大人のためのファンタジア

深水 酉

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第4章

19 鬱憤

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 「見かけない顔だね。なんだいお前は?こんなところで何をしているんだ」
 すれ違い様に老婆と目が合った。古びた杖の先端が、ズンッとシャドウの胸元をつついた。
 「…初対面の相手にずいぶん乱暴なことをするんだな」
 サディカが頭を悩ませている「母」とはこいつのことだろうとシャドウは瞬時に理解した。
 初対面だろうと誰彼構わず噛みついてくる厄介な老害。サディカは本気で嫌がっていたはずだが、なぜこの土地から離れなかったのか。家から出て行った足でどこへでも行けただろうに。
 シャドウはシダルを見下ろした。突きつけられた杖ごと、腕を捻り上げでもしたら事はすぐに終わるだろうなと頭の片隅で思った。サディカにもそれはできたはずだ。体格的にも腕力的にも何の問題もない。だが、それをしないのが大人だ。常識的に考えてありえない。自分より力の弱い者だ。どんなに憎しみを募らせても、暴力で相手を捩じ伏せてしまったら余計に感情が入り乱れる。後味が悪い。いつまでも心の奥底にこびりついて離れなくなる。
 たとえそれが、こんなにもサディカを苦しめる元凶だとしてもだ。
 「旅人か?」
 「そうだ」
 「旅人がなぜこんな場所にいる?宿屋なら門所を入った道沿いに行けばある」
 シダルはシャドウに杖を突きつけたまま、シャドウの全身をねちねちと見回す。
 宿屋以外の場所に行くなと念を押しているようだ。
 「…別の用があったのだ」
 サディカに会ったことは言わない方がいいだろう。余計な興味を持たれなくないし、サディカに意識を向けさせたくない。
 シャドウは視線を巡らす事などはせずに、シダルに顔を向けた。
 「用だと?何の用だ?」
 「個人的なことだ。あんたには関係ない」
 「余所者が!偉そうな口を叩くな!」
 淡々と口を次ぐシャドウに、シダルは激情し、杖を持つ手に力を入れた。シャドウの胸元を払うように杖を振り上げた。杖の先端が割れ、切っ先がシャドウの頬を掠めた。
 シャドウは半歩下がって避けた。土屑が細かい粒子になって飛び散った。
 「あー、もう~」
 うなだれた若者達の心の声が外に漏れ出た。
 「なんなんだよ、なんなんだよ!」
 「ホントやめてよ、婆さん。誰彼構わず喧嘩売るの。どうかしてるぜ」
 二人の若者は交互に口に不平不満をぶちまけた。
 「青二才が!ふざけるな!」
 「ふざけてるのは婆さんの方でしょう!」
 「なんだと!生意気な口を!お前らなど親の仕事を引き継いだだけじゃないか!いっぱしの口を聞いて生意気がすぎる!!」
 「なんの話してるんだよ。そんな事今は関係ないだろう」
 ギャアギャアと喚く姿は喧しすぎて、餌を横取りしようと争っている鳥のように見えた。先を行くのも気が引けてしまい、シャドウは口を挟めずに立ち尽くしてしまった。
 昔から、口喧しい女性は天敵としていた。今回も当たりのようだ。口の悪さは、ザザのトカゲと良い勝負だなとぼんやりと思った。
 「年老いると丸くなるというが…」
 「ならないならない!!ずーっとこれだよ!」
 シャドウのぼやきにアドルは間髪入れずに返した。
 「…そうか。敵ばかりだな」
 寝ても覚めても状況は変わらない。少し前の自分の事の様だとも思ったが、今は論点が違う。シャドウはシダルと若者達を眺めた。
 シダルは相変わらずギャアギャアと喚いている。アドルが応戦に回るが、勝敗は目に見えている。口の数は一つだが、次から次へと出てくる悪口や暴言に引き腰だ。応戦する手立てがないのか、目にはうっすらと涙が潤んでいた。 
 これには、さすがのシャドウも気の毒だと思い、シダルに近づいた。声をかける前に、ハゼルはシダルの肩を突き飛ばしていた。
 ズドンと尻餅をついてシダルは倒れた。
 一瞬、何が起きたかわからなくなってポカンとしていたが、ものの数秒で気を取り直して反論した。
