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第2章
10 少女と魔女(2)
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「始末だと…?」
この二人から発せられたとは思えない不釣り合いなセリフに、シャドウは眉間に皺を寄せた。
シャドウは視界の端にいる人影を見た。ホウキを掴み、部屋の隅で震えていた。ホウキでどうする気だ?まだ10代の若い娘だ。店で見たエマとかいう人物とは、似ても似つかない。もしかして、また別の誰かがいたのか?
シャドウは少女から目をそらした。他を詮索する前に、もう一人がすでに戦闘態勢だった。緑色の瞳でこちらを凝視していた。小とかげの割にはパワーがありそうだ。剥き出しの前足の爪が頑強でえぐい。裂けた口元から見え隠れする牙。威嚇とも取れる荒い息づかい。グルグルと喉を鳴らす音。この音が止んだら飛びかかって来るのだろうか。
シャドウはぐっと両足に力をこめた。
「兄さん。いるかい?エマさんの家はここで合っていただろう?」
プツッと三人の集中を解いたのは、戻りが遅いシャドウを心配して迎えに来たドエドだった。厚みのあるドアを手軽に押し開く。
「わああ~!!」
エマはホウキを握り締めて、無我夢中に突進してきた。
「えっ?ど、どういうこと??」
ドエドは咄嗟にドアの影に入り込む。
シャドウは振り下ろされたホウキをいとも簡単に掴んだ。ホウキの柄はシャドウの掌中にすっぽりと収まった。
「えっ!う、動かないっ」
押しても引いてもホウキは動かない。エマはもう涙目だ。
「ちょっと待て。落ち着け。話をさせろ。お前たちは何者だ?」
店にいた人物とは全く違う。明らかに別人だ。いつの間に入れ替わったのか。真相が知りたくなった。シャドウは柄を引いた。うわ、おっととと、エマが釣られてくる。背も低く、体重も軽いから簡単だ。
「離してくださーい!」
ホウキを離さないままのエマは、爪先立ちになり、シャドウの体にくっついた。胸元に顔を突っ伏した反動で、エマの髪からふわりと花の匂いが立つ。
「!!」
シャドウは目を眩ませた。不意を付いた至近距離での花の香りに、立ち眩みを起こしたのだ。
ホウキから手が離れ、鼻を覆いながら顔を伏せた。
「えっ、何で何で?どうしたんですか?」
急に蹲ったシャドウに驚き、エマもホウキから手を離した。カランと甲高い音を立ててホウキが床に転がった。
「…近…づ」
「え?何て?」
シャドウは顔を覆ったままだ。顔色はわからないが明らかに様子がおかしい。
エマは顔を覗き込もうとするが、シャドウは手のひらをエマの前に出し、指の間から近づくなと目配せをした。脂汗か。感情のコントロールがうまくいかない。あらゆる衝動を抑え込もうと必死だった。
気が気じゃない表情のエマに、「…気にするな。大丈夫」だと荒い息をして返した。
「やだ、ちょっと。打ちどころが悪かったですか?」
エマは、シャドウに殴打する気で振り上げたホウキを当てる前に取り上げられてしまったことに気がついていない。おろおろするばかりだ。
冷やさないと、とエマは部屋の奥に入っていった。ぴちゃんぴちゃんと水が跳ねる音が聞こえてきた。
シャドウは胸を抑えて座り込んだ。エマが離れてくれて、いくらか呼吸が整ってきた。
花に対しての苦手意識は、以前に比べたらましにはなってきていた。手にとって匂いを嗅ぐまではしなくとも、視界に映る木々の花などにはきれいだと感想を述べるくらいにはできるようになっていた。
ただ、こんな至近距離で不意を突かれると対処出来なくなる。シャドウは手で顔を覆ったまま、黙ってしまった。
エマが戻ってきても顔を上げずにいた。
「なんだどうした?」とドエドも隠れていたドアから顔を出した。
「ドエドさん!どうしよう!この人」
「え?きみ、誰だい?」
「あっ…!」
エマはドエドに助けを求めるが、初対面だということに気がついて固まってしまった。おどおどするエマを尻目に、魔女の瞳がギラリと光った。
「あんた達、あたしの娘に触るんじゃないよ!!」
魔女は天井の梁から勢いよく炎を吐き出した。
「はっ?!」
「魔女さん!?」
魔女が吐き出した炎は、シャドウはおろか、ドエドもエマも飲み込んでしまえるぐらい大きかった。
怒りを込めた紅蓮色の地獄の炎。
シャドウはドエドの体を外に突き出した。ドアを閉める間際に勢いよくひっくり返る姿が見えた。次に、エマを抱き抱えるように床に伏せさせ、覆い被さるように盾になった。
ジュワアアァァ。布と髪の毛が焦げた匂いがした。鼻をつく焦げ臭さに、幸か不幸か。それで花の香りは消えた。
シャドウは頭を横に振り、眩んでいた視覚を正常値に戻した。
「おい!この娘まで燃やす気か!?」
さっきから踏んだり蹴ったりだ。語気に怒りを込めた。
「魔女さん!ひどい!危ないなあもう!」
エマも切れ気味だ。シャドウの体の下からもぞもぞと出てきた。
「ふんっ。あたしの炎は勢いはあっても威力はない。ただの幻影だ」
「逆ギレしないのー!幻影でも焦げてるし!」
エマは上衣の裾を掴んで逆上した。そこには、ほんのり焦げ跡ができていた。
「はんっ。本物と幻影の区別がつかない奴は燃えたと思うのさ。おまえには何度も説明しただろう。まだ覚えてないのか」
エマと魔女がぎゃんぎゃん言い争ってる間に、シャドウは脱力して床に座り込んだ。気が緩んだせいか、どくどくと心臓が跳ね上がっているのがわかった。
見知らぬ少女より。とかげより。炎よりも。鼻をかすめた花の香りに未だ囚われといる事実が胸を突いた。
「…雪」
目の前から消えた雪の姿が今もまだ鮮明に蘇る。
目を閉じても消えない情景に、シャドウは天井を向いてため息さえつけずにいた。
情けない。また立ち止まる気か。
いや、止まるな。立て。
気持ちばかり急いていては前に進めない。
心の中の葛藤が、またシャドウを苦しめていた。
「ごめんなさい」
翌日、エマはとかげと共に店にやってきた。
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