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第2章
14 合永絵麻(3)傘
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「今は昔のレトロさが人気なんですよ!」
「えっ。そうなの?」
雑貨屋の店員は、ニコニコと志穂に話しかけて来た。
古き良き時代の何気ないものが、一周回って今の世代に受けているらしい。懐かしいおばあちゃんの家にあった、花柄や幾何学模様のグラスと喫茶店のクリームソーダやチョコレートパフェやナポリタン。くすんだ壁紙に年季の入ったソファー。ゲーム台のテーブル。
「へぇ…。そうなんだ」
親戚の家の近くに、こういう喫茶店があったなぁと志穂は思い返していた。ゲームが苦手な志穂は、みるみるうちに迎撃されていく自陣を見るのがたまらなく辛かった。手際の悪さを従姉妹達に馬鹿にされた思い出がある。
過ぎし日の思い出は、振り返る度に鮮明度は薄れていく。今は店名などは思い出せない。確かあの角に。いや待て、次のブロックか。場所もあやふや。
「お探し物は折り畳み傘でしたよね。こちらどうですか?クリームソーダ柄」
開いた傘は、まんまクリームソーダ色をしていた。転写とまではいかないが、鮮明だ。先端と紐は赤く、さくらんぼを模している。縁取りの白はアイスクリーム。シュワシュワと弾け飛ぶ炭酸の泡に溶け出して、全体的に乙女ちっくに仕上げられていた。可愛らしすぎて、中学生には幼いかな。
一周回った世代にはうけるのかな。
志穂は首を傾げる。
「娘の趣味じゃないかな」
「そうなんですか?残念ですぅ。今人気なんですよぅ」
人気商品でも、趣味が合わなければプレゼントには適さない。
「じゃあ、こっちはどうですか?クリームレモン」
クリームソーダのレモン色。メロン色の部分がレモン色に変わっただけ。あとは一緒だ。
「ああ、まだレモンの方がいいかも」
「こちらも人気ですよ」
「じゃあこれを。プレゼント用に包装してください」
メロンよりレモンの方が好きというのもあって、こちらにした。色もメロンより落ち着いてる。泡もクリームもレモン色に交わって、さほど目立たない。これなら絵麻も使ってくれるだろうと志穂は満足げだ。
ビタミンカラーは気持ちがいい。鬱屈しがちな雨の日でも晴れやかな心持ちになれそうだ。
絵麻とは、しばらく夜勤続きで全然会えてなかった。
新規に入院して来た患者が落ち着くまで、ずっと世話をしてきたからだった。その新患と元々の入院患者とのソリが合わなくて、揉めた事も何度か。
子ども達の有り余るパワーが全身にのしかかってくる。
怪我をして思い通りに身体が動かせられない子、先天性の病気で入退院を繰り返している子、症状は重くなくとも、なかなか完治しない子。
病状は人それぞれだが、外に出歩くことも、運動することもできずに、日がな一日中、ベッドの上で過ごしている。子ども達がストレスをためないようにリラックスさせなければいけない。それが私の仕事だ。
まっとうしてるつもりでも、上長の小言はネチネチとうるさいし、年下上司も色々と指摘をしてくる。正論だけど、正論ほど痛いものはないから、優しさも時には辛い。
ああ、ダメ。叱咤激励も感謝するべき!年上部下にやり辛さを感じてるのはあちらも同じ。甘えてるのは私の方だね。
志穂は店員を待つ間に何度もため息をついた。自分のいたらなさに頭を悩ませていた。
だが、今日は一切そういうのは無し!
絵麻の誕生日は豪華に祝おうと考えていた。たまには外食をしよう。
絵麻の好きなお寿司とかどうかな。もちろん回るやつだけど。ケーキも買おう。何がいいかな。チョコレートより生クリーム。いや、チーズケーキがいいかな。
「お待たせしました。おまけいれてますよ」
「ありがとうございます。おまけって?」
「傘と同じ柄のボールペンです」
レモンクリーム色のボールペン。ノック部分はこんもりとしたアイスクリーム。さくらんぼはチャームになっていた。
「あら。かわいい。私が使おうかしら」
「ぜひ娘さんに」
店員の満面の笑顔を後にした。言わんとしてることはわかっているよ。言ってみたかっただけよ。職場で使えば子ども達に受けるかと思ったんだよ。浅はかだったね。中身は四十過ぎのおばちゃんだもんね。
志穂は頬を赤くして家路に向かった。
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