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第3章
18 プレッシャー
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「疲労回復、体力増強、食欲回復、安眠、便秘解消、冷え性解消、老化防止、新陳代謝を高める、血液を浄化する、風邪を引きにくい体にする、肝機能向上、細胞の活性化…」
アンジェは念仏を唱えるかのようにぶつぶつと呟きながら、薬研で薬を調合していた。手際よく片手で引き出しから使う分だけを取り出し、薬研にポイポイと放ってゴリゴリと薬材をすり潰す。なんとも言えない匂いが鼻を掠めた。
「ロイ。薬ができたよ」
「ありがとう!アンジェ」
「しかし、人間用だから獣人に効くかどうか…おっと、獣人は人間だったな。失言失言」
失礼失礼とロイに頭を下げる。
「いや。手厚く看病してくれてありがたい」
ロイも同じように深く頭を下げる。
「とりあえず三日分あるから、目が覚めたら飲ませてよ。一日ニ回だからね」
アンジェはロイに薬の飲み方のメモを渡した。黄梅色の粉末薬は鼻の奥にまでツンとくる匂いがした。飲みにくい場合は、粉末に少し水を含ませ、丸薬にして飲み込ませるという手もあるという。
「…ああ(苦そうだ)」
良薬は口に苦しという言葉通り、アンジェの薬は苦いと評判だ。だが、効き目は抜群で評価は高い。
「じゃあ私は行商と薬材の採取に行ってくるよ。その間の子ども達とその人の世話を頼むね」
「わかった。気をつけて」
「ああ」
アンジェを見送ってロイは扉を閉めた。カーテンで仕切られたベッドの上には、傷だらけのディルが眠っていた。体が人間に戻らないままだと聞いてから、すでに十日が経っていた。
体に受けた傷の治りも遅く、意識も途切れ途切れで話すこともままならない。一日中眠っていることも多い。
「…オレは無力だな」
世話をしたいと宣言したものの、ディルの回復の兆しはまだ見えない。体を拭いたり水を替えたりと身の回りの世話だけで一日が終わる。
「ハア…」
急かしたら患者の方が気が滅入るよと既にアンジェに注意を受けていた。
「辛いのは患者の方。ロイじゃないんだよ。体の傷が治っても、心の傷は本人じゃなきゃ痛みはわからない。ロイが急いても意味がない」
ロイはもどかしく、反論は出来ずにいた。
心の傷の痛みはわかっているはずだった。獣人が受けた仕打ちは自分も同じだと。ただ、痛みの度合いまでは同列には並べない。
ディルがどんな目に遭い、仲間を失った衝撃は計り知れないからだ。同じ痛みでも捉え方はそれぞれにある。わかっていたつもりでも、わかりあえてはいなかった。
それにオレは城には行っていない。城での凄惨な情景は話に聞くだけで実際には見ていない。命の危機を感じたのは、城に収監される間際だけだ。
オレの周りには人間の方が多かった。他の獣人と比べたら手厚く保護されていた。同じ獣人でも境遇が違えば「同じ」とは言えないのだと深く痛感した。ロイの尻尾は下がったままだ。
「もふもふうぅ!!」
そんなロイの感情を無視して、隣の部屋にいた子ども達はロイの体に飛びついてきた。もふもふの毛皮に顔を埋めて、キャッキャッと喜びをあらわにした。
「マーヤ、ティーニ!」
双子の女児たちは各々にロイにしがみついた。右腕にマーヤ。左腕にティーニ。菓子職人の娘達だ。
親が仕事で家を空けている時は一緒に面倒を見ていた。長い三つ編みを左右に揺らして、屈託のない笑顔を振りまいている。
「ぼくも!」
腹を目がけてアーシャが飛び交ってきた。
「グエッ」
アーシャは、初めて会った時と比べて倍は背が伸びた。アンジェが留守をしていて半べそをかくときもあるが、前ほど泣かなくなった。食事の量も増え、言葉もたくさん出てくるようになった。
「ロイ、ロイ、ローイ!」
「なんだなんだ!お前たち読み書きは終わったのか!」
留守番中にやっておくようにと双子の親に言われていた。
アーシャもマーヤとティーニと同じく、キャッキャッと笑い声を上げた。毛皮にすりすりと頭や顔を押しつけては、毛だらけになった顔を見せ合いっこをして笑いを誘っていた。
急になんなんだとロイは、子ども達を引き剥がした。
「ああ!もっとー!!」
アーシャは毛皮を惜しむように両手を伸ばして突っ張った。双子も負けじと抱きついてくる。
「こらあぶないぞ!」
「やーだー」
己れの、荒み気味の心に子ども達の笑い声が覆いかぶさって浸透してくる。安心感がある。強張っていた緊張が解されていくのがわかる。
「…焦るな」
ロイは、自分に言い聞かせるように口にして飲み込んだ。
そうだ。いつまでも目覚めないディルを責めるのはお門違いだ。頭を切り替えよう。
戯れついてくる子ども達を抱えながらソファに腰を下ろした。
「ふふふ」「温かいねえ」「気持ちいい」と子ども達から三者三様に言葉が出てくる。
幸せだと笑う子ども達の声に、心がぎゅっと鷲掴みにされた。
ロイは、この子ども達の笑顔を絶やしてはならないと強く誓った。
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