大人のためのファンタジア

深水 酉

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第4章

1 シャドウ

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 とかげの魔女といい、ザザのマヌエラといい、旅の道中は人の話をろくすっぽ聞かない女性ばかりと出会ってきた。しかも揃いも揃って口喧しい。
 シャドウは思い出してはグッタリ気味だ。
 だが胃液が上がってくるのは彼女達のせいではない。
 遡ること数時間前。門所を通る申請の長い列に飽きていた頃だ。前方の団体がつかえていて、一向に動きそうにない。
 「こりゃ参ったね」と行列のあちこちから不満の声が漏れる。「お腹空いたぁぁ」と愚図る子どもたちの声もあちこちから聞こえてきた。
 門所の前には複数の露店が出ていた。ちょうど昼時だ。焼き立て、作り立てのおいしそうな匂いに釣られて店の前には人集りができていた。シャドウも列を離れ、ふらりと覗くことにした。申請には時間がかかりそうだ。ちょうど腹も減っていたし、携帯食糧もいくつか買おうと思っていたところだから都合がいい。
 「いらっしゃいませ!」と笑顔が溢れる。男も女も活き活きとしていた。
 シャドウは口元に手を置いた。声のトーンに釣られて自分の口角も緩くなっているのがわかるほどだった。
 活力が漲る。人が元気なのはいい事だ。ザザを抜けて、ここまで色々な土地を見てきた。
 いくつかの悩み事の大小はあれど、争い事などはなく、平和だった。
 田舎町で、人も家畜も町も穏やかで、のんびりとしていた。道の真ん中を家畜の群れが横断したり、一人旅のシャドウを囲んで井戸端会議が始まったり。広大な土地と空の端は見えないほど。時間の流れが他所とは違うみたいだ。城や神殿の話は一切聴こえてこない。
 新しい情報の乏しさは難アリだが、シャドウはだいぶ解放感を得ていた。まだ何も解決はしていないのだが、肩の力が抜けていた。
 表情も明るくなっていた。首に付けていたチョーカーの跡を気にして、髪は下ろしたままだったが、今はひとつにまとめている。首周りがすっきりして風通しがいい。そのせいもあって、明るく見えているのだろう。たまに黄色い声もかけられるが、本人は何のことだかまったくわかっていない。
 ひとまず干した肉と魚と野菜。木の実。果実の砂糖漬け。簡単な応急処置用の包帯などを買った。旅はまだ長くかかるだろうから、当座のものは用意しておいた。
 道の端っこで荷物の整理をしていたところ、隣に店を広げていた男から声をかけられた。
 「旅人さん。これどうぞ!食べてって!」
 渡されたのは野菜がゴロゴロ入ったスープだ。
 「ああ、うまそうだな。いくらだ?」
 「いいよいいよお代なんか!サービスサービス」
 「…あ、ありがたい」
 「どうぞどうぞ遠慮なくどうぞ~っ」
 男は満遍な笑みでシャドウを見つめた。シャドウは戸惑いながらも出来立ての熱々のスープカップを手のひらに抱えた。スープの熱が手から伝わってきた。口に入れれば体中に染みてきた。
 「うまい!」
 「でしょ!!うちの野菜はどれも新鮮だからね~」
 味付けは塩とスパイス。シンプルな味付けだが、野菜が多いから飽きがない。芋や根菜、葉ものやきのこも大量に入っていた。海のものばかりを食べていたから野菜は久しぶりだった。
 「森は冷えるからね」
 男の言葉に返事をしようとしたら、もう別の客を相手にしていた。おしゃべり好き同士のようで言葉を挟めない。シャドウは空いた容器を軒先に置き、目配せだけをして店主に挨拶をした。
 「またどうぞ~!」
 男は話の端を折ってシャドウに手を振った。どの客にも隔たりなく接する態度には関心した。シャドウも軽く手を振り返した。
 その後もやたらと試食をさせられた。新鮮だとは言え、肉やら魚やら野菜、果物と温かいものと冷たいものを次から次へと口に運んでいけば具合が悪くなるのも当然だ。
 断れない性格が仇となっていた。そうこうしている間に日は暮れだし、申請の順番が回ってきた。
 「旅人さん。顔色悪いよ。大丈夫かい?」
 門所のハゼルが心配そうにシャドウの顔を覗き込んだ。
 「……腹…が」
 「旅人さんここは初めてでしょう?ここらで店広げてる人達は、初めての人にはサービスするのが暗黙の決まりだからさ~」
 結構ノリノリでサービスしちゃうんだよねとケラケラと笑った。良かれと思ってやってるから悪く思わないでねと薬湯を出してきた。
 「この森の先のアンジェという薬師の薬湯だよ。結構効くから飲んどくといいよ」
 「…ありがたい」
 廃色がかった悪臭のするドロドロとした薬湯をシャドウはちみちみと口に運んだ。
 「見た目アレだけど良く効くから」
 「……」
 この言葉に拍車がかかり、シャドウは縋るように飲み干した。匂いがどうとか言ってる場合ではないのだ。
 喉に突っかかるような溶けきれてない塊も、口直しに出された水で流し込んだ。
 「……ふう」
 「はいっ。おつかれさま」
 ハゼルは笑いを堪えながら申請書に目を落とした。
 「ええと…。シャドウさんね。シャドウ・ルオーゴさん。神殿から来たの?ずいぶん遠くから来たね!」
 「ザザを経由して来た」
 「ふうん。ここには何の用で来たの?観光?仕事?」
 「人探し」
 大抵どこでも同じことを聞かれる。どこに行くのか。目的は何なのか。
 「あと、ラボとかいう場所に行きたい」
 「えっ」
 「(何かまずいことを言ったか?)…この先にあると聞いたのだが」
 「あ、いや…」
 明らかに顔色を変えるハゼルに、シャドウは目を離せなかった。
 「…あることはあるんだけど、ど」
 語尾がうまく聞き取れなかった。ごにゃごにゃと。どうやらまずいことを言ったようなのは間違いないようだ。
 「シャドウさんはどうしてそこに行きたいの?」
 「…詳しくは言えないが、転移者について調べている」
 咄嗟に、【影付き】というワードは伏せておくことにした。ザザの転移者は知らないと言っていたからなおさらだ。ルクツォークと近隣の国にしか伝わってないとしたら、余計に話がこじれる。
 「……ちょ、ちょっと待っててくれる?」
 「…ああ」
 ハゼルは奥に引っ込んでしまった。にこやかな笑みは消え、どこか焦っているような、うんざりしているようにも見えた。奥にいる人間と話し込んでいてしばらく出てこなかった。

 

 そしてここに来てまた、厄介そうな老婆に会うこととなる。
 「ここに何の用だ」
 「……は」
 見るからに怪訝な目つきでこちらを睨んでくる。
 シャドウは言葉に詰まってしまった。
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