大人のためのファンタジア

深水 酉

文字の大きさ
4 / 210
第1部 第1章

3 統べく者たち

しおりを挟む
 
-----------------------------------------------------

 さ迷う森に今日も1つ体が運ばれた。ここにいる人間には影がない。肉体だけがどこからともなくやってきて、森の中をひたすらさ迷うのだ。
 人種も時代も関係ない。容姿や言語も多種多様だ。老若男女。様々だ。
 皆、口々に現状の不満や不安を吐露している。影のない肉体同士は会話はできないが、すれ違う者同士の話が妙にマッチすることもある。世界情勢や経済問題、環境汚染、受験勉強、男女恋愛、家庭環境、嫁姑問題など対人関係の悩みを口にする者が多い。
 ただ、絶望ばかりを嘆いてる者ばかりではなく、希望に満ち溢れている幸せ絶頂期の者も例外ではない。彼等はここに飛ばされて来たことに気付いていなく、体は現状を生きている。無意識に影のない状態で飛ばされているのだ。肉体は生きてはいるので幽霊ではないが、夜になると人魂と化しては、旅人を惑わしユラユラと漂う。
 元の世界に残して来た未練や後悔、思い出、大事な物を断ち切れればこちらの人間になれるというが、その試練は計り知れない。そして、それを望む者もほんのひと握りだ。
 そんな迷える魂達を統括して、その先へと導くのはシャドウとディルいう青年だ。歳は29。ディルは年齢は不詳だ。背格好からいって同じくらいに見えるが、言動に幼さが残るので、少年と言っていい。
 シャドウは訳あって国王からの命令に従っていた。シャドウは長身で逞しい体躯に浅黒い肌。長い黒髪は束ねずに下ろしていた。邪魔くさい時もあるが、首元に巻いたチョーカーを隠せるのには重宝していた。隠しても無駄だとわかってはいるが、大っぴらに見せることもない。決して消えることはない罪人の証を。その罰の償いの為に王への忠義を固め、仕事を担う決心をしたのだ。
 ディルも国王の命令でシャドウの監視を命じられていた。ディルは獣人で獣と人間の血を引く者だ。1日に1度のみ獣に変化する。切れ長の瞳に長い手足。美しい毛並みは夜鳴き鳥とは一転、真っ白だった。白というより艶やかな発色で、プラチナのように神々しい。
 獣の姿でいればシャドウの監視もしやすいだろうという王のお達しであった。
 人間の姿も白髪でも見目麗しい少年姿で、貴族の六男坊であっても、数々の女性からもてはやされていた。だが、獣人であることを知られてからは手のひらを返すように迫害を受けてきた。美しい肢体でも獣人は獣人。毛嫌いする者が多かった。獣人の中には人間に気を許して近付き、金を騙し取ったり命を狙う者も多かった。その為かディルへの対応も例外がなかった。
 この経緯を聞いてディルをシャドウに遣わせたのはあまりにも非道な仕打ちに見えるが、これにもまた理由があるようだった。
 シャドウにも慣れるまで時間がかかったが、シャドウはディルを対等に接してくれた唯一の人間で、次第に打ち解けていき、ついには相棒の位についたのだった。




 今朝のことだ。空を覆っていた雲が割れた。隙間から青空が見える。カシャ、カシャと異様な音を立てながら、雲と見間違うような白い欠片がはらはらと落ちてきた。雪だ。
 青空に舞う雪。風花。風に乗ってはらはら、はらはらと青々とした草原に舞い落ちる。晴れた冬の日などに起きる現象だが、シャドウは奇異な事だと顔をしかめた。こちらでは雪はおろか雨でさえ滅多に降らないのだ。見上げたその頬にも欠片は落ちて来た。ひとつ、ふたつ、と数える前に溶けて消えた。

