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第2章
9 カウントダウン2
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「いやいやいやいや」
雪は両手を振った。
「ん?バイバイ?」
「ちがう!」
ディルは雪の仕草に、いちいちちょっかいを出して笑いを誘っていた。
「仮に、仮によ。シャドウさんがひとの奥さんをとったとしても罪人扱いなんて酷すぎるんじゃない?」
不倫なんて当人同士の問題だ。法に触れるほどのもの?
「相手が一般人ならね。巫女なら話は別さ」
「巫女になる前の子でしょ?シャドウさんがずっと面倒見てたっていう…」
そうだとディルは頷く。
「この国は、王家より神殿の方が権力を持っている。政治も経済も神殿ありきだ。そこの次期大神官様の嫁を横取りされちゃ、神殿だって黙ってない。面子を潰された上に」
「上に?」
「相手はシャドウの親友だって話だよ。巫女とも子どもの頃から仲が良かったんだって。二重の裏切りに耐えられると思う?」
幸せな絶頂期に影を差す火種。私なら怒りに任せて何かしてしまうかもしれない。
「シャドウだって悪気があってしたわけじゃないんだ。神殿以外の生き方もあると教えたかっただけなんだよ。ま、神殿で生きて行くのには必要ない話なんだけどさ」
ディルの話を聞きながら薬師の店を訪ねた。二日酔いに効く薬を調合してもらうことにした。
「連れが一口も飲んでないのに、ガリウの匂いにやられちゃった」
「あれは強い酒だからなぁ」
薬師とディルが談笑している間に、雪はフードを外して店の中を見ていた。漢方やら見たことのない花や木ノ実が陳列してあった。薬師は薬を調合する手を止めて雪をしばらく見ていた。
二軒先の刀剣屋の主人も雪を睨むように見つめた。
「あんちゃんの連れかい?」
「ああ、まあね」
ディルは主人の視線から逃げるように店から出た。店先にいた雪に外套のフードを無理やり被せた。
「な、なに?」
「ずっと被っとけ!」
ディルは雪の手を引いてその場からすぐ離れた。
酒屋に入って、酔い覚ましとお茶を頼んだ。酔い覚ましにはこれが効くと店主に勧められ、袋いっぱいのシャンシュールの実をもらった。お茶は、蜂蜜とくるみに似た木ノ実を潰してお湯で解く飲み物だ。
「甘い!おいしい」
「…そりゃ良かったね」
呑気にお茶をすする雪に対し、ディルは内心ドキドキしていた。余計な火種を作ってしまったのではないかと。
「さっきの続きだけど。聞く?」
聞くと雪は頷いた。髪を耳にかけるのに邪魔だとフードを取った。
「…巫女はシャドウに傾倒していたから、次第に下界に興味を持ち、巫女修行もうまくいかなくなってた。見兼ねた神殿側が二人を引き離した。神殿側としてもシャドウも巫女も切り捨て難い人材だったから、何としてでも繋ぎ止めておきたかっただろうな」
ディルは話ながら雪のフードを元に戻した。雪は外す。被すの繰り返し。
「それでも、巫女は下界への想いが尽きることがなかった。何としてでも下界に行きたいとシャドウに羨望した。二人は約束をする。次の満月の日に神殿を出て行くと」
「…二人は兄妹みたいなんだよね?奥さん略奪とは意味が違うんじゃない?」
「そこかよ」
論点がずれることを危惧してディルは呆れた声を上げた。
「神官から見れば奥さんだろ。ったく、シャドウのことしか聞いてないじゃないか」
「そんなことないです」
雪はフードに手をかける。それを外させないようディルが止める。
「室内では取るのがマナーですよ」
「マナーなんてくそくらえだ!頼むからもう取るな」
ディルの真剣な眼差しに雪は言葉を飲み込んだ。
どうしてここまでムキになるのかわからなかった。
ここにいる何人が、このチョーカーの意味に気がついたかわからない。ディルはヤキモキが増すばかりだ。
「で、だ。ああもう、どこまで話したかわからなくなっちゃったじゃないか!」
珍しくディルはあたふたしていた。
「…満月の日に行くって」
「ああ、そうそう。同じ建物内にいるから行動なんて筒抜けだ。暗号は解読されてシャドウはすぐに捕まったよ」
「巫女の子は?」
「本人は行く気満々でも、案内人がいなければ立ち往生するだろ。そこを神官と女官に、下界の恐ろしさの説法を聞かされて怖気ついたんだろうな。
シャドウは来ないし、お前一人で行ったって人買いに捕まってすぐに売られるだけ。それでも行きたいなら止めない。どっちでもいいよ?でも、人買いから助けたのは神殿なのよとか言われたら迷うよな?
善悪の区別がついても、どっちでもいいなんて曖昧な部分はわからなかったんじゃないか?正解が一つしかない世界で生きてきた巫女には下界の生は強すぎたんだ」
「…だから、シャドウさんだけが捕まった」
巫女は約束の場所には来なかった。
「それでも、その子はずるい」
雪は口をへの字に曲げた。納得できないことが多すぎる。
「やけに突っかかるじゃん」
「…その子のことよく知らないから細かい部分はわからないよ」
「シャドウのことならよく知ってるみたいな言い回しだけど。あんた、シャドウの何を知ってるっていうんだよ」
「それは…。その子より知ってるって意味で」
そんなことを言ったって、シャドウさんのことは私も何も知らない。何をムキになっているんだろう。子どもの頃からそばにいる人と張り合ったって勝てるわけないのに。
雪は、あーもう~!と苛立つようにフードの上から頭を掻きむしった。隣でディルが二ヒヒと笑っていた。
と、同時に視界の端で何かが動いているのが見えた。市場にいた薬師と刀剣屋の男達だ。他にも数人。物々しい。体に纏う空気が陰湿で感じが悪い。
ディルは雪に気付かせないよう先を急いだ。
「シャドウさん大丈夫かな。起きてるかな?」
「…さすがに起きていてないと困るな」
雪は酒場の主人からもらったシャンシュールの実を齧った。
「すっっぱー!なにこれ!!」
果肉の詰まった小さな実が口の中で弾ける。二日酔いにも効くという実を早く届けたかった。
「あんたが食べてどうするんだよ」
「すごく良い香りなんだもん!すごい酸っぱいのだけど、癖になる味だなぁって。ディルさんも食べる?」
「いらないよ。ぼくはジャムの方がすきだから」
「ジャムかぁ!それも良いかもね」
果実酒にジャム。加工できるものが増えると料理の幅も広がる。ひと段落したら作ってみたいな。
雪は呑気に料理のことを考えていて、隣にいたディルはヤキモキしっぱなしだった。
「このバカバカっ!」
「えっ、な、何で?」
ディルは雪の背中を押して急かした。背中に当てられた手のひらはしっとりと汗ばんでいた。
「まったく、あんたのせいだからね!」
「何で?何で?私何かした?」
「しまっくてるわ!この辺りは水もなけりゃ仕事だって苦労してるんだ。それなのにあんたが宝石付きの国賓チョーカーをチラチラぶら下げてほっつき歩いてちゃ、ちょっかい出したくもなる輩もいるんだよ!」
「挨拶する時や店内に入る時には脱帽は当たり前よ?」
「そんな常識持ち合わせてない奴等だっているんだよ!」
ディルは雪の手を引いて走り出した。それと同時に後ろの男達も動き出した。
「畜生!ヴァリウスの野郎!国のことなんざ考えねえで女遊びか!」
「気に入らねえな!身ぐるみはいじまえ!」
刀剣屋の男は腕っぷしも良さそうだ。ぶっとい二の腕には筋肉が盛り上がっていた。ディルでは太刀打ち出来ないかもしれない。薬師の男の目の下には濃いクマが出来ていた。恨みの深そうな顔をしていた。
「…もしかしてヴァリウスさんて人気ないの?」
「もしかしないよ。超不人気。税金ばかり高くして、影付きばかり追いかけて国のことなんざ見向きもしない」
神殿ありきとはいえ、ヴァリウスが治める領土内は治安も経済も軒並み悪い。
「…私、すごい嫌われてるじゃないの!」
「ようやく現れた影付きに逃げられてちゃな。恨みも溜まるわ」
ディルは呆れたような声を出し、あいつらの不満もわかるよと唸る。仕方ないとはいえ、今の上司はヴァリウスだ。上司を悪く言われるのは苦痛と思う人はいるだろうけど、ディルは反論する気は無かった。
「このままじゃ捕まるだけだ。ぼくが奴等を引きつけるから、あんたはシャドウを呼んで」
「でも!」
「ぼく一人で頼りないと思うけど、こんなところで捕まるわけには行かないんだ。あ、あと、奴等に捕まっても自分が影付きだなんて絶対に言うなよ!他の奴にもだぞ!絶対だぞ!!」
ディルは雪の背中を強く押して先に行かせた。踏みしめた足元が地面にめり込んでいく。獣人化する合図だ。雪はそこだけを目に止めて、砂だらけの道を全速力で走った。
自分が駄々をこねてもどうにかできる問題ではないことを重々承知だからだ。背後で男達の声がする。獣人だ、獣人だ。まだガキだ、怯むな。囲め。
今の自分にできることは、シャドウを呼ぶことだけ。それだけを頭に叩き込んで走り続けた。砂に足を取られて転ぶ事数回。靴の中は砂だらけだ。せっかくもらったシャンシュールの実もばらまいてしまった。
テントまで、あとどのくらいだろう。そんなに遠く離れてはいないと思っていたけれど、走っても走っても姿形さえ見えない。疲労だけが蓄積されていく。自分が影付きとしてここにいることを心底難く感じた。影付きだから何だと言うんだ。何の力も効果もないのに。ディルさんが酷い目に遭わないように!
無力な雪はそう祈るしか無かった。
「シャドウさん!!」
振り絞って出した声はひどく掠れていて、砂の中に消えてうまく響かなかった。
「助けて、だれか、助けて!」
砂の地面をかきむしる。掘っても掘っても砂だらけで何も見えない。こんなことをしている間にディルに被害があるかもしれないと酷く焦った。
「その願い聞き入れよう」
「いやいやいやいや」
雪は両手を振った。
「ん?バイバイ?」
「ちがう!」
ディルは雪の仕草に、いちいちちょっかいを出して笑いを誘っていた。
「仮に、仮によ。シャドウさんがひとの奥さんをとったとしても罪人扱いなんて酷すぎるんじゃない?」
不倫なんて当人同士の問題だ。法に触れるほどのもの?
「相手が一般人ならね。巫女なら話は別さ」
「巫女になる前の子でしょ?シャドウさんがずっと面倒見てたっていう…」
そうだとディルは頷く。
「この国は、王家より神殿の方が権力を持っている。政治も経済も神殿ありきだ。そこの次期大神官様の嫁を横取りされちゃ、神殿だって黙ってない。面子を潰された上に」
「上に?」
「相手はシャドウの親友だって話だよ。巫女とも子どもの頃から仲が良かったんだって。二重の裏切りに耐えられると思う?」
幸せな絶頂期に影を差す火種。私なら怒りに任せて何かしてしまうかもしれない。
「シャドウだって悪気があってしたわけじゃないんだ。神殿以外の生き方もあると教えたかっただけなんだよ。ま、神殿で生きて行くのには必要ない話なんだけどさ」
ディルの話を聞きながら薬師の店を訪ねた。二日酔いに効く薬を調合してもらうことにした。
「連れが一口も飲んでないのに、ガリウの匂いにやられちゃった」
「あれは強い酒だからなぁ」
薬師とディルが談笑している間に、雪はフードを外して店の中を見ていた。漢方やら見たことのない花や木ノ実が陳列してあった。薬師は薬を調合する手を止めて雪をしばらく見ていた。
二軒先の刀剣屋の主人も雪を睨むように見つめた。
「あんちゃんの連れかい?」
「ああ、まあね」
ディルは主人の視線から逃げるように店から出た。店先にいた雪に外套のフードを無理やり被せた。
「な、なに?」
「ずっと被っとけ!」
ディルは雪の手を引いてその場からすぐ離れた。
酒屋に入って、酔い覚ましとお茶を頼んだ。酔い覚ましにはこれが効くと店主に勧められ、袋いっぱいのシャンシュールの実をもらった。お茶は、蜂蜜とくるみに似た木ノ実を潰してお湯で解く飲み物だ。
「甘い!おいしい」
