148 / 210
第3章
20 変わらないことなど…ない?
しおりを挟む-----------------------------------------------
「狡猾だなんて思ってもないこと言われてびっくりしちゃった。何て声をかけていいかわからなかったよ」
「…」
「どうしてそんなふうに話したんだと思う?」
ねえねえとキアは眉間に皺を寄せた。
呼び出しに応じたらロイの話ばかりだ。なんなんだ。
そんなことオレが知るかと、キハラは今にも口に出してキアを追い払おうとしていた。
いちいち他人の事情に巻き込まれて、つくづくめんどくさいヤツだなとも思っていたようだ。
「本人がそう思ったんならそれがすべてだろ」
ただの愚痴に親身になりすぎだ。
「ロイさんはそんな人じゃないよ!」
唇を尖らせて反論するキアに、キハラは低い声で反論した。
「お前がロイの何を知っているというんだ」
「…む、昔のことは知らないけれど、人となりはわかるよ。優しい人だよ。穏やかで力持ちで頼もしい。子ども達も大好きだし、ムジさんやみんなからも信頼されている」
獣人だからと己れを卑下しない。いや、していたか。卑下というか受け入れていた。あれは諦めていたようにもとれるのかな。
キアは言葉を飲み込んだ。
「…お前や村の連中みたいな第三者から見れば善人なんだろうが、城でずっと奴隷扱いをされてきた獣人等にとってみれば、苦労知らずなお気楽者と思う者もいるだろうな」
「家族と暮らしていたことを黙っていたことはそんなに悪いこと?」
「獣人なら実の子でも捨てる親も少なくない。そんな連中から見たらロイは恵まれているほうだ」
「そんな…」
「わざわざしたくもない苦労をしに行くのは馬鹿げてる。そう思うのは普通だろう。そんな自分はみんなの苦労も知らないお気楽野郎だ。なあ、お前もそう思うだろう?と言われたなら、ああそうだねと返すしかないだろう」
ロイも本望だろう。
「そんな言い方…!」
「アイツはお前に慰めてもらいたいわけじゃない。己れの心の内に隠していたことを吐き出したかっただけだ」
いちいち反応するな。気にする問題ではないとキハラは辟易顔だ。
「城に捕まっていた獣人が狡いと言うのならわかるが、立場の違うお前がああだこうだ言っても何にもならん」
だからお前が気に病む必要はないのだと、キハラはキアに声をかけたがったが、キアの眉間の皺はぐっと深く堀を作った。まだ納得はしていない顔だ。
「…ロイのことより、あの犬っころはどうなった?」
「ディルさんね」
話題を変えられた挙句に軽口を叩かれて、キアはムッとした。犬じゃないよとキュッ眉を吊り上げてキハラを見つめた。
キハラはプイッと視線をずらした。いちいち睨むなとでも言いたげだ。
(だいたい何でオレに他の男の話をしに来るのだ。腹が立つ!オレに対する気遣いはどこに行った!?)
キアに降りかかる余計な諍いや問題ごとは、例え小さなことでも潰しておきたい。そう思うことの意味をキアはわかっていない。番に降りかかる問題はいずれオレも巻き込んでいくからだ。
問題ごとに自ら頭を突っ込んで何になるんだ。
だいたいロイもロイだ。近くにいて都合が良かったのかもしれないが、キアの優しさにもたれかかるな。
そんなめんどくさいことに構っていたくない。いつまでも平穏な暮らしができるこそが幸せなことをキアはわかっていない。
平穏が当たり前にあるのではない。不穏にならないよう日頃から気をつけることが大事なのだ。
だいたいキアを番にしてから、いろいろなことが起きている。
そもそも何でこいつを見つけたんだか。
キハラはキアに初めて出会った時のことを思い返した。
いつも通りに水中を散策していたら、どこからともなくフッと現れた。
無数の白い花弁と一緒に水底に現れた。一瞬、視界が奪われたほどだ。水中にも関わらず、ムワッと嫌な匂いが充満した。花の香りがした。水に溶け出した歪な香りに鼻が曲がった。腐ったような異臭だ。知らない花の種類だ。見たことがなかった。少なくともこの森には咲いていない。
真っ白な花弁とは対極に、こいつは血だらけだった。
全身傷だらけで首には圧迫痕があった。かなり強い力で締められたのがよくわかった。抵抗した痕もくっきりあった。もちろん意識はない。だらんと力なく動かない体に腹が立ったのを覚えている。
神聖な住処に死体を放り込んだ不届き者がいるのだ。オレは咥えて陸に放り投げた。そのうち朽ちていくか村の連中が埋葬するだろうくらいにしか思ってなかった。
無論どこの誰とか名前も身分もわからない。
どうでもいいとは思ったが、視界の端に映る変化にはすぐに気がついた。
陸に上げた途端に、まとわりついていた花弁が体から離れた。体の傷も癒えていた。死体は水を吐き出し、呼吸をし出した。生き返ったのだ。頭の先から足の先まで、殻を剥いたように姿を変えた。異様な気分になったが、すぐに番になるように迎え入れていた。
キアラとの入れ違いが起きたことにも気がついていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~
壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。
野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。
しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。
適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。
冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。
しかし本人を含めて誰も知らなかった。
マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――!
※以下、この作品における注意事項。
この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。
キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。
(旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします)
再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。
全252話、2021年3月9日に完結しました。
またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる
葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる