大人のためのファンタジア

深水 酉

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第3章

20 変わらないことなど…ない?

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 「狡猾だなんて思ってもないこと言われてびっくりしちゃった。何て声をかけていいかわからなかったよ」
 「…」
 「どうしてそんなふうに話したんだと思う?」
 ねえねえとキアは眉間に皺を寄せた。
 呼び出しに応じたらロイの話ばかりだ。なんなんだ。
 そんなことオレが知るかと、キハラは今にも口に出してキアを追い払おうとしていた。
 いちいち他人の事情に巻き込まれて、つくづくめんどくさいヤツだなとも思っていたようだ。
 「本人がそう思ったんならそれがすべてだろ」
 ただの愚痴に親身になりすぎだ。
 「ロイさんはそんな人じゃないよ!」
 唇を尖らせて反論するキアに、キハラは低い声で反論した。
 「お前がロイの何を知っているというんだ」
 「…む、昔のことは知らないけれど、人となりはわかるよ。優しい人だよ。穏やかで力持ちで頼もしい。子ども達も大好きだし、ムジさんやみんなからも信頼されている」
 獣人だからと己れを卑下しない。いや、していたか。卑下というか受け入れていた。あれは諦めていたようにもとれるのかな。
 キアは言葉を飲み込んだ。
 「…お前や村の連中みたいな第三者から見れば善人なんだろうが、城でずっと奴隷扱いをされてきた獣人等ヤツらにとってみれば、苦労知らずなお気楽者と思う者もいるだろうな」
 「家族と暮らしていたことを黙っていたことはそんなに悪いこと?」
 「獣人なら実の子でも捨てる親も少なくない。そんな連中から見たらロイは恵まれているほうだ」
 「そんな…」
 「わざわざしたくもない苦労をしに行くのは馬鹿げてる。そう思うのは普通だろう。そんな自分はみんなの苦労も知らないお気楽野郎だ。なあ、お前もそう思うだろう?と言われたなら、ああそうだねと返すしかないだろう」
 ロイも本望だろう。
 「そんな言い方…!」
 「アイツはお前に慰めてもらいたいわけじゃない。己れの心の内に隠していたことを吐き出したかっただけだ」
 いちいち反応するな。気にする問題ではないとキハラは辟易顔だ。
 「城に捕まっていた獣人が狡いと言うのならわかるが、立場の違うお前がああだこうだ言っても何にもならん」
 だからお前が気に病む必要はないのだと、キハラはキアに声をかけたがったが、キアの眉間の皺はぐっと深く堀を作った。まだ納得はしていない顔だ。
 「…ロイのことより、あの犬っころはどうなった?」
 「ディルさんね」
 話題を変えられた挙句に軽口を叩かれて、キアはムッとした。犬じゃないよとキュッ眉を吊り上げてキハラを見つめた。
 キハラはプイッと視線をずらした。いちいち睨むなとでも言いたげだ。
 (だいたい何でオレに他の男の話をしに来るのだ。腹が立つ!オレに対する気遣いはどこに行った!?)
 キアに降りかかる余計な諍いや問題ごとは、例え小さなことでも潰しておきたい。そう思うことの意味をキアこいつはわかっていない。つがいに降りかかる問題はいずれオレも巻き込んでいくからだ。
 問題ごとに自ら頭を突っ込んで何になるんだ。
 だいたいロイもロイだ。近くにいて都合が良かったのかもしれないが、キアこいつの優しさにもたれかかるな。
 そんなめんどくさいことに構っていたくない。いつまでも平穏な暮らしができるこそが幸せなことをキアはわかっていない。
 平穏が当たり前にあるのではない。不穏にならないよう日頃から気をつけることが大事なのだ。
 だいたいキアを番にしてから、いろいろなことが起きている。
 そもそも何でこいつを見つけたんだか。
 キハラはキアに初めて出会った時のことを思い返した。
 いつも通りに水中を散策していたら、どこからともなくフッと現れた。
 無数の白い花弁と一緒に水底に現れた。一瞬、視界が奪われたほどだ。水中にも関わらず、ムワッと嫌な匂いが充満した。花の香りがした。水に溶け出した歪な香りに鼻が曲がった。腐ったような異臭だ。知らない花の種類だ。見たことがなかった。少なくともこの森には咲いていない。
 真っ白な花弁とは対極に、こいつは血だらけだった。
 全身傷だらけで首には圧迫痕があった。かなり強い力で締められたのがよくわかった。抵抗した痕もくっきりあった。もちろん意識はない。だらんと力なく動かない体に腹が立ったのを覚えている。
 神聖な住処に死体を放り込んだ不届き者がいるのだ。オレは咥えて陸に放り投げた。そのうち朽ちていくか村の連中が埋葬するだろうくらいにしか思ってなかった。
 無論どこの誰とか名前も身分もわからない。
 どうでもいいとは思ったが、視界の端に映る変化にはすぐに気がついた。
 陸に上げた途端に、まとわりついていた花弁が体から離れた。体の傷も癒えていた。死体は水を吐き出し、呼吸をし出した。生き返ったのだ。頭の先から足の先まで、殻を剥いたように姿を変えた。異様な気分になったが、すぐに番になるように迎え入れていた。
 キアラとの入れ違いが起きたことにも気がついていなかった。


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