154 / 210
第4章
4 ディルの決意
しおりを挟む-----------------------------------------------
ムジの宿場は広場の先にある。広場を突っ切れば最短ルートで行けるのだが、ディルはあまり人目にはつきたくないという。
「だって髪ボサボサだし、顔もハリがない」
化粧水も乳液もない。風呂にも入ってない。
元とはいえ貴族の息子だ。身だしなみにはうるさいようだ。
「そっちか」
アンジェは呆れた声を出すも、状況から見て良い判断なのかもしれないと考え直した。
広場には複数の観光客がいる。獣人のディルを見て態度が変わるかもしれない。怪我がまだ完治していない。顔色も悪い。足元もおぼつかない。そんな満身創痍なディルに、ダメージを与えてしまいそうな声は聞かせたくはなかった。
ムジの元に辿り着くまでにぶっ倒れるかもしれないが、人目を避けて森の中を歩いた。
途中、息が上がるもディルは歩みを止めなかった。
「…ここもあの大蛇が管理しているのか」
深緑が心地よい。目にも体にも優しい。
枝を揺らす風が。木々に差し込む光が。漂う空気が。傷ついた体を癒やしてくれる。
ディルは目を細めて深緑を味わう。体を真新しい布でくるんでくれているように感じた。
「そうさ。この村も。森も全部さ」
広大な大地がキハラそのものだ。
「そりゃ規模がデカ過ぎる……」
城ひとつ占拠してでかい顔をしていたどこかの輩とは大違い。天と地だ。
「…ああ。せかいはひろいな。ぼくには手が届きそうにない」
自分がやろうとしていることの難しさを痛感する。口に出す前から出鼻をくじかれたみたいだ。
でもあとにはひけない。
あとで大蛇にもちゃんと挨拶させてとアンジェに頼んだ。
「キハラという。名前で呼ぶといい」
「うん」
「図体と態度はデカいがわりと話は聞いてくれるぞ」
「…主神に対してすごいこと言うね。あなたも頼もしい人だね」
「はは!」
アンジェは元気よく笑った。でも、そのすぐ後に少し顔色を曇らせた。
「生きていくには色々あるのさ」
ひとりでは生きられない。使えるものは神でも使う。
「た、頼もしい~」
ディルは深くは突っ込まずに笑って返した。
「…まあ。色々あるよね」
人間も。
「色々だ」
お互い詳しく語ることもないまま歩き続けた。森を抜ける頃には、ディルの呼吸は整ってきた。アンジェの支えはまだ必要だったが、体がだいぶ軽くなっていた。鬱屈していた気分が晴れていくようだった。
「すごいな。医者いらずって感じ」
「私の仕事がなくなるのは困るがな」
「あ…。ごめん」
「謝るのはおかしいだろう。気分が晴れてよかったじゃないか」
「キハラは万能の神か」
「ま、傷の治りが早いということだ。ただ、無茶をするとぶり返すから調子にはのるなよ」
調子に乗ってぶり返した馬鹿どもを私は大勢見ているんだとアンジェは口を尖らせた。
「…了解です」
アンジェを怒らせるのはやめておこうとディルは思った。と、同時に頭の中に浮かんで来た顔があった。雪だ。
どのタイミングかは覚えてないが必死になってぼくを怒っていた時があった。
喧しい声だった。ぼくがちょっかいを出してあいつが怒る。そんな繰り返しだ。
他人のことばかりに必死になっていたあいつ。
ほんっとにどこにいるんだか。餅みたいに伸びる顔が懐かしくて笑ってしまうよ。
早く取り戻したいんだ。あの頃の日々を。そのためにぼくはやらなきゃいけないことをやる。手が届かないとか泣き言を言ってる場合か!
「ここがムジの宿場だ」
アンジェは裏口に回り、宿場の人間にムジを呼ぶように頼んだ。
ムジは談話室にいると告げられ二人は向かった。
村の大人達や若者達との話し合いだ。月に一、二度、買い出しを兼ねて周辺の町の様子や社会情勢などを調査に行くことにしている。今日はその役目を誰にするか話し合っていたようだ。
「おう。アンジェ。どうした」
ムジを上座にしてぐるりと男たちが輪になり座っていた。
「むさ苦しいな」
絵面が。
ボソリと吐いた呟きに扉のそばにいた男が舌打ちをした。
アンジェと男は一瞬睨み合うがすぐに目を逸らした。ムジの制止が入ったのだ。
ムジは怪訝な顔つきで声の方を向いた。
薬師のアンジェと、犬?
