大人のためのファンタジア

深水 酉

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第3章

21 疑問

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 「キハラ?どうしたの」
 突然黙り込んだ主神にキアは慌てた。感情に任せて言いたい放題な態度をとってしまったことを今になって反省しだした。
 「ごめんなさい。言い過ぎました。相談に乗ってくれたのに怒っちゃって…本当にごめんなさい」
 しゅんとして肩を下げ、頭を垂れた。
 「あん?」
 キハラは声の主を見下ろした。小さく体を寄せて目を伏せている。弱々しい。ただの村娘だ。最初に見た異様さは今はない。
 「……もういい」
 オレもどうかしていた。今さらこいつが何であれ受け入れることを決めたのは、紛れもなくオレ自身だ。
 世界を股にかけた大泥棒でも、裏切り者の逃亡者でも、非道の限りを尽くした極悪人でも、だ。それら、どれでもないことは既に承知だ。
 キハラはキアの髪にフッと息を吹きかけた。前髪がふわっと動き、キアは顔を上げた。
 「そろそろチビ供が目を覚ますだろう。早く戻れ」
 「…うん」
 「犬…の獣人のヤツには、薬を湯に溶いてやれ。アンジェが出す薬のままでは飲みにくいだろう」
 「うん。そうする」
 見つめ合っていても何ら不思議に思うことはない。瞳の奥の光も静かなままだ。昔の記憶は戻らないままだが、今は上手く生きれている。不穏を感じる空気はない。こいつには何も感じない。
 「行け」
 キハラはふいと踵を返し、水の中に消えた。
 しばらくしてキハラは動きを止めた。納得した筈だが、どうも何かが引っかかる。不可解な靄が頭の中を占領していた。
 ここ最近になって森への人の出入りが多い気がする。宿泊客はさておき、日帰り客にしても、例年と比べるとだいぶ増えた。
 キアを迎えてからすぐに、王城の調査団が来た。ロイも来た。村人の手伝いをしながら今も滞在している。
 その後の花祭りにも観光客が大勢来た。どこからと儀式の噂を聞きつけて来た。目当てはオレと、オレの側にいるキア。そのさなか、嵐の中に紛れてキアの夢に出てきた獣人が現れた。
 「…キアを起点に人が集まっている?」
 この推測でいくと、この先も誰かが来る。
 誰が、何の為に?


 ……なんだか外が騒がしい。話し声がする。
 笑い声は子どもかな。話し声は女の人と、あとはロイかな。声に張りがないな。どうしたんだ。
 僕のこと気にしてるのかな?
 ボロクソ状態の人を見ると、如何に自分がちっぽけで、つまらないことで悩んでるんだなあと錯覚することがある。
 でもそれは錯覚なんかじゃない。
 その人の悩みはその人のものであって、他のものと比べたりするものじゃない。満天の星空の下にいる自分はなんてちっぽけなんだと思う時もあるだろうけど、そりゃ規模の差だ。夜空と人間一人の比較すること自体がおかしい。
 だから何が言いたいかと言うと、傷ついた人を見て、自分が如何に幸せ者だとか怠け者だとか気を遣う必要などないってことだ。
 ロイ。辛そうだったな。声が感情に押し潰されそうだった。気にしすぎだろ。家族と生きられてよかったじゃないか。
 考え方は人それぞれあるんだから、わざわざ僕と比べる必要なんかないんだ。
 僕だって元は貴族のボンボンだよ。獣人になる前はそれなりに楽しくやっていたよ。だから、あんまり言わない方がいい。傷ついてる自分を可哀想に見せてるだけじゃないかって、意地悪な声が聞こえて来そうだ。
 育ちの違い。環境の違い。考え方の違い。
 色々あって当然だ。
 僕らは獣人であっても、一人一人別の人間なのだから。
 獣人だからって、全員分の苦しみを引き受けていたらキリがない。亡くなった仲間達の魂は来世はもっと自由に生きられるものになって欲しいと願う。
 僕がそう思うように。もっと自由に。どこまでも旅をしたり。好きなものを食べたり。好きな人を作ったり。家族を持ったり。生きて。生きて。笑って。歌って。幸せに。
 「……マ…リ…」
 子ども達の声がする。きゃあきゃあ楽しげな声だ。弾んでおどけて。花でも咲かせそうじゃないか。
 ああ、花と言えば、マリーはどうしているだろうか。神殿を立て直すと天冠の巫女を拝命した。
 今もずっと忙しいんだろうな。体を壊してないか。無理をしていないか。
 もうしばらく顔を見てない。あの泣き虫面は今もあのままか。連絡も取れない。手紙でも書くべきか。
 ああ、でも体が動かない。犬のままじゃ何もできない。無力なのは僕だって同じさ。
 「…ディルさん?」
 カーテン越しに聞こえてきた微かな声に、キアは反応した。
 子ども達が蹴飛ばした布団をかけ直し、ディルが眠るベッドに駆けつけた。そっとカーテンを開け、中を覗いた。
 ディルは横たわったままだ。体をぎゅっと丸めて背骨が浮いて見えた。
 「気のせいかな」
 声が聞こえた気がした。
 キアはディルの背中からはだけた布団をかけ直した。体温がだいぶ下がっていた。
 「…ディルさんが呟いている人は、ディルさんの今の状態を知っているのかな。もし連絡が取れないでいたら心配だよね」
 途切れ途切れに聞こえる誰かを呼ぶ声。
 「レアシス」「シャドウ」「ユキ」
 今のは「マリー」かな?
 レアシスは仲間だと言っていた。同じ獣人だと。
 他にも探していると言っていた。早く人間に戻って旅を再開しないといけない。やることがたくさんあるんだと頭を悩ませていた。
 こんなに苦労しているひとを悲しませたくないな。早く傷が治ればいいのに。
 キアは祈るように目を閉じた。
 「いいなあ」
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