大人のためのファンタジア

深水 酉

文字の大きさ
22 / 210
第2章

9 カウントダウン2

しおりを挟む
----------------------------------------
 
 「いやいやいやいや」
 雪は両手を振った。
 「ん?バイバイ?」
 「ちがう!」
 ディルは雪の仕草に、いちいちちょっかいを出して笑いを誘っていた。
 「仮に、仮によ。シャドウさんがひとの奥さんをとったとしても罪人扱いなんて酷すぎるんじゃない?」
 不倫なんて当人同士の問題だ。法に触れるほどのもの?
 「相手が一般人ならね。巫女なら話は別さ」
 「巫女になる前の子でしょ?シャドウさんがずっと面倒見てたっていう…」
 そうだとディルは頷く。
 「この国は、王家より神殿の方が権力を持っている。政治も経済も神殿ありきだ。そこの次期大神官様の嫁を横取りされちゃ、神殿だって黙ってない。面子を潰された上に」
 「上に?」
 「相手はシャドウの親友だって話だよ。巫女とも子どもの頃から仲が良かったんだって。二重の裏切りに耐えられると思う?」
 幸せな絶頂期に影を差す火種。私なら怒りに任せて何かしてしまうかもしれない。
 「シャドウだって悪気があってしたわけじゃないんだ。神殿以外の生き方もあると教えたかっただけなんだよ。ま、神殿で生きて行くのには必要ない話なんだけどさ」
 ディルの話を聞きながら薬師の店を訪ねた。二日酔いに効く薬を調合してもらうことにした。
 「連れが一口も飲んでないのに、ガリウの匂いにやられちゃった」
 「あれは強い酒だからなぁ」
 薬師とディルが談笑している間に、雪はフードを外して店の中を見ていた。漢方やら見たことのない花や木ノ実が陳列してあった。薬師は薬を調合する手を止めて雪をしばらく見ていた。
 二軒先の刀剣屋の主人も雪を睨むように見つめた。
 「あんちゃんの連れかい?」
 「ああ、まあね」
 ディルは主人の視線から逃げるように店から出た。店先にいた雪に外套のフードを無理やり被せた。
 「な、なに?」
 「ずっと被っとけ!」
 ディルは雪の手を引いてその場からすぐ離れた。
 酒屋に入って、酔い覚ましとお茶を頼んだ。酔い覚ましにはこれが効くと店主に勧められ、袋いっぱいのシャンシュールの実をもらった。お茶は、蜂蜜とくるみに似た木ノ実を潰してお湯で解く飲み物だ。 
 「甘い!おいしい」
 「…そりゃ良かったね」
 呑気にお茶をすする雪に対し、ディルは内心ドキドキしていた。余計な火種を作ってしまったのではないかと。
 「さっきの続きだけど。聞く?」
 聞くと雪は頷いた。髪を耳にかけるのに邪魔だとフードを取った。
 「…巫女はシャドウに傾倒していたから、次第に下界に興味を持ち、巫女修行もうまくいかなくなってた。見兼ねた神殿側が二人を引き離した。神殿側としてもシャドウも巫女も切り捨て難い人材だったから、何としてでも繋ぎ止めておきたかっただろうな」
 ディルは話ながら雪のフードを元に戻した。雪は外す。被すの繰り返し。
 「それでも、巫女は下界への想いが尽きることがなかった。何としてでも下界に行きたいとシャドウに羨望した。二人は約束をする。次の満月の日に神殿を出て行くと」
 「…二人は兄妹みたいなんだよね?奥さん略奪とは意味が違うんじゃない?」
 「そこかよ」
 論点がずれることを危惧してディルは呆れた声を上げた。
 「神官から見れば奥さんだろ。ったく、シャドウのことしか聞いてないじゃないか」
 「そんなことないです」
 雪はフードに手をかける。それを外させないようディルが止める。
 「室内では取るのがマナーですよ」

 「マナーなんてくそくらえだ!頼むからもう取るな」
 ディルの真剣な眼差しに雪は言葉を飲み込んだ。
 どうしてここまでムキになるのかわからなかった。
 ここにいる何人が、このチョーカーの意味に気がついたかわからない。ディルはヤキモキが増すばかりだ。
 「で、だ。ああもう、どこまで話したかわからなくなっちゃったじゃないか!」
 珍しくディルはあたふたしていた。
 「…満月の日に行くって」
 「ああ、そうそう。同じ建物内にいるから行動なんて筒抜けだ。暗号は解読されてシャドウはすぐに捕まったよ」
 「巫女の子は?」
 「本人は行く気満々でも、案内人がいなければ立ち往生するだろ。そこを神官と女官に、下界の恐ろしさの説法を聞かされて怖気ついたんだろうな。
 シャドウは来ないし、お前一人で行ったって人買いに捕まってすぐに売られるだけ。それでも行きたいなら止めない。どっちでもいいよ?でも、人買いから助けたのは神殿なのよとか言われたら迷うよな?
 善悪の区別がついても、どっちでもいいなんて曖昧な部分はわからなかったんじゃないか?正解が一つしかない世界で生きてきた巫女には下界の生は強すぎたんだ」
 「…だから、シャドウさんだけが捕まった」
 巫女は約束の場所には来なかった。
 「それでも、その子はずるい」
 雪は口をへの字に曲げた。納得できないことが多すぎる。
 「やけに突っかかるじゃん」
 「…その子のことよく知らないから細かい部分はわからないよ」
 「シャドウのことならよく知ってるみたいな言い回しだけど。あんた、シャドウの何を知ってるっていうんだよ」
 「それは…。その子より知ってるって意味で」
 そんなことを言ったって、シャドウさんのことは私も何も知らない。何をムキになっているんだろう。子どもの頃からそばにいる人と張り合ったって勝てるわけないのに。
 雪は、あーもう~!と苛立つようにフードの上から頭を掻きむしった。隣でディルが二ヒヒと笑っていた。
 と、同時に視界の端で何かが動いているのが見えた。市場にいた薬師と刀剣屋の男達だ。他にも数人。物々しい。体に纏う空気が陰湿で感じが悪い。
 ディルは雪に気付かせないよう先を急いだ。
 「シャドウさん大丈夫かな。起きてるかな?」
 「…さすがに起きていてないと困るな」
 雪は酒場の主人からもらったシャンシュールの実を齧った。
 「すっっぱー!なにこれ!!」
 果肉の詰まった小さな実が口の中で弾ける。二日酔いにも効くという実を早く届けたかった。
 「あんたが食べてどうするんだよ」
 「すごく良い香りなんだもん!すごい酸っぱいのだけど、癖になる味だなぁって。ディルさんも食べる?」
 「いらないよ。ぼくはジャムの方がすきだから」
 「ジャムかぁ!それも良いかもね」  
 果実酒にジャム。加工できるものが増えると料理の幅も広がる。ひと段落したら作ってみたいな。
 雪は呑気に料理のことを考えていて、隣にいたディルはヤキモキしっぱなしだった。
 「このバカバカっ!」
 「えっ、な、何で?」
 ディルは雪の背中を押して急かした。背中に当てられた手のひらはしっとりと汗ばんでいた。
 「まったく、あんたのせいだからね!」
 「何で?何で?私何かした?」
 「しまっくてるわ!この辺りは水もなけりゃ仕事だって苦労してるんだ。それなのにあんたが宝石付きの国賓チョーカーをチラチラぶら下げてほっつき歩いてちゃ、ちょっかい出したくもなる輩もいるんだよ!」
 「挨拶する時や店内に入る時には脱帽は当たり前よ?」
 「そんな常識持ち合わせてない奴等だっているんだよ!」
 ディルは雪の手を引いて走り出した。それと同時に後ろの男達も動き出した。
 「畜生!ヴァリウスの野郎!国のことなんざ考えねえで女遊びか!」
 「気に入らねえな!身ぐるみはいじまえ!」
 刀剣屋の男は腕っぷしも良さそうだ。ぶっとい二の腕には筋肉が盛り上がっていた。ディルでは太刀打ち出来ないかもしれない。薬師の男の目の下には濃いクマが出来ていた。恨みの深そうな顔をしていた。
 「…もしかしてヴァリウスさんて人気ないの?」
 「もしかしないよ。超不人気。税金ばかり高くして、影付きばかり追いかけて国のことなんざ見向きもしない」
 神殿ありきとはいえ、ヴァリウスが治める領土内は治安も経済も軒並み悪い。
 「…私、すごい嫌われてるじゃないの!」
 「ようやく現れた影付きに逃げられてちゃな。恨みも溜まるわ」
 ディルは呆れたような声を出し、あいつらの不満もわかるよと唸る。仕方ないとはいえ、今の上司はヴァリウスだ。上司を悪く言われるのは苦痛と思う人はいるだろうけど、ディルは反論する気は無かった。
 「このままじゃ捕まるだけだ。ぼくが奴等を引きつけるから、あんたはシャドウを呼んで」
 「でも!」
 「ぼく一人で頼りないと思うけど、こんなところで捕まるわけには行かないんだ。あ、あと、奴等に捕まっても自分が影付きだなんて絶対に言うなよ!他の奴にもだぞ!絶対だぞ!!」
 ディルは雪の背中を強く押して先に行かせた。踏みしめた足元が地面にめり込んでいく。獣人化する合図だ。雪はそこだけを目に止めて、砂だらけの道を全速力で走った。
 自分が駄々をこねてもどうにかできる問題ではないことを重々承知だからだ。背後で男達の声がする。獣人だ、獣人だ。まだガキだ、怯むな。囲め。

 今の自分にできることは、シャドウを呼ぶことだけ。それだけを頭に叩き込んで走り続けた。砂に足を取られて転ぶ事数回。靴の中は砂だらけだ。せっかくもらったシャンシュールの実もばらまいてしまった。
 テントまで、あとどのくらいだろう。そんなに遠く離れてはいないと思っていたけれど、走っても走っても姿形さえ見えない。疲労だけが蓄積されていく。自分が影付きとしてここにいることを心底難く感じた。影付きだから何だと言うんだ。何の力も効果もないのに。ディルさんが酷い目に遭わないように!
 無力な雪はそう祈るしか無かった。
 「シャドウさん!!」
 振り絞って出した声はひどく掠れていて、砂の中に消えてうまく響かなかった。
 「助けて、だれか、助けて!」
 砂の地面をかきむしる。掘っても掘っても砂だらけで何も見えない。こんなことをしている間にディルに被害があるかもしれないと酷く焦った。
 
 「その願い聞き入れよう」 
 
 
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。 野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。 しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。 適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。 冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。 しかし本人を含めて誰も知らなかった。 マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――! ※以下、この作品における注意事項。 この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。 キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。 (旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします) 再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。 全252話、2021年3月9日に完結しました。 またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる

葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...