「お初にお目にかかります。私の名はディル。今は訳があってこんな獣人の姿をしていますが元は人間です」
「おん?…お、お?」
突然現れた喋る犬にムジは目を丸くした。
聞いてねえぞ。ロイか?縮んだか?と呟きながら辺りを見回すと灰狼のロイがいた。長身だ。薪割り用の薪を運んでもらっている最中だった。
「アンジェ!これは一体どういうことだ?」
ムジはまだ状況が飲み込めてなかった。ちらちらとロイとディルを見返した。
「私の患者だ。ひと月くらい前から預かっている。ムジに話があるんだと。聞いてやってくれ」
「……他の方も、ロイも。どうか、時間が許すなら耳を貸していただきたい」
「あ、ああ。いいか?」
この場での上司はムジだ。一応ムジに許可を取る。
「お?おお…」
ムジは未だに(以下略)
「おいおい!獣人はさっさと仕事しろよ!」
ロイの後ろで従業員のガマジが壁を殴りながら怒鳴る。先ほどの舌打ち男だ。生え際がだいぶ後退している中肉中背の中年だ。
口の悪さは最強クラスで誰も彼もが辟易していた。ムジでさえ頭を悩ます。
その声にハッとしてムジは目を見開く。
「ガマジ!いつまでもそんな呼び方をするな!ロイと名前で呼べと言ってるだろうが!!」
「はあ?獣人は獣人でしょうが。名前なんてあってないようなものでしょ」
ああ言えばこう言う。ムジだろうがお構いなしだ。口も性格も悪く喧嘩っ早い。喧嘩を売る相手は言葉を交わせれば誰でもいいのだ。
「仕事をやらずに突っ立っているだけじゃ邪魔でしょうがない。出てけ出てけ。そこの犬っころと一緒にな!」
しっしっと手のひらを振り、ロイとディルをも侮辱した。
「いい加減にしろ!無礼にもほどがあるぞ!!」
ムジはガマジに詰め寄った。胸倉を掴みにかかる様子に、周囲にいた従業員たちが焦って二人を引き剥がす。
「獣人がでかいツラしてお天道様の下を悠々と歩いてるのが気にならねえ!お前らは王様の遊び道具だろうが。ぺこぺこ頭下げて命乞いでもしてろ!」
ガマジは獣人のことにやけに詳しかった。ディルはそれが不思議だった。
「相変わらず糞野郎だな」
アンジェはガマジを睨みつけながら言い放つ。
「やめねえか!二人とも追い出すぞ!!」
一触即発の事態に待ったをかけたのはムジだ。空気がビリッとした。
自身も熱くなっていたのを反省した。
「患者ってことは怪我人なんだろう。無理はさせられねえ。さっさと始めて休んでもらえ」
ムジは座布団をディルの前に置き、自分もその前にドカッと座り込んだ。
「聞かねえ奴は外に出ろ」
ムジの言葉に、お互い顔を見合わせてどうするか相談する声が上がった。二人、三人と出て行く者がいた。
アンジェはディルを座らせて自身も隣に腰を下ろした。ロイは背中を丸めて隅に。ガマジやムジの怒声に体が縮こまっていた。ガマジはぶつぶつ文句を言いながら扉のそばに立っていた。
「……ハァ、。ま、これが普通の対応だよなあ」
ディルは溜息をついた。
よく見る光景だ。
獣人には誰もが理解を示してくれるわけじゃない。疎まれて妬まれて殺意さえ向けられる。それが今までの普通だ。
それを覆したい。
「獣人を個人として認めてもらいたい。人の一部として。ぼくは獣人を代表して獣人だけの国を造る。あなたにはその見届け人になってもらいたい」
ディルはムジの目を見つめながら宣言し、床に頭を擦りつけるよう突っ伏した。
ルオーゴ神殿のマリーとの約束だ。それを守るにはこれしかない。
ディルが頭を下げるのと反対にロイは顔を上げた。
「獣人の国を…造る?」
関節を曲げるたびに骨が軋んでいく。森の中で正常になっていた呼吸がまた乱れてきた。脂汗も滲んできた。
(息を整えろ。冷静さを保て)
ディルは目を見開き、牙を剥き、自分に言い聞かせるよう低く唸った。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~
壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。
野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。
しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。
適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。
冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。
しかし本人を含めて誰も知らなかった。
マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――!
※以下、この作品における注意事項。
この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。
キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。
(旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします)
再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。
全252話、2021年3月9日に完結しました。
またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる
葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる