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第4章
20 罰
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ついさっきまで老害だと思っていた件の老婆をシャドウは何とも言えない表情で見つめていた。
サディカの天敵なのは重々承知だが、今は少し前の誰彼構わず噛みついていた勢いはない。今まで暴言で黙らせていた若者たちに、反旗を翻されてしまったのだ。尻尾を丸め、耳を下げ、体を縮こませて震えている。完全に怯えている仕草だ。これではさすがに同情心が疼いてしまう。
「…担がれるのとおぶさるのはどちらがいい?」
シャドウはシダルを目の前にしてしゃがみこんだ。返事はなかった。
目は開いているものの、意識はどこか遠くにいってしまっているようだった。ガクガクと体を震わせていた。
シャドウはシダルから目を逸らし、ポイ捨てられた杖を拾った。折られた場所を繋ぎ合わせたが、破片が足りない。しかたなく荷物に詰めた。
「あんたと彼らのことに口を出す気はないが、今のはないな。同情はする」
ハゼルの行為は度を過ぎていた。あんなのをまともに食らっては言葉が出なくなるのも無理はない。普段の態度からは見えない変貌ぶりならなおさらだ。
お調子者でやんちゃ。けど可愛い。なんてのが、この村のご婦人たちにはウケていたようだが、この変貌ぶりを見たらどう思うのか。相手がシダルだから仕方ないとでも言うのかな。堪忍袋の緒が切れたんだ。ハゼルを責めるのはお門違いだとでも言うものなら、オレの方が人間不信になりそうだ。
シャドウはシダルを背負った。思っている以上に体は軽く、小さかった。肩に掛けていた毛糸のショールは手編みで若草色をしていた。
「……あ」
サディカも同じ色のベストを着ていたと言いそうになった。
だがそれもシャドウは飲み込んだ。
背負われている間もシダルは口をきかなかった。よっぽどショックが大きかったのだろう。時折、ブツブツと呟く声が聞こえたが内容まではわからなかった。
シャドウはナユタの宿を訪れた。出迎えてくれた夫婦は大慌てで、シダルを部屋に運び怪我の手当てを始めた。ムジという村の代表者が来たり、アンジェという薬師が来たりと一時は騒然となった。
「遅かれ早かれ、然るべきことが起きてしまったって感じかなぁ」
シダルの手当てが終わり、一息つこうとナユタはシャドウにお茶をすすめた。
「ハゼルの行動はお咎めなしか?」
すすめられた茶は渋く、一口飲むたびに眉間に皺が寄った。
「褒められることじゃないけど、村の人間の怒りを代弁してくれたんだと思うと胸の支えが取れてスッキリしている人も多いんじゃないかな」
「…擁護するのか?婆さんは怪我をしたのに」
「よそから来た人シャドウさんには、理解し難いかもね。ただ、シダルは本当に偏屈で性格が捻じ曲がっているんだ」
(フォローしろよ)
「数々の暴言で捩じ伏せられて泣かされて来た人もいるんだ。何人もそういう人を見てきているから…ああ、だめだな。ハゼルを擁護する言葉しか出てこない」
「…それだけ根が深いということか」
「まあね」
一口にはまとめられない。だからと言って暴力を許していいものではない。ハゼル自身の性格矯正も必要だ。無駄に手を上げるようになっていては心身共に壊れてしまうだろう。
「…なら、オレだけでも婆さんを味方しよう」
「ん?ええ?」
「さすがに怪我まで負わされた方が、自業自得だとみんなにそっぽ向かれるのは気の毒でならない」
「人聞きが悪いなぁ。それじゃあ僕らの方が悪者みたいじゃないか」
「多勢に無勢だろう。婆さんの怪我が治るまでこの村にいてもいいか?」
「いるのは構わないけど、シャドウさんがそこまでする必要はないよ」
乗りかかった船だ。このまま知らんぷりでは後味が悪い。これをきっかけにシダルと村のみんなと距離が縮まるとは到底思えない。むしろ溝が深くなりそうだ。
「他にも気になることがあるから考えをまとめたいんだ」
「ああ、何か探し物をしていたんだよね。ラボで見つかったのかい?」
「ああ。オレが探していたものはなかったが、新しい手がかりを教えてもらった」
「へえ。サディカに会ったんだね」
「あ…ああ…(サディカのことを口に出したのはまずかったか)」
シャドウは表情を曇らせる。サディカはナユタのこともよくは思ってはいないのだ。
「そんな顔しないでよ。婆さんに告げ口したりしないから」
ナユタはシャドウの返事の詰まりを見逃さなかった。
「…そうしてくれるか。気を煩わせたくない」
シャドウが言葉を詰まらせたのは、シダルのことだけでなく、ナユタとの仲をも気にしたことが原因だった。
ナユタがサディカにしたことは…と言いかけたが、シャドウは口を閉じた。それは今は関係がない。ナユタとサディカの問題にまで首を突っ込む気はなかった。
「あの二人の問題は、あの二人にしか解決はできないからね」
離れてみて気がつくこともある。お互いの価値観の相違。親離れ、子離れ。
「でも、あの場から離れていかないのは意味があることなんだろう?」
もうシダルの束縛はない。どこにでも行ける。サディカは自由だ。なのになぜ、あの場から動こうとしないのか。
「居心地がいいんじゃないか?膨大な本や資料もあるだろうし、全部運び出すにしたって骨が折れるよ」
ナユタはゆるりと答えた。
「巨悪の根源がそばにいるというのに、いつまでも滞在していられるか?オレなら我慢できない」
シャドウはバツンと言い切る。
「言うね」
ナユタの顔はピキッと引き攣る。
「どちらにしろ、サディカはシダルと二度と会わないと決めたんだ。シダルにとってはそれが最大級のダメージになるだろうね」
シダルはそれを知らない。それこそが罰。
「そうか。サディカはそれを見届けているのか。自分が受けた傷がどんなものか。シダルに知らしめているようだな」
きっとシダル以外にも訴えているのだろう。転移者だと理解されずに、理不尽な扱いをされたことに憤っているのだろう。一生忘れないと。
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