大人のためのファンタジア

深水 酉

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第4章

2 ラボへの道

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 「他所から来た人にはわからないと思うけど、あそこはいわくつきであまり人は寄り付かないんだ」
 「ほう」
 シャドウはハゼルの話を聞きながらお茶を啜った。
 「うちの村にいた人が研究していて、学者さんでね。サディカさんていうんだけど。これがまた頭がいい人でね。真面目で面倒見もよくておまけに顔もいい。シダル婆さんの自慢の息子だったよ」
 「だった?」
 「あー、だから、その、ね」
 歯切れの悪い言い方だ。つい先頃の談話とはレベルが違う。これは本当にまずいことを聞いてしまったのかもしれないとシャドウはますます目が逸らせなくなっていた。
 「そのサディカという人が今もそこにいるのか?」
 「えー、あー、まあ。一応…?」
 ハゼルの目は泳いでいる。
 誤魔化しているのか。自信がないのか。秘密なのか。
 あるいは本当に知らないのか。
 「俺は話が聞きたいんだ。異世界転移者について」
 「…シャドウさんは異世界なんてホントにあると思ってんの?」
 ハゼルは少々呆れ気味の声を発した。何度も聞かされて飽き飽きしているのか、信用していない顔つきだ。資料の端に折り目を付けていじっていた。
 「にわかには信じがたいが…」
 夢物語だと言ってのけたい気持ちはわからなくもない。ヴァリウスの命令で試練の森で転移者と対応するまでは信じていたかどうかも定かではない。
 ただの迷い人だと思うこともあった。
 だが、雪が現れた。
 それも【影付き】として。
 それは紛れもない事実だ。証言台に立てる人間はオレ以外にもたくさんいる。
 雪の存在をなかったことになどできない。
 【影付き】と口に出せればもう少し話がしやすいと思うが、迂闊には出せない。シャドウは慎重に言葉を選ぶ。
 「だよね?」
 ハゼルは笑い話のように受け止めているようだ。
 真っ向から信じて無い素振りだ。
 信じていない者の前では混乱のもとになると思い、やはりシャドウは口は噤もうと決めた。
 「だって、異世界なんておとぎ話だよ!?転移者なんて聞いたことがない。どこから来たのかわからないんでしょ?得体の知れないのがどこかに紛れ込んでるなんて、どう考えたって怖いじゃないか!」
 ハゼルは口に出した途端に違和感を覚えた。
 自分が発した言葉が、どこかで聞いたことのある話だと首を捻る。
 どこだっけ?
 「それをサディカとやらは研究しているんだろう?」
 「あ、そうそう。そこが謎なんだよね。なんだってサディカさんはそんなことをしていたんだか…」
 研究の真意は誰もわからないままのようだ。内容もハゼル達はわかっていないようだった。
 シャドウは低く唸るも、雪の手がかりを見つけるためには何がなんでもラボに行く必要があった。ここで諦めるわけにはいかなかった。
 「それにだいぶ奥まってるところにあるから、行くのに時間がかかる。今日は無理だよ。今からじゃ夜になる」
 夜の森の危険さは、子どもの頃から親や上級者に教え込まれている。まだ日があるからと迂闊に入って、夜になって立ち往生することは大人になってもザラにある。
 「この森は野営は禁止だからね」
 キハラにドヤされる。
 「俺はここに来ることを目的にしていた。何があるかは自分の目で確かめたい」
 シャドウの真っ直ぐな姿勢に、ハゼルや、奥にいる人達が顔を見合わせて両手を広げた。仕方ないと頷き合った。
 「…あ~、もう!わかりましたよ。明日、ご案内します!」
 何を言ってもシャドウは説得できないとハゼルは早々に白旗をあげた。もう無理。お手上げだ。
 「ありがたい」
 「ただし!あなたが求めているものと違っても僕たちに当たらないでくださいよ」
 「行ってみて考える」
 まずはそれからだ。
 ハゼルが頭を抱えてる間に、後ろからコソコソと話しているのが聞こえて来た。
 「もうしょうがないね」
 「こうなったら見たほうが早い」
 「心配ない。早々に諦めて帰って来るさ」
 しつこいと突っぱねられるかと思っていたが、門所の人間の態度の良し悪しはあれど、対応は丁寧だった。
 「…あなたがたは異世界転移者を信じてないにしても、ラボのことは大事にしているんだな」
 「ええ。ラボというよりはサディカさん、いやシダル婆さんを思うとね。不憫でならないんだよ」
 「一人息子が出て行ってしまって相当ダメージ受けているよ」
 「悪い女に引っかかったって話もあったよね」
 「口の悪さに拍車がかかったよね」
 時折笑みが溢れるも、母と息子を案じては溜息が漏れた。
 「ほら、新しく来た女の子にもずいぶんキツく当たってたじゃない」
 「そうそう。あれは可哀想だったわ」
 「ねえ」
 「確かアドルも絡まれていたわね」
 「ナユタ」「アンジェ」「ムジ」
 あれよあれよと被害者の名前が上がる。問題があるのは母親の方ではないかとシャドウは頭をひねる。
 「なんだかんだあっても、母親だもの。出て行った息子こどもを想わないはずがないわ」
 かなり強引だが、上手いことまとめたなとシャドウは感心した。
 母親が我が子を想う気持ちとやらは経験がない分よくはわからないが、大事な人の帰りを待つ辛さは痛いほどわかる。
 時間の流れがひどく遅く感じるのだ。その感覚は未だ消えない。

 「……明日。よろしく頼む」
 シャドウは深く頭を下げた。
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