「…そりゃ良かったね」
呑気にお茶をすする雪に対し、ディルは内心ドキドキしていた。余計な火種を作ってしまったのではないかと。
「さっきの続きだけど。聞く?」
聞くと雪は頷いた。髪を耳にかけるのに邪魔だとフードを取った。
「…巫女はシャドウに傾倒していたから、次第に下界に興味を持ち、巫女修行もうまくいかなくなってた。見兼ねた神殿側が二人を引き離した。神殿側としてもシャドウも巫女も切り捨て難い人材だったから、何としてでも繋ぎ止めておきたかっただろうな」
ディルは話ながら雪のフードを元に戻した。雪は外す。被すの繰り返し。
「それでも、巫女は下界への想いが尽きることがなかった。何としてでも下界に行きたいとシャドウに羨望した。二人は約束をする。次の満月の日に神殿を出て行くと」
「…二人は兄妹みたいなんだよね?奥さん略奪とは意味が違うんじゃない?」
「そこかよ」
論点がずれることを危惧してディルは呆れた声を上げた。
「神官から見れば奥さんだろ。ったく、シャドウのことしか聞いてないじゃないか」
「そんなことないです」
雪はフードに手をかける。それを外させないようディルが止める。
「室内では取るのがマナーですよ」
「マナーなんてくそくらえだ!頼むからもう取るな」
ディルの真剣な眼差しに雪は言葉を飲み込んだ。
どうしてここまでムキになるのかわからなかった。
ここにいる何人が、このチョーカーの意味に気がついたかわからない。ディルはヤキモキが増すばかりだ。
「で、だ。ああもう、どこまで話したかわからなくなっちゃったじゃないか!」
珍しくディルはあたふたしていた。
「…満月の日に行くって」
「ああ、そうそう。同じ建物内にいるから行動なんて筒抜けだ。暗号は解読されてシャドウはすぐに捕まったよ」
「巫女の子は?」
「本人は行く気満々でも、案内人がいなければ立ち往生するだろ。そこを神官と女官に、下界の恐ろしさの説法を聞かされて怖気ついたんだろうな。
シャドウは来ないし、お前一人で行ったって人買いに捕まってすぐに売られるだけ。それでも行きたいなら止めない。どっちでもいいよ?でも、人買いから助けたのは神殿なのよとか言われたら迷うよな?
善悪の区別がついても、どっちでもいいなんて曖昧な部分はわからなかったんじゃないか?正解が一つしかない世界で生きてきた巫女には下界の生は強すぎたんだ」
「…だから、シャドウさんだけが捕まった」
巫女は約束の場所には来なかった。
「それでも、その子はずるい」
雪は口をへの字に曲げた。納得できないことが多すぎる。
「やけに突っかかるじゃん」
「…その子のことよく知らないから細かい部分はわからないよ」
「シャドウのことならよく知ってるみたいな言い回しだけど。あんた、シャドウの何を知ってるっていうんだよ」
「それは…。その子より知ってるって意味で」
そんなことを言ったって、シャドウさんのことは私も何も知らない。何をムキになっているんだろう。子どもの頃からそばにいる人と張り合ったって勝てるわけないのに。
雪は、あーもう~!と苛立つようにフードの上から頭を掻きむしった。隣でディルが二ヒヒと笑っていた。
と、同時に視界の端で何かが動いているのが見えた。市場にいた薬師と刀剣屋の男達だ。他にも数人。物々しい。体に纏う空気が陰湿で感じが悪い。
ディルは雪に気付かせないよう先を急いだ。
「シャドウさん大丈夫かな。起きてるかな?」
「…さすがに起きていてないと困るな」
雪は酒場の主人からもらったシャンシュールの実を齧った。
「すっっぱー!なにこれ!!」
果肉の詰まった小さな実が口の中で弾ける。二日酔いにも効くという実を早く届けたかった。
