大人のためのファンタジア

深水 酉

文字の大きさ
183 / 210
第4章

33 モヤモヤをふっ飛ばせ

しおりを挟む

-------------------------------------------------

 いつものことながら、悩み出すとすぐにキハラを頼ってしまう。
 私は「自分」がない。キハラに甘えてばかりだ。もっとちゃんと自分を持ちたい。
 いや、「持たなきゃ」いけない。いつまでもキハラに頼ってばかりではダメだ。悩みながらも、自分のことを省みる。キハラに甘えっぱなしの自覚はあるのだ。反省も踏まえ、ぎゅっと心に誓う。
 「自分のことは自分で」
 言いたいことぐらいは自分で決めよう。正解ではなくても、自分の気持ちを抑え込むことだけはしないようにしよう。いつか必ず「自分」が決断しなければいけない時が来る。
 その時のために今からでもその心づもりは用意をしなければいけない。いつか来る別れの時に。
 「別れ?」
 キアは口に出してハッとした。咄嗟に振り返る。紅葉したての木々の中を掻い潜り、キハラの棲家まで視線を向けた。見えるはずはないのだが、必死になってその姿を探した。
 「…まさか。そんなはずはない…よね」
 買い出しに行くために村を出る。しかしそれは、ほんの数日間だけだ。
 買い物が済めば村に帰る。荷物の分配だってしなければならない。水の宿も注文した商品がある。
 私が仕分けをするとナユタと決めていた。約束を違えることはしたくない。
 「…ちゃんと帰るもの」
 キハラの元に。
 キアはハーッと息を吐く。にわかに白く色づいていた。秋めいた森では気温が下がっていた。雨の後だからか、余計に空気がひんやりとした。握りしめた指先も冷たくなっていた。
 「…ちゃんと帰る。私には番の役目がある…」
 簡単に出ていかれない理由があるとして、キアはもう一度口に出して確認する。声に出さないと不安で仕方がなかった。
 胸の音がドクンドクンと強く響いていた。自分で考えたことに打ちのめされて罠にかかってしまった。器用なのか。不器用なのか。どちらでもないのか。
 「ただの馬鹿だな」
 と、キハラがぼやいていそうだ。人を小馬鹿にするような辟易顔がわりと好きだったりする。打ちのめされる時もあるけれど、「本気にするな」とフォローも忘れない。根の優しさが垣間見れるのも好きだ。
 キアは思い出しては息を吐いて、白く色づく様を眺めた。口角が緩んでいるのがわかる。
 ふと、視線の先に人集りがあった。ディルだ。村人と数人で話をしている。その中には獣人のロイの姿もあった。
 ディルは人間だが、獣人でもある。昼間は人の姿、夜間だけ犬の姿になるというが、精神的ストレスと怪我のせいで昼間でも獣化のままだった。怪我は治ってもまだ本調子ではない。
 薬師のアンジェの見立てではまだ完治には時間はかかるだろうと言う。ディルはこちらに気がつくと、ふさふさの尻尾を左右に揺らした。
 「キア!」
 ワンとひと吠え。キアに向かって小走りしてきた。ぬかるんだ土が四方に飛び跳ねる。その後ろからロイもやって来た。
 「ディルさん!ロイさん!」
 同じ村にいても、それぞれ仕事があるのでなかなか姿を見ることがない。朝の水汲みと子どもたちのお世話でロイには会うが、ディルとは全然会わなかった。なんだか久しぶりだねとキアは笑う。
 「獣人だけの国を造ると豪語したはいいけど、何をどうしたらいいかわからないんだ。拠点となる場所もない。今は主神の厚意でここにいさせてもらってるけど、ずっとってわけじゃない。いつかは出ていかなければならないのに、行き先がないんじゃ話にならない。だから、ここは一つ、ダメ元で実家に頼み込もうと思っている。そのために手紙を書いた」
 ディルは元はニルクーバという貴族の家の出身だという。
 「実際にはオレが代筆した」とロイが口を挟む。手には分厚い封書があった。
 「父さんはもう引退しているから、今の長は兄だ。兄さん達の領土のどこかに無人島みたいな場所があればいいなって思ってる」
 「もうだいぶ会ってないから、話が通るかはわからないけどね。今はこんな姿なりだし。でも、しのごの言ってる場合じゃないから」
 使える手は何でも使うとディルは息巻く。
 「そうなんだ。話が通るといいですね」
 人の頑張りは素直に応援したい。
 「うん。やってやる!」
 ワンともうひと吠え。やる気は漲っていた。
 「んで、キアは?」
 「え?」
 「こんなところで何をしてるんだ?」
 ディルとロイは同時に首を傾けた。
 「あ…、ええっと…。なんだろう、お散歩?」
 色々と悩んでいて森の中を彷徨っていたと言うのは心配させてしまうだろうかとキアは思った。
 「考え事をしていたら、どんどん森の奥に来てしまったみたい」
 的確な答え。これを先に言えばよかったとキアは後悔した。
 「…婆さんのこと聞いたのか?」
 ロイはストレートに聞いて来た。キアのことだから悩んでいるのだろうとすぐに思いついたようだ。
 「えっ!なんで知ってるの!?」
 まだ内緒だとムジから口止めをされたのに。
 「ムジの宿に出入りしていれば嫌でも耳に入るさ」
 ロイは灰狼でピンッと立つ耳を指先で弾いた。人間より数倍以上感知能力が高い獣人には、内緒話などは無縁だ。
 「そっか。そうだよね…」
 「ムジの地声もデカいしな」
 本当に隠す気があるんだかないんだか。ロイは皮肉るように笑った。
