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第3部 第一章
2 やることたくさん
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「お料理はできないんですか」
器用なところもあるんだと感心した直後の切り返しにキアも一呼吸空けて微笑んだ。何でもかんでも得意だと言われたら、ちょっと自信を失くしてしまうところだった。
「ああ。料理はサリエや年上の女性たちが主にやってたな」
「サリエさん?」
「サリエは姉のような人だ。ああ、言ってなかったか。オレは孤児だ。ルオーゴ神殿で身寄りのない孤児が集まって生活してたんだ」
「…そうなんですね」
「下に弟妹が何人もいたから、子守や家事、掃除はいくらでもやらされてたよ。ただ、料理に関しては手を出すなといつも言われてたな」
「どうしてですか」
「あまり記憶にはないが、味付けで失敗でもしたんじゃないか。鍋を焦がして食材もダメにして、サリエにはさんざん怒られた。ごはんがないとマリーが泣いていた」
マリーは一番下の妹だと、思い出を懐かしむように話すシャドウは、自然に口角が緩み目元も下がっていた。
「ふふ。なんだか楽しそうですね」
その光景が思い浮かべられますねとキアは笑った。
「そうか」
シャドウもつられて笑う。
「神殿はどんな所なんですか」
キアの問いに口を開こうとした時に、マヌエラから二回目のコールが届いた。まだかまだかと言葉の端々に少々苛立ちに似た焦りが見えた。夜の営業が差し迫っているからだ。
「ああ、痺れを切らしてるな」
まずいなとシャドウは席を立った。
「すみません、話し込んでしまって!」
忙しいのについ口を挟んでしまった。
「いや。この話はまた今度」
「はい」
階下に降りるシャドウの背中を見送り、キアはまた洗濯物の山に向き合った。
「私もできることをしよう」
今は洗濯物を畳むこと!
ザザは港の玄関口になる。旅行者や商人が行き交い、数多くの品物を扱う。輸入したり輸出したり。主に食料品だ。宿屋の食材やアンジェの薬材などもここで仕入れることが多い。水揚げされたばかりの魚介類や新鮮な肉、瑞々しい野菜などが屋台いっぱいに並んでいた。中にはお菓子などの甘味や果実など、見たことがない物もたくさんあった。きれいで可愛らしく、珍しいものばかりで、ついつい目移りしてしまう。国の内外から毎日数百人単位で人が行き交う場所だ。
森で出会う旅行者達とは比でない。会う人会う人の顔の作りや髪の色も目の色も服装も様々で覚えるのは一苦労だった。
「いちいち覚えてたら大変よ!うちの宿で出してる番号札と同じ物を持った人がうちのお客様だから」
「持ってた人が落としてしまったりして、別の人が来てもいいんですか?」
「ん~、まあ、そういう時もあるけど、それはそれ!その時対応したらいいじゃない」
マヌエラはけらけらと笑う。
「うっかりしちゃう人もいれば、確信犯の人もいるけど、そういうのは顔を見ればピンと来てわかるものよ。ウチの人が許さないからね」
マヌエラはグラスをひとつひとつ布巾で拭きながら軽快に笑った。
「悪いことしてるヤツは何かしら顔や態度に出るからな。そこを見逃さないことだ」
マヌエラの夫のドエドは台所の奥で水揚げされたばかりの大きな魚を捌いていた。脂の乗った艶のある切り身を網の上で炙ると、皮の下から滴る脂でジュワッと炎が揺れた。と同時にこんがりと香ばしい匂いが立つ。
「はいよ、焼けたぞ!」
大皿に焼き立ての魚がドンと盛られた。
「はい、持っていきます」
キアはカウンターに置かれた魚の皿をお盆に乗せて、客の待つテーブルに運んだ。その際に代わりの酒の注文や、空いた皿を下げたり、汚れたテーブルを拭くなど忙しなく動く。ガヤガヤと賑やかな空間にキアは所狭しと動いた。キアのもうひとつの仕事は案内所に併設されている食堂で働くこと。
「いや~、よく働く子だ」
「良い子を連れて来てくれて助かったわー」
「手際がいい」「気がきく」「かわいい」などキアに対する褒め言葉がたくさん聞こえてきた。
「シャドウ様様だわ~」「ほんとおモテになる!」
その都度シャドウにも賞賛が上がるが、大抵の場合は無視をしていた。あまりにもしつこい時はあからさまに機嫌の悪い顔をして揶揄する夫婦を追い払った。
