大人のためのファンタジア

深水 酉

文字の大きさ
146 / 210
第3章

18 プレッシャー

しおりを挟む

-----------------------------------------------

 「疲労回復、体力増強、食欲回復、安眠、便秘解消、冷え性解消、老化防止、新陳代謝を高める、血液を浄化する、風邪を引きにくい体にする、肝機能向上、細胞の活性化…」
 アンジェは念仏を唱えるかのようにぶつぶつと呟きながら、薬研やげんで薬を調合していた。手際よく片手で引き出しから使う分だけを取り出し、薬研にポイポイと放ってゴリゴリと薬材をすり潰す。なんとも言えない匂いが鼻を掠めた。
 「ロイ。薬ができたよ」
 「ありがとう!アンジェ」
 「しかし、人間用だから獣人に効くかどうか…おっと、獣人かれは人間だったな。失言失言」
 失礼失礼とロイに頭を下げる。
 「いや。手厚く看病してくれてありがたい」
 ロイも同じように深く頭を下げる。
 「とりあえず三日分あるから、目が覚めたら飲ませてよ。一日ニ回だからね」
 アンジェはロイに薬の飲み方のメモを渡した。黄梅色の粉末薬は鼻の奥にまでツンとくる匂いがした。飲みにくい場合は、粉末に少し水を含ませ、丸薬にして飲み込ませるという手もあるという。
 「…ああ(苦そうだ)」
 良薬は口に苦しという言葉通り、アンジェの薬は苦いと評判だ。だが、効き目は抜群で評価は高い。
 「じゃあ私は行商と薬材の採取に行ってくるよ。その間の子ども達とその人の世話を頼むね」
 「わかった。気をつけて」
 「ああ」
 アンジェを見送ってロイは扉を閉めた。カーテンで仕切られたベッドの上には、傷だらけのディルが眠っていた。体が人間に戻らないままだと聞いてから、すでに十日が経っていた。
 体に受けた傷の治りも遅く、意識も途切れ途切れで話すこともままならない。一日中眠っていることも多い。
 「…オレは無力だな」
 世話をしたいと宣言したものの、ディルの回復の兆しはまだ見えない。体を拭いたり水を替えたりと身の回りの世話だけで一日が終わる。
 「ハア…」
 急かしたら患者の方が気が滅入るよと既にアンジェに注意を受けていた。
 「辛いのは患者の方。ロイじゃないんだよ。体の傷が治っても、心の傷は本人じゃなきゃ痛みはわからない。ロイが急いても意味がない」
 ロイはもどかしく、反論は出来ずにいた。
 心の傷の痛みはわかっているはずだった。獣人が受けた仕打ちは自分も同じだと。ただ、痛みの度合いまでは同列には並べない。
 ディルがどんな目に遭い、仲間を失った衝撃は計り知れないからだ。同じ痛みでも捉え方はそれぞれにある。わかっていたつもりでも、わかりあえてはいなかった。
 それにオレは城には行っていない。城での凄惨な情景は話に聞くだけで実際には見ていない。命の危機を感じたのは、城に収監される間際だけだ。
 オレの周りには人間の方が多かった。他の獣人と比べたら手厚く保護されていた。同じ獣人でも境遇が違えば「同じ」とは言えないのだと深く痛感した。ロイの尻尾は下がったままだ。
 「もふもふうぅ!!」
 そんなロイの感情を無視して、隣の部屋にいた子ども達はロイの体に飛びついてきた。もふもふの毛皮に顔を埋めて、キャッキャッと喜びをあらわにした。
 「マーヤ、ティーニ!」
 双子の女児たちは各々にロイにしがみついた。右腕にマーヤ。左腕にティーニ。菓子職人の娘達だ。
 親が仕事で家を空けている時は一緒に面倒を見ていた。長い三つ編みを左右に揺らして、屈託のない笑顔を振りまいている。
 「ぼくも!」
 腹を目がけてアーシャが飛び交ってきた。
 「グエッ」
 アーシャは、初めて会った時と比べて倍は背が伸びた。アンジェが留守をしていて半べそをかくときもあるが、前ほど泣かなくなった。食事の量も増え、言葉もたくさん出てくるようになった。
 「ロイ、ロイ、ローイ!」
 「なんだなんだ!お前たち読み書きは終わったのか!」
 留守番中にやっておくようにと双子の親に言われていた。
 アーシャもマーヤとティーニと同じく、キャッキャッと笑い声を上げた。毛皮にすりすりと頭や顔を押しつけては、毛だらけになった顔を見せ合いっこをして笑いを誘っていた。
 急になんなんだとロイは、子ども達を引き剥がした。
 「ああ!もっとー!!」
 アーシャは毛皮を惜しむように両手を伸ばして突っ張った。双子も負けじと抱きついてくる。
 「こらあぶないぞ!」
 「やーだー」
 己れの、荒み気味の心に子ども達の笑い声が覆いかぶさって浸透してくる。安心感がある。強張っていた緊張が解されていくのがわかる。
 「…焦るな」
 ロイは、自分に言い聞かせるように口にして飲み込んだ。
 そうだ。いつまでも目覚めないディルを責めるのはお門違いだ。頭を切り替えよう。
 じゃれついてくる子ども達を抱えながらソファに腰を下ろした。
 「ふふふ」「温かいねえ」「気持ちいい」と子ども達から三者三様に言葉が出てくる。
 幸せだと笑う子ども達の声に、心がぎゅっと鷲掴みにされた。
 ロイは、この子ども達の笑顔を絶やしてはならないと強く誓った。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。 野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。 しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。 適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。 冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。 しかし本人を含めて誰も知らなかった。 マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――! ※以下、この作品における注意事項。 この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。 キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。 (旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします) 再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。 全252話、2021年3月9日に完結しました。 またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる

葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...