさ、結婚するのかな」
「だって一緒に暮らしてるんでしょ? そりゃ、結婚前提なんじゃないの?」
「でもさ、自分の旦那と家でも一緒、仕事でも一緒、ってどうなの? 私だったら息詰まって窒息なんだけど」
「まぁね。私も無理だなー。なんつーか、逃げ場がないもんね」
「おまけに上司だよ? 家の中でも気ぃ使っちゃいそうじゃん。疲れると思うけどなー」
外はまだ小雨が降り続いており、傘を差した二人の顔は確認できないが、『櫻華亭』汐留店の女性スタッフで間違いないだろう。
夜の九時過ぎにもかかわらず、ホテル裏の搬入口はまだ人の出入りが多い。二人は背後に侑司がいることに気づかないようで、遠慮ない見解を容赦なく述べあっている。
侑司は足を止めて、しばらくの間、遠ざかっていく二つの傘を見送った。
――その三十分後。
侑司は『櫻華亭』本店の表門から少し離れた場所にSUVを停めて、ぼんやりと裏門に入る脇道を眺めていた。ここで待っていることは、メールで知らせてある。
先ほどまで降り続いていた雨は、どうやらひとまず止んだようだ。が、もちろん、彼女一人で夜道を歩いて帰らせる気はない。
異動になって三か月弱、マンションから自転車で五分ほどにもかかわらず、彼女が自転車で出勤したのはその三分の一にも満たないだろう。こうして侑司の車で送迎することが多いからだ。
毎日必ず送迎できるわけではないので、できる時はしてやりたかった。
待つこと十数分ほどで、待ち人がやって来た。街灯の光がなくとも、そのシルエットは彼女だとすぐにわかる。しかし彼女だと認識すると同時に、隣を歩くもう一人のシルエットが目に入り、侑司の表情は険しくなった。
ごく小さく鳴らしたクラクションに彼女が気づく。彼女は隣の人物に二言三言かけて手を振って、子鹿が跳ね飛ぶように車へ向かってきた。
「お疲れさまです。すみません、わざわざ」
助手席のドアが開いて、彼女の笑顔が現れた。
「いや……」
つい、目線が遠くに飛んだ。それを追って彼女も振り返る。そして、反対側の歩道を歩く人物に大きく手を振った。
遠目に映るリュックを背負った青年は、こちらに軽く頭を下げて反対方向へ去っていく。
「……矢沢、か」
「はい、今日は上がりが一緒になって」
助手席に乗り込んだ彼女が、シートベルトを締めながら答えた。ふわりと、仄かに甘やかな香りが届く。
矢沢遼平の新しい住まいは、本店から徒歩三分ほどの近場にある単身者用の共同住宅だ。そのコーポ丸々一つがクロカワフーズの持ち物となっていて、矢沢だけでなく本店に勤める若い社員が何人か入居している。いわば、独身寮である。
彼はそこから専門学校に通い、夜は店に入るという毎日を送っている。学校への距離はかなり近くなったので、以前より通学は楽になったと聞いた。――彼女経由の話だが。
「――さっき遼平から聞いたんですけどね、専門学校のカリキュラム制度が少し変わったらしくて、ここでアルバイトした分も、時間に応じて単位がもらえるようになったそうなんですよ。……ふふふ、『櫻華亭』の本店でアルバイトだなんて、講師の先生方にものすごく驚かれた、って言ってました。やっぱり遼平は、こっちに来てよかったのかも。……ねぇ、黒河さん」
「ああ……そうだな」
車を発進させながら、侑司は再び感じる胸のざわつきを、意識しないよう努める。
「……仕事は、どうだ。来月は予約が多いんじゃないか」
「そうなんですよ。もう、すでにほとんど埋まっちゃって。やっぱり本店はすごいですね」
「きつくは、ないか」
「いえ、全然。まだまだ勉強しなきゃしけない事ばっかりですけど、みなさんがよくしてくれるんで助かってます」
「そうか」
やはり、彼女は何も言わない。嘘を吐いているとは思わない。だが、本心を言っているわけでもない。それくらいはわかる。
「黒河さんは今日、お店回りだったんですよね? ……すみません。いつも迎えに来てもらって」
街灯の明かりに浮かび上がった彼女の口元は微笑んでいる。けれどその声音にはまた、申し訳なさそうな色がほんの少し滲んでいる。
これでも、数か月前に比べれば、彼女の遠慮はだいぶ減った方だ。一緒に暮らし始めた当初は送迎するたびに、こちらが歯噛みするほど恐縮していた。
気にしなくていい、と何度も言った。マンションから店まで車で数分なのだから、こちらはまったく苦ではない、と説明もした。
「そうですか、すみません」と素直に応じるも、彼女の中から遠慮は消えない。三か月たった今でも。
「……腹は減ってないか」
「はい、大丈夫です。上がる前に、国武チーフからおむすびをいただいちゃいました。こんなにおっきなおむすびで、中に肉団子が入ってて。それ一個でお腹いっぱいです。……あ、黒河さんは、減ってますか? どこか寄りますか? それとも何か作りましょうか? ……えーと、冷蔵庫に何かあったかな……」
「……ああ……いいよ、自分で適当にするから」
「でも」
「無理しなくていい。お前も疲れているだろう」
助手席に目をやって、なるべく穏やかに言えば、彼女はもう一度「すみません」と言う。
謝ることなど、何一つないのに。
自宅マンションまではあっという間だ。
敷地内の駐車場に入れて、マンションのエントランスに入った時、彼女が「あ」と思い出したような声を上げた。
「あの、黒河さん。来週の定休日、もしお休みが取れるようだったら、一緒に牧野さんのお宅へ行きませんか?」
「牧野さんの……?」
エレベーターに乗り込んでボタンを押す侑司を見上げ、彼女は「今日メールがあって」と嬉しそうに瞳を輝かせている。
「牧野さん、安定期に入って体調も良いらしくて、来月あたりから仕事に戻るそうなんです。だからその前に、ゆっくりご飯でも食べようって、お招きいただいて」
「……彼女の自宅に、呼ばれたのか?」
「はい。牧野チーフが心配して、あまり外に出してくれないって、言ってました。その代わり、牧野チーフが手料理を振る舞ってくれるんですって。ふふふ……楽しみです。だから、黒河さんも一緒にどうですか?」
「……ああ……悪い、俺はその日、仕事があって……」
わずかに空いた間は、不自然だっただろうか。期待に満ちた彼女の笑顔がにわかに曇った。
「俺のことは気にしなくていいから。楽しんでくるといい」
「……はい。じゃあ……」
エレベーターの扉が開いて、侑司は罪悪感を押し殺し、彼女の背をそっと促した。
この手で引き寄せ自分のものにした。手に入れても尚、彼女に対する渇望は強かった。だからこそ、同棲という形に持ち込み、事前に外堀を埋めるような真似をしたことも自覚している。
彼女にも、誰に対しても特に明言したことはないが、侑司の中ではこの先一生、彼女と共に生きていくことがすでに決定事項なのである。
――だけれど、彼女はどうなのだろう。
少なくとも今の侑司には、たとえ彼女がこの腕の中からすり抜けたとしても、それを責める権利も止める権利も、ないのだ。
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