「あんたが食べてどうするんだよ」
「すごく良い香りなんだもん!すごい酸っぱいのだけど、癖になる味だなぁって。ディルさんも食べる?」
「いらないよ。ぼくはジャムの方がすきだから」
「ジャムかぁ!それも良いかもね」
果実酒にジャム。加工できるものが増えると料理の幅も広がる。ひと段落したら作ってみたいな。
雪は呑気に料理のことを考えていて、隣にいたディルはヤキモキしっぱなしだった。
「このバカバカっ!」
「えっ、な、何で?」
ディルは雪の背中を押して急かした。背中に当てられた手のひらはしっとりと汗ばんでいた。
「まったく、あんたのせいだからね!」
「何で?何で?私何かした?」
「しまっくてるわ!この辺りは水もなけりゃ仕事だって苦労してるんだ。それなのにあんたが宝石付きの国賓チョーカーをチラチラぶら下げてほっつき歩いてちゃ、ちょっかい出したくもなる輩もいるんだよ!」
「挨拶する時や店内に入る時には脱帽は当たり前よ?」
「そんな常識持ち合わせてない奴等だっているんだよ!」
ディルは雪の手を引いて走り出した。それと同時に後ろの男達も動き出した。
「畜生!ヴァリウスの野郎!国のことなんざ考えねえで女遊びか!」
「気に入らねえな!身ぐるみはいじまえ!」
刀剣屋の男は腕っぷしも良さそうだ。ぶっとい二の腕には筋肉が盛り上がっていた。ディルでは太刀打ち出来ないかもしれない。薬師の男の目の下には濃いクマが出来ていた。恨みの深そうな顔をしていた。
「…もしかしてヴァリウスさんて人気ないの?」
「もしかしないよ。超不人気。税金ばかり高くして、影付きばかり追いかけて国のことなんざ見向きもしない」
神殿ありきとはいえ、ヴァリウスが治める領土内は治安も経済も軒並み悪い。
「…私、すごい嫌われてるじゃないの!」
「ようやく現れた影付きに逃げられてちゃな。恨みも溜まるわ」
ディルは呆れたような声を出し、あいつらの不満もわかるよと唸る。仕方ないとはいえ、今の上司はヴァリウスだ。上司を悪く言われるのは苦痛と思う人はいるだろうけど、ディルは反論する気は無かった。
「このままじゃ捕まるだけだ。ぼくが奴等を引きつけるから、あんたはシャドウを呼んで」
「でも!」
「ぼく一人で頼りないと思うけど、こんなところで捕まるわけには行かないんだ。あ、あと、奴等に捕まっても自分が影付きだなんて絶対に言うなよ!他の奴にもだぞ!絶対だぞ!!」
ディルは雪の背中を強く押して先に行かせた。踏みしめた足元が地面にめり込んでいく。獣人化する合図だ。雪はそこだけを目に止めて、砂だらけの道を全速力で走った。
自分が駄々をこねてもどうにかできる問題ではないことを重々承知だからだ。背後で男達の声がする。獣人だ、獣人だ。まだガキだ、怯むな。囲め。
今の自分にできることは、シャドウを呼ぶことだけ。それだけを頭に叩き込んで走り続けた。砂に足を取られて転ぶ事数回。靴の中は砂だらけだ。せっかくもらったシャンシュールの実もばらまいてしまった。
テントまで、あとどのくらいだろう。そんなに遠く離れてはいないと思っていたけれど、走っても走っても姿形さえ見えない。疲労だけが蓄積されていく。自分が影付きとしてここにいることを心底難く感じた。影付きだから何だと言うんだ。何の力も効果もないのに。ディルさんが酷い目に遭わないように!
無力な雪はそう祈るしか無かった。
「シャドウさん!!」
振り絞って出した声はひどく掠れていて、砂の中に消えてうまく響かなかった。
「助けて、だれか、助けて!」
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