大人のためのファンタジア

深水 酉

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第3部 第一章

1 プロローグ/新生活

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 ザザに著いてすぐに、皆の目に止まる前にシダルはふらっと姿を消した。積荷を下ろしたり、宿の手配や人の行き交う間にぱたりと。
 「相変わらず勝手ねえ」
 「オレらに弱音を吐きたくないんだろ」
 不満気にぼやく村人たちに、ムジは一喝する。
 「婆さんにはヲリが一緒だ。新しい住居は高台の方にある。ここからまた馬車を乗り継がなきゃならん」
 「そうなの?だとしてもねえ」
 「新しい家の場所は教えてくれないのか」
 最後なんだから挨拶ぐらいあったっていいじゃないとまだプンスカしてる。さして仲も良くもなかった人ほど行儀にうるさい。
 「いいじゃねえか。こっちだって忙しいんだ。ほら、テキパキ動け!」
 愚図愚図と不貞腐れてる二人に散れ散れと手を振る。
 「らしいと言えばらしいな。まあ、そんなによくは知らないけれど」
 「ですね。私もそう思います」
 シャドウの言葉にキアも頷く。別れの挨拶ぐらいあってもよかったとも思うけれど、今となってはなくてもいい。サディカさんを想って流した涙は本物だと思うけれど、性格そのものは環境が変わってもそう簡単には変わらないとも思う。
 「初対面から強烈な勢いのある婆さんだったから他所の土地でも逞しく生きるだろう」
 「ですね」
 キアはふふふと笑い、シダルを心の中で見送った。もう会うことはないかもしれないけれど、寂しさはそれほどなかった。前を向いて欲しい。ただ、それだけを祈って。それは自分にも言えることだと言い聞かせた。
 「さて。こっちもやることがある。先に案內所に行こう」
 「はい」
 キアはシャドウの背中を追うように歩き出した。


 
 新生活は、誰だって慣れるまでは目まぐるしく過ぎるものだと高笑いして、キアの背中をバシバシと叩いてきたムジと別れたのはもう何日前だろうか。忙しない中でもキアが得る物はきっとあるはずだから頑張れと頭を撫でてくれたロイと別れたのは何日前だろうか。
 つい先日ザザに着いたばかりだと思っていたのに、すでに三ヶ月が過ぎていた。
 キアは、大きく開いた窓の外に広がる大海原と吹き込んで来る風を顔に浴び、ベッドのへりに座って一息ついていた。ベッドの上には洗濯物の山がある。大量のシーツやタオルを洗って、干して、畳んで、しまうまでがキアの仕事になった。
 「ふうっ」
 「大っきくて広いなあ」
 シーツを畳む手を止め、窓の外をぼんやりと眺めた。ひとりごとも大きめ。きらきらと揺れる水面下にはバシャバシャと魚が跳ねていた。
 洗濯物は次から次へと溜まってくる。洗っても洗っても終わらない。洗濯係は他にもいるが、水の宿の比じゃない。畳んでも畳んでも量が減らない。キアはてんてこ舞いだ。
 「キアちゃーん!!」
 階下からマヌエラの呼び声に、緩んでいた気がピッと張る。
 「はーい!」
 返事にも力が入る。
 「そっち終わったら廚房に來てねー、野菜の皮剝きもお願い!」
 「わ、わかりましたー!」
 まだ全然仕事が終わらないが返事だけはしてしまう。悪い癖だ。でも返さないわけにはいかない。
 キアは畳みかけのシーツに手をかける。せっせと手を動かした。休憩なんてしてられなかった。
 「マヌエラは相変わらず人使いが荒いな」
 外から帰って來たシャドウは、キアが畳んだシーツを引き出しにしまってくれた。
 「おかえりなさい。シャドウさん」
 「ああ。そこそこ手を抜かないと後で大変だぞ」
 「わかってます!でも、しないわけにもいきません」
 「そうかもしれないが、それはお前の仕事じゃないだろう」
 「これも私の仕事です!」
 キアは前のめりになって反論する。受けた仕事はやりきりたい。むんと息巻く姿勢は誉めたいとこだ。責任感があることもいいことだが、本来の目的はこれじゃない。
 「まったく」
 頑固なところは雪と似てるなとシャドウは思った。断る手段も教えていた方がいいか。
 「皮剥きはオレがやる。お前はそれを片付けてから来ればいい」
 「えっ、シャドウさん、皮剥きとかできるんですか?」
 「弟妹が多いんだ。昔から家事はよくやっていた」
 「そうなんですね。なんか意外です」
 「皮剥きは得意だ。料理はできないけどな」
 「え」
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