 キアは心の中のモヤモヤを二人に素直に吐露した。自分の意見は言えるようにと誓ったばかりだ。
 実践の場がこんなにも早く訪れるとは思っていなかったから、上手く説明ができるか不安になった。
 だが、キアの言葉にディルはあっけらかんと答えた。
 「その人はキアに当てつけで転居するわけじゃないんだろ?」
 「そんなことはないと思うけど…」
 「ならさ、その人は希望が叶った。その結果として、キアにとってはラッキーなことだった。それだけのことだろ。気にしすぎだよ」
 うははとディルは大きく口を開けて笑った。
 「あー、おっかしいな!キアはあいつに似てる!雪みたいだ」
 「ゆ、き?」
 会話の中に入って来た人名にキアは反応した。聞き馴染みがない。
 「うん。仲間のひとり。他人のことばっかり気にしてて、自分のことはいつも後回し。なんかクセのあるやつだよ」
 「私に似てるの?」
 「うん。性格がね。自分より他人に優しいところなんてそっくりだよ。そんなだから損してばかりでさ」
 「私も損してるのかな」
 そんなふうに思うこともあったけれど、人よりも頑張らないとこの村にはいられないから、自分を後回しにしてしまうのは当然だった。空回りすることばかりだけど。優しさとは違うような気がする。
 「その、ゆきさんは今はどこにいるの?」
 「あー、うん。今はちょっといなくて、探してる最中なんだ」
 「どこにいるかわからないの?」
 「うん。まあ、そんなところ。僕ともう一人、シャドウという仲間と探しているんだ」
 過去を懐かしむようにディルの表情がほどける。
 「…シャドウ?」
 ふと、頭によぎる人の姿があった。ぼんやりと。宿にいた先ほどの変な人の顔が浮かぶ。
 「その人なら今、宿にいるかも」
 そんな名前でナユタが呼んでいたかもしれないとキアは首を捻る。
 「えっ?ほんと?シャドウがいるのか!?」
 ディルの耳がピンッと張り、尻尾が激しく左右に揺れた。
 「まじ?まじ?」
 「や、ちょっと、ディルさん、落ち着いてっ」
 「シャドウ!シャドーウ!!」
 ワワワワーンと甲高い声を上げて、ハッハッハッと息遣いが荒くなり、前足をキアの腹部に押し当てた。 
 反動でキアの体は後ろに反る。法面から二人とも滑り落ちた。声を上げる前にずるっと一気にだ。
 「おい!!」
 ロイの声が響く。慌てふためくも手を伸ばすも間に合わなかった。
 パシャン!と頭から水辺に落ちた。水位が浅かったため、「冷たっ」と頭皮に染みるくらいにおさまった。ロイはすぐにひょいとキアを抱き抱える。背中が真っ黒だ。髪の毛から水滴と枯れ葉が落ちた。
 「ディル!お前な」
 ロイが呆れた声を出す。
 「ごめん!キア!でもうれしくて!!」
 ディルは謝罪をするにも、明るくて元気な顔をして跳ね回っていた。そんな姿を見ては、責めることはできない。ぬかるんだ土だったためか、打ち付けてもあまり痛みはなかった。だが、体は泥だらけになった。
 ディルの銀色に近い白い毛も真っ黒に変わった。まだ万全ではない体に無理はしないで欲しかった。全回復前は油断しがちだとアンジェも口酸っぱく言っていたのを思い出した。こんな姿見られたら怒られるかもしれない。
 「…危ないよ気をつけて。怪我はない?」
 「うん!ごめん!大丈夫!」
 ハッハッハッと荒い息遣いのまま、駆け出していた。よっぽど嬉しかったのだろう。尻尾がこれでもかとぐるぐると回転していた。
 「飛んでいっちゃいそうだね」
 キアはふふふと笑みを浮かべる。ディルの喜びが自分のことのように感じた。このくらいシンプルに喜べたらいいのかと、自分の悩みを振り返る。
 「…いいなぁ」
 このくらいシンプルに感情をむき出したい。
 「すき」も「きらい」も「イエス」も「ノー」も。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。 野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。 しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。 適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。 冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。 しかし本人を含めて誰も知らなかった。 マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――! ※以下、この作品における注意事項。 この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。 キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。 (旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします) 再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。 全252話、2021年3月9日に完結しました。 またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる

葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...