「働き手として連れて来たわけじゃない」
「まあまあ。いいじゃないの。あの子だって目的があるから来たんでしょう?何だっけ自分探し?」
「意味合いが全然ちがうがな」
マヌエラの軽口にシャドウは眉をよせる。悪気はないのだろうが、キアには聞かせたくなかった。キアはというと新規の客を席に案内している最中だった。こちらには全く気づいていない。
【自分を知る人】を探したい。記憶のない自分を知るために、協力者が欲しい。
「人探しって言ったって、文面だけじゃわからねえからな。手っ取り早く人前に出すのが一番だ」
探し人の案内は出したが、有力な手がかりはまだない。
「ちなみに兄さんが出した探し人もまだ手がかりはない。すまないな」
ドエドの視線の先に掲示板があった。人探しの一角に雪の字が見えた。特徴や似顔絵の部分は少し文字が掠れていた。他の掲示物もたくさんあり、部分的に重ねて貼られている箇所もあった。その都度直したりしていたが、有力な手がかりはまだない。
「…そうだな」
人探しは一筋縄ではいかない。情報が拡散されても、正しく伝わらなかったり、記憶が改竄されたり。人の記憶は曖昧で時間が経つにつれてどんどん姿を変えていく。昨日言ったことが今日には変わっていたり、当人ではない限り確信が持てない。時間がかかるのは仕方がないことだ。
「長期戦は覚悟の上だ」
今までに確信できる情報は上がってきてない。落ち込んで自暴自棄の時もあったが、諦めてはない。行き違いで別れたディルに再び会えたように、どことなく境遇が似ているキアに出会えたりと、なんとなく良い流れが来ているような気がしていた。何の確証もないが。だからと言うか、まずはキアの方を優先させてやりたいと素直に思った。そう思うようになったのはキアの人となりのなせる技なのかもしれない。
「良い子だよね」
ドエド夫婦はキアを気に入ったようだ。視線の先にキアが客と話している姿があった。親子連れか。親が食事をしている間に子どもをあやしていた。森の宿屋の夫婦にもたいそう気にいられていた。素直で順応性がある。宿屋で働いていたこともあり、食堂の仕事もクリアしていた(ただ、量が多い分苦労している)
「魔女さんとエマがいなくなっちゃったから大変だったの。手が回らなくて、もうてんてこ舞いだったのよ~」
マヌエラは二人がよく座る席を指差した。二人羽織で一人で二人分飲食していたことがバレて、しばらく店で働いていた。
「魔女…?ああ、あの凶暴なトカゲか?」
幻影を操る小型のトカゲ。以前シャドウに突っかかって来たことがある。幻術だと分かった今でも思い出しては気持ちが萎える。シャドウは本当に女運が悪い。
「凶暴って(笑)!まあ、そんな感じね。ふふ。砂漠の方にお風呂屋ができたみたいでね。二人して養生して来るって行っちゃったのよ」
「風呂屋?」
「そう!砂漠の地熱を使ってお風呂を沸かしてるみたいなの。誰でも入り放題で宿屋もできて今人気なのよ!!」
旅人に大人気の新しいスポットだという。
「日帰りでも遊べるの。私も行きたくて!」
「店があるからダメだ」
「え~」
マヌエラはカウンターの上でバンバンと手を打つ。行きたい行きたいと駄々をこねてはドエドに叱られていた。
「トカゲと一緒にいる娘はエマと言ったか」
「そうよ。あの子もよく働く良い子よー」
確かあの娘も転移者と言っていたはず。何か手がかりがあるやもしれないと思ったが、不在とは当てが外れたか。
シャドウはむうと唸る。
「どのくらいで戻るとか言ってたか?」
「ん~、どうかしら。結構気に入ってたみたいだから長く留守かもしれないわね」
「そうか…」
「気になるなら行ってみたら?」
「いや、わざわざ出向くのものでもないな(トカゲに会いたくない)」
「良いじゃない。たまには気晴らしに。キアちゃんと」
「は?」
「キアちゃんも行きたいってねー」
「え?何か言いました?」
キアにはうまく届いてない。
「おい待て何の話だ」
勝手に話を進めるなとシャドウは焦る。
「たまのご褒美よ。働きっぱなしで疲れてるでしょ?私の分も楽しんできて!」
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