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第1部 第1章
3 統べく者たち
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さ迷う森に今日も1つ体が運ばれた。ここにいる人間には影がない。肉体だけがどこからともなくやってきて、森の中をひたすらさ迷うのだ。
人種も時代も関係ない。容姿や言語も多種多様だ。老若男女。様々だ。
皆、口々に現状の不満や不安を吐露している。影のない肉体同士は会話はできないが、すれ違う者同士の話が妙にマッチすることもある。世界情勢や経済問題、環境汚染、受験勉強、男女恋愛、家庭環境、嫁姑問題など対人関係の悩みを口にする者が多い。
ただ、絶望ばかりを嘆いてる者ばかりではなく、希望に満ち溢れている幸せ絶頂期の者も例外ではない。彼等はここに飛ばされて来たことに気付いていなく、体は現状を生きている。無意識に影のない状態で飛ばされているのだ。肉体は生きてはいるので幽霊ではないが、夜になると人魂と化しては、旅人を惑わしユラユラと漂う。
元の世界に残して来た未練や後悔、思い出、大事な物を断ち切れればこちらの人間になれるというが、その試練は計り知れない。そして、それを望む者もほんのひと握りだ。
そんな迷える魂達を統括して、その先へと導くのはシャドウとディルいう青年だ。歳は29。ディルは年齢は不詳だ。背格好からいって同じくらいに見えるが、言動に幼さが残るので、少年と言っていい。
シャドウは訳あって国王からの命令に従っていた。シャドウは長身で逞しい体躯に浅黒い肌。長い黒髪は束ねずに下ろしていた。邪魔くさい時もあるが、首元に巻いたチョーカーを隠せるのには重宝していた。隠しても無駄だとわかってはいるが、大っぴらに見せることもない。決して消えることはない罪人の証を。その罰の償いの為に王への忠義を固め、仕事を担う決心をしたのだ。
ディルも国王の命令でシャドウの監視を命じられていた。ディルは獣人で獣と人間の血を引く者だ。1日に1度のみ獣に変化する。切れ長の瞳に長い手足。美しい毛並みは夜鳴き鳥とは一転、真っ白だった。白というより艶やかな発色で、プラチナのように神々しい。
獣の姿でいればシャドウの監視もしやすいだろうという王のお達しであった。
人間の姿も白髪でも見目麗しい少年姿で、貴族の六男坊であっても、数々の女性からもてはやされていた。だが、獣人であることを知られてからは手のひらを返すように迫害を受けてきた。美しい肢体でも獣人は獣人。毛嫌いする者が多かった。獣人の中には人間に気を許して近付き、金を騙し取ったり命を狙う者も多かった。その為かディルへの対応も例外がなかった。
この経緯を聞いてディルをシャドウに遣わせたのはあまりにも非道な仕打ちに見えるが、これにもまた理由があるようだった。
シャドウにも慣れるまで時間がかかったが、シャドウはディルを対等に接してくれた唯一の人間で、次第に打ち解けていき、ついには相棒の位についたのだった。
*
今朝のことだ。空を覆っていた雲が割れた。隙間から青空が見える。カシャ、カシャと異様な音を立てながら、雲と見間違うような白い欠片がはらはらと落ちてきた。雪だ。
青空に舞う雪。風花。風に乗ってはらはら、はらはらと青々とした草原に舞い落ちる。晴れた冬の日などに起きる現象だが、シャドウは奇異な事だと顔をしかめた。こちらでは雪はおろか雨でさえ滅多に降らないのだ。見上げたその頬にも欠片は落ちて来た。ひとつ、ふたつ、と数える前に溶けて消えた。
「匂うね」
ディルの鼻がピクピクと動いた。
北の方を向くと山々が連なる峰が見えた。山頂には灯台と通信基地のアンテナが点々と設置されていた。
風の匂いが訪問者を予感させている。
「今日のはいつもと違うなぁ」
赤い舌を伸ばしてペロリと口の周りを舐めた。
「違うとは?」
シャドウはディルに習い、北の山を見た。いつもと変わらない山々だが、山頂に雨雲が集まり出していた。雨の少ないこの地では雨雲さえ珍しいのだ。
「…恵みの雨か、それとも招かれざる客か」
シャドウはディルと顔を合わせた。説明できない不穏な気配がした。
「前もあったよね。こんな変な天気の日が。あの日は」
昔見た文献だ。天変地異を予想だにしない最悪な日だった。朝から暗雲が立ち込め、太陽は姿を消し、海は荒れ波は立ち、雷鳴轟き、地は裂け、風は木々を揺らし、地鳴りは山を崩した。
それが1000年前の「影付き」の出現時に起きた天災だった。それからというもの、「影付き」が現れる時は未曾有の大惨事が起きるのが定説となった。
「…雨や風花で済めばたいしたことはないがな」
「そうだね」
2人はまた北山を見上げた。
**
「依頼だ」
日が陰って来た頃、シャドウとディルが住む山小屋に、国王からの書簡を使者が届けにきた。王城と同じ紋章のついた封蝋は重厚さを醸し出していた。紋章は蔦の葉と王仕鳥の図柄だ。使者はシャドウに手渡して数歩下がった。直ぐ開封して中身を確認しろ、の意。シャドウは無言のままペーパーナイフで書簡を開けた。封蝋は傷付かず重厚さを残したままだ。
目で文面を追った。他愛もない季節の挨拶は飛ばし、ある一文に目を止めた。
「影付き…だと?」
シャドウの呟きに書簡を持って来た使者と、ドアの前に待機していたディルの片耳がぴくりと動いた。
まさかと言わんばかりにシャドウは使者と目を合わせた。先ほどまで無関心だった使者の顔がみるみるうちに驚きを隠せなくなっていた。今朝の風花はやはり「影付き」が現れたサインだったのだ。
「じきに夜になるぞ」
地平線に夕日が沈んで行く。雨雲はどんどん色濃くなり、夕日を丸呑みにしているように見えた。
森に迷い込んだなら大人でも危険が生じる。夜になると動き出す動物や人魂がいるからだ。手練れた兵士でさえ、夜の森には近づかない。野営ともなれば煌々と灯りをつけて警戒に当たる。それほど夜は危険なのだ。ましてこの世界に来たばかりの人間が無事に森を抜けられるとは到底思えない。森を抜けることが試練のひとつだとしたら、王はだいぶ意地悪だ。
「行けますか?」
シャドウは使者と手紙を交互に見やる。日没になると鳴き出す鳥の声がルルル、ルルルと響いた。夜鳴き鳥だ。その姿は夜の闇に溶け込む程に黒く、雄は長い尾を持ち、額だけが紅い。滅多に人には寄りつかず、高い木のてっぺんにいて地上を見下ろしている。王に仕える鳥とも言われている。
「王からの依頼を断る理由がない」
シャドウは身支度を整えた。外套を羽織り、腰には木刀を下げた。罪人の為、剣や武器になる物は持てないのが決まりだ。動物避けの薬や応急処置の出来る包帯や薬草、ランプの代わりになる発光石のついたネックレスを首にかけた。
「頼みましたよ」
使者に会釈をして小屋を出た。雨雲が月を飲み込み、辺りは闇に包まれた。
「行くぞ。ディル」
ディルは先に外に出ていた。闇に勝る美しい白金の体が道を照らしていた。
「間に合う?」
ディルは少し眉を寄せて心配そうにシャドウを見上げた。
「間に合わせる」
シャドウは言葉少なめにディルを一瞥して森に向かった。
気象事変で舞い落ちて来た雪と、失望と悲壮感マックスで異世界に落ちた泉原 雪。
出会うのはすぐ、そこ。
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