 「なにすんだい!このクソガキ!!」
 「うるせー!好き勝手に言いたい放題言いやがって!クソババアが!!」
 ハゼルは空を蹴り上げ、土屑を飛ばした。
 「ひいっ!」
 シダルは目を瞑り、顔を覆う仕草をした。
 「びびってんじゃん!ダセエのな!」
 「おい、やめろって」
 「オレらが散々やられていたことじゃん!婆さんだからって気遣う必要なんかない」
 アドルの静止を振り払い、ハゼルは鬱憤を爆発させた。
 「こんな性悪な婆さんには何をしたっていいんだよ!」
 シダルは杖を使ってハゼルを近づけさせまいとやあやあと振り回す。
 「じゃ、ま!」
 振り上げた杖を掴み、シダルごと引き摺り上げた。
 「わあああ!はなせ!はなせ!」
 「うるせえんだよ!」
 ハゼルはシダルの太腿を蹴り付け、杖を奪いとった。
 「こんなものはこうしてやる!」
 さして力を込めずに杖はポッキリと折れた。折れた杖をポイと捨てた。
 「ざまあみろー!!!!!ババア!!!!!!」
 ハゼルは今までの溜め込んでいた鬱憤を心の底から絞り出した。キレると性格が変わるタイプのようだ。語尾は息切れをし、ゼェハァと肩と息が弾んでいた。
 シダルは無言のまま、立ち上がることもできずに肩を震わせていた。
 アドルは、ハゼルを止めることも、シダルを庇うこともできずにいて、内心バクバクしていた。
 「…もう気が済んだだろう」
 シャドウは一連のハゼルの行動を黙って見ていた。自分やサディカが、こればかりは絶対にしないであろうことを、目の前であっさりとやられてしまい、言葉を失っていた。
 「シャドウさんは関係ないっすよ。これはうちの村の問題だから」
 「…お前の上司は見る目があるな」
 「はあ?ムジのこと?シャドウさん何言ってんの?」
 「初めて会った時は、軽口は叩くものの、仕事ができていれば多少のことは問題はないと思った。ただ、途中から不安になった」
 「は?」
 「客のオレをほっぽって遊び出したり、腹が減ったと勝手にルートを変えたり、自分のことばかりを優先して仕事を放り出す。幼い証拠だ」
 「あん時は仕方がなかったの!ムジに呼ばれてたの忘れててさー」
 「請け負った仕事は最後までやりきるものだ。自分一人では手が回らなかったら、他者に引き継げ」
 「それやるとオレの取り分減っちゃうんだよねー。つーか、シャドウさんもめんどくさいタイプだねー。いつまで終わったこと言ってんだよ」
 ハゼルはキレると人格が変わるタイプのようだ。客に使う言葉遣いからはかなり逸脱していた。仕草まで荒々しい。
 だいたいあの仕事はナユタに取られたし、なんなんだよとハゼルはブツブツとぼやく。
 「どうでもいいけど、そこをどいてよ。婆さんに言いたいことはまだまだあるんだから」
 「もう十分だ」
 「それを決めるのはオレだから。いや、オレだけじゃない。アドルも、ウィードも、バルガスだって!村の人間全員が婆さんに恨みを持っている!みんなの鬱憤をオレがぶちまけてやるんだ!」
 「その鬱憤はさっきので十分だ。もうやめろ」
 シャドウはジッとハゼルを睨んだ。
 「これ以上は婆さんの生死にも関わるぞ。お前はそこまでして婆さんを苦しめたいのか」
 「ハゼル、もうやめよう」
 アドルは弱々しい声を上げた。アドルはこの一件が親やムジに伝わるんじゃないかとビクビクしていた。アドルは親には未だ頭が上がらないらしい。
 「はー」
 なんだよとハゼルは呆れたと脱力した。
 「気が削ぎれた」
 やや、顔つきが平時に戻ったか。ハゼルはシャドウから目を外らし、アホらしいだのバカらしいだのと文句をブツブツと言いながら門所の方向に歩き出した。アドルもその後を追った。
 シャドウは、こう、いとも簡単にタガが外れてしまい、常軌を逸することをしてしまうハゼルを寂しそうに見つめた。
「まだまだ幼いな…」
 感情のままに行動をする。善悪への理解の乏しさに、シャドウは頭を抱えた。
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