 「匂うね」
 ディルの鼻がピクピクと動いた。
 北の方を向くと山々が連なる峰が見えた。山頂には灯台と通信基地のアンテナが点々と設置されていた。
 風の匂いが訪問者を予感させている。
 「今日のはいつもと違うなぁ」
 赤い舌を伸ばしてペロリと口の周りを舐めた。
 「違うとは?」
 シャドウはディルに習い、北の山を見た。いつもと変わらない山々だが、山頂に雨雲が集まり出していた。雨の少ないこの地では雨雲さえ珍しいのだ。
 「…恵みの雨か、それとも招かれざる客か」
 シャドウはディルと顔を合わせた。説明できない不穏な気配がした。
 「前もあったよね。こんな変な天気の日が。あの日は」
 昔見た文献だ。天変地異を予想だにしない最悪な日だった。朝から暗雲が立ち込め、太陽は姿を消し、海は荒れ波は立ち、雷鳴轟き、地は裂け、風は木々を揺らし、地鳴りは山を崩した。
 それが1000年前の「影付き」の出現時に起きた天災だった。それからというもの、「影付き」が現れる時は未曾有の大惨事が起きるのが定説となった。
 「…雨や風花で済めばたいしたことはないがな」
 「そうだね」
 2人はまた北山を見上げた。


**


 「依頼だ」

 日が陰って来た頃、シャドウとディルが住む山小屋に、国王からの書簡を使者が届けにきた。王城と同じ紋章のついた封蝋は重厚さを醸し出していた。紋章は蔦の葉と王仕鳥の図柄だ。使者はシャドウに手渡して数歩下がった。直ぐ開封して中身を確認しろ、の意。シャドウは無言のままペーパーナイフで書簡を開けた。封蝋は傷付かず重厚さを残したままだ。
 目で文面を追った。他愛もない季節の挨拶は飛ばし、ある一文に目を止めた。
 「影付き…だと?」
 シャドウの呟きに書簡を持って来た使者と、ドアの前に待機していたディルの片耳がぴくりと動いた。
 まさかと言わんばかりにシャドウは使者と目を合わせた。先ほどまで無関心だった使者の顔がみるみるうちに驚きを隠せなくなっていた。今朝の風花はやはり「影付き」が現れたサインだったのだ。
 「じきに夜になるぞ」
 地平線に夕日が沈んで行く。雨雲はどんどん色濃くなり、夕日を丸呑みにしているように見えた。
  森に迷い込んだなら大人でも危険が生じる。夜になると動き出す動物や人魂がいるからだ。手練れた兵士でさえ、夜の森には近づかない。野営ともなれば煌々と灯りをつけて警戒に当たる。それほど夜は危険なのだ。ましてこの世界に来たばかりの人間が無事に森を抜けられるとは到底思えない。森を抜けることが試練のひとつだとしたら、王はだいぶ意地悪だ。
 「行けますか?」
 シャドウは使者と手紙を交互に見やる。日没になると鳴き出す鳥の声がルルル、ルルルと響いた。夜鳴き鳥だ。その姿は夜の闇に溶け込む程に黒く、雄は長い尾を持ち、額だけが紅い。滅多に人には寄りつかず、高い木のてっぺんにいて地上を見下ろしている。王に仕える鳥とも言われている。
 「王からの依頼を断る理由がない」
 シャドウは身支度を整えた。外套を羽織り、腰には木刀を下げた。罪人の為、剣や武器になる物は持てないのが決まりだ。動物避けの薬や応急処置の出来る包帯や薬草、ランプの代わりになる発光石のついたネックレスを首にかけた。
 「頼みましたよ」
 使者に会釈をして小屋を出た。雨雲が月を飲み込み、辺りは闇に包まれた。
 「行くぞ。ディル」
 ディルは先に外に出ていた。闇に勝る美しい白金の体が道を照らしていた。
 「間に合う?」
 ディルは少し眉を寄せて心配そうにシャドウを見上げた。
 「間に合わせる」
 シャドウは言葉少なめにディルを一瞥して森に向かった。


 気象事変で舞い落ちて来た雪と、失望と悲壮感マックスで異世界に落ちた泉原 雪。
 
 出会うのはすぐ、そこ。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。 野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。 しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。 適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。 冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。 しかし本人を含めて誰も知らなかった。 マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――! ※以下、この作品における注意事項。 この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。 キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。 (旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします) 再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。 全252話、2021年3月9日に完結しました。 またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる

葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...