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第3章
2 手紙
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「あの時は仕方がなかったんだ。誰も悪くなんかない!!」
頭の中で、誰かが叫んだ言葉が弾けた。それと同時に頬杖をついていた肘がバランスを崩し、リディエットは抱えていた書類を床に落とした。自身も椅子から転げ落ちた。
「おおおあっ!!」
ドタンとうるさい音を立てて、椅子がひっくり返った。
「リディエット様」
間抜けな声を発したままひっくり返っている姿に、隣の席にいた事務官のエルダはすぐに反応した。床に落ちた書類を片手でササッとかき集めた。
枚数に不備がないか、十分に確かめながら数えた。その中の数枚にページの端の歪みと、ペン先からうねうねとミミズが這っていたのを見逃さなかった。
エルダは少々眉をひそめ、
「やり直しですね」
と言い放った。こんなこともあろうかと予備は充実していた。引き出しから新しい書類を出し、必要事項をさらさらと書き写した。
焦茶色の縁のある眼鏡の奥にある緑色の瞳は、リディエットを一瞥し、ため息に近い呼吸をふぅと吐いた。
「こちらにサインをお願いします」
仕事の出来も性格も申し分ない事務官は、かなり有能だ。部下なのに頭が上がらない。
「…わ、悪いな。ありがとう」
リディエットは口の端からはみ出していた涎を手の甲で押しのけ、慌てて椅子を元に戻した。二十五歳にしては落ち着きがない。歳下のエルダの方がよっぽど上に見える。
「…居眠りなんて珍しいですね。昨夜は何を?」
「べ、別に夜更かししてたわけじゃないよ。ここから入る日差しが心地良くて。ついな。昼過ぎは特にぬくい。眠くなる」
仕方ないだろうとリディエットはふわあとあくびをした。目頭から涙の粒が見えた。
「眠られるならきちんと横にならないと体が凝ってしまいますよ」
「あ、いや。ほんの数分でいいんだ。横になると夜まで寝てしまう自信がある」
「そんな声高に言わなくても。何の自信にもなりませんよ」
「事実だよ」
「なら、目の覚める濃厚な飲み物を用意してもらいましょう」
マッドサイエンティストが作ったような全神経に行き渡るくらい強度の高い劇物並のドリンクを!
「い、いや。それはいらない!俺は目が覚めたからもう必要ないだろう。それに、本当に必要があるやつが使えなかったら本末転倒じゃないか。な?俺はもう起きているだろう!?」
リディエットはかなり逃げ腰だ。これは以前に飲まされたことがある。確かに目は覚めるが、言葉には言い表せない味で、ニ、三日は味覚がおかしくなり、舌が麻痺してうまく喋れなくなる。全神経が活性化して眠れなくなるのだ。
果たして、これを本当に必要だと思ってる人などいるのだろうか?
「それより、俺宛に手紙は来てないか?」
リディエットは、エルダの攻撃から逃げるように上着に袖を通した。そろそろ街の巡回の時間だ。
「いいえ。来ていません」
「…そうか。まだ届いてないのかな」
リディエットの声音がだんだんと沈み込んでいくのがわかった。
「…城は今も閉鎖状態かと」
エルダはリディエットの顔色を確かめながら声をかけた。誰もが知っている事実なだけに、誤魔化すことは出来ず、ただ宥めることしかできなかった。
常に沈着冷静でいるエルダでも、この回答には慎重になった。
「うん。…まあ。わかってはいるんだけど、な。まだまだ難しいか。うん」
リディエットは自分に納得させるように呟いた。
「また、君の眉間の皺を掘り下げてしまったみたいだ。ごめんよ」
いつも悪いねとリディエットは笑った。
「…貴方は人を困らせる回答しか持ち合わせてないのですか」
エルダはいつもの事だと気にした素振りは見せないが、静かに怒っていた。
「ははは」
リディエットは返ってこない手紙を書き続けていた。
獣人化に伴い、ニルクーバ家から抹消された末の弟宛に。
ディル。ごめんな。
何が悪かったのか。誰が悪かったのか。
未だ答えが出ないんだ。
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